【15】どっちが理留(りる)? 留花奈(るかな)?
どっちが理留で、留花奈か。
三回当てれば、豪華賞品と玉の輿。一度でも失敗すれば、人生が終わる。
友達の誕生日パーティに来て、どうしてこんな一生を左右する選択を迫られているんだろう。
考えたところでよくわからなかった。
「さあそれでは一回目、はじめますわよ」
パチンと二人の母親である理真さんが指を鳴らす。
見えないところでシャッフルされた二人が、私の前に現れる。
私は悩んだ。
もちろん、どっちがどっちかに悩んだわけじゃない。
このゲームを当てるか、当てないかに悩んでいた。
この年で結婚なんてどうかしてる。
正確には婚約という形をとって、許婚になるなんてゲームの前に説明を受けたけど、すでに婚姻届が用意されていたのが本気度の高さを窺わせていた。
理真さんは、最初から勝者にこの賭けをさせるつもりだったのだろう。
会場からはさっきまでの和気藹々とした雰囲気は消え去り、みんなが固唾を呑んで私を見守っていた。
刺激の強い、最高の見世物だ。
一回目、私はとりあえず当ててみせた。
わっと歓声が起こる。
二回目。
右が留花奈で、左が理留だ。
この年で結婚なんて考えられないし、わざと外そうか。
きっと人生を潰すなんてその場の冗談・・・・・・だと思うし。
いや、でもあれは本気に見えたんだよな。
黄戸の家の力をつかって、一家離散くらいには追い込まれそうだ。
それは嫌だなぁ。
やっぱり当てるしかないんだろうか。
でもそしたら結婚だ。
女なのに、女の子と結婚てありなのか。
でもこの世界では私男だからいいんだよね。
子供とかどうなるんだろうなんて、先のことまでぐるぐると色んなことを考える。
そんな時、私はふとひらめいた。
正解すれば、理留と公認のカップルだ。
『そのド』のクリアするための条件を満たした事になり、星降りの夜に元の世界への扉が開くのではないだろうか。
そのまま扉の向こうへ帰ってしまえば、結婚だってしなくて済む。
すぐに私はその考えを打ち消す。
理留の人生を巻き込むのはよくない。
それに理留は純粋でいい奴だ。こういうことに気持ちを利用したくはなかった。
留花奈なら、利用しても心はそこまで痛まない気がするけど、そもそも扉が開かないだろうし、最初からその選択肢は頭の片隅にも存在していない。絶対結婚したら苦労させられるのが目に見えている。
「時間ですわ。答えてください」
悩んで私は正しい答えを口にする。
正解だと理真さんが告げた瞬間、焦らされていた観客たちがわっともりあがった。
「それでは最後の問題ですわ。どっちが留花奈でしょうか?」
「・・・・・・左が留花奈」
私は悩んだ末に、間違った答えを口にした。
「さぁそれでは、正解は?」
理真さんが二人に振る。
「悔しいけど、正解ね!」
「残念でしたーそれは姉様よ」
全く別の答えがハモる。
会場がどよめいた。
「ちょっと姉様どういうつもり? 正解なのに、間違ってるだなんて」
「それはこっちの台詞よ姉様。間違ってるのに、正解だなんて」
壇上には留花奈のふりをした理留と、留花奈。
二人の言い合いがはじまった。
「・・・・・・それで、どっちが正しいの?」
「「留花奈です!」」
しばらく様子を観察していた母親が尋ねると、二人が同時に答える。
「どっちが留花奈なの?」
「「わたしです!」」
理真さんに尋ねられ、それぞれが私こそが留花奈だと主張する。
だれも二人の見分けがつかなかったので、結局このゲームは引き分けになったのだった。
「どうにかなったけど、疲れた・・・・・・」
「お疲れ様」
宗介にねぎらわれて、ほっと息をつく。
「ねぇアユム。最後のやつ、わざと間違った答えを言ったでしょ」
「なんでそう思うの?」
お見通しだよというような宗介に尋ねると説明してくれた。
「留花奈さんが二人いるってことは、黄戸さん・・・・・・理留さんが嘘をついてるってことになる。留花奈さんは、アユムのこと嫌ってるから、答えが何でも間違ってるって言うはず。だから右が留花奈さんだったんでしょ?」
さすがは宗介だ。少年探偵になれるんじゃないかと思う推理っぷりだった。
「でも理留さんの方があぁいうことしそうになかったから、ちょっと驚いた」
それは私も同感だった。
夏休みが開けた学校で、私は理留に声をかけた。
「何か用ですの」
気のせいか理留の態度は冷たい。
何かしたっけと思いながら、私は気になっていたことを尋ねることにした。
「なぁ、なんで理留はあのゲームのとき、嘘をついたんだ?」
「やっぱりあなた、本当はワタクシたちを見分けていたんですのね」
呆れたような、ちょっぴり嬉しそうな。でもなんだか怒ったような、理留にしては珍しい複雑な表情でそう言った。
「・・・・・・そんなの、あなたの人生をめちゃくちゃにされるのが嫌だったからに決まってますわ。母様が冗談を言っていると思ったのかもしれませんが、あの人はやるといったらやりますのよ」
どうやら、理留は私を庇っていてくれたようだった。
