【65】さよならと、またね
最終話まで完成しましたので、残り3話を推敲後本日中に投稿しようと思います。
16時、17時、18時(?)の予定です。
「ボクが……この世界の繰り返しの原因?」
「うん」
言葉を復唱すれば、こくりとツキが頷く。
「さっきも言ったように、宗介の死はもうボクにはどうにもできない。宗介の生死をどうこうする力は……ぼくにはもうないんだよ」
ごめんねとツキは力なく笑う。
「一応説明しておくと……ボクは自分の体の一部を切り離すことができるんだ。それぞれに力と自我を与えて、独立させることができる」
そう言ってツキは立ち上がった。
テーブルから少し離れて立つと、左腕をあげて。
その手のひらをクロエの方へと向けた。
「クロエはボクの左腕。死神」
どこか歌うようにツキが口にすれば、その左腕が一瞬にして変化する。
まるで星空を圧縮したような透明感のある腕になった。
その手でツキは髪をかきあげ、左耳にかける。
「マシロはボクの左耳。扉の番人で、ボクの捨てた人を想う心」
さきほどと同じように、ツキの耳が星空色に変化する。
「それでアユムが持つ力は……ボクの右目」
星空色の左手で、ツキは自らの右目を押さえる。
手がどけられた後、そこには星空色の空白があった。
「最後にこの世界の神様。傲慢で本体に成りかわろうとする……ボクの右腕」
ツキが右腕に触れる。
その右手の指先から星空色に染まっていく。
それは腕の付け根を超え、体全体に広がっていった。
最後に残ったのは、左目の紅い色と……星空色の中で色づく心臓だけだ。
「このとおり、ボクの体はほとんど欠けて……力はもうわずかなんだ。神様に奪われてしまったんだよ」
「……どうしてこんなことに」
「嘘っしょ……?」
ツキの告白に、マシロとクロエは青ざめる。
目の前に立つツキは、星空色の影と言ってもいい姿をしていた。
それが異常事態だってことくらい――私にもわかる。
つまりツキは世界を繰り返す中で、力の大部分を失ってしまったらしい。
「神様は最初この世界を管理させるために作ったんだけど、途中から他の役目も与えたんだ。この世界を壊そうとするボクを止める役割。ボク自身が嫌いなボクの心でもある。つまり神様はボクのための敵役で、何でもボクに逆らう役目。劇でもなんでも敵役がいないと、盛り上がらないでしょ?」
子供がヒーロー遊びのために、仮想の敵役を作るようなものだよとツキは言う。
今のツキには口がないのに、どこからか声だけは聞こえてきた。
「神の奴にそこまでの力は与えてなかったはずだろう!」
「まぁね。クロエやマシロより大きな権限を与えてはいたけど、ボクに逆らえるほどじゃなかった。あくまでボクにとっては遊びだったから」
マシロが叫べば、ツキは元の少女の姿へと戻った。
それからゆっくりと席に着く。
何から話したらいいかなと言いながら。
「マシロやクロエの感情は、ボクに筒抜けで届くようになってる。でも神様は違うんだ。敵って設定になってる神様のやることがわかると、ボクが面白くないでしょ? だから神様だけは逆で、ボクの気持ちや考えがある程度届くようになってるんだ。はんでってやつだね」
そのおかげで、ツキがこの世界へ私を引き込んだことにも、神様は気づくことができたらしい。
それに対抗するための駒として使おうと、神様は兄の渡をこの世界へと引き込んだとのことだ。
「ちなみにアユムが持ってるそのメモリーカードは、ボクに何かされても大丈夫なように、神様が作ったものだよ」
神様以外の力の干渉を受けなくなる効果が、このメモリーカードにはあるらしい。
「本来の用途は、繰り返しによる記憶の保持じゃない。高位の存在であるボクに記憶を書き換えられたり、渡がヒナタの体から解放されることを防ぐためのものだ。これを持っている限り、神様以外からの力の干渉を受けない」
だからツキの力で世界を繰り返しても、その影響を兄は受けなかった。
つまりは、そういうことらしい。
「ツキの体が欠けた原因は、このメモリーカードが関係してるの?」
「直接ってわけじゃないし、それが全てってわけじゃないけど、関係はあるよ」
そういってツキは兄に目を向けた。
「世界が繰り返してることに、唯一気づけたのはメモリーカードを持つ渡だけ。一度攻略したはずの世界が繰り返されたことで、渡は主人公であるアユムが、攻略対象全員をクリアしないと元の世界に帰れないんじゃないかと考えてしまった」
