【14】8月19日は黄戸姉妹の誕生日のようです
豪邸、お屋敷。
そう言うにふさわしい建物が、目の前にはあった。
学園を初めてみたときも凄いなとは思ったけれど、廊下に並べられた調度品や、ピカピカに磨かれた床をみると、こちらの方が金がかかっているなぁと思ってしまう。
個人の家にシャンデリアなんて、私は見たことがなかった。
広いホールには、スーツを着た大人たちと、私達と同じ年頃の子供達。
クラスメイトたちの姿もあった。
テーブルにはバイキング形式の食事がならんでいて、どれも美味しそうだ。
やがて時間になって、ひな壇みたいなところから理留と留花奈が現れる。
Aラインの肩が出た、色違いのお揃いのドレス。本日は二人とも髪型までおそろいで、高い位置で一つに結った髪を縦ロールにしている。
「皆様、今日は私達の誕生パーティに来てくれてありがとう! どうぞ心ゆくまで楽しんで行ってくださいませ」
見事なハモリで挨拶をした理留と留花奈がペコリとお辞儀をして、拍手と共にパーティが始まった。
8月19日、夏休みももう残り僅か。
私と宗介は、理留と留花奈の誕生日パーティに来ていた。
一学期は色々世話になったからと、理留から招待状を貰ったのだ。
家でやる小規模なものだからと言われて来て見れば、前に学園であったクリスマスパーティとそう変わらない大規模なものだった。
てっきり、プレゼントを持ち寄って、皆ですごろくしたり、ビンゴゲームしたりするアットホームな誕生日会を想像していたんだけど。
「宗介が言うとおり、スーツ着てきてよかったよ」
気軽に来てという言葉を鵜呑みにして、危うくTシャツで行くところだった。
危ない危ないと胸を撫で下ろす。
理留と留花奈に挨拶しようと思ったのだけど、主役の二人はもてなす側という感じで、来てくれた人たちに挨拶して回っていた。
「君たち、理留と留花奈のお友達だよね」
屋敷に来ていたクラスメイトを見つけおしゃべりしていると、急に話しかけられる。
私を含めたその場にいる全員が、ビクリとした。
全く気配に気づかなかったのだ。
「今日は娘たちのために来てくれてありがとう」
細目で優しそうな男性。
頬がやせこけてる感じで、影だけじゃなく幸も薄そうだなという失礼な印象を受けた。
深緑色の髪は留花奈に似てるし、彼が二人の父親のようだ。
理留が前に母親の尻にしかれていると歌っていたなぁなんて考えていると、奥からゴージャスな女性がやってくる。
胸元の開いたチャイナドレスは、きわどいスリット。
意志の強そうな眉に、妖艶な唇。極め付けに、髪型は金の縦ロール。
美人だったけど、かなり気が強そうだ。
大輪で華やかだけど、棘のある毒花を思わせる。
これが間違いなく理留たちの母親だろう。
「あらあなた、こんなところで何をしていらっしゃるのかしら?」
「あぁ、理留と留花奈のお友達に挨拶していたところだよ」
理留の母親は、じーっと値踏みするように一人一人の顔を見た。
そしてクラスメイトの橘くんの方で視線が止まる。
「もしかして、あなたが今野アユムくんではなくって?」
「いえ違います。今野くんはこっちです」
橘くんに言われて、理留の母親が私の方を向いた。
「あなたが今野アユムくん? 理留を差し置いて、学年トップの成績と聞きましたから、もっと頭のよさそうな感じかと思っていましたわ」
なかなかに失礼な人だ。
でもまぁ、わからなくもない。私の隣にいる橘くんは委員長というあだ名のクラス委員長で、眼鏡に知的さを感じさせる容貌をしていた。
「ふふっ、でもなかなかいい顔立ちをしてるじゃありませんの」
理留の母親は、すっと唇の端をあげて微笑む。
親子だけあって、何か企んでいる留花奈の顔によく似ていた。
ぞぞっと背筋が泡立つ。
「今日は面白いゲームを用意しましたので、楽しんでいってくださいませね。優勝した方には、豪華な賞品もありましてよ」
扇子を取り出して口元を隠す動作は妙に艶めかしくて、その色香にその場の男子たちは釘付けになっていた。
「いくわよ、あなた」
「あぁわかった。じゃあ、楽しんでいってね」
颯爽と去っていく理留たちの母親の後を、父親がついていく。
