【最終話】繋いだ手と辿りついた場所
「初めはさ、きっと奥の手を持ってるから、こんなにサマーは堂々としてるんだってボク思ってたんだよね。一応神様だし、凄い自信満々だったしさ」
「あぁ神様っていう先入観があったっすからねー」
「さすがにぼくも、ここまで残念な奴だとは思ってなかった」
あれから時は経って、現在は高等部三年生の夏休み前。
星降祭の候補が発表されたところだ。
昔を思い出すような私の言葉に、クロエやマシロがそれぞれコメントする。
張り出された掲示板には、劇の主役の候補者の名前が二つ。
これからこの二人で競い合い、星降祭の主役が決定される。
九月の体育祭でのスポーツ対決、十月の学園祭での演劇対決。
そして……十一月の人気投票で星降祭の主役が決まるのだ。
掲示板に張り出された名前の一つは、「今野アユム」。
そしてもう一つは「星野紅緒」だった。
神様こと神城サマトの名前は……どこにもない。
「ちょっと、みんな! サマーくんが落ち込んでるからやめてあげて!」
フォローするのは心優しい、私の兄。
サマーくんこと神様は、掲示板の前で膝を抱えて座り込み、じめじめした空気を振りまいている。
「ヒナタさんのいうとおりだよ。最初から相手にならないし、結果は見えてたのに、サマーくんはよく頑張ったと俺は思うよ。なのに、そんなふうに言うのは可哀想だと思う」
「いや一番酷なのは……宗介だと思うッすよ?」
クロエの言葉に私も同感だ。
宗介は本気で慰めてるつもりみたいだけど、そのたびにサマーが落ち込んでいっている。
確かにサマーは勉強もできたし、運動もできた。
しかし……物凄く人望がなかった。
天使を従え、神様として人の上に立ってきたサマーは、常に上から目線が染みついていて。
そんな奴と友達になりたいと思う奴なんているわけがなかった。
だんだんとサマーは焦り始め、親切の押し売りを始めた。
面識も何もない生徒の心を読み、勝手にその解決をはかりはじめたのだ。
「そこのところがわからないんだろう。我が教えてやろう」
「えっ……いや、結構です……」
勉強でわからないところがあって悩んでる生徒がいれば、近くによって行き、そんなことを言いだす。
「我が教えてやろうと言っているのに、断る気か」
「……じゃ、じゃあよろしくお願いします」
大体こんな感じで、強引で。
……見ているこっちがはらはらとする具合だった。
心を読めるサマーだけれど、空気は全く読めない。
恋に悩める生徒の悩みをキャッチし、その想い人に直接その想いを伝えたこともあった。
「あいつがお前のことを好きなようだ。お前も好きなんだろう。付き合ってやれ」
そもそもサマーと一言もしゃべったことがなかったのに、そんなことを言われた二人は唖然としていた。
そんなサマーを注意して、どうしてそれがダメだったかを教えて。
人との関わり方を少しずつ伝えていった。
気づけばサマーも私たちと一緒に行動することが増え、だんだんとサマーは人らしくなっていった。
尊大で上から目線。
曲がったことが嫌いで、頭が固い。
そんなサマーだけれど悪い奴ではなかった。
それでいて……意外と扱いやすい。
「どうして神である我が、人にお願いしてプリントを集めなければならない。奴らが持ってくるのが当然だろう」
「いやサマーが日直なんだからさ……」
常にこんな調子のサマーに、私だけでなく皆手を焼いていた。
これを解決したのは、宗介だ。
二年生になって同じクラスになった宗介は、サマーの扱いがとてもうまかった。
「サマーくんは人の見本になるべき神様なんでしょ? なら俺たち人間に、こうあるべきっていう完璧な日直の姿を見せるのも務めだと思うよ? サマーくん以上に完璧な日直をできる人はいないんだから」
「……確かに、一理あるな」
宗介に諭されて、サマーは頷く。
だいたいこんな感じでサマーはうまく乗せられて、気づけば宗介の思惑通りだった。
ときどきふいに、そういえば私神様と命をかけたゲームしてたんだよねと、思い出すこともあった。
でも、サマーを見てると……緊張感が薄れてしまう。
そんな感じで日々をすごし、私たちは最終学年に突入して。
……結果がこれだ。
勝負はこれから始まるというのに、その候補者にすらサマーは選ばれてない。
つまり、本番前にサマーが脱落した状態だ。
なんというか……こんなんでいいのだろかと、気が抜ける。
「っ、勝ち誇るなよアユム! まだお前が勝ったわけじゃない。紅緒が勝利すれば引き分けということになるんだからな!」
「……それでサマーのプライドは痛まないの?」
思いっきり負け惜しみをサマーが吐く。
どっちにしろサマーの勝利は、この時点で消えていた。
