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【39】それは一種の病気です

 学園の一大イベント、三年に一度行なわれる星降祭。

 祭では劇が行なわれ、その主役になれば星降祭の日にパートナーと学園にある扉を開けるチャンスが貰える。

 扉を開くことができれば何でも願いが一つ叶うとされていた。

 それと同時に、扉を開くことができたパートナーは永遠に結ばれるという話もあったりする。


 私の兄が元の世界でやっていたギャルゲー『その扉の向こう側』において、星降祭の劇はゲームのクライマックスだった。

 どんなに攻略対象の好感度をあげても、星降祭で行なわれる劇の主役に選ばれなければ、ゲームはクリアできない。

 まぁクリアしたところで、最大の難関とも言えるヤンデレメインヒロイン様が待っていたりするのだけれど……それはまた別の話だ。


 このゲームをクリアする気は、今の私にはない。

 扉を開けて、元の世界へ帰るつもりもないからだ。

 ヒナタが私を殺しにくるのは、ゲーム内では三年生の冬。

 星降祭よりも前だという事はなんとなく覚えていた。


 夏休み最後の日の放課後、星降祭の劇の主役候補が発表された。

 私と、紅緒だ。

 紅緒は才色兼備で文武両道。そのあたりの男子よりもよほど男前で、女子にも絶大な人気があり演劇部のエース。

 九月の体育祭対決、十月の学園祭での演劇対決、十一月の人気投票で星降祭の主役が決まる。

 それぞれの得意分野で戦って、それから皆に決めてもらう流れになっていた。


 紅緒はどうしても扉を開けたい事情があるらしく、かなり熱が入っていた。

 でも、前にクロエから聞いた話が本当だとすると、あれは紅緒では開けられない。

 私が誰を選んで、一緒に扉を開けるか。

 そういうゲームなんだとクロエは言っていた。


 それでいて、扉を開けるためには資格のある攻略キャラをパートナーに選ばなくちゃいけない。

 サポートキャラであり、攻略キャラではない宗介と一緒に扉を開けようとしたところで、開きはしないのだ。


 まぁそもそも、男という事になっている私が、劇のパートナーに男である宗介を選べるのかという話なのだけれど。

 それも……可能らしい。

 過去にそういう事例があったようで、問題はないようだった。



「アユムは、劇に出るつもりでいる?」

 劇の主役候補が発表されて後、宗介が私の席にやってきた。

「ううん。降りようかと思ってる。扉を開けるつもりもないしね」

「そっか」

 この答えは宗介にとって、正解だったらしい。

 ほっとしたような顔をしていた。


「もしかして、ボクがまだ帰るつもりでいるかもって不安に思ってた?」

「いや……そんなわけじゃないけど」

 口にすれば、宗介が少し困った顔をする。

 その顔は不安だったと言ってるのと同じだ。


 私がいなくなる事を怖がってる。

 そんな宗介が可愛く見えて……自然と笑みがこぼれた。

 ぐいっと手を引いて、座っている自分の近くへ宗介を引き寄せる。


「ボクが帰る場所は、いつだって宗介の側だから」

「……っ!」

 耳元で囁けば、宗介が息を飲む。

 その反応に気をよくして、周りが見てないのをいい事に軽く頬に口付けた。

 宗介の手を引いた勢いで立ち上がり、教室のドアへと向かう。


「辞退するって伝えてくるよ」

 そう言って振り返れば、宗介の顔は真っ赤で。

 全くあれじゃ周りにばれちゃうじゃないかと思いながら、いい気分でその場を後にした。



●●●●●●●●●●●


 劇の主役を辞退すると決めて、それを伝えに行く。

 エトワールの代表である理留りるにそれを伝えれば、心底残念そうな顔をされた。


「アユムの主役姿、楽しみにしてましたのよ? も、もしもパートナーがいないからという理由ならワタクシが……!」

「ありがとう理留。元々劇なんて向いてないし、扉のジンクスにも興味ないからさ」

 申し出を断れば、心のなしか理留のドリルヘアーがしゅんとしおれた気がした。

 本当に楽しみにしていてくれたらしい。


「あっ、丁度いいところにいたわね。あの腹黒男に伝えておきなさい……しかたないから、条件は飲んであげるって」

 エトワールのサロンの中には留花奈るかながいて、しかたなくという部分を強調しながら不本意そうな口調で私にそんな事を言ってきた。


「腹黒男って………? もしかして宗介の事だったりしないよね?」

「あいつ以外に誰がいるっていうの? 腹黒じゃ足りないわよ。ホントもう、あいつめ……不覚を取ったりさえしなければ!」

 確認すれば、留花奈がぎりぎりと音が立ちそうなほどに拳を握り締めて、苛立ちを露にしていた。


