【56】偶然
「ふっ、ひっく……良太ぁ……」
目の前では白い着物を着て、胸の上で手を組んでる良太の姿がある。
初等部五年の時に知り合った良太は、悪ガキといった感じだけど、憎めないところのあるいい奴だった。
そんな良太にすがり付いて泣いているのは、良太の妻のボブ子ちゃんだ。
中等部の一年の時に良太と付き合いはじめ、その後結婚していた。
私は泣けなかった。
良太の死因は、突然の心臓発作。
昨日までは元気だったと、周りが口をそろえて言う。
それでいて、そうやって突然の心臓発作で死ぬのは私の周りであまりにも多すぎた。
半年ほど前には、吉岡くんが。
さらにその一年半前には、同じ症状で両親が亡くなっていた。
苦しい、押しつぶされそうだ。
自分のせいだと思うと、いたたまれなくなる。
明らかに不審な死。
宗介が生きていることが原因で起こる死は、必ず心臓発作であるらしかった。
けど、良太が死ぬなんて思いもしなかった。
シズルちゃんや紅緒や吉岡くんは、宗介とも顔見知りだったからわかるけれど……良太との接点はほとんどなかった。
この葬式にだって、宗介は呼ばれていない。
クロエは言っていた。
私や宗介に近しい人間が死んでいくのだと。
宗介の友人関係はかなり限られている。
広く浅くしか付き合っていなかったし、私の知り合いと被るところが多かった。
あと特別近しいと言われて思い浮かぶのは。
理留に紫苑だろうか。
留花奈は喧嘩ばかりしてるし、違うと思いたい。
せめて留花奈だけでも、この呪いから外れてくれたらいいと思う。
……こう思ってしまっている時点で、近しい者に含まれてしまっている気がするのだけれど。
「……ただいま」
「おかえり、アユム」
家に帰れば、何も言わずに宗介が迎えてくれる。
実家の近くに借りたアパートに、私と宗介はいまだに住んでいた。
紅緒が亡くなって、一年後に両親が亡くなった。
覚悟はしてたつもりだったけれど、そんなもの無意味だった。
きっと帰れば、まだ両親が家にいるんじゃないか。
そんな甘い、甘すぎる思いを持っていたくて、私はあれからずっと実家に帰っていない。
自分が殺したようなものなのに、どんな顔をして会えるのかということでもある。
全部両親のことは、呆ける私に代わって宗介がやってくれた。
何も言わずに側にいてくれた。
なのに私は、口にはしなかったけれど、宗介を心の中で責めた。
宗介が生きてるから、両親が死んでしまったのだと。
すぐに打ち消したけれど、何度も何度もそれは蘇って、私の頭の中をくるくると回った。
宗介のせいじゃない。
宗介のせいじゃない。
生きて欲しいと願ったのは私だから。
けど、きっと想いは顔に出てしまっていた。
そんな私を宗介は何も言わずに抱きしめてくれた。
全部受け止めて、頭を撫でて。
失った分を埋めようとしてくれるかのように、側にいてくれた。
私には、もう宗介しかいない。
選んだときから、それはもう決まっていたことだ。
宗介を悲しませたくないから、どうしようもないことをくよくよ悩んだりするのはやめようと思った。
でも、やっぱり。
親しかった人が死ぬのは――なれない。
「ふっ、うっ……」
宗介が沸かしてくれた湯に浸かり、泣く。
泣くのはせめて、誰もいないところで。
それが私が私に決めたルールだった。
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クロエの言う通りなら、宗介の力はもう強くなってきてるんだろう。
吉岡くんから良太が死ぬまで、半年しかなかった。
次は……と考えると、心が軋む。
両親にはもっとしたいことがあったし、シズルちゃんとだってもっと笑い合っていたかった。
してあげられたことが、いっぱいあった。
なら……私ができることは、と考えて。
せめて今から亡くなっていく人たちと、楽しく過ごしたいと思う。
これは私のエゴだ。
わかってるけど、それでもじっとしていることもできなかった。
久々に連絡をとったのは、理留だった。
理留は子供も生まれていて、今は専業主婦をしていた。
黄戸家の屋敷に行けば、よちよち歩きのその子が私の服を掴んでくる。
はっきり言って、とてつもなく可愛い。
理留はちゃんと旦那さんに大切にして貰っているようだった。
それが自分のことのように嬉しい。
私と宗介の間には、子供がいない。
宗介は望んでくれているけれど……その子が生まれて亡くなってしまったらと考えると怖かった。
その気持ちがあるからか、未だに子宝は授かっていない。
今日は留花奈も仕事が休みだったようで、一緒にお茶を飲むことができた。