「なんとでも言え! 我は紅緒につく。お前が紅緒に勝利して、星降祭の劇の主役に見事なれたなら……」
「なれたなら?」
言葉の続きを促せばサマーは立ち上がり、少し涙の滲む目で私を睨みつけた。
「そのときは……潔く、お前を認めてやる!」
ほんのりサマーの顔は赤く、むすっとした顔。
驚いた顔をしているだろう私にそれだけ言うと、その場を走り去ってしまう。
「本当、サマーくんは素直じゃないよね。あれでもアユムのこと、本当はもう認めてるんだよ。ただ、そのきっかけが掴めないみたいだけど」
宗介が苦笑しながらそんなことを言い、私と手をつないでくる。
「そ、宗介!」
掲示板前は人が多い。
なのに手を握ってくるなんてと焦れば、大丈夫みんなこっちなんて見てないよと宗介は笑う。
「絶対に勝とうね? 勝って……俺を幸せにしてくれるんでしょ?」
ふんわりと微笑まれて、とくりと心臓が跳ねる。
小さく頷けば、宗介は満足そうな顔をした。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
九月の体育祭でのスポーツ対決は、私が勝利して。
十月の演劇対決では、紅緒が勝利した。
そして十一月。
投票が行われ、星降祭の劇の主役として選ばれたのは……私だった。
「約束だからな。お前のことを……認めてやる。我の負けだ」
しかたないという様子で、サマーは口にする。
でもあまり悔しそうではなくて、すっきりした顔をしていた。
十二月のクリスマスパーティでは、星降祭の劇で相手役を務めるパートナーを指名することになっていた。
私は迷いなく、宗介を選んだ。
男ってことになってる私が男の宗介を選ぶのはどうだろうと思ったけど、やっぱりパートナーは宗介しか考えられなかった。
今までの星降祭も、同性をパートナーに選ぶことはまれにあったらしいから、一応問題はないのだけれど。
やっぱり注目は浴びてしまっていた。
みんなの見ている中で、宗介の胸にコサージュを付ける。
ニリンソウという花を模した特注品。
花は白い二輪だけで、あとは葉で飾り立てた、地味なやつだ。
花言葉は「ずっと離れない」。
宗介の方も、私にコサージュをくれた。
白い花びらの真ん中は赤く、小ぶりで可愛らしい。
それを胸じゃなくて髪に留めてくれる。
「うん、似合う」
「なんていう花なの?」
「ローダンテだよ。可愛いからアユムに似合うと思ってた」
甘い言葉を吐いて、宗介が私の手を取る。
「踊ろうか、アユム」
「うん!」
宗介に手を引かれて踊る。
どちらもタキシードだけれど、そんなの関係なかった。
パーティが終わって、二月が来て。
星降祭の日がやってきた。
劇を演じきって、それから宗介と扉の前へ行く。
本来この場には、劇の主役である私と宗介以外立ち入ることを許されない。
けれど、クロエやマシロ、それに兄とサマーがそこにいた。
サマーがその姿を変化させる。
二十歳くらいの青年姿になったサマーは、白い服を着ていて。
見た目だけなら物凄く神様っぽかった。
「神様っぽいじゃない、神様だ」
最近ではネタになりつつあるような、お決まりのセリフを私の心の声に、律儀に返してくる。
それから宗介の額に手をあて、何かを唱えた。
ずぶりとサマーの指が宗介の額に沈む。
痛そうだと思ったけれど、不思議なことに血は出てない。
「……っ、あ、ぅ……ああっ!」
宗介の目の焦点が合わなくなり、悲鳴じみた声が漏れる。
「宗介っ!」
心配になって思わず駆け寄ろうとすれば、大丈夫っすよとクロエによって阻まれた。
そのまま引き抜かれたサマーの人差し指と中指に摘ままれて、サイコロくらいの大きさの紅い石が出てくる。
「は、あっ……ふっ……くっ!」
宗介は膝から崩れ落ち、苦しげにまだ呻いている。
頭を押さえ、苦しげに息を吐いていた。
「宗介、宗介っ!」
側に行き声をかけるけれど、宗介は聞こえていないようだった。
やがて糸の切れた人形のように、地面に倒れこむ。
「約束通り、宗介の運命上にある死と力を取り出した。寿命以外で死ぬことはない」
「本当に大丈夫なの!?」
「しつこいな。平気だと我が言っている。神は嘘をつかない。そいつはただ記憶酔いを起こしただけだ」
取り乱せば、少しいらだった口調でサマーが呟く。
見れば宗介は、すでに安らかな寝息を立てていた。
「起きたら宗介に、お前の望みもついでに聞いてやったから感謝しろと伝えておけ」
サマーは宗介に一瞬視線を向け、それから扉の方へと向き直った。
「後は……好き勝手に生きるがいい。我は干渉しない」
不機嫌な声でそう言うと、扉に手をかける。
「……サマー」
「なんだ」
定着してしまったあだ名を呼べば、サマーが振り返る。