「結果としてうやむやになったから、よかったようなものの。人生をめちゃくちゃにされるよりも、ワタクシと結婚するほうが嫌だったんですの?」
理留の声は後半揺れてか細かった。
くるであろう答えに耐えようとしてるみたいに、唇をかみ締める姿は今にも泣き出してしまいそうだった。
「そんなわけないだろ。こんなゲームで、理留がボクの人生に付き合わされるのが嫌だったんだ」
「あの状況でワタクシの事を考えてくれたのですね・・・・・・それなのにワタクシったら。そんな心配無用でしたのに」
理留の目は潤んでいたけれど、先ほどみたいな悲痛な顔はもうしてなかった。ちょっぴり決まり悪そうに、でも嬉しそうにこちらを見てくる。
「ひとつ、聞いてもよろしいかしら」
「何?」
「先ほど、ワタクシたちではなく、ワタクシをあなたの人生に付き合わせるのが嫌だ言いましたわよね。留花奈と結婚するという考えはなかったのですか」
「あるわけないだろ」
即答だった。何を言い出すんだろうと本気で思う。
「もしも本当にどちらかと結婚する事になっても、理留を選ぶに決まってる。理留の方が面白いし、素直だ。留花奈はわがままだし、黒いし、手に負えない」
「で、ですが、留花奈はワタクシと違って可愛いですし、愛嬌もあります。友達だって多いですし、なんでもそつなくこなしますわ。殿方なら、結婚するなら留花奈みたいな女の子がいいと言うに決まっています」
自分より、留花奈の方が上だといわんばかりに理留は口に言う。
仲良くなって気づいたことだけど、理留は自己評価が物凄く低かった。
こんなんじゃ駄目だから、もっと素敵な人にならなくちゃといつも自分を奮い立たせているところがある。
担任の先生に嫌がらせをされていた時だって、こんな仕打ちごときで根をあげるような人間じゃいけないと、自分を追い詰めていた。
それに、きっと自分でも気づいていないんだろうけど、理留は留花奈に対してコンプレックスを抱いているふしがある。
留花奈は、私に対しては敵意むき出しなのだが、実は外面が物凄くいい。
友達も多いし、大人受けもとてもいいのだ。
それでいて、自分の意見やわがままをすんなり通してしまうずるがしこさがある。
運動神経もいいし、目立つことが大好きなのもあって、学園内ではちょっとした憧れの存在だったりする。
要領よく振舞える留花奈を、理留はうらやましく思っているのだ。
けど私から言わせれば、理留の方がいいところがいっぱいある。
なんだかんだで面倒見がよく、困っている人がいると助けようとする。
まぁ、大体は助けられる側がビビり、助けを断って終わるんだけど、そういうのってなかなかできることじゃない。
放課後ひっそりと社会見学の栞作りを引き受けたり、バラバラになった学級文庫の本を並べたり。
表向きに行動すると、取り巻きたちに「そんなこと黄戸さんがするべきことではない」って言われるから、地味に何かしてることを私は知ってる。
夏休み前だって、中庭で髪留めを落としたと嘆くクラスメイトに、「これあなたのでしょう? 歩いてたら拾いましたの」と髪留めを渡していたけれど。
実は、必死になって中庭で探してあげていた。
誰かにお礼を言われるわけじゃないのに。
理留のそんなお人よしで、不器用なところが私は結構好きだったりする。
あと、こっちのことを知って、わかってくれようとするところとか。
留花奈なら、庶民の考えてることはわからないと、ばっさり切り捨てるところを、理留は自分から歩みよってきてくれる。
全く何もかも違うのに、こっちに興味を持って知りたいと思ってくれる。
そういうのって、案外嬉しいものだ。
「他の人がどう思うかは知らないけどさ。少なくともボクは、留花奈みたいに何でも自分に合わせろっていうようなお姫様より、こっちに合わせて一緒に駄菓子を食べて喜んでくれる女王様の方が好きだよ」
「・・・・・・アユム」
感極まったように、理留が私の名前を呼んだ。
いつもは今野くんと呼ばれていたから、ちょっぴり新鮮だった。
「初めて名前で呼ばれた」
「えっ、いや今のはその、その場の雰囲気に流されてですね!」
理留が違うのというように、手を横に振る。
自分でも無意識に名前で呼んでいたんだろう。
その慌てっぷりは見ていて面白かった。
「別にいいよアユムで。ボクも呼び捨てにしてるし」
「そ、そう?」
理留はほっとしたような顔になる。
「ねぇ、アユム」
「何?」
「ワタクシ、その・・・・・・やっぱりなんでもありません。呼んでみただけですわ」
「なんだよそれ」
呼びかけておいて、理留はもごもごと口ごもる。
やっぱり照れがあるのかもしれない。
「そろそろ予鈴がなるから、教室に戻ろう」
人がいない場所ということで、教室から離れた場所まできていた。
急がないといけないと、私は先に歩きだす。
「・・・・・・ワタクシ、アユムとなら結婚してもよかったのですわよ?」
予鈴が鳴るのと同時に、背後で理留が何か言ったのが聞こえた。
「何、聞こえなかったんだけど?」
「なんでもありませんわ」
振り返った私に、理留は秘密だというようにはにかんだ。