迷惑な話だよねと、少々恨みがましくツキは言う。
「ボクはまたアユムにマシロを愛してもらえたらそれでよかったのに、渡がことごとく妨害してくるんだ。他の子とアユムの仲をさりげなく後押ししてね」
「僕のその行動が、ツキの体が欠けた事とどう関係があるの?」
わからないと言った様子で、兄が質問した。
「どんなに気に食わなくても、ボクはアユムに直接手は出せない。それが自分で決めたルールだから。それを大きく破れば力の一部が神様へいくように、ボクは自分で罰を定めていたんだ」
けれどもどかしくて、それを何度かツキは破ってしまったらしい。
結果……ツキは弱体化し、神様はその力を増していった。
「アユムとの約束を破ってる罪悪感。欲しいものが手に入らないって気づいてるのに、諦めきれない自分が嫌で。こんなみっともない自分が、大嫌いでしかたなかった」
自分自身をあざけるように、ツキは口にする。
「神様はボクが自分を嫌う感情からできてる。しかもその感情は、神様とつながってたから……ボクのその気持ちが大きくなればなるほど、さらに力が神様に流れてしまったんだ」
四百を数えたあたりから、神様の力はツキにかなり近づいていたらしい。
「このあたりで、渡のボクに対する妨害がさらに酷くなったんだよね」
棘のある口調。
ツキは思いっきり兄を睨んでいた。
兄は、私が攻略対象を全員クリアすれば帰れると希望を持っていた。
けれどメインヒロインのヒナタである兄自身と、隠しキャラ中の隠しキャラであるツキを除いて、残すところあと一人である紫苑を……私がなかなかクリアできなかったらしい。
今までの繰り返しの中で私に正体を隠し、サポートに徹していたはずの兄は――業を煮やして、積極的に私に関わり始めたとのことだ。
「怒られても僕には覚えがないというか……それに、紫苑は攻略の難しいキャラじゃなかったはずだよね?」
「まぁね。ボクが妨害してたんだ」
おずおずと疑問を投げかけた兄に、ツキが言う。
「種明かしをすれば、紫苑は乃絵そのものなんだ。あっちで体から抜けた魂を、そのままここに連れてきてボクの力で固定したものだよ」
「紫苑が……乃絵ちゃん本人?」
そんなことってあるのかと、思わず声に出す。
乃絵ちゃんと切り離せないほどに似すぎていると――ずっと思っていた。
「紫苑は、本来この世界のゲームの主人公になる予定だった、渡を引き込むためのエサだったんだ。それでいてボクは、紫苑をクリアした際に乃絵の記憶が戻るよう細工しておいた。演出……というか、遊びの延長で」
本当あの時の自分はバカだったというように、ツキは呟く。
「もしも紫苑をアユムがクリアすれば、乃絵の記憶が戻っちゃう。そしたらアユムは現実世界で、乃絵が死んだことに気づいちゃうでしょ? せっかく忘れてるのに、悲しい思いはさせたくなかったんだ」
「ツキ、それはっ!」
慌てたように兄が立ち上がる。
それをツキは大丈夫だよというように、手で制した。
「今のアユムは知ってるから、平気だよ。紫苑のルートをクリアしたわけじゃないのに、前回自力で思い出したんだ」
「大丈夫だよ、お兄ちゃん」
ツキの言葉に頷けば、兄は少し驚いた顔をして、それから席に座り直した。
「まぁ紫苑の話はいいとして、渡は方向を転換した。まずはヒナタとしてアユムと扉を開けようと考えたんだ。ヒナタも攻略対象の一人だからね」
でもこれがまた厄介だったんだと、ツキは眉を寄せた。
「ヒナタに……ハッピーエンドはないですよね」
「そういうこと。さすが渡、本人だけあってよくわかってるね」
低い声で少し警戒するような兄に対して、ツキが皮肉っぽい響きで口にした。
「でもちょっと待ってよ。このメモリーカードには、ちゃんとヒナタのアイコンもあったよ。それってヒナタのルートをクリアしたってことじゃないの?」
「クリアしたルートが、ハッピーな結末とは限らないでしょ? 渡はアユムを大切に思っていたからね。ヒナタのルートを試す際に保険もかけてたんだ」
自分がアユムを殺そうとしたときは、自分を殺してくれと宗介に頼んだり、もしくはクロエと契約を交わしてみたり。
その上で、色々兄は試していたらしい。
「ヒナタのアイコンの出現条件は、アユムがヒナタの正体を知った上で、その死を目の当たりにすることだと思うよ」