「またね」
サマーは確かに私にとって敵だったけど。
今では友達だと、思っていた。
「ふん。気が向いたら、様子を見に来てやらんでもない……またな」
本当素直じゃない。
でも、そこがまたサマーらしかった。
あっけなく、全てが終わって。
私の側には宗介がいた。
自分の部屋のベッドに、宗介を寝かせる。
早く目を開けてほしくて顔を覗きこめば、気配に気づいたのかゆっくりとまぶたが上がる。
茶色の瞳と目が合った。
「……アユム、おはよう」
「おはようって宗介、もう夜だよ?」
少しぼんやりしたような宗介の言葉に、おもわず笑う。
頭の後ろに手を添えられて、それからキスをされた。
「ん……」
キスは深く、ねっとりとしていた。
ようやく満足したのか唇を離して、宗介が私の体を引き寄せる。
「わわっ!」
宗介の上に重なるような体勢で抱きしめられる。
心臓の位置が重なって、音が自分のものなのか宗介のものなのかわからなくなる。
「もう……何も考えずに、アユムを望んでもいいんだよね。アユムの死も、犠牲も……何も考えずに、ただ好きでいていいんだよね」
抱きしめてくる宗介の体は震えていた。
「宗介?」
少し体を離せば、宗介の目には涙があった。
見ないでほしいというように、ごまかすようにキスをしてくる。
「もしかして、今までの記憶を取り戻したの?」
はぐらかさないでというように、目を見て尋ねれば、宗介は少しバツの悪そうな顔になった。
「……サマーくんにお願いしたんだ。アユムと過ごした時間も、愛された記憶も忘れてるなんて嫌だったから。俺は欲張りなんだよ」
宗介が繰り返した、千回分の時間の記憶。
何度も死んだ記憶を思い出したいと願うなんて、宗介はどうかしている。
「本当……宗介はしかたないな」
でも、そんなところも愛おしかった。
「アユムのこと、最初から好きだった。でも言えなかったんだ。俺はいつか死んじゃうってわかってたから」
切ない声色で、宗介が頬を撫でてくる。
優しく、宝物に触れるように。
「クロエとの契約で、アユムをヒナタ以外とくっつけるのを応援しなくちゃいけなくて。本当は嫌で嫌で、しかたなかった。アユムに触れるのは、俺だけでいいって……ずっとずっと思ってた」
頬に、まぶたに、宗介がついばむようなキスをしてくる。
そこから熱が伝わってくるみたいで、胸の奥に何かがこみあげてくる。
「前回でアユムが誰よりも俺を選んでくれたこと、すごく嬉しかったんだ。アユムが俺のしてることに気づいてるのも知ってた。でも、止められなかった。結局悲しませるだけだってわかってたのに……ごめん」
「ボクこそごめんね。最後まで宗介の側にいるって、生きてほしいって願ったのはボクなのに……最後の最後で、私は宗介を突き放した」
ずっと胸に残っていたわだかまり。
吐き出せば、同時に涙が溢れた。
しばらく泣いて、謝りあって、抱きしめあって。
それからおかしくなって、二人で笑った。
体勢を変えられ、私がベッドに押し倒されるような形になる。
私を見下ろす宗介の瞳は、甘くて優しいけれど、奥には獣のようなギラつきがある。
「アユムが好きだよ。アユムが側にいてくれたら、他には何もいらない」
熱烈でストレートで、独占欲丸出しで。
宗介らしい言葉に、胸が震える。
「いつだってアユムが生きる意味をくれるんだ。幸せも何もかも。でも、今度は……俺がアユムに幸せをあげたい」
自分じゃ無理だと、諦めていた。
だから今までずっと言えなかったと、宗介が言う。
「俺が幸せにするから。お嫁さんになってよ、アユム」
「……うん!」
その言葉が嬉しくて頷く。
自然と口づけは深くなって、愛を交わし合う。
元の世界から無理やり連れてこられて、宗介と出会って。
楽しいことだけじゃなくて、辛いことも悲しいこともたくさんあった。
でも、いつだって宗介が側にいてくれたから、こうして私はここにいる。
宗介の指が私の指に絡む。
初めて出会った日に、手を繋いだ日からこうなることは決まっていたような、そんな気がした。
「宗介」
名前を呼べば、幸せそうに宗介は微笑む。
その顔を見るだけで、私も幸せな気持ちになる。
繋いだ手が、これからも離れない。
たったそれだけで――十分に幸せだとそんなことを思った。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
★アユム 2週目 高等部1年春→高等部3年冬
そのうち理留ルートを別枠で出す予定ですが、本編はこれで終わりとなります。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました!




