【50】理留の「好き」
「それで、理留さんの告白の手伝いをする約束をしちゃったんだね?」
「……その通りです」
家に帰って宗介に事の次第を相談すれば。
夕食を食べる手を止めて、どうしてそうなったのかなと頭が痛そうな顔をしていた。
「自分自身に告白しようとしてる子を手伝うって、それはどうなんだろう……」
「ボクもそう思うよ? でも、あの状況で手伝えませんって言えないよ!」
もっともな宗介の意見に涙目になる。
理留にカミングアウトするつもりが、逆にとんでもないことをカミングアウトされてしまった。
見事なカウンターを食らった気分だ。
「それでどうするの? 理留さんを手伝ったとして、アユムはその告白をどう受け止めるつもりでいる?」
「理留の気持ちは嬉しいけど……もちろん断るよ。宗介がいるし、ボクは女だから」
宗介の問いに答えれば、それでいいというように頭を撫でられる。
「なら早い方がいいと思うよ。余計に理留さんを傷つけるだけだから」
「……傷つけない方法はないのかな」
「傷が浅いか、深いかの違いなだけでそんな方法はないと思うよ」
優しい声で、でもばっさりと宗介が告げる。
避けられないことを、私もどこかで気づいてはいた。
「……宗介は理留がボクを好きだって、いつから気付いてたの?」
理留が私を好きだったと言っても、宗介に驚いた様子はなかった。
だから気付いてる前提で尋ねれば、わりと最初からだよと口にする。
「言っておくけど、理留さんがアユムを好きだってことは学年中が知ってるからね。気付いてないのはアユムだけだよ」
「そうなの?」
「そうなの」
驚けば宗介が呆れたように私の言葉を繰り返す。
「理留さんわかりやすかったから。アユムを好きな子、理留さんの他にもいっぱいいたんだからね? でも黄戸家の理留さんや留花奈ちゃんがアユムの事好きだから、皆遠慮してたんだ」
「本当に? 全く実感がわかないんだけど……何をした覚えもないし。それに、留花奈はさすがにありえないでしょ!」
さすがに盛りすぎだよと笑えば、宗介が特大の溜息を吐いた。
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チャイムの鳴る音に玄関へと行けば、お迎えにあがりましたと黒服さんが頭を下げてくる。
今日、理留の告白の練習に付き合うことになっていた。
理留にちゃんと全部を話そう。
そう決めていたから、今日は女の歩の服ではなく、男の時のアユムの格好で行く事にする。
覚悟を決めて、お迎えの車に乗りこんだ。
「歩さん、いらっしゃいませ……あら?」
出迎えた理留が、私が男の格好をしてることに気付いて、目を見開く。
「あのね、理留。ボクは」
「ありがとうございます、歩さん! ワタクシが練習しやすいように、アユムの服を着てきてくれたのですね!」
先に全部暴露してしまおうと口を開けば、理留が感激したように言葉を遮ってくる。
「えっ、いやあの……これは」
「歩さんの心遣い無駄にはしませんわ! さぁこちらです!」
そう言って理留が先へと歩いていく。
理留は物凄く意気込んでいて、何か言える雰囲気じゃない。
とりあえず部屋に着いて落ち着いてから、話をしようと考える。
「ここが私の部屋ですわ」
何度か黄戸家の屋敷に行ったことはある。
けど、実は理留の部屋へ入るのは初めてだ。いつもは理留専用のサロンで、お茶を飲んだりしながら過ごしていた。
理留の部屋は整理整頓の行き届いた、シンプルだけれど趣味がいい部屋だった。
クリーム色の壁に上品な家具で、落ち着く部屋だとそんなことを思う。
ちなみに言うと、留花奈の部屋には入ったことがある。
入ったというか、理留と遊ぼうと屋敷にやってきたら無理やり連れ攫われたというか。
留花奈の部屋で理留コレクションを見せられて、長時間拘束されるのがいつものパターンだ。
ちなみに留花奈の部屋には隠し部屋があり、その部屋は一面理留の写真だらけ。本当……病的なシスコンすぎる。
ふいに理留の机をみれば写真立てがあった。
昔理留の誕生日パーティで、理留や留花奈と一緒に撮った写真だ。
同じドレスを着た理留と留花奈を見分けるゲームで、優勝した時のやつ。昔までは特殊な力で理留や留花奈の髪色が別のものに見えていたから区別は簡単だったけれど。