さらっとツキは説明してくれたけれど、それはかなりエグい。
それが本当だとすると兄が死ぬところを……私は三十回以上も見たということになる。
……というか、弱虫でヘタレな兄に、何度死んでも同じことを繰り返す勇気があったのが驚きだ。
「渡は死ぬ瞬間を覚えてないらしいよ。あと、神様に操られてるときも、記憶がないんだって。アユムを殺すバッドエンドのときは、いつも殺して後に正気に戻るんだって言ってた」
私の心に湧いた疑問に、ツキが答える。
繰り返しの中で、ツキは兄と話す機会があったらしく、そのときに聞いたらしい。
「あと、渡は弱虫なんかじゃないよ。アユムを救うために、何度も一人で孤独に耐えて世界を繰り返してたんだから。本当もう、しつこいくらいに。最後のあたりは……壊れかけてたけど」
今までの言動から、ツキは兄のことを嫌ってるのかなと思っていたから驚く。
嫌いだけど、認めてはいるんだというように、ツキは口にした。
「さて、話の続きだけど」
ツキが一呼吸いれて、指をはじく。
周りの風景が変わり、いつの間にかマシロの部屋にいた。
大型のテレビの画面に、私の持っている黒いメモリーカードのデータが映しだされる。
五百回目の白い髪に紅い瞳の女の子が一人で映るアイコンを、ツキが差し棒で示す。
単独でこのキャラが映るアイコンは、この五百回目だけマシロではなくツキらしい。
「五百回目は、ボクが直接アユムに接触した。もう神様の力がボクを超えるのは、時間の問題だったから……その前にアユムに懺悔して、全てを終わらせようと思ったんだ」
ツキは私に直接接触し……今までの全てを打ち明けたらしい。
この世界を終わらせて、自分も終わるつもりだったようだ。
「でもそれはできなかった。すでに神様の方がボクより力が上まわっていて、それは阻止されてしまった。ボクは世界に干渉する力をほとんど失ってしまった」
テレビ画面に表示される赤のアイコンは、私がヒナタに刺されて死んだ回。
黒は私が自殺した回だと、ツキは説明する。
「ボクが自殺!?」
淡々と説明するツキに、思わず大きな声が出る。
「回を重ねるごとに、アユムは宗介の犠牲に気づくようになったんだよ。宗介を生かすために、自ら死を選ぶことも少なくなかった。でも結局その場合、宗介はかならずアユムの後を追って死んでるんだけどね」
記憶はなくても、確実に今までの積み重ねは影響していたということなんだろう。
後半の私は、宗介ばかりを追い回していたらしい。
「全ての回で共通するのは、想いの程度は違っても、アユムが必ず宗介に惹かれるってこと。告白せずに諦めたり、宗介に振られたりして、成就したのは前回の一度だけだけどね。そして、八百回目あたりから、ボクが世界を繰り返さなくても――勝手に世界が繰り返すようになってたんだ。宗介かアユムが死んだ時点でね」
積み重なった宗介への想いが、そこにはあったんじゃないかなとツキは言う。
「まぁとにかく、現在宗介の運命は神様の手の内にある。アユムはそれに抗って、自分の意思でこの世界を繰り返してるんだ。無意識にね」
そうツキは締めくくった。
「ボクが……世界を繰り返してた? そんな力、ボクには……」
「強い意思や想いは力を呼ぶ。自然と集まり宿る。宗介を助けたいっていうアユムの願いが、ボクの力を引き込んだんだ。ボク自身がアユムの力になりたいって願ってたから、そのせいもあるは思うけど」
ツキはテレビとゲーム機の電源を落として、メモリーカードを兄に渡す。
「これは渡が持ってて。宿ってる力をボクの力に書き換えたから、持ってる限り神様の干渉を受けなくなる。アユムを殺す心配もないよ。ただ、絶対なくさないようにしてね」
「わ、わかった」
兄が頷いたところで、ツキはマシロとクロエの前に、紅いリンゴをそれぞれ置いた。
「二人にはボクの力をあげるよ」
「ツキ、これは!」
「……」
マシロが声を上げ、クロエが黙り込む。
「ボクは神様とアユムの対決の機会を作る。その手で、アユムが道を掴みとれるように、二人はアユムに協力してあげて」
「これを食べたら……ツキはどうなるの」
深刻な表情をしている二人の代わりに質問すれば、ツキは困ったような顔をする。
おそらくこのリンゴは、ツキに残った力の全てだ。
つまりはツキの存在の力。
二人がこれを食べてしまったら――ツキは消滅するってことじゃないの?
