【61】思い出す記憶と
学園に入学して、前回と同じように理留や留花奈と出会った。
できるだけ前と同じような態度で二人には接して、放課後になると図書館へと向かう。
兄が言っていたマシロというキャラクターは隠しキャラ。
ゲーム内では二周目以降に攻略可能。
仲よくなるイベントは、ゲーム内のコマンドでインターネットを開き、ゲームの掲示板を何度も見ること発生するらしい。
まだギャルゲーの開始日までかなりの年月があるので、その掲示板にマシロがいるかどうかはわからない。
それでも何もしないよりはましだと、生徒ならだれでも自由に使えるパソコンで、兄が言っていたゲーム関係の掲示板を開けようとしたのだけれど。
……制限がかかっているようで、うまく開けない。
初等部の生徒が勝手に変なサイトを開けないよう、学園側がロックをかけているようだ。
「……アユム、パソコン使えるんだね」
「えっ……まぁね?」
横で感心したような声を出した宗介に、ちょっぴりドキッとする。
そういえば……今の私は七歳なんだった。
そのあたり、気をつけなきゃいけないなぁと今更思う。
不審がるというより、宗介はすごいなぁと尊敬した顔をしているから、まぁ大丈夫だろう。
「ねぇ、宗介。この学園に白い髪で紅い目をした女の子っている?」
「……もしかして、アユムどこかでウサギを見たの?」
尋ねれば宗介がそんなことを口にする。
『ウサギ』というその単語が頭にひっかかった。
どこかで聞いたことがあったような気がする。
「ウサギって何? 動物のこと?」
そうじゃないとはなんとなくわかっていたけれど、とぼけた調子で尋ねれば、宗介はこの学園に伝わる怪談を教えてくれた。
白い髪に紅い瞳の少女ではなく、少年のお話。
学園にある『扉』の向こうからやってきた『ウサギ』は、『ツキ』が扉を閉ざしたせいで戻れなくなってしまい、こちらの世界をずっと彷徨っている。
『ウサギ』は寂しがりやで、今でも夕暮れ時になると扉のあるこの学園を徘徊しているらしい。
気に入られると扉の向こうへ連れていかれて、二度と帰れなくなってしまう。
その話を聞き終えてから、前にも一度聞いたことがあるなと思い出した。
兄がくれたノートにも『ウサギ』という単語が書いてあったような気がするし、前回の初等部四年の時に吉岡くんが話してくれた話と全く同じだ。
確かあれは、初等部の四年生の一学期が終わる日。
吉岡くんから怪談を聞いて後、水着を更衣室に置いてきてしまったことに気が付いた私は、夕方の学園に取りに行った。
更衣室のドアが開かなくなって、それで……。
あれ、おかしいな。
その後がうまく思い出せない。
インパクトの強いできごとだったはずなのに、どうして忘れてしまってるのか。
「どうかしたの、アユム?」
黙り込んでしまった私に、宗介が声をかけてくる。
なんでもないよと私は答えた。
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一旦宗介と家に帰ってから、夕方。
私はまた一人で学園を訪れていた。
どうにも思い出せない記憶が頭にひっかかって、気になってしかたなかった。
更衣室に行けば、何か思い出せるんじゃないか。
そんなことを思ったのだ。
けど、そもそもまだ春なのでプールの更衣室には鍵がかかっていた。
やっぱりそう上手くはいかないかと思いながら、なんとなく校内をぶらついて。
気づいたら、学園の一階にある階段下の用具室前に来ていた。
その前に立ち止まって、どうしてここに来たんだろと自分で不思議に思う。
まるでいつもしていることのように、自然と足が動いていた。
「帰ろ……」
そう口にしたとき、その用具室の扉が開いた。
そこから出てきたのは白い髪に紅い瞳をした、高校生くらいの少年。
彼と目があった。
宝石のような、綺麗な紅の瞳。
それを見た瞬間――頭の中にめまぐるしく情報が流れていく。
まるで無理やりせき止められていた水が流れ出すように、私は目の前の少年のことを――マシロのことを思い出した。
「マシ……ロ?」
自分が信じられなかった。
あんなに友達だったのに、マシロのことをこの瞬間まで全く忘れていた。
「あぁ、見られてしまったか……面倒だな」
私を見て、マシロはやれやれと溜息をつく。
まるで私を知らないかのような態度だ。
それも当たり前だと気づけないほどに、私は動揺していた。
『今見たことは、すべて忘れるんだ。いいな?』
マシロの声が頭に響く。
紅い瞳が私を覗きこんでくる。
暗示をかけようとしてるんだとわかったけれど、それは今の私には効かなかった。
ぐっとマシロの腕を掴む。
「お、おい……」
目の前のマシロは、困惑した声を出した。
でもそんなことは私にとって、どうでもよかった。
全部――思い出した。
宗介との結婚式の日、私はマシロに暗示をかけられた。