こうして見ると二人はやっぱりよく似てる。でも、表情とか微かな部分で見分けることができる。
だてに長い間、二人と付き合ってない。
他にも体育祭の写真や、学園祭の写真があって。
「あれ、これって……」
そのどれもに、私が映っていることに気付く。
大きく映っていたり、豆粒ほどのサイズだったり。
全ての写真に共通して、私がどこかにいた。
「わわっ、歩さん見ないでくださいな!」
慌てて理留が写真たてを倒したけれど、もう見てしまった。
ちょっとだけ気まずい。
こほんと理留は咳払して、居住まいを正す。
「それでは、早速で悪いのですが……練習に付き合ってもらえますか?」
「その前にちょっといいかな。言いたいことがあるんだ」
覚悟を決めて、理留を真正面から見つめる。
ごくりと理留が唾を飲んだ。
「ボク、ずっと前から理留のこと……」
騙してたんだと続けようとした瞬間に、理留が私の口を押さえてきた。
「すす、ストップですわ歩さん! 歩さんは告白される側で、告白する側じゃありませんの! 心臓が持ちませんわっ!」
理留はトマトみたいに赤い。
どうやら私がアユムのふりをして、理留に告白をしようとしてると思ったらしい。
「歩さんときたら、演技派ですのね……アユムに告白されてるみたいな気分になりましたわ。このままでは鼻血が出てしまうところでした」
理留は手で鼻と口元を押さえている。
ゆっくりとその手を離したけれど、鼻血は出てなかった。
手のひらを確認して、少し理留はほっとしたような顔をしたから、本気で出るところだったのかもしれない。
「歩さんはそこに立っているだけで大丈夫ですから! 余計なことは言わずに、お願いいたしますわね!」
「は、はい」
ちょっと叱るような言葉は、理留が真剣だからなんだろう。
気圧されて頷く。
どうにも私は、理留の押しに弱い。
「そ、それではいきますわよ……」
こほん、と理留がまた咳払いをして向き直る。
「ワタクシ、アユムのことがすっ」
ぐっと拳を胸の前に引き寄せて、理留が唇を尖らせた。
「す、す、す……」
喉に何かがつっかえたように繰り返す。
やがて泣きそうな顔になって。
「すきやきと言うものをアユムはご存知です? 庶民の料理らしいのですが、一度食してみたいと常々思っていましたの!」
ようやく言葉を吐き出して後、理留は勢いよく床に手をついてうなだれた。
「だ、駄目ですわ。やっぱりアユムにいざ言おうとすると、誤魔化してしまいます……」
「げ……元気だしてよ、理留」
あまりの落ち込みように声をかければ、見上げてくる理留が捨て猫みたいな目でこちらを見つめてくる。
ちょっと可愛いと、そんな事を思ってしまった。
「そうですわよね。一回目でうまくいくわけはありませんし。あとそれと歩さん」
「何?」
「失敗するたびにそうやってアユムみたいに慰めてもらえると……ワタクシ頑張れそうな気がします!」
ちょっともじもじとしながら、理留がそんなことをおねだりしてくる。
すでに理留は落ち込みから復活したらしく、瞳には次こそはという気合が見て取れた。
何で私は、自分に告白しようとしている理留を応援してるんだろう。
カミングアウトしにきたはずなのに……というか、どうしても理留を振ることになるのに。
これって結構残酷なことをしてるんじゃないかと、ドンドン罪悪感が積もって、言い辛くなっていくのを感じる。
流されやすい自分の性格が嫌だ。
「次行きますわよ! ワタクシ、アユムのことが……」
悩んでいる間に、理留が次の告白の体勢に入っていた。
「す、すすっ」
好きのたった二言なのに、理留にはそうとう勇気がいることらしい。
そんなに好いてくれてたのかとやっぱり少し嬉しくて、同時に申し訳ない気持ちになる。
「す、スキーに誘いたいと思っていましたの! ワタクシの家が持っているゲレンデに、今度一緒に行きませんこと? もちろん貸切ですわよ?」
そこまで言い切って、また理留は床に手を付く。
またやってしまったと、盛大に反省しているようだった。
「やっぱり駄目ですわ。アユムに見つめられていると思うと……つい、別の言葉に言い換えてしまいます。でも、遊びに誘えたので、前よりは進歩ですわよね?」
……目的変わってない?
