【51】大学二年目です
理留が泣きつかれて寝てしまったので、そのまま家に帰れば夜中電話がかかってきた。
アユムではなく、歩用の携帯電話の方が鳴っていて。
着信を確認すれば、理留の名前がディスプレイに浮かぶ。
『歩さんに折角後押ししていただいたのに、ワタクシ……アユムに振られてしまいました』
「えっ?」
『アユムを私の家によこしたのは、歩さんでしょう? ワタクシてっきり歩さんだと思って告白の練習をして……勢いで言ってしまいましたわ。結果は……駄目でしたけど、これも歩さんが協力してくれたおかげだと思っていますの。ありがとうございますね』
ゆっくりとどこか悲しげで、でもすっきりとしたような声で理留が告げてくる。
……もしかして、まだアユムイコール歩って、気付いてない?
どうやら理留はあの場だけ、女の子の歩が気を利かせて男のアユムと入れ替わったと思っているらしい。
理留が途中で寝てしまったため、女になった理由とか細かい説明はまだしていなかった。
「あのさ理留、ものすごーく言い難いんだけど……」
事情をちゃんと一から説明すれば、電話の向こうから混乱が伝わってくる。
『えっ? えっ? そ、それってどういうことですの? いえ、意味はわかりますのよ。でもまさか、アユムが女で歩さんと同一人物? ワタクシじゃあ、今日だけでなく最初からあんな恥ずかしい事を全部本人に……』
声だけで、電話の向こうで理留が戸惑って真っ赤な顔をしているのが見えるようだ。
「うん、ゴメンね理留」
『恥ずかしくて、死んでしまいそうですわ……』
「でも、嬉しかったよ?」
『そういうことを言うのは、ずるいです。振られても、やっぱり……ワタクシはまだ……好きなんですのよ? 全くアユムときたら女たらしですわ』
ギスギスした感じになったりしないかと心配したけれど、そんなこともなく理留がむくれたような声でそんな事を言う。
女たらしなんて自分が言われてるのが面白くて、つい笑ってしまった。
『アユムは……本当に女性になってしまったんですの?』
「うん」
頷けば、そうですかとまだ心の中で整理できてないような様子で理留が呟く。
『……もしかして、そんなことでアユムはワタクシと付き合えないと言っていたりするのでしょうか。男だろうと、女だろうとワタクシの気持ちは変わったりしないのですけれど』
少し不機嫌な声に違うよと答える。
「……ボク宗介が好きなんだ。理留にはまだ言ってなかったけど、付き合ってる」
『それなら納得できますわ。さっきの理由で断られたのなら、許せないところでしたけど』
悩んだけど勇気を出して告白すれば。
少しの間の後、理留からそんな言葉が返ってきた。
『アユム』
「何、理留?」
私の名前を呼ぶ理留の声が震えているのに気付く。
優しく尋ね返せば、電話の向こうで大きく深呼吸をしたのが聞こえた。
『多分ワタクシは、まだしばらく……いえもしかしたらずっとアユムのことを好きでいるかもしれませんわ。それでも、これからも友達でいて……くれませんか?』
――言わなくなって当然そのつもりでいたのに、理留ってば生真面目だよね。
不安そうにしてるところが、また可愛いというか。
「当たり前だろ。これからも友達だから」
消え行くような理留の言葉に、しっかりと強く口にすれば。
『はい!』
嬉しそうに理留が返事をしてくれた。
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月日が過ぎて、私は大学の二年次に進級した。
すでに『今野歩』イコール『今野アユム』だというのは、周知の事実になっていて。
別人だということにするため、今まで女の歩として振舞うときはスカートで出来るだけおしとやかにしていたのだけれど。
今ではどちらかというと男の時のアユムとそう変わらない、自然体で過ごすようになっていた。
「ふむ、アユムが女になってしまってはワタシとキャラが被るね」
「まったく被らないよ」
留学先から一時帰国した紅緒がそんなことを言ってくる。
ショートカットに王子様然とした顔立ち。背も高く、どこからどう見ても完璧な美青年にしか見えない紅緒の性別は一応女だ。
高等部を卒業してから会うのはこれがはじめてで、まじまじと見つめられて変な気持ちになる。
「そんなことはないだろう? 見目麗しく、たくさんの花に愛され、王子たる資格がある。ワタシと肩を並べる要素を持ちながら、その上男装の麗人という所まで一緒だ」
「そんなものになった覚えはないんだけど……紅緒って自分大好きだよね」
本来は一つ年上の先輩である紅緒だけれど、学年をさげたため高校三年生の時には同じクラスだった。
それもあって、タメ口で話せるくらいには仲がいい。
「あっ、紅緒様! 帰ってらしたんですか!」
大学内にあるカフェテリアで話し込んでいたら、紅緒を見つけた学園生の女子たちが近づいてきた。
