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【17】星降祭(ほしふりまつり)と大きな扉(ドア)

 あっという間に星降祭ほしふりまつりの日がきた。

 星降祭は、三日間行われる。

 一日目と二日目は土日に行われ、学園内が会場になったお祭りだ。


 学園内に業者の屋台や一般の人たちが溢れてる光景は、珍しい。

 星降祭は、学園のというより地域の祭りだから、こうやって一般の人を招いて祭をやるのだそうだ。

 高等部の三年生は卒業前にこんなイベント大変じゃないだろうかと思ったのだけど、忙しいのは劇に参加する人だけらしい。

 大抵の人は学園の大学部にそのまま進む上、結果ももう出ているためか、受験ムードは全くなかった。

 

 初等部は特にやることもなく、普通に休日だ。

 珍しく両親共に休日がとれたので、私は二人と一般参加者として祭りを楽しんでいた。

 後でシズルちゃんたち親子も来るそうなので、学園を案内してあげるのが楽しみだったりする。


「凄く人がいっぱいいるね」

「まぁお祭りだし、卒業前のイベントみたいなものだからね。懐かしいなぁ」

 私の言葉に、父さんが懐かしむような目になる。


「思い出すわぁ。父さんが劇の主人公に選ばれた時の事。相手役に私を選んでくれたのが、とっても嬉しかったの」

 きゃっと可愛らしく、母さんが頬を押さえた。

「父さんも母さんも、劇の参加者だったの?」

「そうよ。言ってなかったかしら」

 二人がここの卒業生というのは知っていたけれど、劇に出ていたことまでは知らなかった。


 母さん曰く、星降祭の劇は主人公役の人がヒロイン役を指名する風習があるらしい。

「劇の主人公とヒロインを演じた二人が扉の前で愛を誓うと、その愛が永遠に続くとか、扉が開いて願いが叶うって言われてるのよ」

 楽しそうに母さんが口にして、私は目を見開いた。


 まさにそれは、前世で見た『そのドアの向こう側』にでてくる設定そのものだったからだ。


「それ本当!?」

 いつになく興味を持った私に、母さんは意外そうな顔をする。

「あらあら、こういうことに疎いと思ってたのに、そうでもないのね」

「いいから教えてよ。母さんたちの時に、扉は開いたの?」

「いいえ開かなかったわよ。でもほら、もう一つの言い伝えの方はばっちり」

 母さんが父さんの腕をとって、くっつく。

 父さんもまんざらでもなさそうだ。

 両親はとても仲がよく、子供の私が呆れるほどだった。


「でもアユムが高校生になった時の劇なら、扉が開くかもしれないわね。ちょうど物語で扉が開いた時と同じ、流星が降り注ぐ日だから」

 どうやら、そういう設定になっているらしい。


 うまくいけば、扉が開いて、願いが叶う。

 そしたら、元の世界に帰れるかもしれない。

 希望の芽が膨らむ。

「アユムが言い伝えを実行したいなら、最終日の劇の後よ。主人公とヒロインの二人にだけ、直接扉に触れることが許される時間があるの」

 『扉』の近くは学園祭中人が多くいて告白どころではなく、伝説を実行するタイミングはそこしかないとの事だった。

 

 ――高校生になったら、劇の主役になろう。

 そう心に誓う。


 というか、そもそもなんで学園内に『扉』があるんだろう。

 ふと疑問に思う。

 ゲームの中だからと言ってしまえばそれまでだけど、地域の人たちから親しまれている『扉』が学園内にあるのは不自然な気がした。


「扉のあった場所が、元々学園長の先祖の土地だったらしいぞ」

 理由を尋ねると、父さんが答えてくれる。

「それ私も聞いたことあるわ。そうそう、学園長の一族はこの物語に出てくる主人公とヒロインの末裔だって噂もあるのよ。今でも『扉』の向こうに帰ってしまった友人を待っていて・・・・・・なんて、ちょっと切ないけど美しい話よね」

