【52】幼馴染と結婚する事になりました
白いウェディングドレスに身をつつむ。
――私なんかがこれを着ていいのかな?
不安になってくるけれど、これがマリッジブルーというやつなんだろうか。
今日式を挙げれば、私は宗介のお嫁さんだ。
兄のギャルゲーを横で見ていたら、そのゲームの世界にいつの間にかいて。
体も心も女だった時のまま、ギャルゲーの主人公である今野アユムに私はなっていた。
元々楽観的で男っぽかったせいか、男として扱われる生活自体にそう抵抗はなかった。
ただ女の子といずれ恋愛しないといけないのかとか、殺しに来るメインヒロインのこととか、元の世界のこととか。
不安に思う事だらけで。
そんな私の側には、いつだって宗介がいてくれた。
今野アユムは『男』ということになっていて、宗介も男だ。
それにゲームでの宗介は攻略キャラでもなんでもない。
普通に考えれば、こうやって結婚なんてありえなかったことだ。
最初から考えれば、不思議に思う。
だけど、同時にこの世界にきて宗介に出会えたことを運命じゃないかと思えてくるくらいには、幸せな気持ちだった。
「アユム、よく似合ってるわ」
支度を終えた私に、母さんが目を細める。
横には父さんも立っていた。
「父さん、母さん……今日まで育ててくれてありがとう。こんな息子というか、娘でごめんね。いっぱい迷惑かけてる。大好きだよ」
気持ちを伝えれば、母さんと父さんが抱きしめて大好きを返してくれた。
この二人の子供でよかったなと思う。
向こうの世界の親にも、この姿を見せてあげたかった。
そんなことを思いはしたけれど、それは叶わないと知っていたから心にしまう。
式が始まって父さんに連れ添われて、宗介の元へと進む。
緊張して転んでしまわないか心配で。
何よりもドキドキしすぎて頭が真っ白になっていく。
宗介の手をとって、ベールが上げられて。
蕩けそうな瞳と目が合う。
宗介は今にも泣きそうというか、ちょっと泣いていた。
「宗介ったら、普通こういうの私が先に泣くんじゃないの?」
「ごめん……こんな日がくるとは思ってなかったから」
噛み締めるように宗介は呟く。
結婚式の日取りも何もかも、ここまで私を導いてつれてきてくれたのは宗介だ。
その足取りに迷いなんてないように見えていたけれど、宗介も不安だったのかもしれない。
こんなに私との未来を望んでくれていたのかと思うと、愛おしくなる。
誓いをしてキスを交わせば、宗介がぎゅっと抱きしめてくれた。
少し震えてる腕。
「アユム、愛してる……ずっと側にいさせて」
愛を囁く宗介の言葉は、許しを請うみたいで。
どこか願うようで。
手に入れた側から、失う事を恐れてるみたいだと思った。
そういうところは昔から変わってないなと思う。
好きが伝わるように、不安を消すように。
私の肩に顔をうずめてしまった宗介の頬をとらえて、私からキスをする。
「ボクも宗介を愛してるから。離れないよ。例え、宗介が嫌だって言ってもね」
驚いた顔の宗介に、にっと笑う。
大丈夫だというように、ぎゅっと手を繋ぐ。
最初に出会った日のように、力強く。
「……うん」
そうすれば、宗介は嬉しそうに微笑んでくれた。
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「友人同士が結婚するのって変な感じがするな。当たり前だけど二人とも男同士だったし、まさか二人が結婚する事になるなんて思わなかった。でも同時に、ずっと二人一セットだったから……これが当たり前って気もしてるんだ」
友人代表の挨拶は、私と宗介の共通の友人である吉岡くんがしてくれた。
「今野はともかく、宗介の方は最初苦手だったんだけどな。こいつアユムのこと好きなだけなんだなって気づいたら、あまり苦手じゃなくなった。ちょっと過保護っぷりに呆れたけどさ」
こういうの苦手なんだよとか言いながら、吉岡くんなりの言葉で祝福してくれて、これからも友達だからって言ってくれる。
