【36】学園祭がやってきました
色々あった修学旅行が終われば、学園祭で。
うちのクラスの実行委員である当間くんが、物凄く張り切っていた。
一番人気のあったクラスに貰える賞を、必ずいただく。
そう宣言した彼が提案したのは、執事&メイド喫茶だった。
当間くんとは中等部の二年の頃に同じクラスになって、仲がいい。
そのため、巻き込まれるような形で私や宗介も彼の補佐になった。
普通の高校の学園祭と言えば、手作り感溢れるものになるところだけれど、この学園のものは一味違う。
高額の予算が割り当てられ、これを使ってどのような企画を練るかというところが重要視されているらしい。
企業からのお客さんも来て、将来性があると思った生徒には今の内から声をかけることもあるのだという。
さすがお金持ちの進学校だなぁと、驚くばかりだ。
指揮は当間くんが取り、宗介がその指示に合わせて提案をする。
宗介の働きっぷりを、当間くんはかなり評価しているようだった。
学園祭当日に部活の出展の方に行く人や接客が苦手な人は、前日からお菓子の仕込みを担当する。
残りはお客さんから注文を取り、お菓子を出す担当と、お茶を出してトークをするメイド&執事担当の二つに役割分担されることになった。
「どうして客を取れる奴を後ろに下げなきゃいけない。アユムと仁科は絶対に執事だ」
表に出なくていいから、お菓子の仕込み担当がいいな。
そんな事を言ったら当間くんに、即効で却下された。
「このクラス男子には女子人気の高いお前達二人に加え、女子にもかかわらず女子人気の高い紅緒もいる。メイドの方には男子人気ナンバーワンの桜庭ヒナタがいるし、他の子もわりとレベルが高い。これで負けるなんてありえないだろ」
優勝以外はありえない。
そう言って、当間くんは今から勝利が見えているというように笑う。
「写真を取れるオプションもつけるか……くくっ、これはもうかるな」
人の悪い顔になっている当間くんは、心底楽しそうだった。
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「どうアユム、どこかおかしくないかな?」
「……ううん。よく似合ってる!」
執事服の衣装合わせの日。
驚くほどに宗介は執事服を着こなしていた。
茶色の柔らかな髪に、柔和な表情。
優しそうな顔立ちと、その黒を基調とした執事服がよくマッチしている。
「宗介格好いいよ! これいいなぁ!」
「アユムこういうの好きなんだ?」
思わず興奮して褒めれば、宗介は嬉しそうな顔をした。
「執事服とかスーツは、いつもより格好よさが増す気がするんだよね。女の子は結構好きだと思うよ」
「へぇ、そういうものなんだ?」
熱弁すれば、くすりと宗介は笑う。
「いいよ。アユムもよく似合ってるけど……本当はメイド服姿が見たかったかな。そっちの方がきっと可愛い」
さらりと私の髪を梳いて、宗介はそんなことを言う。
メイド姿を想像しているのか、目を細めて見つめられて思わずドキリとした。
「もう着替え終わった?」
瞬間、ガラリと教室の扉を開けて、衣装担当の女の子たちが入ってくる。
驚きすぎてビクリと体が跳ねた。
ノックくらいしてほしい。
「うん、サイズは問題ないよ。アユムの方も大丈夫だよね?」
宗介はそんなことをいいながら、私のネクタイを直し始める。
いつもの癖なんだろうけれど、女の子達がいるってことを忘れてはいないだろうか。
近すぎる距離に焦った私とは逆に、宗介はいつも通りだった。
そこまで堂々としてる宗介を見ていると、自分が焦りすぎな気がしてくる。
私と宗介が付き合ってるなんて、誰も思いはしないのだから、オロオロとする方が怪しいのかもしれない。
いやでも、仲がいいからってネクタイを直してもらうのは距離が近すぎるような。
毎度のように悩んでいる間に、宗介がネクタイを直し終えて。
これでよしと笑いかけてくる。
「こっちも着替え終わったよ」
そう言って教室に入ってきたのは、同じクラスの星野紅緒だ。
私達とデザインが少し違う執事服を着ている。
