【66】過去と嫉妬と
「宗介、ボクのこと避けてない?」
「……そんなことはないよ」
嘘だな、と思う。
久々に二人きりになったのに、宗介との距離が遠い。
すぐ隣に座ればいいのに、わざわざ宗介はソファーの端に座っていた。
「ねぇ、宗介?」
わざと距離を詰めて、宗介の顔を覗きこむ。
べったりとくっつくようにすれば、宗介は顔を真っ赤にして立ち上がり、トイレに行くと言って席を外してしまった。
今回の宗介には、何も事情を話していない。
特異点化を防ぐためのクロエとの契約も、本人の同意を得ずに勝手に結んでいた。
力を手に入れた宗介には、私の持っている力である「男として認識される力」が効かなくなっている。
つまり――今の宗介には私が女に見えているということだ。
宗介に説明しなきゃ。
そうは思うけど、どこまで話したものか。
また自分を犠牲にする選択は取ってほしくないから、いずれ宗介が死ぬ運命にあることだけは話したくない。
そうなると、前回の記憶の話はしないほうがいいかもしれない。
戻ってきた宗介は、ソファーではなく下の絨毯に座った。
どうしても私と距離を置いて座りたいらしい。
意識されちゃってるな、というのがわかって何だか面白い。
若いなぁ男の子だなぁと、微笑ましく思ってしまう自分がいた。
記憶を持ち越してるせいか、今の私には余裕があって。
少しからかいたい気持ちがムクムクと湧き上がってくる。
昔からどちらかというと私が宗介に翻弄されっぱなしで、自分が優位に立つことなんて滅多になかった。
「あのね、宗介。実は私、女の子なんだ」
「えっ……? な、何言ってるのアユム。変な冗談やめてよ」
近くにすりよって、上目使いで言ってみる。
あの宗介が目に見えて動揺していた。
何だか楽しくなってきて、宗介に近づけば後ずさりする。
逃げられると……追いかけたくなるというか、そういう反応は何だか新鮮だ。
「本当だよ。呪いみたいなものがかけられてるせいで、皆の目には男に見えるだけでずっと女の子だった。今の宗介は呪いが効かない目を持ってるから、ボクが女の子に見えてるはずだよ?」
「っ!」
わかりやすく砕いてそう言えば、宗介が目を見開く。
前回と違って、山吹のおじさんたちが生きているため、中等部に上がっても宗介の名字は山吹のまま。
髪の色はオレンジのまま変化することなく、クロエの力を授かったため瞳だけが赤く染まって見える。
「本当に……アユムは女の子なの?」
「そうだよ。確かめてみる?」
尋ねてきた宗介に、ちょっとからかいを含めて言えば頷かれてしまう。
確かめるかなんて聞いたけど、どうやって確かめさせたらいいんだろう。
そこまで考えてなかった。
「……触ってもいい?」
「えっ!?」
悩んでいたら、宗介がそんなことを言ってきて驚く。
触るってどこを!?
戸惑っているうちに、宗介の手が顔に伸ばされて、思わず目を閉じた。
壊れ物を触るような手つきで、頬を撫でられる。
耳を親指の腹でさすって、首筋に触れてきたりする。
ぎこちない手つき。
別に変なところを触ろうって言ってるわけじゃなかったんだね。
ほっとしながらも、自分の汚れた大人の思考を反省してたら、宗介の指先が私の唇に辿りついた。
ちゅ、と軽く柔らかな感触。
突然のことだったから、唇に触れたのが宗介の唇だと認識するのに時間がかかった。
「……宗介?」
「女の子の唇って……柔らかいんだね」
そう言ってもう一度、宗介の唇が触れてくる。
「好きだよ、アユム」
「えっ? ちょ、ちょっと待ってよ宗介! こ、心の準備が!」
今度は私が後ずさる。
さっきまで優位に立っていたはずなのに、いつの間にか立場が逆転していた。
逃がさないというように、宗介に手を引かれて絨毯の上に押し倒される。
「アユムが好きだった。教会に俺を迎えにきてくれた日から、ずっとこうしたいって思ってたんだ。アユムが女なら、もう……我慢しなくていい?」
幼いのに宗介は、男の顔をしていた。
まるで飢えた獣みたいに、どこか欲望を抑えた目。
「誰よりもアユムが好きだよ」
そう言って、宗介はキスをしかけてくる。
気持ちを伝えてくる優しいキスだけれど、私が知っている前回の宗介との落差に戸惑う。
「落ち着いてよ宗介! そんないきなりは困るってば! 第一ボクの気持ちはどうなるの!」
気持ちも何も、宗介のことは大好きだ。
けど、この状況は流されたみたいで嫌だし、まるで豹変したかのような宗介に混乱してしまう。
吹っ切れるのが早すぎる。
前はもっとこう、色々悩んでる感じだったのに。
クロエとの間で取引がなければ……あのときの宗介もこんなふうにその場で私に告白してきたんだろうかと、そんなことに思い当たる。