そのことが嬉しくて涙が零れれば、アユム泣き虫になったねと宗介がハンカチで拭ってくれた。
式はあっという間で。
披露宴まで終わって、挨拶をしにきてくれた理留は泣いていた。
「アユム……おめでとうございますわ……ひぐっ、とてもいい結婚式で」
「理留聞き取り辛いよ。あと、泣きすぎ」
もう化粧もぐちゃぐちゃな理留の涙を、手袋をつけた指先で拭う。
隣にいた留花奈がハンカチを差し出してきて、理留はそれを受け取り鼻をかんだ。
それ……高級品じゃないのかな。
そんなことを思っていたら、理留がばっと顔をあげて私を真っ直ぐ見つめてくる。
「アユム!」
「な、なに?」
大きな声で名前をよばれて、つい返事をする。
「幸せに、なってくださらないと……駄目ですからね!」
笑顔で理留はそう言ってくれて。
「うん、ありがとう理留」
私はいい友達を持ったと、心から改めて思った。
「あーあ、本当に結婚まで行くなんてね。本当あんたの罠にかかったアユムに同情するわ。嫉妬深いし性格悪いし、絶対苦労するわよ?」
やっぱり理留はいい子だなと思っていたら、その妹の留花奈が相変わらずの口調でそんなことを言ってきた。
言葉の半分は、私の隣にいる宗介に対する嫌味だ。
「アユムはわかってて俺を受け入れてくれてるから。ところで、留花奈ちゃん目の下赤いよ? もしかして泣いた?」
横にいた留花奈の言葉に、宗介がそんなことを言ってハンカチを差し出せばその手が払いのけられる。
いつものように二人は火花を散らして、相変わらずだなぁとつい笑ってしまった。
次に私に挨拶しにきたのは紅緒だった。
目を細めて私の頬に触れてくる。
「ドレス姿は見違えるほどに美しいね。人妻だと思うと、余計に」
「紅緒、なんかその台詞怪しいからね?」
女の子がくらりとしてしまいそうな艶っぽい声で、紅緒は囁いてくる。
全くぶれない紅緒は、ドレスを着ていても王子様のようだった。
シルクで体の線が出るドレスは、大胆に背中が開いていて、紅緒の綺麗な背中のラインが強調されていた。
背も高いからモデルみたいだとそんなことを思うのに、それでも美人というよりイケメンだと思ってしまうのは、普段の紅緒を見慣れてるせいかもしれない。
「そういえばマシロ見なかった?」
「一緒に来たんだけどね。途中でクロエが話しかけてきて、二人して席を立って後戻ってきてないよ」
尋ねれば紅緒がそんな事を言う。
学園長の養子である紅緒と、学園に住んでいて学園長の孫ということになっているマシロは、実は知り合いだ。
学園にある扉の前に捨てられていた紅緒を拾って、マシロが育てた。
扉の番人であり、親がわりのマシロの願いを叶えるために、紅緒は学園にある扉を開けようとしていて。
そのために星降祭の主役になろうとしていたのだと後で聞かされた。
星降祭の劇の主役は代々男ばかりだ。
主役を目指すため、紅緒は男っぽくなってしまったんだと、マシロから話は聞いていた。
『扉』を開けるには資格が必要で。
その資格を持っていたのは私だけだったから、結局紅緒が扉を開けることはできなかった。
でもそれ以来すっきりとした顔をしていたから、何かしら紅緒の中で整理が付いたんだと思う。
次にやってきたのは、良太とその彼女のボブ子ちゃんだった。
良太は私が小学校五年の時に出会った庶民の友達だ。
思い返せば初めて女装(?)をしたきっかけは良太だった。
ボブ子ちゃんに振られたと思い込んだ良太が、彼女をギャフンといわせるために私に恋人のフリをさせたのだ。
女装して良太とデートしてるシーンを宗介に見つかり、あたふたしたことを今でも覚えている。
「まさか……本当にアユムがアユちゃんになっちゃうなんてな。世の中何が起こるかわからねぇもんだぜ」
良太がしみじみと呟く。
それは私も同感だった。
他にも紫苑や従兄妹のシズルちゃん、色んな人たちが祝福の言葉をくれた。
