【43】側にいる約束
少し遅くなってすいません。「宗介ルート:分岐点」はこれで最終話です。次回から「宗介ルート:真相編」が始まります。二人が大学生になってからのお話で、それから先は「残酷表現有り」の「R15」です。ほのぼのだけでいいよという人は、これを最終回にしていた方がいいと思います。
次の日病室に行けば、宗介は起きていた。
ベッドの上で上半身を起こしている宗介の隣に、椅子を持ってきて座る。
「ねぇ、ボクの代わりに宗介が死んだりしたら意味なんてないって前に言ったこと覚えてる?」
「忘れるわけないよ」
確認すれば、宗介は蕩けるような顔をする。
まるで愛を囁かれているみたいなそんな顔に、少し毒気を抜かれそうになった。
「だから――俺は死んでない」
ただ単にヒナタに刺されて生き残った以外の意味が、その言葉に含まれていることを今の私は知っていた。
宗介は元々私の身代わりなって死ぬつもりでいた。
それをやめて、今ここにいるということを噛み締めているんだろう。
「クロエから全部聞いたよ。宗介は、ボクの身代わりになってヒナタに殺されるつもりでいたんだよね」
「っ!」
それを言えば、宗介は目を見開く。
「クロエは死神で、ボクと宗介は二人で一つの運命だった。ヒナタにどちらかが殺されれば、もう一方は生きられる。そう言われて宗介は、ボクを生かすために取引を結んだんでしょう?」
「それは……」
言い逃れはさせないというように口にすれば、宗介は視線を彷徨わせた。
「そんなのボクが喜ぶと思ったの?」
「……そう思わないから黙ってたんだ。言えば絶対アユムは止めるでしょ?」
即答すれば宗介が呟く。
前に宗介は一度、死神の存在について私に言っていたことがある。
不運が続いた初等部六年の修学旅行前。
アユムが宗介を庇ったから、その不幸が皆私に行ってしまっている。
宗介とアユムのどちらも生きているから、死神が殺しに来ている。
高等部の三年になったら私が死ぬ。
あの時に宗介はすでに、クロエから取引を持ちかけられていたんだろう。
元々宗介は生まれた時に死んでる予定だったけれど、母親が代わりに死ぬことで一度生き延びて。
運命を歪ませる力を纏った宗介の存在は、本来死ぬ予定じゃなかった父親の命まで奪った。
三度目の正直というように、宗介を襲った交通事故。
けれど、宗介はまた生き延びてしまった。
クロエによれば、それでもアユムが代わりに死ねば、宗介の歪みは全てリセットされる予定だったらしい。
アユムは元々、運命の総量が多い子だったらしい。
運命の総量って何とクロエに聞いたら、寿命や生命エネルギーみたいなものだとの事だった。
しかし、アユムは死ななかった。
加えてアユムは、宗介の運命の一部に取り込まれてしまい、結果歪みは余計に酷くなってしまった。
このまま行くと、生きているだけで周りに死を呼び込む特異点に宗介と私はなってしまう。
この異常事態に、死神のクロエが直々に手を下すことになった。
特異点になりかけている宗介は、殺しにくいらしい。
だからこそ、クロエは宗介の運命に取り込まれてしまっている私の命を狙ったのだけれど、私もまた死ななかった。
この世界に私を取り込んだ創造主とやらが、私に特別な力を与えていたのがその原因で。
その加護によって、私は高校三年生の冬まで生きることが決まっていた。
逆に言えばその日以降に私が死ぬ確率は、ほぼ百に近かったらしい。
けれど、その時点で私が死んだとしても遅すぎる。
この頃にはすでに宗介は特異点と化しているだろうと、クロエは見込んでいた。
クロエは宗介の特異点化を防ぐために、力の一部を分け与えた。
高校三年生の冬までは、周りで誰も死ぬことがないと請負い。
選択肢を二つ与えたらしい。
高校三年生の冬に宗介が死ぬか、アユムが死ぬか。
二つに一つだと。
初め宗介は、いきなり現れた死神の存在を受け入れられなかった。
けれどクロエの宣言通り、山吹のおじさんたちが死んで。
私がこのままでは死んでしまうと、危機感を覚えた宗介は自分が犠牲になる道を選んだのだとクロエは言っていた。
クロエの思惑通りに。
「宗介が生きる道もあるって、クロエからは言われてたんだよね。何で自分を犠牲にしようなんて思ったの」
宗介自身が生きる道もちゃんと示した。
私に責められないようにか、昨日クロエはそんなことを口にしていた。
「アユムがいない世界に生きて、なんの意味があるの?」
あるとするなら教えて欲しいというかのように、宗介が見つめてくる。
揺らがない瞳の奥は静かで、本気でそう思っていることが窺えた。
「それにアユムは俺の運命に巻き込まれただけだ。アユムが助けてくれたから、俺は楽しい時間を過ごす事ができた。十分すぎるほどに……幸せだった」