「宗介と何かあったの?」

 二人は犬猿の仲で、顔を見合わせるたびにニコニコと笑いながら互いに毒を吐く。

 また何かもめたんだろうなと思いながら尋ねれば、留花奈は口を引き結ぶ。

「……別に何もないわよ」

 明らかな嘘を口にして、ちらりと窺うように理留を見た。


 様子から察するに、理留関係で宗介に弱みを握られてしまったらしい。

 留花奈は宗介が気に入らないらしく、何かとちょっかいを出しては、逆にやりこめられることが多かった。


 理留の鼻歌を録音して、CDに焼いてカバーまでつけてコレクションしてることでもばれたんだろうか。

 それとも、3Dプリンターで理留の等身大フィギュアを作ろうとしていたことがばれたんだろうか。

 ちなみに私がどうしてそんなことを知っているかというと、留花奈本人から聞いたからだ。


 留花奈は頭はいいのだけれど、理留のこととなると馬鹿になる。

 前に理留の鼻歌って面白いよねと話題に出したら、よくわかってるじゃないとノリノリで、CDにしてることまで教えてくれた。

 一流の作曲家にバックの音楽まで作らせ、パッケージにも理留がプリントされた、売っていそうな出来のCDだ。

 普通は引くところだけれど、長年の付き合いで留花だからしかたないと思ったあたり、私も大概麻痺してきてると思う。


 ちなみに留花奈の百枚近いコレクションの中から、厳選された三枚のCDを貰ったというか押し付けられた。

 いや、聞いたら爆笑するほど面白かったけどね!

 番犬を手なずけようとしてスカートを引きちぎられた歌が、個人的には面白かったなぁ。


 いやそもそも、あのCDに入っている歌ってほとんど盗聴だよね。

 理留は気を抜くと歌いだす癖があるけど、そうやって録音してるなんて知ったら激怒するだろうな。

 ふいに思い出すのは、宗介が私の部屋で理留のCD見つけて、1枚欲しいとねだられたこと。

 まぁいいかとあげてしまったけれど……もしかしてアレをネタに強請られているのかもしれない。

 

 留花奈はとてつもないシスコンなのだけれど、外面はいい。

 シスコンという事を隠しているわけではないけれど、姉である理留の自慢をする相手は限られてくる。

 私や宗介には言いたい放題できて、遠慮もいらないため、理留がどんだけ可愛いか語りだすと止まらないようだった。


 つまりは宗介におだてて乗せられて、自分で理留にばれたら怒られるようなことを留花奈はベラベラと話してしまったんだろう。

 宗介はとても聞き上手だったりするから、煽ったり褒めたりしながら、うまく誘導したんだろうなと簡単に想像できた。

 

 何か宗介は留花奈に約束をとりつけたみたいだ。

 内容までは教えてもらえず、留花奈から宗介に伝言として「この変態が」という一言だけを貰った。

 一応宗介にそのまま伝えれば、留花奈ちゃんほどじゃないと思うけどねと全く気にしてないようすだった。


「ねぇ、宗介。留花奈に何を約束させたの?」

「内緒。その時がくればわかるよ」

 尋ねれば宗介は、悪戯っぽく笑った。

 楽しいことを隠してわくわくしているような、子供っぽい顔で。


「ふぅん、わかった」

 宗介にしては珍しいなとそんな事を思った。



●●●●●●●●●●●


 夏休みに入った朝早く。

 チャイムが鳴って寝ぼけながらドアを開ければ、そこに留花奈がいた。


「おやすみ」

 ドアを開けて、わざわざ起きてきてしまったことを後悔する。

 早々に二度寝しようと心に決めて、ドアを閉じようとしたら留花奈が足を割り込ませてきた。

 お嬢様なのに行儀が悪い。


「ちょっと待ちなさい! 今、朝でしょうが! わたしがわざわざ来たくもないのに、来てあげたっていうのに喧嘩売ってるの!?」

「喧嘩なら間に合ってます」


 怒りながらもちゃっかり家の中に入ってきた留花奈をどう追い返そうか、シミュレーションを頭の中で開始する。

 このままだと今までの経験で百パーセントの確率で、拉致されるという計算式が頭の中で叩き出されていた。

 それでいてロクな目に遭わない率も、同時に百パーセントだ。


「あぁ来てくれたんだね、留花奈ちゃん。さぁ、上がってよ」

 宗介が後ろから声をかけてきて振り返る。

 どこかお出かけでもするのか、宗介はすでに寝間着から着替え身支度を整えた姿だった。


「……本当に約束は守ってくれるんでしょうね?」

「もちろんだよ。本当はサンタクロースが留花奈ちゃんだってことも、留花奈ちゃんが理留さんの歌を密かに動画に流してることも、等身大フィギュアをクローゼットに仕舞ってることも黙っていてあげる」

 ジト目で睨みつける留花奈に、宗介はにこやかに請け負う。


 というか留花奈、そんなことしてたんだ……?