「ぼくは扉の番人だ。宗介をアユムが選んだのも、また選択で。その結末を最後まで見届ける必要がある。その先に何があるのかわかっていても、ぼくには止められないし眺めることしかできない」
そう、前回のマシロは言った。
つまりあのときのマシロは、私が宗介を選んだことで――周りの皆が死ぬのがわかっていたんだろう。
「頼むアユム。離れるのは辛いが、側にいて見守るのは……もっと辛い。ぼくは関わりすぎた。平気な顔をしてアユムと一緒にはいられない。見ていられないんだ。アユムが思っているより、ぼくは弱いんだよ」
あの言葉の意味が、今ならわかる。
全部を知りながら私の側に居続けることが、心優しいマシロにはできなかった。
私から自分自身の記憶を奪い去って。
マシロはあの後――。
おそらくは、自ら私の生きる時間を延ばすために、命を絶った。
私に近しければ近しいほど、次の犠牲者が出るまでの時間は伸びるから。
「マシロの……バカ」
トン、とその胸を叩く。
本当にバカなのは私だってことくらいはわかってる。
これは八つ当たりだ。
あの時は知らなかったとはいえ、マシロが死ぬ羽目になったのは私の選択のせいだ。
わかってる。嫌というほど、わかってる。
でも、自分から死なんて選んでほしくなかった。
そんなことは望んでなかった。
責めてくれてよかったのに。
私が罪悪感も何もかも抱けないよう、マシロは記憶ごと全部持っていってしまった。
マシロが犠牲になっていたのに、私はそれすら忘れていた。
そんな自分が許せなかった。
「マシロはボクに甘すぎるよ。優しすぎる。どうして……そうなの」
「な、なんのことだ!? どうして泣く!?」
嗚咽が口から漏れて、涙が零れる。
そんな私に、目の前のマシロは酷く動揺していた。
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「君はこの学園でいずれ行われるゲームの主役で、気づいたら過去に飛ばされていた。それでぼくに会うのは二度目で、嫌な未来を回避するために動いている……そういうことでいいのか?」
「うん……大体、そんな感じかな」
マシロが入れてくれたココアを飲みながら、頷く。
どうにか泣き止んで、マシロに伝えられたのはそこだけだった。
「正直、どうして泣かれたのかが気になるんだが……今日はもう遅いからな。また明日にしよう。込み入った話になるんだろう?」
マシロはあっさりと私の話を受け入れてくれて、そんなことを言う。
それだけで涙が出そうになれば、マシロが慌てたようにもう泣くなと言ってくる。
私に泣かれるのが苦手みたいで、そんな顔を見てると余計に泣いてしまった。
また明日と約束をし、その日は帰って、次の日。
学園内にある隠し部屋で今までの事情を話せば、マシロは難しい顔になった。
「……正直、信じられないな」
「この世界が繰り返してるなんて、変な話……受け入れられないよね」
「そうじゃない。世界の繰り返しに関しては、ありうる話だ。ただ、ぼくが扉の番人の立場を放棄したということが、信じられないんだ」
ぼそりとマシロが呟く。
眉間にしわを寄せて、考え込むような顔をしていた。
「それほど、君を気にいってたってことになるんだろうが……自分がそんなふうになるなんて、聞いてもいまいちピンとこない。別に話を信用してないってわけじゃないから、そこは誤解しないでくれ」
そう言ってマシロがテレビの電源を付ける。
接続したままになっているゲーム機に、私が持ってきた黒いメモリーカードを差し込んだ。
映し出された画面に、メモリーカードの中のデータが映し出される。
千近くあるセーブデータは、全部『その扉の向こう側』のゲームデータ。
そのデータの一つ一つに、プレイヤー名と主人公名、それとキャラクターのデフォルメされた画像がついている。
「見ろ。最新のデータだけ、主人公名もプレイヤー名もアユムになってる。その一つ前は、プレイヤー名が渡とアユムの二人になってるな」
このメモリーカードを持っていて、記憶を次に持ち越した者が基本的にはプレイヤー名に書かれているんだろうと、マシロは口にした。
「渡は君の兄なんだよな? これを見ると彼は、千回近くこの世界を繰り返していたということになる」
やっぱりゲーム好きのマシロでも、そう思うらしい。
「……一番目のデータに載っているキャラは、おそらくぼくだ。ただ、双子のように同じ顔がもう一つあることからすると、一方はツキの可能性がある」
「ツキって、この世界の創造主の?」
「あぁそうだ。ツキはぼくの本体で、見た目は同じだ」
さらりとマシロは答えた。
「……ぼくの感情は、ツキに影響する。ぼくが君を好きになれば、ツキも君を好きになる可能性が高い。最初のデータでは、君はぼくと扉の向こうへ行ったんだろう。それでいてツキも……君に恋をしたと考えていい」
けれど五百回目で、データにのっている白髪に赤目の女の子キャラが、二人から一人に減っていた。
