【63】友達
「とりあえずさ、クロエ。ツキをここに呼ぶことってできる?」
「何をするつもりっすか?」
「もちろんぶん殴る」
握りこぶしを作ってそう言えば、クロエは面白そうに笑った。
「何でも手に入れてきたツキは、全てが自分の思い通りになるのがつまらなかったんだよね。それでボクをこの世界に呼び寄せた。でも、今度は自分の思い通りにならないからって、だだをこねるのはおかしいと思うんだ」
ふつふつとわきあがる怒りをそのまま声に乗せて、クロエを通じてツキに話しかけるような気持ちで口にする。
「創造主だろうが何だろうが、やっていいことと悪いことがある。人の人生をなんだと思ってるの?」
「退屈しのぎに作った玩具ってところっすかね」
私の問いかけにクロエが答えた。
むっと眉をつりあげれば、まぁまぁというように手で制された。
「自分で作った人間に愛着は一応あるんすよ。ただ、それは結局ツキと対等な存在じゃないんす。人間がペットを愛おしく思うようなものだと考えたらいいと思うっすよ」
そもそも立ち位置が違うんすよとクロエは言う。
創造主からしたら人間なんてそんなものかもしれないけれど、納得がいかなかった。
「ツキはいつの間にか存在していて、親も兄弟も何もいないんす。最初から高度なたった一つの存在だった。だから、アユムがいた世界をまねてこの世界と人間を作ったっす。でも人間は結局、創造主であるツキの意思を読みとって動くから、すべてはツキの思い通り。どこまで行っても……ただの一人遊びっす」
そう言ったクロエは、いつもと違う笑い方をした。
どこか苦しそうな、泣きそうな顔で、自嘲するように呟く。
「まぁつまりは、寂しかったんすよツキは。人間たちと関わって、自分が寂しい存在なんだってことに……気づかされた。だから、その部分を切り離した。切り離されたのは、ツキにとってはいらない弱い部分っす」
クロエはマシロに視線を向ける。
その切り離された部分というのは……どうやらマシロのことのようだった。
「寂しいと感じる気持ちがなければ、寂しいと思うことはない。誰かを愛おしく想う、思いやる気持ちがあるから、誰かから同じように想われないことを苦しく思う」
普段の煙に巻くようなしゃべり方ではなく、静かにクロエが語る。
「人間はツキを愛してはくれたけれど、それは仕組まれた愛っす。そんなものほしくはなかった。でも、それでもいいと思ってしまうくらいには……飢えてた。愛着があった。だから、まだ世界は存在している」
言いきってから、仕切りなおすようにクロエはため息を一つ吐いた。
「恰好悪いっすよね。本当、往生際が悪い。でも、それでもあがかずにはいられなくて、手を伸ばそうとして、結局無理だってわかって捨てたんすよツキは」
クロエはそういって肩を竦めて。
お行儀悪く、私にストローの先を向けた。
「まぁ何が言いたいかっていうと。人を思いやる気持ちをそもそも、今のツキは持ってないってことっすね。マシロを切り離したせいで、自分の感情が処理できない。抱えきれない自分の想いに戸惑って、暴走してるってところっす」
「クロエだってツキの一部なのに、やけに冷静に分析するんだね」
「人の中にだって、色んな面があるっしょ? 子供っぽい自分や、冷静な自分。ツキとおれたちの関係は、それと似てるんすよ」
性格はそれぞれ違うし、考え方も違う。
それでもツキの一部なんだと、クロエは答えた。
「……なぁ、アユム」
ずっと黙っていたマシロが口を開く。
そちらへ目を向ければ、じっと私を見つめてくる。
「アユムは宗介が好き……で。一緒に幸せに……なりたいんだよな」
確認の言葉。
まるで辛いのを押し殺すような表情をマシロがしていたから、迷いなく頷けるはずなのに……躊躇ってしまった。
「そう……だけど」
かなりの間の後、ようやくそう呟けば。
そうかと言ってマシロは席を立ちあがり、店から出て行ってしまう。
様子がおかしくて不安になって、兄と顔を見合わせた。
「なるほど、その手があったっすか。マシロの奴……ツキと同化するつもりっすね」
後を追いかけた方がいいかもしれない。
そう考えて私が腰を浮かしたところで、クロエが呟いた。
「同化?」
「さすが兄妹っすね。息がぴったりっす!」
兄と同時に声を上げれば、面白そうにクロエは笑う。
「マシロがツキの本体に戻れば、人を想う気持ちがツキに加わるっす。そうすれば、ツキの行動は今のマシロに近いものになるっすよ。自分の気持ちを押し殺して、好きな人の幸せを願って……見守るって具合に。本当マシロはバカっすよね」