 相変わらずシスコンだなと呆れるしかない。


「さっさとやるわよ!」

「えっ、ちょっと!?」

 宗介のいいように動くのが屈辱だという顔をしていた留花奈が、私の手を引いてくる。


「その前に顔洗って、朝食食べてはみがきしてからね。朝食、留花奈ちゃんの分も作ったから」

「誰があんたの手作りの朝食なんて……」

 はっと鼻で笑う留花奈の目の前で、宗介がCDケースを軽くチラつかせる。

 そこにはドリルを盛大に巻いて、ベートベン風の髪型にした理留のパッケージが眩い、留花奈編集の理留CDがあった。

 ……私が宗介に進呈した一枚だ。


「八月になったら理留さんの誕生日だね。このCDをプレゼントしたら喜んでくれるかな?」

「あんたね、この悪魔になんてもの渡してくれてんの!? 私があのジャケットの姉様を撮影するために、どれだけおだてて、煽って、どれだけ手間暇かけて撮影したかわかってんの!?」

 いい笑顔で脅しにかかる宗介に対して、留花奈の怒りが私に向く。


「普段より盛大にドリル巻いて、ノリノリで指揮棒掲げる姉様なんてレア中のレアなのよ!? そのために家にオーケストラ呼んで音楽会して、私も他の子もコスプレして、姉様があの音楽家風の格好をしても問題ない環境まで整えたのよ!? この面白さがあんたには分かると思ってあげたのに……っ!」

 毎回思うけど、留花奈は理留で遊びすぎだ。

 そんなことのために全力を使っちゃってるあたり、留花奈は色々間違っているし、反省すべきだと思う。


 結局は宗介に従い、留花奈も一緒に三人で朝食を食べた。

「ふん、まずいわね」

 宗介の作った朝食を食べながら、そう言った留花奈だったけれどかなり顔が悔しそうだ。

 それでいて、お箸はよく進んでいる。

 どうやら口に合ったみたいだった。


 留花奈が食卓にいるなんて変な感じだなと思いながら食べ終えた所で、留花奈に服を押し付けられる。

 それは、女物の服だった。


「これ何?」

「あんたの服よ。わたしがわざわざ選んであげたんだから、感謝しなさい!」

 戸惑う私に留花奈がさっさと受け取れというように、服を押し付けてくる。

「俺が留花奈ちゃんにお願いしたんだ。アユムに服を貸して女装の手伝いをして欲しいって。留花奈ちゃん化粧上手だしね」

 宗介が横から説明してくれる。


「あんたも馬鹿よね。今度は仁科の彼女のふりをして、面倒な女の子を諦めさせるんですって? そんなことするより、二人で付き合ってますって言えばいいんじゃないの? ドン引くわよ」

 淡々と言いながら、留花奈が私に化粧を開始する。

 どうやらそういう事情を宗介に聞かされ、留花奈は私に化粧をほどこしているらしい。


「それもいいかもね。それを言ったら留花奈ちゃんは引いて、アユムにちょっかいだすのやめてくれる?」

「あんたの思惑通りになるのが嫌だから、答えはノーね」

「そっか、残念」

 結構ギリギリの事を話しているのに、宗介と来たら平然としていて、留花奈も動じた様子がない。


 本当に私達が付き合っていると知ったとしても、留花奈は今まで通り態度が変わらないんじゃないだろうか。

 もしかしたら、すでに感づいているのかもしれないとそんな事を思う。


「ねぇ、もしも……ボクたちが本当に付き合ってるなんて言ったら、留花奈はどう思う?」

 否定されるのは怖いけれど、私達の関係を肯定してくれる人がいないのは、やっぱり心細かった。

 それを留花奈に求めるなんてどうかしている。

 わかってはいたけれど、不安は声になった。


「今まで通りドン引くわよ。昔から本当何も変わらないわねってね」

 さらりとそう言って、留花奈は私に化粧を続ける。


「本当に付き合ってようが、そうでなかろうが。今までと何が変わるっていうのよ。あんたたちのベタつきっぷりは、はっきり言って異常。シスコンみたいにしっくりくる言葉があればいいのに。本当一種の病気よあんたたち」

 呆れきっている留花奈の声。

 どっちだろうと態度は変わらないという様子に、思わず嬉しくなってしまう。


「ちょっと、なんでにやけてるのよ?」

「留花奈ってさ嫌な奴だけど、そういうとこがいいよね」

 不審者を見るような顔をする留花奈に思った事を言えば、わけがわからないという顔をされる。


「それ喧嘩売ってるの?」

「褒めたんだけど」

 コメカミがピクピクしてる留花奈に、首を傾げる。

 そんな事を言われるとちょっと心外だ。


「嫌な奴っていう褒め言葉、初めて聞いたわよ……本当あんたたち二人って変でお似合いね」

 変というのを否定するつもりはなかったけど。

 それを度が過ぎたシスコンの留花奈だけには言われたくなかったなぁと、そんなことを思った。



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★高等部3年夏


●原作ギャルゲーとの違い

1)特になし。


●ルートA(マシロ編)との違い(92話相当)

1)星降祭の劇の候補を、アユムが辞退している。

2)留花奈が宗介の依頼で、アユムに化粧を施している。

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