中にはまだ私が女になって、男の宗介と結婚という事実に混乱してる人もいたみたいだけど、まぁそれはしかたないことだ。
そういえばマシロは挨拶しにきてくれなかったな、なんて考えていたら。
ウェディングドレスから着替え終わったところで、マシロが部屋に入ってきた。
「あっマシロ!」
「ちょっといいか」
会えてよかったと思う私とは違って、険しい顔をマシロはしていた。
眉を寄せて、辛そうな顔をしている。
「どうか……したの?」
「……」
マシロは黙ったまま、何も話さない。
「もしかして、クロエに私のことで何か言われた?」
ふいに思い浮かぶのは、マシロが直前までクロエと一緒だったという紅緒の証言。
クロエは死神で、関わってくるとろくなことがない。
不安を覚えて口にすれば、マシロが探るような目を向けてきた。
どうやら核心を突いていたらしい。
「アユムは、全部……聞いているのか?」
何故か咎めるような口調。
マシロが私に向ける目には非難があって。
どこか怒りを抑えているような声に驚く。
そんな風な感情を、マシロから向けられたことがなかった。
「聞くって、何の事?」
首を傾げれば、マシロは私が何も知らないのだと気付いたのか、しまったという顔をした。
「ねぇマシロ。聞いているのかって、何のこと?」
「……」
マシロは口を押さえて、黙り込んでしまう。
暗い、痛みを堪えるような顔で。
どうしてそんな顔をしているのかわからなくて、混乱した。
「アユム、ぼくはアユムが好きだ」
苦しげな声で、マシロが伝えてくる。
揺れる瞳の中には、大きな悲しみがあるように見えた。
「それは嘘じゃないんだ。それだけは信じて欲しい……」
「う、うん。どうしたの、マシロ?」
手を痛いほどにつかまれて、戸惑う。
マシロの手は震えていて。俯いたマシロの頭が、私の肩にのっけられた。
まるで表情を見られるのが嫌だというように。
見たことのないマシロの様子に、何かおかしいと胸騒ぎがした。
「ぼくは扉の番人だ。宗介をアユムが選んだのも、また選択で。その結末を最後まで見届ける必要がある。その先に何があるのかわかっていても、ぼくには止められないし眺めることしかできない」
ぐっとマシロが拳を握り締める。
自分の無力さを嘆くように。
それでいて、何かを伝えるような含みがそこにあるような気がした。
「それは、この先何かがあるってことなの……?」
質問に、マシロは黙り込んで私を見つめる。
その表情は、何か迷っているように見えた。
「……ぼくは、アユムが好きだと言っただろう。見てられないんだ」
長い、長い間の後。
ゆっくりとマシロはそう告げた。
「やっぱり、何かあるんだね?」
「……ぼくの言葉の意味を、アユムはちゃんと理解してない。好きなやつが……他のやつと結婚して後のことを見守りたいと思う男がいると思うのか?」
イエスともとれる言葉にごくりと唾を飲んで尋ねれば、マシロは拗ねたような声を出した。
「好きな奴……?」
「ずっとぼくはアユムが好きだった。なのにこの先ずっと扉の番人として、他の男との生活を見守らなくちゃいけないのは苦痛だ。だから、向こう側に戻る。理解できたか?」
さらりともたらされた告白が意外すぎて目を見開けば、半ば自棄のような口調でマシロは告げる。
「マシロは……ボクのことが好きだったの?」
「やっぱり気付いてすらいなかったな。わかってたんだが」
確認すれば情けない顔で、盛大な溜息をマシロが吐く。
「祝福はできないが……アユムの幸せは、願ってるんだ。それだけはわかってほしい」
改めてそう言って、マシロが頭を撫でてくる。
優しい目には寂しさがあって。
さよならを告げられているんだと気付いた。
「それは、どういう意味? もう会わないってこと? 嫌だよ!」
マシロの腕を掴めば困ったような顔をされて、ゆっくりと手を解かれた。
「失恋したやつのわがままくらい許してくれ」
「でも、でも……!」