物凄く理留はポジティブだ。
次こそはと立ち上がった理留に、やっぱりコレじゃ駄目だと一歩距離を縮める。
「えっと……?」
ぎゅっと手を握れば、理留が戸惑ったような顔になったけれど。
ここで言わなくちゃ、きっともっと言い辛くなる。
「あのね理留。実はボク、アユムなんだ」
ストレートに伝える。
最初から怖がらずに、こうしていればよかったと思う。
私の言葉に、理留は大きく目を見開いた。
「……アユム? 歩さんではなくて?」
「うん。最初から歩なんていなくて、ずっとボクだった。ゴメンね騙してて」
言えば理留の顔が耳まで赤くなる。
漫画だったら、煙が出てるんじゃないかというほどに赤い。
「あ、あアアア、本当にアユムなんですの? で、ではワタクシは、今アユムにこっ、告白をっ……?」
壊れたロボットみたいに、理留が言葉を発する。
思いっきり戸惑わせてしまったみたいだ。
「うん、本当ごめんね?」
申し訳なくてもう一度謝れば。
「ひゅう……」
謎の言葉と共に、ふらぁっと理留の体が後ろによろめく。
咄嗟に繋いだ手を引いて、理留を抱きとめた。
「ちょ、理留っ!?」
あまりのことに理留は容量オーバーを起こしてしまったようだった。
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「理留、大丈夫?」
「平気ですわ……格好悪いところを見せてしまいました」
ベッドの上で上半身を起こす理留は、顔色こそ悪くないものの、私の顔が見れないと言った様子だった。
「ゴメンね、ずっと騙してて。その……言いにくくて」
「いいんですの。そりゃ、歩さんだと思ってたのにアユムでびっくりはしましたけど……それで、その……」
こうなった経緯を説明する前に、理留は歩がアユムだと受け入れてくれていた。
もっと時間がかかることを予想して、屋敷まで来ていたので少し拍子抜けだ。
「ワタクシ、アユムの事がす……好き、ですの。大好きで、大好きで……しかたありませんの」
「うん」
私の目を一生懸命に見つめて、理留がようやく好きという言葉を口にする。
「ようやく……言えましたわ。ずっと、ずっと、言いたくて……言えなかったことを、後悔していましたの」
今にも泣きそうなそれでいて、ほっとしたような顔で理留が笑う。
友達としてはよく頑張ったねと言いたいところだけれど、今の私にそんな資格はなかった。
「ワタクシの気持ち……どう思いました?」
「嬉しいよ。でも、ごめん」
告げれば、理留の目のふちに涙の粒が盛り上がる。
「いいんですの。ワタクシ、伝えたかっただけですから。アユムが、好きだって……好きになって、よかったと思ってますの」
理留は涙声でそう言って、笑顔を作る。
強いなと、そんな事を思った。
この世界はギャルゲーの世界。
初めはそう思っていて、理留は攻略対象の一人にすぎなかった。
でも、理留はちゃんと一人の女の子で、こうして恋をしたり傷ついたりしている。
そういう対象としては見れなかったけれど、真っ直ぐでどこか抜けてて、可愛いところのある理留のことが一人の人間として好きだった。
「好きになってくれて、ありがとう。理留と仲良くなれてよかったって、心から思ってるよ」
好きな相手からのこの言葉は、残酷だったりするんだろうか。
でも、伝えずにはいられなくて。
毛布で顔を隠して泣きはじめた理留を抱き寄せて、口にする。
「ふっ……ひっく、アユムぅ……」
「泣かせてごめん。でも、ありがとう」
私も理留が大好きだよ。
理留が望む意味じゃないってわかってるから、それは言葉にはしないけれど。
胸の中で理留が泣く。
泣きつかれて理留が眠るまで、その頭を私は撫で続けていた。
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★大学等部1年夏




