【49】理留の暴走
「歩は手までアユムに似てますわね。アユムの手はあまり男の人という感じがしなくて、柔らかいんですのよ」
手を繋ぐ私に少し恥らったような表情で、理留がそんなことを言ってくる。
へぇ、そうなんだと返すのが、精一杯だった。
……似てるも何も、本人です。
私の手の感触まで、理留はちゃんと記憶している。
その事実が私に、理留が本気なんだと伝えてくるみたいだった。
どうしよう。
物凄くカミングアウトし辛い状況になってない?
完全にタイミングを見失ったと言っていい。
目の前の理留は、完全に恋する乙女のそれだ。
女の私から見ても、とても可愛らしい顔をしていて……理留が私を好きなんだということを認めるしかなかった。
戸惑って、行動を決めかねているうちにサロンに辿りつく。
ここでは軽食を食べることも可能だ。
サロンにいつもいる執事風の人に、理留はサンドイッチと紅茶を注文してからエトワール専用の個室へと入った。
「アユムを好きだってこと、今まで誰にも言ったことがありませんでしたの。あなたは妙に話しやすくて……こんなことを言ってしまいましたけど。従兄妹のあなたにこんな事をいうのは、やっぱり迷惑でした?」
「そんなことないよ! 全然平気!」
戸惑いが前面に出ていたらしく、理留が不安そうに尋ねてくる。
慌てて首を横に振って見せれば、ほっとしたように息を吐く。
「えっと……アユムお兄ちゃんの事、いつから好きなの?」
これは聞いておかなくちゃならない。
そう思って口にすれば、理留はクルクルと自分の髪を弄ぶように指に巻きつけて、ちょっともじもじとしはじめた。
「ワタクシのこの髪型、お母様に無理やりさせられていたのですけど。初対面の時にアユムが、とてもよく似合うって褒めてくれましたの」
恥ずかしいですわっと、理留が頬を押さえる。
――まさかの出会いから?
しかもその褒め言葉は、うっかり元の世界でやっていたゲーム内でのあだ名『ドリル』で理留の事を呼んでしまって、それを誤魔化すために口にした台詞だ。
心から理留にはドリルが似合うと思ってはいたけれど、まさかあの言葉で理留が私に好意を抱いたなんて思うわけがない。
女の子なのに、女の子を落とさなきゃいけないなんてと、悩んでいた当時の私だったけれど。
実は案外あっさりと、攻略対象である理留は落ちていたらしい。
いつか悪い男にひっかかりそうだと、友達として理留のことがちょっと心配になる。
「アユムは、ワタクシを黄戸家の娘ではなく、理留として扱ってくれましたの。それに親ですら同じ格好をしていたら、ワタクシと留花奈を見分けられないのに……アユムにはわかるんですのよ」
それが特別なことだというように微笑みながら、理留はゆっくりと言葉を紡ぐ。
こんな理留の顔を、私は見たことがなかった。
女の子というより、女の人と言った感じで――とても綺麗だとそんな事を思う。
「初等部三年の時に、ワタクシが先生に目の敵にされた時も。アユムは庇ってくれたんです。とても格好よくて、王子様のようだと思いました」
「お、王子……?」
「えぇ、王子様です」
理留は真顔だ。
どうしよう。物凄く恥ずかしい。
誰もいなければ頭を抱えて床を転げまわっているところだ。
王子様、なんて自分が言われる日がくるなんて思わなかった。
理留がうっとりとした様子なのが、ダイレクトに私の羞恥心を攻撃してくる。
「ただアユムは物凄く鈍感なんですの。バレンタインデーに手作りチョコをプレゼントしようとしたら、手伝うなんて言い出して。あの時は本当にどうしようかと思いましたわ」
ほぅ、と理留が悩ましげな溜息を吐く。
思い起こされるのは、初等部四年生の時のバレンタイン。
理留がとんでもないチョコレートを作ろうとしていると気付いて、お節介を焼いたことを思い出す。
私はあの時、理留に庶民の好きな人がいて、その人のためにチョコを作ろうとしているのだと思い込んでいた。
しかし理留は料理ベタ。
そこで料理の上手い宗介に理留が恥をかかないよう、一緒にチョコ作りをしてくれと頼み込んだ。
結局はそのチョコは、私にあてたものだったのだけれど。
……友チョコじゃなくて、本当は本命チョコをくれるつもりだったんだ?
その事に気付けば、理留に協力して欲しいと頼み込んだ時の、宗介の微妙な顔が思い出される。
聡い宗介の事だ。理留が私を好きだってことを、あの時点から気付いていたのかもしれない。
その後も理留の話は続く。
私の家の風呂を借りてのぼせた際に裸を見られて、嫁に貰ってくれると私が言った事。一緒に海へ行ったら水着を褒められた事。
お菓子を食べてるときの幸せそうな顔が好きだという事。理留って可愛いよねと言いながら、くすっと笑うときの顔が艶っぽくで好きだという事。
大きな事件から、私が忘れてるような小さなことまで。
理留が一生懸命な様子で口にするたびに、なんかもう居たたまれない。
これが褒め殺しというやつかと、むずむずした気持ちで相槌を打つことしか私にはできなかった。
「お嬢様、そろそろ」
理留のボディーガードをしている黒服の人が、時間を告げる。
「もうそんな時間ですの?」
理留がはっとした顔になる。
恋愛トークが始まって、ノンストップで三時間以上が経過していた。
「歩さん、ごめんなさい。ワタクシばかり喋ってしまって」
黒服を一旦下がらせ、申し訳なさそうに理留が口にする。
「ううん……全然気にしないで?」
どうにかそれだけ口にしたけれど、正直に言うとそろそろ限界だった。
悶え死ぬ寸前と言っていい。
「こんなこと、留花奈にだって話したことありませんのに……歩さんは話しやすくて、つい打ち明けてしまいましたわ」
「……あのね、理留!」
心を開いてくれてる理留に対して、悪いことをしてる心地になって口を開く。
「その呼び方だと、アユムに呼ばれてるみたいな気がしていいですわね」
ちょっぴり寂しげに理留が笑う。
私が本当はアユムなんだ。
そう言えればよかったのに、私は一瞬躊躇ってしまった。
「ワタクシ、アユムがいなくなって……物凄く後悔しましたの。ずっと好きだったのに、どうして思いを伝えなかったのか……そんなことばかり、離れてから考えてましたわ」
椅子から立ち上がった理留はゆっくりとそう口にする。
悲痛な声に、胸がチクチクと痛んだ。
「ですから、ワタクシ決めましたの! アユムに今度こそ、こ、ここっ」
まるで鶏のようにつっかえながら、ドンと理留がテーブルを勢いよく叩く。
「告白をするつもりでいるのですわ! ですから、歩さん!」
「はっ、はい!」
必死すぎる理留の顔は真っ赤で、その気迫に押されて返事をする。
「アユムに告白をする練習を、あなたでさせてくれませんこと!?」
「……はい?」
身を乗り出してきた理留の提案に、思わず間抜けな声が出た。
「アユムの前に出ると、どうしても緊張して告白できないのです。似た顔をしているあなたで練習すれば、きっとうまく告白できると思うのですわ!」
「えっ、いや……でも」
「お願いですわ。歩さん!」
理留がぐっと私の手を握って、潤んだ目で見つめてくる。
そんな顔をされて……嫌ですなんて言えるわけがなかった。
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★大学等部1年夏