 母さんの横顔は、美談を堪能するようなものだった。


 もしも私が扉の向こうへ行ったら、こんな風にちょっと切ないで済ませてくれるだろうか。

 それで済むなら、悲しいような。

 でも二人が辛い思いをしないなら、その方が嬉しいような。

 思い浮かべるだけで心がかき乱される気がして、考えるのをやめた。



 出し物を見に行くという母さんたちと別れて、私は真っ先に『扉』へと向かった。

 普段はフェンスに囲まれていて、立ち入れない場所。

 なだらかな丘の中心にあったのは、まぎれもなく兄がやっていたギャルゲーにでてきた『ドア』だった。


 二階建ての家くらいの高さはある大きな扉。

 アンティークのような細かい模様が彫られた扉の向こう側には何もなく、固く閉ざされている。

 前世の兄の部屋で見た『そのドアの向こう側』のパッケージに描いてあった、あの『扉』で間違いなかった。


 ただの『扉』ではなく、力を感じる。

 ひきつけられる。

 見ているだけで、心がざわついた。


「アユムも見にきてたんだ」

 声をかけられて、我に返る。

 宗介が側まできていた。

「凄い扉だよね。言い伝えでは、ツキが元いた世界に繋がってるってことになってるけど、誰が一体何のためにつくったんだろうね」

 宗介は言い伝えを信じてはいないようだった。

 扉を見上げて、そんな事を呟く。


「扉だから、きっとどこかに行くため・・・・・・じゃないかな」

 するりと言葉が、喉から出てきた。

 扉の先が、どこかに繋がっているのなら。

 それが元いた世界であって欲しいと、心の底からそう思う。


 ――ツキの元いた世界。そこは私がいた世界と同じなんだろうか。

 この向こうで、兄さんや家族が、友達が普通に生活してるのかな。

 乃絵のえちゃんと学校帰りにお店によってお喋りして

 家に帰って兄さんがゲームをしてる側で、マンガを読んで。

 母さんに夕飯ができたよって呼ばれて、居間に行けば父さんがすでにビールを飲んでて。

 そんな日常が、この向こうにあるのかな。


 気がつけば、扉へと引き寄せられるように手が伸びていた。

 けれど、扉に触れる寸前で、その手首をぎゅっとつかまれる。


「っ!」

 痛いくらいの強い力に、顔をしかめる。

 横を見れば、宗介が私の手首を握り締めていた。

 その顔は必死で、まるで置いていかれるのを恐れる幼い子供のようだった。

 意識がはっきりと覚醒して、まるで夢から覚めたような心地になる。


 私は今、元の世界に帰りたいと思っていた。

 それはこの世界がギャルゲーの世界だと知ってから、ずっと私の目的だ。

 元の場所に帰るだけ。

 ここは私のいた世界じゃない。

 当たり前のことのはずだ。

 なのに、どうして。

 ――罪悪感を覚えてしまうんだろう。



「どうしたの、宗介。ちょっと扉が開くか試してみようと思っただけなのに」

 茶化すように笑ったけど、宗介は思いつめたような顔をしたままだった。

「なんで試す必要があるの?」

「だって、ほら。他の人たちだって試してるし」


 扉に触れること自体、おかしなことではないはずだ。

 好奇心旺盛な今までのアユムなら、扉を開けようとするはずだ。

 この場合、止める宗介の行動の方が不自然だった。

 本人もそれに気づいたのか、バツが悪そうな顔になる。

 でも、手を離してはくれなかった。


「アユムは、時々昔の俺みたいな顔をするから不安になるんだ」

「昔の宗介みたいな顔って、どんな顔なの。変な宗介」

「変なのはアユムだよ。さっきのアユムは・・・・・・本当の両親に会いたくて、ここに居場所がないって思い込んでたときの俺みたいだった」


 核心を付かれて、私はひんやりとしたような気分になる。

 宗介は私が帰りたいと思っていることどころか、前世の事だって知らないはずだ。


「アユムは全部持ってるよ。俺と違って、何も欠けてない。記憶がないから不安になるかもしれないけど、捜す必要なんてないんだ」

 大切なものは皆ここにあるんだと、私の居場所はここなんだというように、宗介が訴えてくる。


 無意識に宗介は、私がどこかに帰りたがっていると、気づいているのかもしれない。

 こうやって引き止めてくれようとしてることが嬉しくて、心苦しかった。

 扉へと伸ばしかけていた手を宗介の手に重ねると、微かな震えが伝わってくる。

 私はその手を優しく振り払うと、辛気臭い顔をしている宗介の頬をつねった。


「あぅむ?」

「宗介って、結構ボクのこと好きだよね」

 呆れたような口調で言うと、驚いたように宗介が飛びのく。

「い、いきなり何言い出すの」

「だって、今のはつまりボクと離れたくないってことでしょ? 開きもしない扉にびびっちゃうくらいにさ」


