【38】メモリーカード
学園祭が終わって。
あれからヒナタにあの日の事を聞こうとしたけれど、さりげなく避けられている気がする。
ポケットの中には、ヒナタから渡されたゲームの黒いメモリーカード。
私の家にはゲーム機がないので、学園内にあるマシロの部屋で、その中身を確認して見た。
ゲームのセーブデータを見る画面を開けば、この中には前世でやっていたギャルゲー『その扉の向こう側』のプレイデータが入っていた。
なんでこれがここに?
どうしてこれがここにあって、ヒナタがそれを持っているのか。
それでいて、おかしな点が二つ。
一つは、プレイデータが千近くあること。
マシロの持っている普通のメモリーカードのデーターを見れば、プレイデータはどんなに多くても三十が限界のようだった。
容量的におかしい。
そして二つ目。
データの説明文に、主人公名とプレイヤー名の二種類があり。
主人公名はアユムだけれど、プレイヤー名が『渡』になっているということ。
『渡』は前世の私の兄の名前だ。
つまり、これは兄の使っていた、ゲームのメモリーカードである可能性が高い。
そもそも私はこのギャルゲーを直接プレイしていたわけじゃない。兄がやってるのを横で見ていただけだ。
思いつく可能性は……兄も私と同じようにこの世界へきているという事。
そしてヒナタはおそらく、兄と接触したことがある。
ゲーム本編のディスクがあれば、ヒナタから貰ったセーブデータがどんなプレイをしているのかわかるのだけれど。
『その扉の向こう側』というギャルゲーはこの世界に存在しない。
だから、セーブデータの中身自体はわからない。
ただセーブ画面には、攻略したキャラのデフォルメされたアイコンが映っていた。
一回目のセーブデータのアイコンは、白い髪に赤い瞳の女の子が二人。
外見的特長から言って、これはマシロだと思う。
どうやら男であるマシロも実は攻略キャラだったらしい。
ただ、……どうして一つのアイコンにマシロが二人映っているのかが謎だ。
それでいて、八回に一度くらいの割合でこのアイコンがでてくる。
何故か五百回目くらいからは、マシロが一人になっていて、そこからはずっと一人だった。
二回目のデータは、金髪ドリル……おそらくは理留だ。
全体のデータの中で、圧倒的にこのアイコンが一番多く、五割くらいこれじゃないだろうか。
緑のウェーブの髪の留花奈と思われるアイコンもあった。
留花奈のアイコンは前半にはほとんどないけれど、中盤になると結構多い。
従兄妹のシズルちゃんに似たアイコンと、紅緒のアイコンは、全体の中で数が少なくちらほら見える。
紫苑と思われるアイコンも見つけたけれど。
こっちは五百以降からしか見られない。
ヒナタもクリアしたことがあるらしく、四百から五百の間に、かなり多くクリアされていた。途中固まって十回ほどあった。
ただそれ以降は、ぽつぽつ思い出したように百回につき一回くらい出てくる。
黒髪に褐色の肌で赤い瞳の女の子のアイコンもあった。
たぶんこいつは、クロエなのかもしれない。
女もクロエは変身できるし、そんな力を持ったキャラなら十分にありえる。
クロエは七百番台あたりから増え始め、終盤の千番目付近に特に多く存在していた。
それでいてこの終盤の七百から千番目付近は、アイコンのない赤や黒のデータばかりだ。
十回に一回、クロエか時々マシロがでてくるくらいだろうか。
このメモリーカードは……何を表してるんだろう。
四百回目あたりで、ヒナタのクリアデータが多くなって五百回目でぱたりと止む。
その後の五百番台で、マシロのアイコンが二人から一人になる。
その後、紫苑のクリアデータが増えて。
段々と赤と黒のデータが増えはじめ、そこにクロエのデータが混じるようになる。
七百回目からは、大多数が赤か黒で。
クロエかマシロか、時々理留のアイコンが混ざるといったところだろうか。
兄がやってたゲームのデータだと仮定したとして。
赤や黒はもしかして、バッドエンドだったりするんだろうか。
それでいて、千回もプレイしてる――いやまさか、そんなことはありえない。
でも、思うのは。
もしかして、ヒナタも私と同じで。
向こうの世界から連れてこられたんじゃないのかという事だ。
――同じ事を何回も繰り返す。
――アユムが宗介を受け入れることは今までなかった。
これはきっと元の世界のギャルゲー『その扉の向こう側』の事を指していたりするんじゃないだろうか。
ゲーム中に、主人公のアユムはどのルートでもヒナタに、それこそ何度も殺されている。
それをここでも再現するつもりなのか。
そう、彼女は言いたかったんじゃないのか。
……微妙に腑に落ちない点もあったけれど、考えてもわからない。
このメモリーカードを持っていたのがヒナタなら。
ヒナタが、兄ってことはないかな?
