【37】メインヒロインがヤンデレ覚醒しました
学園祭が終わって後夜祭。
疲れた私と宗介は教室で休んでいた。
窓の下の方で、壁に背中を預けて二人寄り添って座る。
私達だけしかいない教室に灯りはつけてないけれど。
窓から差し込む月明かりのおかげで、意外と明るい。
外の方から聞こえてくる楽しそうな声を、二人して聞いていた。
学園祭は、当間くんの目論見どおり私達のクラスが優勝した。
楽しいことには楽しかったけれど、目まぐるしくてあっという間だった。
後になって指名率が当間くんによって発表されたけれど、どうやら私が一位だったようだ。
二位は前の学校のお客さんが多かった紅緒で、三位がクロエ。
そして四位が宗介で、五位がヒナタだった。
「何で私が一位だったんだろう。何をしたわけでもないのに……?」
「アユムは本当、わかってないよね」
私の疑問に、宗介が呆れたように溜息を吐く。
「高等部に入って、エトワール入りしたでしょ。あれで目立ったせいもあって、ファンクラブの会員増えたみたいだから、そのせいだと思うよ」
学園によって選ばれた生徒だけに与えられるエトワールの称号。
演劇で目立っている生徒である紅緒や、学園一のお金持ちであり成績優秀者である理留など、その選ばれる基準は様々。
私は運動面での功績を認められて、エトワール入りすることができていた。
お金持ちの多いこの星鳴学園。
高等部からは一般の生徒も受け入れているけれど、基本的には初等部からのエスカレーター式。
中の上とはいえ、私のような庶民がエトワールに選ばれたのは初めてだという事だった。
エトワールに選ばれれば色んな特権があるけれど、同時に義務も発生する。
月一回の会議という名の緩いお茶会に、イベントにマスコットのごとく借り出されることもよくあった。
夏には各部活の応援として周ったり、秋には劇をしたり。
メンバーは何故か全員見目麗しい人たちが多く、一芸に秀でている。
それぞれにはファンがいて、相談事を入れる目安箱にはファンレターが絶えなかった。
「アユムは人気者で……ちょっと妬ける。みんなに優しいアユムが好きだけど、俺だけに優しければいいとも思うんだ」
後夜祭が終わって後、日は沈んで。
闇になれた目に映る横顔は、少し拗ねているように見えた。
「優しいとかそんなことはないと思うけど。ただ笑って接客してただけだよ。それを言うなら、宗介の方が普段から皆に優しく見えるよ」
今日に限ったことじゃなく、宗介はいつも優しい雰囲気を振りまいている。
聞き上手というか、人から話を聞きだすのがうまく、その柔らかな雰囲気で相手を安心させてしまうところがあった。
「アユムと俺の優しさは違うよ。アユムの優しさは相手を思いやるものだけど、俺は――どうでもいいから誰にでも優しくできる。もしくは、自分にとって有利な情報を聞きだせるかもしれないから、優しい顔をしてるだけ」
ふっと宗介が、寂しげに笑う。
私を眩しく思うような、うらやましがるようなそんな目をしていた。
「そんなことないよ宗介。宗介はいつだって私の話を親身になって聞いてくれるもの! 宗介は優しいよ!」
宗介は優しい人だ。
それはよく知っていた。
幼いアユムが自分のせいで傷ついたと自分を責めて、毎日教会に通ってお祈りをしていた。
いつだって私が寂しいときは寄り添ってくれて、不安にならないよう手を繋いでくれた。
どれだけ宗介の優しさに救われてきたか、言葉では言い表せない。
私が大好きな宗介の優しさを、そんな風に言ってほしくなかった。
二人の間にある宗介の手に、自分の手を重ねればそこから温かさが伝わってくる。
「――アユムは、俺の特別だから」
宗介が繋がってない方の手で、私の頬を手でなぞってくる。
距離が近づいて、その顔がさっきよりもよく見える。
「俺の優しさはアユム限定なんだよ。最初から、出会った時からそうだった」
甘く蕩かすような瞳の中には、揺らめく熱。
苦しげに吐き出されたような言葉に、わかってなかったのかと問い詰めるような響きがあった。
「……やっぱりアユムに対するものも優しさなんかじゃないかもしれない。アユムが自分を見てくれるように、俺のことだけ考えてくれるように。全部そのためのモノだから」
自分で出した答えを否定して、両手で宗介が私の顔を挟み込んでくる。
こつんとおでこを私とくっつけて、懺悔のように宗介が呟く。
「……好きだよ」
切ない吐息とともに、軽く唇に触れる感触。
名残惜しそうに宗介の手が離れて行って。
「この後少し当間くんに呼ばれてるんだ……行くね」
そう言って宗介は立ち去って行く。
残されて一人、唇を指でなぞる。
誰もいない教室。
だけど、学校で宗介とキスをしたのは初めてで。
後から遅れて心臓が痛いほどに音を立てる。
「……っ」