 肩をすくめて、やれやれとポーズをとってから、私は扉に近づいた。

 小さく深呼吸をして、扉に手をつける。

 体重をかけるようにして扉を押したけれど、ビクともしない。


 ――きっと、そうだろうなとは思っていた。

 わかっていたのにがっかりしてしまった気持ちを隠して、宗介の方を振り返る。

「ほら、どこにも行けないでしょ? 宗介は心配しすぎなの」

「・・・・・・そうかもね」

 笑った私に、宗介は笑い返してはくれなかった。



「お兄ちゃん!」

「久しぶりだね、シズルちゃん」

 宗介と分かれて校内をぶらついていると、私を見つけて遠くからシズルちゃんが走ってきた。

 久々に会うシズルちゃんは、少し大きくなっていたけれど純真無垢さは失われていないようだった。

「ここがお兄ちゃんたちの学校なのですね」

「まぁね。案内してあげようか」

「はい!」


 温室にテニス場、プラネタリウムに、巨大スクリーンのある視聴覚室。

 今日は色んな場所が一般の人に向けて解放されていた。

 もう学校っていうより、遊技場に近い。

 案内する間、シズルちゃんは目をキラキラと輝かせて楽しそうだった。


「ここでお兄ちゃんはお勉強をしているのですね。シズルもお兄ちゃんと同じ学校に通いたかったです」

「家が遠いからしかたないよ。高等部はシズルちゃんの家も通学範囲だったと思うから、高校生になったら学園においでよ」

 シズルちゃんが通うのは、名門のお嬢様学校だ。

 外部入学の試験が難しいとされているうちの学園でも、きっとシズルちゃんなら問題ないだろう。


「本当ですか? シズルもお兄ちゃんと一緒に学校に行けるんですね?」

「でもいっぱい勉強しなくちゃいけないぞ」

「お兄ちゃんと一緒の学校にいけるなら、シズル頑張ります!」

 早くも行く高校を決めたシズルちゃんは、ガッツポーズまでして、やる気に満ち溢れていた。


「きゃっ!」

「おっと」

 人にぶつかって流されそうになったシズルちゃんの手を掴んで、人が少ない場所へ移動する。

 シズルちゃんの手はとても冷たかった。


「手袋してこなかったんだ?」

「車から降りてすぐにお兄ちゃん見つけて走ってきたので、お母さんにあずけたままです」

「ボクの手袋借りる?」

「それよりお兄ちゃんが手を繋いでくれたほうが嬉しいです」

 可愛い事をいうなぁ。

 ついうりうりと頭をなでてしまう。


「はぐれてもこまるし、じゃあここからは手を繋いでいこうか」

「はい!」

 元気のよい返事に歩き出そうとした時。

 私はまるでハニワのような顔をして前方で固まっている理留りるを見つけ、ぎょっとした。

 周りには護衛の人なのか、いかつい顔のお兄さんたちが控えている。


「理留もきてたんだ」

「エ、エェ。ソレヨリモ、ソノ隣ノ方ハ?」

 なんで片言なんだと思う私の前で、理留はぎぎっとロボットのような動作で首をかしげて尋ねてきた。

「はじめまして。今野シズルっていいます。いつもお兄ちゃんがお世話になってます」

 ぺこりと礼儀正しくシズルちゃんが挨拶をする。


「お兄ちゃん? ということは妹さんでしたのね。ワタクシは同じクラスの友人で、黄戸きど理留りるといいます。よろしくお願いしますわね」

 ほっと息をつきながら、理留がいつもの調子を取り戻した。

 なんだったんだろ今の。


「アユムに妹がいたなんて初耳ですわ。一人っ子だと思っていました」

「従兄妹なんだよ。可愛いでしょ」

 頭をなでると気持ちよさそうにシズルちゃんが目を細める。

「ずいぶんと仲がいいのですね・・・・・・」

「はい、わたしとお兄ちゃんはとっても仲良しです。将来は結婚する約束もしています」

 むすっとした理留に、さらりとシズルちゃんが答えて腕に抱きついてくる。


「けけけ、結婚!?」

 まるで壊れた玩具のように、理留がどもる。

「それ、まだ覚えてたんだ」


 二年くらい前のおままごとの時の話を、シズルちゃんはまだ覚えていたらしい。

 今だに私の事を好いていて嬉しいのだけど、人前で言われるとちょっぴり恥ずかしいものがあった。


「はい。シズルしっかり覚えてます。もう子供じゃないので、今結婚してもいいくらいです」

「そっか。じゃあ屋台で好きなもの買ってあげようと思ってたけど、子供じゃないならいらないんだね?」

「シズル、まだ子供でいいです! 綿菓子が食べてみたいです!」

 シズルちゃんはすぐに飛びつく。結婚云々の話はもう頭にないようだった。


「じゃ、理留またね」

 振り返って手を振ったけれど、理留はまたハニワのように固まっていた。

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