それだけでこの家の序列がわかるような光景だった。
「今野くんに、山吹くん! きてくれましたのね!」
「あっ、理留。誕生日おめでとう」
「黄戸さん、誕生日おめでとう」
宗介と一緒に食事を楽しんでいると、理留が私達の姿を見つけてやってきた。
口々にお祝いの言葉を口にする。
「ありがとうございますわ。どうです? 楽しんでいただけまして?」
「うん。想像してたのとは違うけど凄いね。さっきの手品、どうやって箱の中から移動したのか全くわからなかったよ」
誕生会は趣向が凝らされていて、有名な歌手の生歌に一流マジシャンの手品など、見所がたくさんあった。
特に手品は観客参加型で、臨場感があってドキドキした。
「アユムってば、ずっと興奮しぱなしだったよ。今の見てたかってうるさいくらいだったもの」
「なんだよ宗介だって、凄いって言ってたじゃないか」
「喜んでもらえてよかったですわ」
宗介と言い合っていると、理留が嬉しそうに笑う。
「姉様、叔父様が挨拶したいって」
奥から現れた留花奈によばれ、理留が立ち去る。
お誕生日の主役は忙しそうだった。
理留と入れ替わりに、留花奈が私たちの前に立った。
「一応いっとくけど、今日あんたたちを呼んであげたのは、姉様をあの馬鹿教師から庇ってくれたお礼だから。せいぜい楽しんだら?」
私と宗介がお祝いの言葉をかけると、留花奈は短く「ありがと」と答えてから、そんな事を言った。
そういえば、招待状は理留と留花奈の連名になっていたなぁ。
留花奈はお礼なんてするタイプには見えないから、彼女にしてみれば破格の待遇なんだろう。
「そういえばさっき、二人のお母さんに会ったよ。とても美人な人だね」
「あの人みたいななケバイのが好みなの? あんた趣味悪いわね。やめときなさい、身を滅ぼすわよ」
素直な感想を言ったら、眉をよせてそんなことを言われた。
「自分の母親に対して、それはないだろ」
「だからわかるのよ。家柄と血筋だけしかとりえがなかった黄戸家を、ここまで大きくしたのはあの人だもの。カリスマ性もあるし、手腕も凄いけど並大抵の男じゃ、手に負えないわ」
なんだかわかる気がした。妙なオーラがあるというか、側にいるだけで圧倒されるようなそんな女性だった。
「それに留花奈に言わせれば、あの人母親って柄じゃないのよ。父様だって都合がいいから側に置いてるだけだし、留花奈達も家のための道具でしかない。あの人は家さえあればそれでいいのよ」
どこか冷たくも聞こえる口ぶりで、淡々と留花奈は言う。
留花奈は母親のことをあの人と呼んで、嫌悪しているみたいだった。
「じゃあ留花奈はもう行くわ。このあとあの人が企画したゲームがあるの。何をやるかは聞かされてないんだけどね。賞品はホテルの宿泊券と、遊園地のチケットみたい。ホテルは一泊百万以上する最高級スイートを用意したみたいだし、こんなチャンスでもないと庶民には一生縁がないだろうから、頑張ってみたら?」
いちいち一言多い奴だった。
理留たちの母親が企画したゲームは、双子であることをいかしたものだった。
理留と留花奈が同じ格好をして舞台の左右に立ち、司会者である母親が名前を呼んだ方の側に移動するという極めて単純なもの。
全員参加型の○×ゲームみたいな感じだ。
間違えたら脱落で、最後まで残った者が勝者とのことだった。
「さて、留花奈はどちらでしょう?」
招待客のいないところで入れ替わった二人が、舞台の左右に立つ。
最初の方は、好きな食べ物や、指定された仕草をするなどのヒントがあったのだけど、残っている人数が十数人になったのでノーヒントになる。
普通の○×ゲームだと、人数が偏ったりするものなんだけど、皆二人の見分けがつかないらしく、どちらにも同じくらいの人数がいた。
「アユムは迷いがないよね。正直言って、俺には全く見た目で判断できないんだけど」
宗介が関心したように言う。
宗介は私の判断を信じて、一緒に行動していた。
「見た目でわかりやすいと思うんだけどなぁ。理留は髪が黄色だけど、留花奈は黄緑じゃないか」