「……アユムは、俺が嫌い? こういうこと俺とするのは嫌?」
潤んだ目で見つめられて、うっと言葉に詰まった。
「ボク世間体的には男なんだよ? もうちょっとこう、悩むとか何かないの?」
「アユムが嫌なら……もうしない。ごめんね」
問いかければ宗介が苦しそうな顔をして、離れていこうとする。
宗介は極端なところがある。
このまま見送れば、きっと私から距離をとって、会わないようにするだろうことが手にとるように想像できた。
「誰も嫌だとは言ってないでしょ!」
起き上がって、立ち去ろうとしてる宗介の腕を掴む。
宗介は今にも泣きそうな顔をしていた。
「ボクも……宗介が好きだよ」
「っ!」
ちゃんと言葉にして伝えれば、宗介が私を抱きしめてくる。
「アユム、大好きだよ」
「うん、知ってる」
そのことは言われなくても、宗介よりもよく知ってる。
何度も何度も、宗介は私のために命をかけてくれていた。
今度は私の番だから。
「今度は絶対に、私が宗介を幸せにするからね!」
「……それは、アユムがずっと俺の側にいてくれるってこと?」
決意を言葉にすれば、宗介は驚いた顔になって。
それから、そんなことを言う。
「うん。嫌だって言っても、離れないから」
「そんなこと言うわけないよ……嬉しい。絶対にこんな望みは、叶わないって思ってたから……」
宣言すれば、宗介の目のふちに涙が浮かぶ。
しょうがないなと、制服の袖で少し雑に拭ってあげた。
「……そのわりには、かなり強引だった気がするけど」
「アユムが女だったらって、思ってたから。気持ちが抑えられなかったんだ。嫌われたくないし、大切にしたいのに……無理やり色々しちゃいそうだった」
つっこめば、バツが悪いというような顔を宗介はした。
「ねぇアユム……もう一回キスしてもいい?」
「えっ、いや……あのね、宗介」
宗介が頬を撫でてくる。
前回の宗介とは何度もキスをしたし、それ以上もしたけれど、改めてそうやって聞かれるとやっぱりドキドキしてしまう。
熱のこもった瞳に見つめられて頷きそうになったとき、玄関の開く音がした。
「お、おじさんたち帰ってきたみたいだね!」
ここが宗介の家だということを、すっかり忘れていた。
出迎えようと体を玄関の方へ向ければ、ぐいっと腕を引かれ、かすめるようなキスをされる。
「そ、宗介っ!?」
「アユム、顔が真っ赤だよ?」
慌てる私を見て、宗介が満足そうに笑っていた。
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「アユム、今日は部活を休んでゲームをしないか? 新作が手に入ったんだ」
「たまにはカラオケとかどうすか?」
「あのね、遊んでる暇はないの。今日はバスケ部の助っ人をするんだから」
マシロとクロエの誘惑を、きっぱりと跳ねのける。
あれから時間は経って。
私は中等部の生徒になった。
中等部からマシロとクロエも学園に入学してきて、私の周りは大分賑やかだ。
マシロは女装じゃなくて、男の姿。
クロエも女姿ではなく、前回のときと同じちゃらい男の姿をしており、二人とも私と同じクラスだ。
「えーノリ悪いっすよ、アユム」
「たまには休みも必要だと思うぞ?」
クロエとマシロが口ぐちに言う。
仲が悪いわりに、この二人こういうときだけ意見が合う。
「ダメだよ、二人とも。高等部に入ったら神様が入学してくるんだから。そのときまでにどれだけ学園の生徒の心を掴めるかが重要なんだからね。負けて困るのは二人も一緒でしょ」
ツキが残してくれた、神様との対決の場。
絶対に勝たなくてはいけないんだからと、まじめな兄が言う。
神様の呪縛から解き放たれた『ヒナタ』の体を持つ兄も、この学園に入学して、私をサポートしてくれていた。
ツキが神様にしかけた勝負は、私と神様で星降祭の主役を争うこと。
神様は人と同じ体で入学してきて、私と対決することになっている。ツキによれば神様は容姿に優れ、勉強も運動もなんでもできる人物とのことだった。
三年生になってからの、体育祭での対決、そして演劇対決、最後の人気投票で主役が決まる。
今のうちにできることはしておきたい。
早めに票を持っている学園生の心を掴んでおこう。
そう考えて、私は助っ人部をつくった。
部活動の助っ人からボランティアまで幅広く行い、できるだけ学園の皆と触れ合おうという作戦だ。
兄や宗介はもちろんのこと、マシロやクロエもメンバーなのだけれど……この二人はよくさぼろうとする。
クロエは女子のいる部活動の助っ人しかしたがらないし、マシロは運動部の助っ人だと無理だと言って逃げるのが困りものだ。