そこをマシロは指さす。
「五百回目に何かあったと見ていいと思う。アイコンに映るぼくが二人から一人に減っている。その前にはヒナタ……君の兄のアイコンが多く、この後からはほとんどない」
それは私も思っていた。
四百回目から五百回目にかけて、ヒナタのアイコンが多い。
それはつまり、兄が私に積極的に関わってきたということだ。おそらくはこの世界から抜け出すために、私に働きかけたんだろう。
けれど五百回目にある、白髪に紅い瞳のキャラが映ったアイコン以降、ヒナタは百回に一度、思い出したかのようにしか出てこなかった。
それは、諦めを差しているように思えた。
「この五百回目のアイコンに映る白髪に紅い目の少女は、たぶんぼくではなくツキじゃないかと思う」
「どうしてそう思うの?」
「世界がまだ回っているからだ」
よくわからない答えを返されて、思わず首を傾げた。
「ツキはもともと、この世界の行く末を決めようとこんなゲームを始めたんだ。自分の世界に価値があるかどうか、君の判断を見て考えようと思った」
ここまではわかるかと、マシロが尋ねてきたので頷く。
「一番目の君はぼくを選んだ。それはツキにとって、自分自身を選んでくれたのと変わらないんだ。たぶん、ツキは嬉しかった。だからきっと、君が死んでしまってあと……世界を繰り返したんじゃないかと思う」
推測にすぎないけどなと、マシロは口にする。
「人間はいつか死ぬ。それを延ばすことも可能だけれど……ツキはそれをしないだろう。力を与えすぎると、それは人間じゃなくて自分と近い者になってしまうからな。それだと意味がないんだ。自分に選ばれても、それは今までと変わらない茶番の延長でしかない」
マシロは自分がツキの一部だと言った。
だから、少しツキの気持ちがわかるんだろう。
どこか苦しそうな顔をしていた。
「きっとツキはもう一度、君に自分を選んでほしかった。だから……世界を繰り返した。けどツキが望むようにはならなかったんだろうな。二回目のデータでは別の人物を選んでいるようだし」
二番目のデータで、私は理留を選んでいた。
マシロは冷静に分析を続ける。
「けどまぁ、それはそれでツキは喜んだと思う。今まですべてのできごとは、創造主であるツキの思い通りになってきたからな。自分の力でどうにもならない出来事を、おそらくツキは楽しんでいた」
そう言って、マシロはテレビの画面を指でなぞる。
その指先が、五百回目のデータのところで止まった。
「そこまではまぁ、よかった。でも、問題はこの五百回目だ。ここのアイコンは白髪に紅い目の少女が一人。つまり、ぼくかツキかどちらかだけを君は選んだということになる」
この後は、二人で映っているアイコンはないことを確認しながら、マシロは呟く。
「これがぼくだとするならば、それはつまりツキがアユムに飽きたということになる。けれど、それだとまだ世界が繰り返していることに説明がつかない。世界を繰り返す力を持っているのは、ツキだけだ」
「じゃあ、このアイコンはツキ本人ってこと?」
その可能性は高いなと、物凄く渋い顔でマシロは口にした。
「だが、そうなると……普段高見の見物をしているあいつが、この世界に降りてきて、本格的にアユムの運命にかかわったことになる。つまりは本気で君が好きになったということだ」
「それは、何かマズイの?」
「今まではありえなかったことだ。それが何を引き起こしたのかは、ぼくにはよくわからない」
深刻そうな声に思わず尋ねれば、マシロは首を横に振った。
「それで前回の記憶を持つ君は、これからどうするつもりでいるんだ」
「ぼくは宗介を助けたいんだ。宗介に待つ死の運命を回避して、この世界で穏やかに一緒に暮らしたい。誰も死ぬことなく」
自分のストレートな願いを伝える。
マシロはなるほどなと言いながら、深いため息を吐いた。
「そいつは本来、死んでるはずの人間だ」
淡々とマシロは告げる。
ただ真実を告げるような口調の中には、私に対する配慮なんてものはない。
私はマシロをよく知っていても、このマシロにとって、私は出会ったばかりの人間だから当然だ。
あたりまえなのだけれど……容赦のない言葉が胸に痛い。
「それでも、嫌なんだ」
「運命を歪めれば、その歪みはどこかへ行く。この世界の創造主でもない限り、全部を全部すくい取るなんてこと、できるわけがないだろう」
話にならないというように、マシロは口にする。
「ぼくは扉の番人だ。君の行く末を見守る。あがくのも、諦めるのも君の自由だ」
突き放すような言葉。
マシロは私のことをアユムではなく、君と呼ぶ。
その間には……大きな距離があるのを感じて、悲しくなった。
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★アユム 2週目 7歳
●マシロと出会う