身に余る幸せだったというように、宗介は呟く。
「それは違うよね。宗介がボクの運命に巻き込まれたんだ。ヒナタに刺されるのはボクがゲームの主人公だからで、本来宗介は関係ない」
「そんな事どうだっていいんだよ。アユムが死ぬ理由がなんだって、俺はアユムの身代わりになれるなら喜んでそうしたんだから」
反論した私に、宗介は淡々と答える。
「宗介はどうしてそうやって、自分よりボクを大切にするの? 宗介はもっと自分を大切にしてくれないの……!?」
自分なんてどうでもいいというような宗介に、腹が立ってくる。
一歩間違えれば、自分の知らないところで宗介が自分のために命を落としていたかもしれない。
昔から宗介はそうだ。自分なんて二の次で。
それが嫌だった。
気付けば涙が零れていて、視界が滲む。
「泣かないでアユム。アユムに泣かれるのが一番辛いんだ」
宗介に手を引かれて、体がベッドの方へ引き寄せられる。
優しく抱きしめられば宗介の香りがした。
「昔までの俺は確かに自分を大切にしてなかったと思う。俺には何もなかったし、生きてるだけで周りに迷惑をかける。死んだほうがいいとすら思ってた――でも、今はそうじゃないから」
そう言って宗介は私の頬を撫でてくる。
視界いっぱいに、宗介の優しい笑みがあって。
唇が私のものと重なる。
「ん、ふぁ……宗介っ」
そんなことで誤魔化されたりはしないと、ぎゅっと病院服を握り締める。
「ふ、今の俺はね……自分を、何よりも優先してる。アユムといる時間を、得るためだったら……ん、どんなことでもするよ」
キスの合間に言葉を挟みながら、深く深く宗介の舌がもぐりこんできた。
昔の宗介にはなかった強い光を、瞳に見つける。
生に執着するような、獣じみた欲望の混じる色。
身を引けば、怪我人のどこにそんな力があったのかというほど強く頭を抑えられて。逃がさないというようにむさぼられて、くらくらとする。
ようやく唇が離れていって、息をする。
体が熱くて心臓が壊れそうなほどになっていた。
優しい宗介なのに、こういう時は強引で……男なんだなと思わせられる。
「安心してアユム。俺はこの先もずっとアユムと一緒にいる。アユムが俺を嫌いになるまでは、側にいるから」
こんなに私は余裕がないのに、宗介は平然としていて。
何故か少し憂いを帯びた表情で、私に笑いかけてくる。
宗介は何でもできるのに、どうにも自分を卑下する傾向がある。
それでいて少し臆病で、ネガティブだ。
私にいつか嫌われるときがくると、そう思い込んでいるようなそんな顔だった。
「宗介を嫌いになったりなんて、するわけないでしょ」
「……うんそうだといいな」
すぐにそう口にすれば、願うように宗介は呟いた。
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冬休みが明けて学園に行けば、ヒナタの騒ぎはなかったことになっていた。
宗介が怪我をした事実自体も、病院やうちの両親、他の人たちの記憶や記録から抹消された。
一人一人の記憶を書き換えたわけじゃなくて、事象自体に干渉して書き換えただけだとか、クロエがわけのわからない事を言っていたけれどさっぱりだ。
つまりは、全てなかったことになったという事でいいんだろう。
ヒナタは急に転校して行ってしまったことになっていた。
その行き先を知るものは誰もいない。
一月が過ぎて、二月になって。
そして、とうとう星降祭がやってきた。
舞台の上では紅緒が劇を行なっていた。
星降祭の日に行なわれる劇は、扉の向こうからやってきた『ツキ』と、人間である主人公の『セイ』の友情物語だ。
そこに『セイ』が思いをよせるヒロインの『ソラ』が絡んできて、決められた関係性と結末以外の部分は毎回脚本が変わる。
簡単に言えば扉の向こうからきた『ツキ』が、主人公のために色々やりすぎてしまって。
『ツキ』の本心を誤解したまま、扉の向こうに主人公は追い返してしまう。
それを主人公が後悔するというそんなお話だ。
今回はロミオとジュリエットとシンデレラを足して二でわったような、いかにも女の子が好きそうな内容の劇だった。
主役である紅緒は演劇部だけあって、その演技には引き込まれるものがある。
ヒロイン役はマシロなのだけれど、喋れない姫ということになっていた。
……もしかすると、演技が大根だったのかもしれない。
けれど、一見すると儚げなマシロの容貌にこの役どころはぴったりだった。
この星降祭、今回は特別ということで夜まで続く。
三年に一度しかない星降祭の中で、今日はその名の通り星が降る日なのだ。
時間になれば消灯されて、空を皆で見上げる。
夜のこの一時間だけ、星が降り注ぐことになっていて。