「アユムって時々変なこというよね。俺の髪もオレンジだとかいうし。アユムにそう見えてるだけで、二人も俺も普通の色だよ」
そうなんだよなぁ。
どうやら、理留や留花奈の髪が黄色や黄緑に見えてるのは、私だけなんだよね。
この事には結構前から気づいていたんだけど、その理由はよくわからない。
ゲームを見ていた前世の記憶がこびりついてるからなんだろうか。
「時間切れです。正解の留花奈は手をあげて!」
理留の母親の声が響き、私の前にいた留花奈が手を上げた。
「それでは人数が五人になったので、次正解した方をまとめて勝者にしたいと思います。どちらが理留でしょう!」
私は迷い無く理留の方を選ぶ。
前の方に立つ理留と目があった。
ちゃんとわかってくれたのが嬉しかったのか、口元が緩むのを我慢してるみたいな顔になる。
一方他の人たちは見分けてるわけじゃなく、勘でここまできたのだろう。
留花奈の方に立った。
「もう移動しなくて大丈夫ですか? 本当にそれは理留なんでしょうか。今ならまだ間に合いますよ?」
司会の理留の母親が煽る。
すると宗介が私の側から離れた。
「俺、あっちに行くね。本当に見分けてるわけじゃないしさ」
理留の方を選べば二人で優勝なのに、宗介は留花奈の方へと移動してしまった。
「もうそれでいいですね? では理留手をあげなさい」
その瞬間、私の勝利が確定した。
司会をしていた母親に連れられて、壇上に上がる。
「おめでとう坊や。よくわかったわね。ワタクシたちでも見分けられないのに、偶然かしら。それとも、本当に見分けていたの?」
「偶然じゃないですよ」
「ふふっ、面白いわね。それじゃあ、何度でも当てられる自信はある?」
「ありますよ」
面白そうに理留の母親は笑った。
その顔に嫌な予感がした。
「それじゃあ、こうしましょう。今から三回、どっちが理留で留花奈なのか、言ってもらいます。それで全部当てられたら豪華賞品に加えて、理留と留花奈を嫁にする権利をあげましょう!」
会場がどよめく。
理留と留花奈が「お母様!」と同時に叫んだ。
「ちょっと待ってくれ理真。冗談だろう?」
「ワタクシいつだって真剣ですわ。あなたは口をはさまないで」
「しかし、それは君の意見で決めていいことではない。子供達の人生だ」
さすがに慌てた理留と留花奈の父親が止めに入る。けれど、母親である理真さんが近くにいたメイドに目配せすると、強制的にどこかへ連れて行かれてしまった。
「悪くないでしょう? 黄戸家の財産があなたのもの。婿養子という点は譲れないけれど、これ以上の玉の輿はないわよ」
理真さんの目には、「もちろんワタクシを楽しませてくれるわよね?」というような色がある。
今から始まるゲームに心をときめかせている顔だ。
なんだかとんでもない展開になってきた。
「ボクまだ結婚なんて考えてません。それに財産なんていらないです」
「財産目当てではなく、娘達があくまで目当てというわけね。さらに気に入ったわ」
そんな景品いらないですっていうのも、女の子に対して失礼な気がしたので、そんな事を言ったら曲解されてしまう。
「財産はあって困るものじゃないわ。それにあなたが望むなら、どちらかなんてケチなことは言わず、二人ともお嫁にしてもいいのよ」
とんでもない母親だった。
そしてたぶん、本気だ。
やるといったらやるんだろうなと思わせる何かが理真さんにはあった。
こうなったら、わざと間違うことにしよう。
大見得を切ったのに癪だけど、これが一番角がたたない。
「あぁ、それともしも間違えた場合、今後の人生はないものと覚悟してね。ワタクシ嘘をつかれるのが嫌いですの」
にっこりと理真さんは言い放つ。
ちょっと待ってよ! こんなゲームに人生をかける気はさらさらないんだけど。
これ負けても勝っても、私の人生がかかってますよね!?
この問答無用な感じ、人間違いなく留花奈と血が繋がってるよ!
内心叫んで、助けを求めるように理留を見た。
目が合うと、理留は真っ赤になる。
照れてる場合じゃない。
ピンチなんだから助けてよと念を送ったところで、全く伝わってないようだった。
観客と化した招待客に混じって、宗介がおろおろしてるのが見えた。