そんな突拍子もないことが、頭を掠めた。
それはないなと思い直す。
兄は妹である私を、結構溺愛していた。
私に対して、あんな冷たい眼を向けたりしないし、首を絞めてくるなんてありえない。
宗介にこの事を相談しようかとも思った。
でも、不安にさせてしまうんじゃないかと思って、やっぱりやめた。
ヒナタに首を絞められたなんて言ったら――宗介がヒナタに何をするかわからない。
それで宗介が危険な目にあったら、元も子もなかった。
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そんな事を考えながら過ごしているうちに、季節は冬になって。
クリスマスパーティには、マシロに男避けとして一緒に踊ってくれるよう頼まれた。それを引き受ければ宗介が不機嫌になって。
マシロと踊っている最中に、外に連れ出されて一緒に庭の方で踊ったりした。
正月には宗介と寝正月して。
あけましておめでとうと、顔を見合わせて笑った。
そして、季節はすぐに春になり。
とうとう――私は、最終学年である高等部の三年生になった。
宗介や吉岡くんと同じクラス。
当然のようにギャルゲーのメインヒロインであるヒナタも同じクラスだった。
春は何事もなく過ぎ去り、楽しい日々を過ごした。
平穏すぎるくらい、平穏な日々。
いつもの日常。
それが逆に怖くて、不安になる。
この後に何かとんでもないことが待っているんじゃないか。
今が幸せなほど、そう思ってしまう。
「アユムちゃんと聞いてる?」
気付けばぼーっとしていたらしく、宗介が顔を覗き込んでくる。
「ごめん、ちょっと考え事してた。何の話だったっけ?」
「今年の夏はどうしようかって話だよ」
慌てて言えば、宗介は呆れたように溜息を吐く。
そう言えば今は宗介の部屋で、夏休みの計画を練っているところだった。
二人で宗介のベッドに並んで腰掛けて。
おしゃべりの最中に、意識が飛んでしまっていた。
ちょっと熱いなと服を摘んで動かして、風を入れる。
家に帰ってきてすぐに制服のワイシャツを脱いで、ティーシャツだけになったけれど、まだクーラーが効いてなくて部屋の中は熱かった。
「毎回だけど、おばあちゃんの家でいいんじゃないかな。あそこだと、二人でのびのびできるし」
「うん、それもいいけど」
すっと宗介の手が頬に伸びてきて、視線を固定される。
もう一方の手で、まるで逃がさないと言うように宗介との間にある手を握られた。
「えっと……宗介?」
「ねぇアユム。二人で旅行行こうって、俺はさっきまで話してたんだ」
甘い響きの中に、ねっとりと含むような熱があった。
顔が近づく。昔より男らしい顔つきになった宗介の顔が近くにあると、恋人となった今でもドキドキとしてしまう。
慣れる日が来る気がしなかった。
「アユムは俺と二人っきりは嫌?」
「そんなことないよ! 嬉しい!」
悲しげな口調で言われてすぐに否定すれば、よかったと宗介は微笑んだ。
ふいに、トンと宗介に肩を押されて。
ベッドの上に体が沈む。
ぎしっとベッドの軋む音がして、宗介が上にまたがるようにして見下ろしてくる。
優しく私の頬から首筋までを宗介の指がなぞる。
抑えるような熱をその瞳に見つけて、ぞくぞくと肌が泡立った。
「そ、宗介……?」
「ねぇアユム、もうそろそろ我慢も限界なんだ。好きな子と一つ屋根の下で、ずっと一緒って嬉しいけど。少し辛くもあるんだよ?」
いつも見てる優しい宗介とは違う顔。
こちらを見つめてくる表情は困り顔にも似ていたけど、瞳に宿る光が私を捉えて離さない。
