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【16】スカーフとチョコと

「これ、去年のクリスマスプレゼントのお返しですわ」

 十二月。恒例のクリスマスパーティが終わる頃、理留りるが小さな包みを突き出してきた。

 去年チ○ルチョコをあげたお返しのようだ。


「別によかったのに」

「貰いっぱなしは性にあいませんの。本当はバレンタインデーに義理チョコを渡して返そうかと思ったのですが、留花奈に食べられてしまったので、遅くなってしまいました」

 義理というところをやけに強調して、理留は手渡してきた。

 開けてみてくださいといわれ、素直に従う。


 中には品のいい、薄い青色のスカーフが入っていた。

「・・・・・・なんですの、その期待が外れたような顔は」

「いや、てっきりお菓子が入ってると思ってたから」

「これは星降祭ほしふりまつりの劇で使うスカーフですわ。きっと持ってないだろうと思いましたから」

「星降祭?」

「そこから知らないんですの? この街に住んでるのに驚きですわ」

 聞いた事のない単語だった。


 理留によると、この地域では三年に一度星降祭というのが行われるらしい。

「この街には誰が作ったかわからない、いつできたのかもわからない不思議な『扉』があって、それが学園の中に保管されているんですの」

 『扉』という単語に、私はぴくりと反応した。


「扉はこの星降祭の時だけ一般にも公開されるんです。その『扉』を題材にした劇を、高等部が主体となって行うんですのよ」

 理留の家は星降祭のスポンサーとして多額の寄付をしているらしく、詳しいようだった。


「それって、どんな話なの?」

 ここ最近は何も『そのド』に関する新しい情報がなくて、行き詰っていた。

 食いつく私の反応に、理留は気をよくしたみたいだった。

「主人公でこの街の青年セイ。セイの友人で扉の向こうから現れた不思議な力を持つツキ。そしてセイが思いを寄せるソラの三人の物語ですわ。決まった流れ以外は毎回内容が変わるんですのよ」

 得意げに言って、理留は劇の流れの説明してくれた。



 ざっくりいうと、劇の内容はこうだ。

 扉の向こうから現れた『ツキ』と仲良くなった主人公。

 彼は『ツキ』から心を読む力を授かり、代わりに友情の証としてプレゼントを贈る。

 『ツキ』から貰った力で、地位や名誉を得た主人公は、ある日恋をする。

 しかしその恋の相手は、結ばれてはいけない立場にいた。

 『ツキ』は主人公のためにその恋の障害を排除し、それが悲劇を呼んでしまう。

 主人公は『ツキ』を責め、友情の証を壊し、扉の向こうへ『ツキ』を追い返してしまう。

 その後で、主人公は『ツキ』の行動の理由や本心に気づくが、もう手遅れだった。

 最後は、開かない扉の前で、友情の証を手にずっと待ち続ける。

 その流れさえ守っていれば、あとは物語を自由に作っていいらしい。



「母様の時はツキを女性にして、ヒロインと主人公を取り合う三角関係の昼ドラ風味だったらしいですわ。父様の時は、ツキが宇宙人という設定のSF感動大作だったとか」

 なかなか自由度が高いらしい。ツキをどういう設定にするかで、幅が広がるみたいだ。ちょっと面白そうだと思ってしまった。


「ちなみに今回はどんな内容なんだ?」

「大正時代を舞台にした、びーえるコメディだそうです」

「・・・・・・ビーエル?」

 聞き間違えかと思ったけど、そうですと理留が頷いた。

「びーえるっていうのは、男同士の友情物語だそうです。今回は登場人物役が、皆男の方らしいですよ」

 それアリなのか。そしてこの様子だと、理留はあまり意味もわからずにBLという言葉を使っているようだった。

 

「それでですね。毎回主人公がツキに贈るアイテムは変わるのですけど、そのアイテムを友達に贈ると友情が続くというジンクスが学園にはあるのです」

 色々考えて、理留はこのプレゼントを選んでくれたらしい。

 友達という単語に、ちょっぴりくすぐったい気分になる。

 お礼を言ってから、私はスカーフを畳みなおしてポケットにしまった。

 