「ふふっ、私の姪っ子可愛いでしょう? 一番最初にわたしの名前を呼んでもらう予定なの」
何故か留花奈の方が自慢気に、そんな事を言う。
シスコンの留花奈は姪っ子に夢中のようで、一生懸命に姪っ子に『る』と言わせようとしていた。
「るって、結構いいにくいわよね。もっと言いやすい名前に改名しようかしら……」
真顔でそんなことを言い出す。
本気でやりかねないなと、そんなことを思った。
「そんなことしなくても、もうちょっと大きくなったら留花奈のことも名前で呼びますわよ」
ふふっと理留が笑う。
「そうね、大きくなったら姉様とお揃いの服をきて、お揃いのドリ……巻き髪で写真を撮りましょう。あぁ……楽しみだわ!」
楽しそうに留花奈が語り、理留もそれはいいですわねなんて言う。
私だけはその話題に乗れなかった。
その日は、くるんだろうか。
なんて、考えてしまったから。
良太が亡くなってすでに四ヶ月が経っていた。
次の犠牲者がそろそろ出るんじゃないか。
それは、二人のうち……どちらかなんじゃないだろうか。
この可愛い子から、母親や叔母さんを奪ってしまうんだと思えば、辛くて。
「どうしましたの、アユム?」
「うん……ちょっと、気分が悪いかも。今日はもう帰るね」
心配そうにしてくる理留に、どうにか笑う。
泣く資格なんて、なかった。
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歩いて帰るからいいと言ったのに、留花奈によって無理やり車に乗せられた。
「そんな顔、姉様の前でしないでよね」
憮然とした表情で、留花奈がそんなことを言う。
「あんたさあの時、姉様やわたしがそのうち死ぬから可哀想って思ったんじゃないの?」
言い当てられて、目を見開く。
どうしてわかったのかと思った。
「あんたの周りでは、不審な死が多すぎる。突然の心臓発作なんて、そう何度も起こるわけがない。なのに、次々と……あんたに関わる人が死んでる」
留花奈はそのことに気付いていたらしい。
色々家の力で調べたんだと口にした。
「こんな偶然ないとわたしは思ったの。なんであんたの周りで、なんて思うけど事件性がないか調べたわ。結果は……ただの偶然でしかなかったんだけどね」
「留花奈、もしかして……心配してくれてたの?」
私の言葉に、留花奈はふいっと顔を逸らす。
「別にそんなんじゃないわ。ただ、紅緒姉様の死が認められなかっただけ。やっぱり、それも偶然でしかなかったんだけど……」
微妙に留花奈が言葉を濁した。
「何か気になることでもあったの?」
「……亡くなった人全員が、直前に仁科に会ってる可能性がある」
食いつけば、留花奈は一瞬迷うような顔をしてからそれを口にした。
「最初に亡くなった白雪マユキは、公園で発見された。その直前に仁科と一緒にいるところが目撃されてる。次に今野シズル。彼女の家に仁科は泊まっていた」
淡々と留花奈は事例を挙げていく。
「それでいて、紅緒姉様の公演が終わって後――仁科が紅緒姉様の控え室に入るところを、見ている人がいる」
「そんなはずは! 宗介は私たちと一緒にいたじゃない」
そうよね、と留花奈は口にした。
「まぁ矛盾してるのよね。でも、見たと言ってる人がいる。あんたの両親も、吉岡達也も死んだ日に仁科と会ってる。両親と吉岡に関して言えば、仁科が第一発見者よね。それでいて、四ヶ月前に死んだあんたの友達も……直前に仁科らしき人物と一緒にいたって証言があるの」
「それは、宗介が……何かしてるって言いたいの」
言えば留花奈は、何も言わずに私を見た。
「別にそうは言ってないわ。ただ、原因がなんであれ、わたしと姉様はそんなことでは死なないから。そんな顔されるのは迷惑だってこと」
ついたわよと、留花奈が顎で窓の外を指し示す。
ドアが開いたと思ったら、無理やり押し出された。
「あんたがどう思ってるかしらないけど。このわたしが調べて、偶然だったって言い切ってるの。だから、そんな顔しないでよね! うっとしい!」
鼻を指でぐいっと押され、そんなことを言われる。
「返事は?」
「……はい」
その気迫に押されて、頷けばよろしいなんて、偉そうに留花奈は笑った。
少しだけ、心が軽くなる。
じゃあね、なんて言って留花奈と別れて。
そしてこの二日後――留花奈は心臓発作で亡くなってしまった。
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★社会人7年目(30歳) 夏
●両親、吉岡くん、良太、留花奈退場