ぎゅっと胸を押さえて、膝を引き寄せて。
赤くなってるだろう顔をその膝にうずめようとしたら、ドアが開く音がした。
てっきり宗介が戻ってきたのかと思って顔を上げれば、そこに立っていたのはヒナタだった。
人好きのする柔らかな表情はそこになく、人形のような無表情。
急に現実へと引き戻される。
いつからそこにいたんだろう。
まさか、宗介とのことを見られていたりしてないだろうか。
先ほどとは違う意味で、心臓が音を立て始める。
私の方へヒナタがゆっくりと歩み寄る。
その前にしゃがんで、目を見つめてくる。
その瞳の中に――私に対する静かな苛立ちのようなものを感じ取る。
「歩」
名前を呼ばれてビクリと体を硬直させる。
「……桜庭さん?」
苗字を呼べば、ヒナタは少し不愉快そうに眉を寄せた。
「そろそろ受け入れたら? 同じ事を何回も繰り返して、もう僕は疲れたよ」
抑揚のない声で、ヒナタが話す。
暗い瞳、いつもとは違う口調。
彼女らしくない――そう思うのと同時に、最初から彼女はそういう喋り方だったような気もした。
思い出すのはゲーム内で、ヒナタが豹変するところ。
普段と何も変わらない笑顔で。
その瞳には空虚を浮かべながら、残念だと抑揚や何もかもが欠けた声で呟くシーン。
大丈夫かな痛いかなと心配そうに言いながら、主人公をめった刺しにするところが思い浮かぶ。
マズイ、マズイと頭の中で警告が鳴った。
「あぁ、でも今回はいつもとちょっと違うのかな。宗介が今までアユムを受け入れることなんて一度もなかったのに」
「……何を言ってるの?」
「やっぱり、わからないんだね」
はぁとヒナタは溜息を吐く。
理解できない私に呆れているようだった。
「ねぇ、歩はどうしてそんなにこの世界に――宗介にこだわるの? いつまでこれを続けるつもりなの?」
淡々とヒナタは言う。
ヒナタの瞳の中には、全てがどうでもいいというような。
狂気に似た光があった。
何を言っているのかさっぱりわからない。
「ねぇ、結局何も変わらないよ? 今回だって結局は同じ結末にたどり着くよ。もう歩も疲れたんじゃないの? もう諦めてよ――僕はもう疲れた」
同意を求めているようで、私の意志なんてきいてないような問いかけ。
私の首筋に、ヒナタの冷たい指先が触れる。
逃げなきゃと思うのに動けなかった。
「歩を殺すのも、殺されるのも嫌なんだ。ねぇ、頼むから。もう全て終わらせようよ」
願うように口にするヒナタの指に、力が籠もる。
メインヒロインでありながら、ヤンデレでありどのルートでも主人を殺しにくるヒナタ。
彼女がヤンデレ化するのは、高等部三年の冬のはずだった。
ゲームが狂いだしているんだろうかとそんなことを冷静に考える暇もなく、体の中の血が冷えるかのような心地になる。
「くっ……」
「あぁごめん、苦しい? そうか、そうだよね」
ぱっとヒナタが手を離す。
息ができるようになって、咳き込む私をヒナタは観察するような目で見ていた。
「なんで……こんなこと……」
「あぁ、またその顔だ。僕が何を言ってるのかわからないって顔。歩はいいよね。僕と違って何も覚えてないから、無邪気な顔でまた最初からはじめられる」
ヒナタは、苛立つように口元を歪める。
そしてポケットから何かを取り出して、私の手に握らせた。
手の中には固い感触。
ゆっくりと見れば、ソレは見覚えのある四角いカードのようなもの。
「メモリーカード?」
間違いない、これはゲーム機のメモリーカードだ。
ゲームをプレイする際にゲーム機に差し込んで、データを記憶するための媒体。
ヒナタは立ち上がって、私を空虚な瞳で見つめた。
「後はアユムの好きにすればいい。僕はもう、全てを放棄する」
「ちょっと待ってよ桜庭さん! これは一体何なの!?」
ヒナタは答えないまま私に背を向けると。
「さよなら、歩」
そう一言呟いて、一瞬私の方を振り返った。
「えっ?」
音にはならなかったけれど、その口元がごめんねと動いた気がした。
目を見開けば、くしゃりと顔を歪めてヒナタは唇を噛み締める。
今にも泣き出してしまいそうな顔に、何故だか――前世の兄を一瞬思い出す。
呼び止めることは、何故かできなくて。
ヒナタは教室を出て行ってしまった。
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★高等部2年 秋
●原作ギャルゲーとの違い
1)特になし
●ルートA(マシロ編)との違い(89話相当)
1)後夜祭が行なわれている時間に一緒に過ごすのが、マシロから宗介になっている。
2)後夜祭が行なわれている時間に、教室でヒナタと遭遇している。
3)アユムがヒナタから『メモリーカード』を受け取っている。
★7/20 表現に修正を加えました。