怯えさせないように繕っているような、そんな雰囲気で。
「アユムはちゃんと俺のこと、男だって思ってくれてるのかな?」
「あ、当たり前だよ!」
じゃないと、こんなにドキドキしたりはしない。
耳元で囁かれただけで、心臓が飛び出しそうだった。
こういう風な他愛ないじゃれあいを、宗介はいきなりしかけてくるからいつも戸惑ってしまう。
「そっか。ならアユムのそのそれは、俺のこと誘ってたりするの?」
「それって何の事?」
少し怒ったような言葉に、わけがわからなくて戸惑う。
「そのシャツ、首周りが伸びきってるから捨てるように言ったよね? アユムが扇ぐたびに、俺の目線からは胸が見えそうになるんだ。汗かいてただでさえ色っぽいのに、そうやって無防備に俺の部屋のベッドに座るのはどうかと思うよ?」
「えっ、あっこれは!」
慌てて胸元の生地を手繰り寄せれば、ふっと宗介が笑う。
からかったんだよと言うように。
「ねぇ、アユム。そうやって不安がらなくて大丈夫だよ。アユムは絶対死なせはしない――俺が側にいる。こんな日々が、これからもずっと続くんだ」
優しく笑う宗介に、見透かされていたのかと驚く。
宗介は私の胸の上に頭を置いて、心臓の音を聞き始めた。
「絶対に、俺がアユムを死なせたりはしない」
それは決意を秘めた言葉で。
逆に不安になる。
まるで宗介がそのために、何かしようとしているみたいに聞こえた。
メインヒロインのヒナタは必ず、主人公を殺しに来る。
そのとき、幼馴染でサポートキャラの宗介と仲良くしていれば主人公は助かる。
兄は、そう言っていた。
なら死亡ルートを回避するため、宗介と仲良くなっておこう。
そう思って七歳のアユムの体に転生した私は、宗介に会いに行った。
あの時は深く考えていなかったけれど。
どうして宗介と仲良くすると、ヒナタから殺されずに済むのだろう。
もしかして、宗介が私の身代わりになったりするんじゃないだろうか。
そういう事を――何度か考えたことがあった。
「ねぇ、宗介。一つ約束して」
「何?」
身を起こして、宗介が私の目を見てくる。
「ボクのために、死んだりなんてしないでね。例えばボクが誰かに襲われたとして、代わりに宗介が死んだりしたら意味なんてないから」
宗介ならそういう状況が来た時、迷わず私を守ろうとすると断言できた。
でも、それを私は望まない。
真っ直ぐに見つめて伝えれば、宗介は頬を緩ませる。
「うん――わかった」
宗介が、力いっぱい私に抱きついてくる。
「アユムは、俺がいないのは……嫌なんだね」
その声はとても嬉しそうで。
当たり前のことを言っただけなのに、今にも泣き出してしまいそうなくらいの喜びが滲んでいた。
「当たり前でしょ? もしもそんなことになったら、ボクがこの世界に残る意味がないもの」
「あぁ、そっか。そうだよね――アユムは、俺のためにここにいるんだ」
言えば噛み締めるように、宗介は口にする。
幸せだというように。
それを見ていたら。
絶対に死ぬわけにはいかないなと、そんな事を思った。
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★高等部2年秋―高等部3年夏
●原作ギャルゲーとの違い
1)メモリーカードなんてものをヒナタから原作中に貰うシーンはない。
●ルートA(マシロ編)との違い(90―92話相当)
1)クリスマスパーティで宗介と踊るようなことはなかった。
★今回からR15タグと、残酷表現タグをつけました。
そのうちやってくる展開への保険(?)となります。よろしくお願いします。