「それではワタクシはこれで」

「あっ、ちょっと待って」

 立ち去ろうとする理留を呼び止め、近くに用意してあった、大きめの小包を手渡す。

「はいこれ。スカーフのお礼」

「なんでワタクシがお礼をしたのに、そのお礼が返ってくるんですの?」

 理留はわけがわからないといった顔だ。

「細かいこと気にしない。そもそもボクがあげたいからあげてるだけなんだし、お礼なんてしなくていいのに」

「気になりますわ! これだといつまで経っても、お礼が終わりません!」


 理留は無駄に律儀だった。

 口では文句をいいながら、しっかりと受け取ってつきかえしたりはしない。

 用意したこっちの気持ちをないがしろにしたくないんだろう。


「・・・・・・これは、お菓子の詰め合わせ?」

「うん。地域限定のものばかり集めてみたんだ。うちの父さん出張でいろんなところにいくから、その先々で色々買ってきてもらったんだよ」

「ラムネのたこ焼き味に、焼き菓子のめんたいこ味。ゴーヤ味の飴玉・・・・・・面白そうなものばかりですわね!」

 理留ならそういうと思っていた。

 たぶん美味しくないものもあるだろうけど、きっとそれも楽しめるはずだ。


「これは受け取っておきます。来年またお返しを考えなくてはいけませんね」

「じゃ、ボクはそのお返しを考えなきゃね」

「それってただのプレゼント交換じゃありませんの」

「そうともいうね」

 顔を見合わせて笑い合う。

 こういうのっていいなぁと、私は心から思った。



「アユム!」

 理留と分かれて家に帰ろうとしたら、後ろから声をかけられた。

「理留?」

 振り返ったら違った。妹の留花奈るかなの方だった。

「姉様だと思った? 残念でした。声だけだと、留花奈と姉様を見分けられないのね」

 いつからか気配を消して、こちらを観察していたらしい。


「何の用?」

「思いっきり嫌そうな顔ね。まぁいいけど。姉様とずいぶん親しげだったじゃない」

 去年とは違うドレスだけれど、留花奈は理留と同じデザインで色違いのドレスを着ていた。今年はふわふわしたファーが可愛らしいドレスだ。


「姉様からプレゼントを貰ったからって、調子に乗らないでよね。留花奈だって、スカーフ貰ったんだから」

「いや別に張り合う気はないし」

 なんでいつも留花奈は私に対して喧嘩ごしなんだろう。

 先ほど他の人と話してるのを見かけたときには、猫を被りまくって朗らかに接していたのに。

 まぁ理留に近づくやつが許せないんだろうなと、理由はわかってるんだけど。


「そもそも、あのスカーフ学園の売店にいったらいっぱい置いてるのよ。ジンクスだって、学園が寄付金集めのために作った噂だし、特別な意味があるなんて勘違いしないでよ? 当日になったら同じスカーフをつけた人いっぱいいるんだから」

 やり過ごそうとする私の態度が気に食わなかったのか、留花奈がさらに言葉を重ねてくる。

 何気に、知りたくもない大人の事情を知ってしまった。


「それじゃあ、留花奈もボクとお揃いのスカーフなんだね」

 何と答えていいかわからなかったから、話を合わせたつもりだったんだけど、凄い形相で睨まれる。

 どういう対応をするのが、留花奈にとって正解だったんだろう。

 

「そういえば、バレンタインに理留がボクに作ったチョコを食べたんだって?」

「あぁ、あのギリギリチョコの形をしている義理のチョコレートのことね。何よ文句あるの。留花奈としては、むしろ感謝してほしいくらいなんだけど」

 こういう時は、話を変えるのが一番だ。

 留花奈はうまく乗ってきてくれたが、その態度は相変わらず尊大だった。


「なんで自分宛のものを食べられて感謝しなくちゃいけないんだよ」

 はっと留花奈は鼻で笑った。

「あなた、姉様の手作りを貰ったことないから知らないのね」

 留花奈の方が手作りを貰ってるからあんたより上ね、と言いたげな顔だった。

 そもそも私が貰う予定のものを食べたくせに、それを棚に上げる気満々だ。


「姉様の作るものはね、何でも死ぬほど甘いのよ!」

「いやチョコは甘いものだと思うけど」


 思わず突っ込んだが、留花奈はやれやれというように首を横に振る。

「死ぬほどって留花奈は言ったはずよ。姉様の愛情と甘さは、比例するのよ。今回のあれはチョコというよりも、別の何かだったわ。胸が苦しくて、内側から甘さで殺されるかと思ったもの」

 思い出したのか、ぞっとするように留花奈は身震いする。


「まぁそれでも、姉様の作ったものだから全部食べたけどね!」

 それが愛の深さだというように、留花奈は胸を張った。

 こいつやっぱりとんでもないシスコンだよねと思ってしまう。


「あっ、でもうぬぼれないでよ。確かに今まで食べた中で一番甘かったけど、あくまで義理なんだから。姉様も義理って言ってたから、間違いないんだからね!」

「何回も言わなくてもわかってるよ。理留からも義理だって言われたし」

 というか、なんでチョコ貰ってもいないのに、こんなに義理義理言われてるのかな私。


「あら姉様から義理って直接言われたのね。可哀想に」

 ふふっと笑う留花奈は、どこか嬉しそうだ。

 もう勝手にしてくださいという気持ちで、私はその場を立ち去った。

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