泣きそうになるわたしを宥めるように、マシロは言う。
「頼むアユム。離れるのは辛いが、側にいて見守るのは……もっと辛い。ぼくは関わりすぎた。平気な顔をしてアユムと一緒にはいられない。見ていられないんだ。アユムが思っているより、ぼくは弱いんだよ」
ごめんと、マシロは謝る。
苦しそうで辛そうで……それがマシロにとっても苦渋の決断だったと伝えてくるかのようだった。
「お別れなんて……嫌だよ」
「アユム」
縋るように声を出せば、名前を呼ばれて顔をあげる。
真っ赤な瞳と目があった。
紅い、紅い瞳。
まるで、心の内側まで見透かされているみたいだ。
『辛いなら忘れろ。ぼくに関する思い出を薄めて……マシロという存在を、あの時こんなことがあったけど、誰だったかなと忘れる程度の存在にしてくれ』
「やだ……嫌……」
頭の中の深いところに、マシロの声が響く。
ゆっくりとその言葉が浸透していく。
体から力の抜けた私を、マシロが抱きしめた。
プールで出会った日の事や、一緒にゲームをしたこと。
鮮やかだった写真が黒く塗りつぶされていくかのような感覚。
記憶を書き換えられて……マシロに暗示をかけられていると頭の隅で理解した。
「マシロ、暗示……なんで……」
私にマシロの暗示は効かないはずだ。
でも確かに思い出が、マシロの存在が内から消えていくのを感じる。
それが嫌で必死にすがりつこうと、マシロの体に爪を立てる。
でも、まるで泡のように、私の中からマシロとの思い出が零れ落ちていく。
「アユムはもう、特別じゃない。力を持ってないから、ぼくの暗示が効くんだ。親しい相手に使うのは、ぼくだって苦しいし……本当は忘れてなんかほしくない」
「なら……解いてよ、暗示。忘れたく……ないよ……」
マシロは泣いてるみたいだった。
そんなに辛いんだったら、やめてよと訴えても、マシロは駄目だというばかりだった。
「駄目なんだ。これから起こることはアユムのせいじゃない。でもぼくはきっとアユムを恨んでしまう。アユムを恨みたくはないし、選択肢を後悔して傷つくところも見たくない」
まるでこれから先に不幸が待っているというような言い方。
それはどういう意味なのかと尋ねる前に、マシロが私の瞳を至近距離で見つめてくる。
『忘れるんだ、アユム』
懺悔のような声は、私をいとおしむみたいな響きがあって。
聞きたくないと思っても耳になだれ込くる。
涙がこぼれていく。
「最後まで見届けられない――弱いぼくを許してくれ」
これで終わりだというように、目蓋をそっとマシロの手で押さえられて――。
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「あれ、白雪さん。どうしてこんなところに?」
「今野さんが遅いから、呼びにきたの。宗介くんがさがしてる」
時計を見ればかなりの時間が経っていた。
これから二次会に顔を出さなくてはいけないのに。
宗介が待っている。
急いでバッグを持って、部屋を飛び出す。
でも、何かを忘れているような気がして、もういちど部屋のドアを開けた。
「……どうかした?」
「ううん。何か忘れてる気がして」
白雪さんに尋ねられて、そんなことを口にすれば。
彼女は複雑な顔になった。
苦しそうな、嬉しそうな――色んな感情がぐちゃぐちゃになった顔。
「白雪さん?」
「ほら、はやくいかないと。待ってるっていったでしょ」
背中を押されて部屋を出る。
後ろ髪をひかれるような気持ちで振り返れば、白雪さんが手を振っていて。
「あれ……?」
なぜか私は悲しくもないのに泣いていた。
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★大学等部2年 冬 (21歳)
●マシロ退場
少し遅れてすいません。
★8/30 少し気に入らない箇所があったので、修正しました。大きな変更はありません。