「やぁお姫様たち。しばらく見ないうちにまた可愛らしくなったね。志保ちゃんは髪型変えたんだ? 前のストレートヘアーも大和撫子って感じでよかったけど……緩いウェーブは大人の女性といった感じでドキドキしてしまうね?」
「紅緒様……」
髪を一房とって紅緒が口付ければ、志保というらしい小柄な女性がぽっと頬を赤らめる。
口から砂糖が流れ出そうなほどのキザな台詞。
しかしそれをさらりと言えて、なおかつ似合ってしまうのが紅緒だった。
「佐久間先輩、ワタシが差し上げたリップ使ってくれてるんですね。やっぱり先輩には情熱的な赤が似合う」
今度は隣の女性に紅緒が声をかける。
一見きつめにも見える女性なのだけれど、紅緒に声をかけられれば、少し照れたように顔を逸らした。
「こ、これはたまたまで……」
明らかに動揺した女性の手をぎゅっと紅緒は握る。
「偶然でも……嬉しいな。まるでワタシたちが出会う日をわかっていたみたいだ」
「紅緒……」
少しはにかんで言う紅緒に、女性が頬を赤らめていた。
なんだろうこの桃色の空間。
次から次へと集まってくる女の子たちの名前を口にして、口説いてるのかと問いただしたくなる挨拶を紅緒はしていく。
女の子の名前……こんなによく覚えてるなぁ。
しかも言うことがいちいちキザで、ちゃんとわかってくれてると相手に思わせるような言葉が上手い。
次から次へと甘い台詞が出てくる紅緒に呆れを通りこして、尊敬の念さえ覚えてしまう。
学園にいた頃はずっと演劇部で男役をやっていた紅緒だけれど。
女の子たちと接する時の顔は、私といる時とちょっと違っていて、やっぱり王子という役割を演じているように思う。
でもその一人一人に対する態度自体は、演技と言い切るには生き生きとしすぎていて。
瞳にも言葉にも、曇りや嘘は一切ない。
純粋に王子を演じるのが大好きで、なおかつ女の子が好きなんだろうなぁ……とわかる感じだ。
もっとも正しく言うと、紅緒は女の子がというより、女の子を喜ばせるのが好きなんだろう。
女の子に対して恋愛のそれを感じないし、女の子が笑顔になると、紅緒は幸せそうにそれを眺めているから。
紅緒の女の子に接する姿勢は男のように下心がなくて、純粋な感じがする。
それが余計に女の子の心を掴んでいるのかもしれない。
でも、こんなんでも一応紅緒って、ギャルゲーの攻略対象なんだよね……。
元の世界で兄がやっていたギャルゲー『その扉の向こう側』。
攻略対象たちに共通するのは、名前に色が入っていることと、髪や目の色がその色に準じていること。
ただし髪や目が特別な色に見えるのは、主人公である私だけだった。
星野紅緒は、名前に赤が入っていて髪は赤色。
攻略対象の髪や目が特別な色に見える力を、私は高等部を卒業してからなくしてしまった。
だから以前は鮮やかな赤に見えていた紅緒の髪が、今では赤系の茶色にしか見えない。
でも、このことからも紅緒がギャルゲーの攻略対象だったのは間違いなかった。
しかし……自分より女にもてる男前の攻略対象ってどうなんだろう。
メインヒロインがナイフ片手に主人公を殺しにくることもそうだけれど、このギャルゲーは色々間違っている気がする。
「紅緒ってさ、女の子が好きなの?」
学園生と別れたところで歩きながら、好奇心で尋ねてみた。
「正しくは女の子も……だね。可愛いものならなんでも愛しているよ? もしかして、ヤキモチだったりするのかな?」
色っぽい流し目は、おもわずドキッとするほどに艶を帯びている。
フェロモンか何かがでてるんじゃないだろうかと思うほどだ。
「全く検討違いだから」
「そうか残念だ。仁科からアユムを奪えるチャンスだと思ったんだけどね」
きっぱり言えば、わざとらしい嘆くような様子で紅緒がそんな事を言った。
それから、ふいに優しく笑いかけてくる。
「今回はおめでとう。まさかアユムが仁科と結婚することになるなんてね。驚いて向こうから戻ってきてしまったよ」
「ありがと……ボクもこんなことになるなんて思ってなかった」
ふふっと笑う紅緒に対して、ちょっと気恥ずかしさを覚えながらお礼を言う。
――大学に入って少し落ち着いたらアユムと結婚したいと考えてます。
以前そう今野の両親の前で宣言した宗介だけれど。
それを宗介は本気で実行に移していた。
冗談でそういうことを言う宗介じゃないとは知っていたけど、正直まだ気持ちが追いついてない。
現在は大学部二年の夏だけれど、冬には式を挙げる予定だ。
すでに準備は着々と進められていた。
宗介と結婚。
そんな未来があるなんて、最初の頃は考えもしなかった。
指に光る指輪がそれを現実だよと教えてくれて。
「花嫁姿、楽しみにしているよ」
紅緒にそう言われれば、むず痒いような気持ちになった。
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★大学等部1年夏―2年夏