視線で問いかければ、ゆっくりとツキは口を開く。
「……放っておいても、じきにボクは神様にとりこまれる。もうあっちが本体みたいなものなんだよ。せめて最後くらいあがきたいし、アユムにかけたいんだ」
観念したように、ツキは溜息を吐いた。
やっぱりこのリンゴを二人が食べれば、ツキは消滅してしまうらしい。
「神様にゲームをしかける。ゲームスタートは高等部に入ってから。負ければ宗介は死に、アユムも死ぬ。マシロとクロエも力を奪われて、消滅すると思う。その暁には、彼はこの世界を理想に近づけようとするはずだ――自分の思い通りになる世界にね」
それはとてもつまらないことだけど、彼にはまだそれがわからない。
まるで自嘲のような、皮肉めいた言い方でツキは吐き捨てる。
「それ、かなり危険な賭けなんじゃ……」
「まぁね。でも、ボクの最後の欠片が神様に渡れば、遅かれ早かれそうなる。勝ちさえすれば、神様はマシロやクロエ、アユムやそれに関わる人たちに手出しできなくなるんだ」
ツキはそっと私の手をにぎりしめる。
まるで祈るようなしぐさだった。
「絶対に勝ってよ、アユム。ボクが好きになれたこの世界を守ってほしい。ボクごとこの世界を救ったように、もう一度……救って見せて」
その目は、存在が消滅してしまうというのに絶望してはいない。
その薄く透けるような存在の中、強い力を放っていて。
信じていると、私ならできるはずだと――そう、言われている気がした。
「……ありがとうツキ。必ず、勝ってみせるから」
決意をこめて口にすれば、ツキは頼んだよと微笑んだ。
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全員で扉の外へ出る。
時間帯はすでに、昼から夕方になっていた。
「さよなら……アユム」
ツキはそう言って、扉の向こうへ下がる。
悲しげではあったけど、でもどこか救われたような顔をしていて。
その表情に、胸がちくりと痛んだ。
「さよならじゃなくて、またね。そう教えたよね、ツキ?」
勝手に口が、そんなことを言う。
ツキと友達だったというときのことを、私は覚えてない。
まるで自分じゃない誰かが、体を借りて声を出したみたいだった。
「アユム……」
ツキが泣きそうな、子供っぽい顔になる。
心の中に、ツキに対する複雑な想いが湧きあがってきた。
これは今までの積み重ねてきた、私の想いなんだろう。
きっと先があれば――ツキといい友達になれたはずだ。
また会えますように。
次はツキとちゃんと友達になれますように。
気づけば、自然とそう願っていた。
「またね」
もう一度口にして、気づく。
これは、また会う約束というよりも、また会えますようにという私の願いだ。
もう一度、何度だって、あなたに会いたいと願っている。
そう相手に伝える言葉だった。
たとえその願いが果たされることがなくても。
想いは、ちゃんと目の前にいる相手に届いているから――それでいい。
その証拠に、くしゃりとツキの顔が歪んでいて。
温かな気持ちが、胸に滲んでいくのがわかった。
「……またね、アユム!」
涙の浮かぶ、でも――とびっきりの笑顔で。
ツキは扉の向こうから手を振ってくれる。
この世界で強い願いが力になるなら。
きっとまたどこかで出会えると、確信もなくそんなことを思った。
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★アユム 2週目 初等部6年冬
●ツキ退場
シリアスターンはほぼ終わりです。




