【13】三年生になりました
春がきて、私は無事に三年生に進級した。
星鳴学園では、二年に一回クラス替えがあり、私は宗介と同じ四組だった。それと理留も一緒だ。
クラスのメンバーも去年とあまり変わりなく、私はほっとしていた。
担任が熱血な先生で、少々暑苦しいということ以外文句はなかった。
同じクラスになったのに、理留と関わる時間は変わらない。
なぜかというと、常に理留の周りを取り巻きたちがガードしているからだ。
よくみると理留自体は、他の子たちと仲良くなりたそうにしてるんだけど、取り巻きたちが気安く話しかけるなオーラを出してるので、誰も近づけないのだ。
特にとりまきたちの私に対するガードは厳しい。
理留に話しかけるなら、まず私達を通せというようにしゃしゃりでてくる。
理留は身内に甘いたちなのか、自分のためにやってくれている彼女たちに何も言えないようだった。
きっと慣れのせいもあるんだろうけど。
そのため、理留とは教室であまり喋る事はなかった。
少し寂しくはあったけれど、金曜日になれば、サロンで理留とお茶を楽しむことができた。
なんだかんだで私は、この時間がとても気に入っている
この体になって、できたのは男友達ばかり。
宗介以外は年相応に子供らしく、一緒にいて疲れることも多い。
その点理留は一緒にいて楽しい。
からかうと面白いし、甘いものが好きという共通点もあり、貴重な女友達だった。
「ちゃんと最後まで食べないと、みんなの休み時間がなくなるからな!」
そんなある日の給食の時間。
突然、担任がそんなことを言い出した。
またかよと私は思っていた。
この前は運動強化週間なるものを勝手につくり、朝のホームルーム時間に運動場を走らされた。
今週はどうやら、給食を残さないで食べましょう週間のようだ。
今日に限って、苦手なニンジンがごろっと入っていたけれど、食べようと思えば食べられる。我慢して飲み込んだところで、担任の先生の野太い声がした。
「黄戸、トマト残してるな。好き嫌いはいけない。たとえエトワールだろうと、特別扱いはしないぞ。食べるまで片付けちゃ駄目だからな」
嫌味ったらしく、みんなに聞こえるように先生は口にする。
理留はいたたまれないというように、俯いていた。
今にも泣き出しそうだ。
こういう風に強要されたら、嫌いなものを余計嫌いになる。
理留はトマトを頑張って口に運んで飲み込むのだけど、そのたびに目じりに涙が溜まっていっていた。
「そうだ黄戸。えらいぞ。みんなも応援するんだ」
応援されて理留は余計に泣きそうになる。この担任は何もわかっていない。追い詰めてどうするんだ。見てられなくて私は席を立った。
「どうしたんだ、今野」
私は無言で理留と、その側に身をかがめている担任の側に立った。
それから、理留が食べていたサラダを奪い取ると、全部口に放り込んで食べた。
「ごちそうさまでした。もう食べ終わったから、いいですよね。今日は校庭で三組とサッカーの試合があるんで」
私の意図を読んで、宗介がごちそうさまでしたと言って立ち上がる。
それを合図に、皆もそれに習った。
「ちょっと待て。いまのは今野が食べたから、無しだ! おい、戻って来い」
必死に呼びかける先生を無視して、呆けている理留の手を引く。
「ほら、理留も行くよ」
教室には先生だけが残されていた。
給食の一件以来、私は要注意人物として担任から目を付けられてしまった。
今まではまだ教育と言い張れる範囲内の行動だったのに、だんだんと担任の行動はエスカレートしてきた。
ある時なんか、到底小学生が解くレベルじゃない問題を出してきて、解けなかったら罰として廊下に立てと言ってきた。
そんなの卑怯だと思って他の子の代わり答えてみせると、担任は明らかに気分を害した顔になった。
「間違いだ。誰かを庇ってヒーローにでもなったつもりかもしれないが、こういうのは格好つけっていうんだぞ」
皆に笑えと指示するように大声で担任は笑った。
問題は間違いなく当たっていたというのに。
誰だこんな教師雇ったやつはと、文句を言いたい気分だった。
だんだん時間が経つにつれ、私はこの担任の先生の中身がわかってきた。
彼は元々庶民の出で、苦労して有名な大学に入って、教師になったらしい。
そのせいか、苦労を知らないような金持ちの子供に対して並々ならない屈折した感情を持っているようだった。
熱血はコンプレックスの裏返しで、ただの八つ当たりというわけだ。
「お前達には根性が足りない。親にばっかり甘えて、金にものを言わせているからそうなるんだ」
そんなことを私達に言われても困る。
しかもこいつ、特に理留を目の敵にしていた。