真っ赤な髪はショートカットで、まさに王子様というような端正な顔立ち。
すらりと背が高く、中性的な声をしている紅緒だけれど、実は女性だ。
本来一つ年上の紅緒だけれど、今年の七月に留学から帰ってきて私達のクラスメイトとなっていた。
「さすが紅緒様! とてもよくお似合いですっ!」
衣装担当の子たちが、興奮したような口調で紅緒を褒め称える。
「ありがとう。君達の衣装とても着心地がいいね。お姫様たちの愛が詰まっているからかな?」
お姫様とかさらりと言えちゃう、それが紅緒だ。
歯の浮くような台詞なのに、何故か紅緒が言うと不思議と様になる。
恥ずかしげもなくよく言えるなぁといつも感心してしまう。
うちの学園は演劇が盛んで、その演劇部の男役として活躍する紅緒は、女の子たちから多大な支持を集めていた。
成績優秀、スポーツも男子顔負け。
女の子には優しく、実は学園長の子供。
王子様のようなルックスで、女の子にはとても優しい紅緒は、男に生まれたほうがよかったんじゃないかと真剣に思うほど男らしい。
しかも本人は可愛いものが大好きで、つねに女の子たちを周りに侍らせていたりする。
「わたしの方も、衣装を着ました……どうでしょうか?」
紅緒の後ろから控えめに、恥ずかしそうに現れたのは桜庭ヒナタだ。
「あぁ本当よく似合っている。まさに天使だね」
「褒めすぎです、星野さん」
紅緒がヒナタを見て目を細め、ほんのりと頬を染めながらヒナタはそう口にした。
紅緒は初等部高学年から学園に転入してきた。
一方のヒナタは、高等部から学園に転入してきたのだけれど。
二人は転入する前から、同じ学校の演劇部の先輩後輩だったため、とても仲がいい。
確かにヒナタは文句なしに可愛かった。
肩まである桃色の髪に、ヘッドドレス。
丈の短いスカート部分を、必死に押さえてるしぐさがまた愛らしくみえるのだけど――何故か違和感を覚える。
一見恥ずかしがっているように見えるけれど、そこに感情がこもってないような。
そんな感覚。
演技っぽいわけでもないのに、何故だかそう思えてしまう。
ヒナタがギャルゲー『その扉の向こう側』のヤンデレヒロインだと、知ってしまっているからなんだろうか。
「やっぱり少し丈が……こんなの恥ずかしくて、無理です」
「何を言ってるんだい? 演劇部では悪女役で、もっと際どい衣装を着たこともあるだろう。ヒナタならメイド服を着こなせると思うよ」
ふるふると首をふって俯くヒナタの前に、そっと紅緒が膝を着く。
手を差し伸べて、微笑みかける。
「さぁヒナタ。僕と一緒にお嬢様とご主人様に笑顔を届けよう。最高のおもてなしが僕等にならできるだろう? 僕は執事で、君はメイドなのだから」
手袋に包まれた紅緒のその手を、ヒナタはじっと見つめて。
「そう、ですね。メイドという役を与えられた以上……演じきって見せます」
そう言ったヒナタの顔には先ほどまでの弱気さは微塵もなく。
「それでこそヒナタだ」
紅緒は満足そうに笑ったけれど。
やっぱり私には、このやりとりが薄っぺらいものに思えてしかたなかった。
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迎えた学園祭の当日。
私達のメイド&執事喫茶は、大盛況だった。
「お嬢様、お茶でございます」
そうやってテーブルに行けば、女の子たちが嬉しそうな声をあげる。
私はお茶担当として蒸らしている三分間、客のテーブルで会話なりなんなりしなくてはいけない。
ちなみにお茶を出す執事は基本的に指名できないけれど、割高の最高級紅茶――通称『ロイヤル』を注文した時だけはそれが可能というシステムになっていた。
かなり高いのに、注文する客はそれなりに多い。
一番人気なのが、安い茶葉なのだけれど執事と写真が撮れる特典がついているお茶。
時点は蒸らし時間が他のより長くて五分になっているハーブティ。もちろん値段はお高めだ。
人手が足りなくなる恐れがあると、当間くんは隣の二組にも共同でやらないかと持ちかけていて。