元は同じはずなのに、どうしてここまで違うのかというようにクロエが呟く。
マシロを愚かだとさげすむような響きがそこにはあった。
「ちょっと待って。本体に戻ったとして、マシロはどうなるの!」
「マシロという存在自体は消えてなくなるっすね。でも、元に戻るだけっすよ。もともとツキの一部っすから」
マシロが消える。
私の願いを叶えるために。
そんなこと……望んでない。
これじゃ前と同じだった。
「アユム!?」
気づけば店から飛び出していた。
私を呼ぶ兄の声がしたけれど、かまってなんていられない。
ツキと同化するのなら、マシロはきっと学園の『扉』へ向かうだろう。
扉の向こうにツキがいるらしいから。
肺が痛いと感じるほどに、全速力で走る。
学園の扉が見える場所まで行けば、やっぱりそこにはマシロの姿があった。
マシロが押すと、扉が薄っすらと開く。
星降の夜でもないのに扉が開くのは、マシロが扉の番人だからなんだろう。
間に合えと息を整えるのも惜しんで、その扉へと滑り込む。
「うわっ!? あ、アユム!?」
勢いが付きすぎて、マシロを背中から押し倒すようにして扉の中へ転がり込んだ。
呼吸が苦くて返事ができない。
間に合ってよかった。
運動のステータスを上げておいてよかった。
そんなことを頭の隅で考えながら、力任せにマシロを抱きしめる。
「痛い! 痛いぞアユム!」
そんなの構うものか。
本当にマシロは勝手だ。
残される人の気持ちを、マシロは考えてくれない。
文句の代わりに、痛いくらいに腕に力を込める。
「なんで、マシロは……勝手にいなくなろうとするの。マシロが犠牲になって、幸せになったって、嬉しくない。それは、幸せじゃない」
マシロを睨んで、途切れ途切れになりながら伝える。
息をのんでマシロは私を見て、それから目をそらす。
「だがアユム、ぼくはツキの一部で……アユムが苦しんでいる元凶でもあるんだ」
自分さえ犠牲になれば、全て丸く収まる。
自分なんていなくなってしまえばいい。
どこか投げやりに、でも辛そうにマシロは口にする。
その頬を……パンと音を立てて、ビンタした。
「アユ……ム?」
目を見開いて、マシロが私を見る。
赤くなった頬を手で挟んで、その視線を自分に固定する。
「マシロは、ボクと出会わなければよかったって思ってるの?」
「それは違う! アユムと出会って一緒に過ごして、こんなに楽しかったことは久しぶりで……絶対にそんなことは思ったりしない!」
問いかければ強くマシロが否定してくる。
「なら、いなくならないでよ。マシロはマシロだよ。私はマシロがいなくなったら寂しい。だから……また、いなくならないで」
縋りついて涙混じりの声で言えば、それが移ったかのようにマシロの瞳が潤んでいく。
「複雑な……気分だな。アユムがぼくを必要としてくれることが、こんなにも嬉しい。けど、側にいるのはそれはそれで辛いんだ。逃げることも、許してはくれないのか?」
「うん、ごめん。ボク……わがままなんだ」
泣きそうな顔のマシロに言えば、くしゃくしゃと頭を撫でられた。
それからマシロは立ち上がる。
「ぼくはアユムが好きだ。たぶん、ずっとこれからも。アユムが誰を好きでも。それでも側にいていいか? ……友達として」
手を差し出して、マシロが言う。
仲直りだとでもいうようなその言葉は、マシロなりのけじめなんだろう。
「うん、ありがとうマシロ。ぼくもマシロが好きだよ」
少し悩んだけれど、好きと口にする。
その『好き』は恋愛のそれじゃなくて、友達としてだけれどきちんと伝えておきたかった。
言えばマシロの顔がくしゃりと歪む。
「あぁ……わかってる」
まるでその顔を見られるのが嫌というように、マシロが少し屈んで私の肩に顔を寄せた。
「少しだけ、こうさせてくれ……」
「うん」
マシロに対して酷なことを言ったのは、痛いほどわかっていた。
微かにその声が震えてるのに気付かないふりをして。
しばらくその大きな背中を撫で続けた。
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★アユム 2週目 初等部六年
●マシロと扉に入る
すみません一時間遅れました。
最近金曜に時間通りに帰れないことが多いので、次回から予定時刻を18時から19時に変更しようとおもいます。ごめんなさい。
★10/11 通し番号振り間違えていたので修正しました。本文、微修正しました。