この中で一番家柄がよくて、金持ちで、しかもエトワールという特権を持っているからだろう。
理留は気丈にふるまっていたけれど、辛そうだった。
「あのさ、お前がその気になれば、親の力であいつをなんとかできるんじゃないのか?」
「見くびらないでくださいまし。ワタクシ、自分可愛さに権力を翳したりしませんわ」
見てられなくてそんな事を言ったら、そんな風なことをするように見えるのかと、理留は傷ついたみたいだった。
理留には理留のプライドがあるんだって事を、私は忘れていた。
一見理留は、権力にモノを言わせて威張っているように見える。
けど、それは周りを囲む留花奈や取り巻きたちがそう見せているだけだ。
たぶん、本人は黄戸の家と、自分を切り離して見てもらいたいと考えているんだと思う。
でも、親や留花奈の期待に答えたい気持ちの方が強くて、普段から誇り高い黄戸家の娘を演じているのだ。
「理留って格好いいよね」
そうやって自分の中でちゃんと一線を引いている高潔な友達を、私は好ましく思った。
でも、理留がああ言っているからって、傍観はできない。
理留が標的になった時、できるかぎり庇うようにはしてるんだけど、私は目を付けられているのでうまく立ち回れないことも多かった。
「ちょっとあんたに聞きたいことがあるんだけど」
どうにかならないかなぁと考えていたら、留花奈に呼び出された。
すごい剣幕だった。
サロンまでつれていかれ、胸倉を掴まれる。
まるでカツアゲされている気分だ。
「最近姉様が元気ないの。あんた、何かしたでしょ」
内容は大体、思っていた通りだった。
「してない。決め付けるなよ」
「じゃあ何で姉様があんなに元気ないのよ。あの姉様が夕飯の後に、デザートをいらないって言ったのよ! しかもアップルパイなのに!」
留花奈はありえないというように叫ぶ。
「あの理留がアップルパイを食べなかったの!?」
確かにそれは重症だ。
アップルパイは理留の大好物。
サロンのお茶会で出てきた時には、ワンホールでも食後にぺろりと平らげて、おかわりするくらいはしてみせる。
そんな理留がアップルパイをいらないなんて相当の事態だ。
気丈な事を言っていたけれど、やっぱり相当無理していたのだ。
留花奈が取り乱すのも当然だった。
「実をいうと、うちの担任がちょっと厄介なやつでさ」
私は、留花奈に事情を話すことにした。
「へぇ、留花奈の姉様に、そいつはそんなことをしてくれたんだ。これはきっちりお礼をしないといけないわね」
ふふっと楽しそうに留花奈は笑った。
けど瞳は全然笑ってなくて、奥にはギラギラした漆黒の炎が燃えている。
この可愛い顔の裏で、今ものすごく黒いことを考えているんだろう。
「何かする気?」
「まさか。留花奈は何もしないわよ」
本気で怒ると留花奈は笑うらしい。
にっこーという擬音がつきそうな笑顔は、可愛いのに背筋がぞくぞくするほどに怖かった。
後日、担任の先生は退職した。
噂によると昔やらかした事が学校側にばれ、先生を辞めさせられたのだという。
あっけないほどあっさりと、教室に平和が訪れた。
「こんなことってあるんですのね。やはり悪い事をする人には、天罰があるのですわ」
そう口にした理留も、クラスメイトたちも、皆嬉しそうだった。
私だって嬉しかったけど、天罰だとも、偶然だとも全く思わなかった。
「先生に何かしたよね?」
放課後、理留を迎えにきた留花奈を捕まえて、人気のないところで尋ねる。
「まるで留花奈が悪いみたいないい方ね。ただ探偵を雇って身辺を探らせて、弱みを握ったところで、どうしますって尋ねただけよ?」
十分に何かしてるじゃないか。
「あの先生、何か悪いことしてたの?」
「経歴詐称してたのよ。有名大学の出とか言ってたくせに、卒業証明書も偽者だったわ。学校だけには言わないでくださいって頼まれたから、その条件を飲んで、文章にして各方面に送ってあげたの」
まるで子供の屁理屈みたいなことを言っているけど、やってることは到底子供らしくない。
「姉様に酷いことをしたんだもの。本当は家の力をフルにつかって、社会的に二度と立ち直れないようにしてあげたわ」
いい笑顔でいう留花奈は、理留と違って家の力を使うことに全く躊躇ないようだった。
「ちなみに・・・・・・もしも弱みが見つからなかったら、どうするつもりだったの?」
「何を言ってるの? 弱みがなければ作ればいいじゃない」
当たり前のことを聞いてどうするの?というような、迷いのない顔だった。
パンが無ければお菓子を食べればいいじゃないというようなノリの留花奈が、心底恐ろしい。
敵に回すのだけは絶対に避けたいなぁと、心の底から思いました。