今頃紅緒とマシロが学園にある扉の前に立っているんだろう。
劇の主役とそのペアだけが、星降祭の夜に扉を開けるチャンスを貰えるのだ。
扉を開ければ、元の世界へときっと戻れる。
でも私はそれをせずに宗介の側にいた。
両親や友人の事を懐かしく思わないと言ったら嘘になるけど。
思い出としてしまっておけるくらいには、この世界の方が私の現実になっていた。
今日が元の世界で兄がやっていたギャルゲー、『その扉の向こう側』最後の日。
不安から隣にいる宗介の手を握れば、大丈夫だというように握り返してくれる。
人があまりいない場所に移動して、私と宗介は二人で空を見上げていた。
流れ星が降り注ぐ中、宗介とずっと一緒にいられますようにとお願いする。
これだけ流れているなら、願い事を叶えてくれる星があるんじゃないかと思えた。
ふと横を見れば宗介と目が合う。
いつの間にこっちを見てたんだろう。
「アユム、俺を選んでくれてありがとう」
宗介が幸せだというように微笑む。
私がここにいるというだけで、宗介は喜んでくれる。
そういう顔を自分がさせているのだと思うとたまらなく嬉しい。
「ありがとうは、ボクの方だよ。宗介」
言えば不思議そうに宗介は首を傾げる。
兄のやってたギャルゲーを横で見ていただけなのに、いつの間にかこの世界にいて。
体も心も女のままなのに、周りからは男として扱われて戸惑うことは多かった。
メインヒロインに殺されてしまうかもしれないという恐怖に、誰も自分を知らないという寂しさ。
心細かった私の側に、宗介はずっといてくれた。
アユムじゃなくて、私自身を必要としてくれた。
誰かにこんなにも必要とされたことは、元の世界を含めてもなくて。
「宗介がいたから、毎日が楽しかったんだ。きっと宗介がいなかったら、早々に潰れてたと思うし、この世界をこんなに好きにはなれなかった」
いきなり連れてこられた世界で、悲観することはわりとあったはずなのに。
思い出せるのは楽しかったことばかりだ。
ヤンデレメインヒロインを避けること、元の世界に戻ること。
目的は確かにあったけれど、日々はやっぱり楽しくて。
「知らない世界にきて、ヤンデレヒロインとか、ゲームの攻略とか色々あったはずなのに不思議と怖くなかった。宗介が側にいる安心感があったんだと思う」
誰よりも宗介が私の側にいてくれた。
それがどんなに心強かったのか、思い返せばわかる。
「こんなボクを大切に想ってくれてありがとう。大好きだよ」
「……っ、アユムは本当に俺を喜ばせるのが上手いよね。感謝をするのは、いつだって俺の方なのに」
感謝を伝えば宗介に抱きしめられる。
「最初の日にアユムは俺を必要としてくれた。それだけでも贅沢なのに……こんなの幸せすぎて罰があたりそう」
そう言って笑って、宗介が唇を寄せてくる。
優しく唇を啄ばまれて、頬を撫でられて。
愛されてるとわかるキスに、クラクラとする。
「これからも、俺の側にいてくれる?」
少し不安交じりの言葉を口にして、宗介が手を差し出す。
流れ星は流れきって、もう家へと帰る時間だ。
「当たり前だよ。宗介こそ、離れないでね?」
差し出された手に指を絡めれば。
「うん、ずっとアユムの側にいるよ」
そう言って宗介は幸せだというように微笑んでくれた。
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★高等部3年秋―冬
●原作ギャルゲーとの違い
1)宗介を攻略するルートはない
2)原作で扉を開けないルートの場合、いくつかパターンがある。
α)星降祭の主役に選ばれなかった場合。
クリスマスパーティでヒナタに誘われて踊り、告白されるエンド。その時点でエンドロールが流れて終了。何故かバッドエンド表記。つまりは人気のないところで殺されている。
β)星降祭の主役に選ばれたけれど、相手の好感度が足りなかった場合。
扉を開ける直前にヒナタに誘われて告白される。その時点でエンドロールが流れて終了。何故かバッドエンド表記。つまりは人気のないところで殺されている。
●ルートA(マシロ編)との違い(94-97話相当)
1)マシロ編での宗介は、すでにこの世にいない。
お付き合いいただきありがとうございました。一応のハッピーエンドとなっています。
この後真相編が続きますが「残酷表現有り」「R15」です。ほのぼのと見せかけてブラックです。先に言っておきますがキャラも普通に死にます。しかし最終的にはハッピーエンド(予定)です。
大丈夫だよという方はそちらもどうぞ!
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!