「ほらほら行くよ。吉岡くんからの依頼なんだから。マシロはベンチでいいから、逃げるのは禁止ね」
無理やり二人を引きずっていけば、すでにコートには宗介がいた。
弱小バスケ部は、吉岡くん以外幽霊部員。
練習試合のときは私たちが駆り出されていた。
クロエはちゃらく見えるけれど、運動神経はいい。
今日は女子の応援がいるので、クロエに期待してもよさそうだ。
マシロは運動が得意じゃないから、戦力として数えずにベンチ。
ばりばりのインドア派というか、引きこもりと言っていいマシロは、応援要員兼マネージャーだ。
「いくぞ、お前ら!」
掛け声をかけるのは、一応生物学上女子である兄だ。
髪をシュシュでまとめている兄は、まるで別人のように闘争心溢れる顔をしていた。
恥ずかしがり屋であがり症の兄だけれど、実は髪飾りをつけることで別の人間になりきることができる。
今日つけてるシュシュは、バスケ漫画の熱血ヒロインが付けているものと同じものだ。
最後にツキと別れた日に、試してごらんとアドバイスをもらって実行してみたのだけれど……効果はてきめんだった。
完璧超人であるヒナタのポテンシャルは高い。
女だと侮ってはダメだと、敵のチームもすぐに気づいたようだった。
フェイントや人を欺くような動きを得意とするクロエや、素早い動きで敵を翻弄する私でボールを奪い、宗介に繋いで、最終的に吉岡くんや兄へ持っていく。
私たちのチームワークは抜群だった。
部活が終わったところで、クロエの要望どおりカラオケに行くことになった。
こういうのちょっと青春ぽい。
なんだかんだで充実した日々を過ごしているなと、そんなことを思う。
「……アユム楽しそうだね」
帰り道、宗介が呟く。
街頭に照らされた道は暗く、息が白い。
宗介は面白くなさそうな顔をしていた。
「宗介は楽しくなかった?」
「そうじゃないけど……」
何だか拗ねたようにも聞こえる声に、思わず首を傾げて顔を覗きこむ。
「もっと……がほしい」
「えっ、聞こえないよ」
ぼそぼそと言われて耳を近づければ、手をぎゅっと握られて、間近で宗介と視線が合う。
「……アユムの事情は聞いた。ヒナタさんが前世の兄だってことも、マシロとクロエがアユムの協力者だってことも知ってる。いずれ神様と戦わなきゃいけないものわかるけど……二人っきりになる時間がほしい」
眉を寄せて、宗介がそんなことを言う。
この世界が千回も繰り返していること、宗介が本来死ぬべき運命にあること。
言わないでおこうと思っていた私だけれど、結局早い段階で宗介に全て話した。
マシロやクロエ、兄が私の近くにいて、仲良さげに秘密の共有をすることを……ヤキモチ焼きの宗介が、理由もなしに許すわけがなかったのだ。
「ねぇ、アユム。ダメかな?」
甘えるような声。
前回の宗介は、中等部から私の家に住んでいたし、帰宅部だった。
だから思う存分、家でいちゃいちゃできたのだけれど。
山吹夫妻が存命しているので、現在私と宗介の家は別で、しかも部活動に精を出してる。
宗介といる時間は長くても、二人っきりの時間は確かにあまりなかった。
「じゃあ、今度の日曜日に二人っきりで遊びに行こうか。ハイキングなんてどうかな」
私の言葉に、宗介が嬉しそうな顔になってわかったと頷く。
「いいコースがあるんだ。人もあまりいないし、のんびりできると思う。宗介はそこが結構お気に入りだったんだよ」
「……それ、前の俺の話だよね」
「同じ宗介だし、きっと気に入ると思うよ?」
上機嫌だった宗介が、一瞬にして不機嫌になる。
「……そこは嫌だ」
「どうして?」
機嫌を損ねた理由が分からなくて尋ねれば、どうしてわかってくれないのかと責めるように、強く手を握りしめられた。
「アユムが好きなのは……前の俺なの?」
宗介が咎めるような口調で呟く。
言った側から口にしたことを後悔するように、私から目をそらした。
「もしかして宗介……自分に嫉妬してるの?」
「……恰好悪いから、改めて言わないでよ」
宗介は耳まで赤い。
そんな宗介を見てると、愛おしい気持ちが膨らんでいく。
「安心してよ宗介。過去の宗介も、今の宗介も、未来の宗介も。全部まとめて宗介が大好きだから!」
抱きついてから、ここが外だということに気づいたけれど。
人通りもないし、まぁいいかと思うことにする。
まだ不服そうな顔をしている宗介の胸ぐらをつかんで、引き寄せて。
ちゅっと軽くキスをした。
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★アユム 2週目 初等部6年冬→中等部1年冬
●宗介と両想いに