中庭にはそれなりのスペースを用意し、席とテーブルも多めに確保していた。
「アユム、五番テーブルロイヤルのお客様だ。代わりに俺が引き継ぐ」
「わかりました。途中ですが、失礼いたしますお嬢様」
ハーブティを蒸らしていたら、当間くんに声をかけられて退席する。
やけに指名が入りっぱなしで忙しかった。
ようやく休憩に入れたと思ったけれど、宗介と一緒には時間がとれなかった。
私と宗介の二人が同時に抜けるのは、戦略上よくないと当間くんが渋ったのだ。
けど折角の学園祭なので宗介とまわりたいとお願いすれば、明日の一時間だけ時間を合わせてもらえた。
理留とマシロを呼び出し、一緒に自分達の喫茶店でお茶を楽しむことにする。
お茶出しの執事とメイドには特典として、自分達の喫茶の優先権が一枚配られていて。
それを使えば、待つことなく席に案内してもらえた。
ポットには三人分の紅茶が入っていて、一席とりあえずは一ポットまで。
追加は人数回までオッケーで、混んでいる時は一時間退席。そんな細かいルールまで定められていた。
指名のできるロイヤルの紅茶を頼んで、宗介をお願いする。
横の席では、紅緒がお茶を出していて。
席に座る女の子たちは、紅緒が前に通っていた美空坂女学院の制服を着ていた。
「きてくれて嬉しいよ、お姫様たち。渚ちゃんは会わない間に大人びたね。凜ちゃんは髪型を変えたのかな。よく似合ってる」
「私達のこと……覚えててくれたんですか! 一度お声をかけただけなのに!」
「もちろんだよ。こんなに可愛いお姫様たちを忘れるなんてできるわけないだろう? あぁ、今の僕は執事だからお嬢様と呼ぶべきだったね」
目に痛いほどの爽やかオーラを放ち、歯の浮くような台詞を並べ立てる紅緒なのに、それが様になっているのが凄い。
髪を短くして美少年オーラが上がったことにより、さらに女の子たちから支持を受けているようだった。
マシロを見れば何かに気をとられているようで、その視線の先を見ればクロエがいた。
「来てくれたんだね、嬉しい」
「クロエくんの頼みだもの……ねぇ、これが終わったら遊びに行きましょう?」
いつもと口調が違うクロエは、時折見ていた限り、人によって言葉遣いも雰囲気も使い分けているようだった。
大人のお姉さんに和服美女から、OL。
どんな付き合いをしているのか問いただしたいところだ。
紅緒とクロエがいると、まるでホストクラブみたいだ。
実はこの二人、友達同士でとても気があうらしい。
女の子に囲まれてとても生き生きとしていて、双方とも天職なんじゃないか思う。
「お茶をお持ちしました、お嬢様方」
柔らかな宗介の声がして、私達のテーブルにお茶が運ばれる。
「へぇ似合うじゃないか」
「ありがとうございます」
マシロの言葉に、宗介が礼を言って微笑む。
「白雪さんもとてもお似合いですよ……ふ、そのバニーガールの衣装」
「ぼくの方は素直に褒めたのに、今お前笑っただろ。大体これは白ウサギであってバニーガールじゃない」
睨んでくるマシロに対して、宗介は失礼しましたと咳払いした。
マシロの服装は不思議の国のアリスをモチーフとした服に、ウサ耳をつけたものだった。
マシロは本当に男なんだよねと疑いたくなるほどに、それが似合いすぎている。
「一体出し物は何なのかな。理留さんの方は……?」
理留の方の衣装を見て、宗介は悩んだような顔になる。
さぁ当ててくださいましというように、うずうずとした様子で理留は宗介を見つめていた。
いつもより盛大に細かく巻かれたドリルヘアーに、頭には猫耳のようなモノがついている。
黄色のキグルミっぽい服を着た理留は、なんともいえない格好だった。
「針ネズミかな?」
「もう、違いますわ! せっかくたてがみっぽく髪もいつもより巻きましたのに、誰もわかってくれませんの!」
苦笑いしながら口にした宗介に対して、理留が頬を膨らませる。
衣装は自分で用意したらしく、理留にとって自信作だったらしい。
マシロと理留のクラスは、動物に扮してお客さんと一緒に謎解きをする出し物のようだった。
三分経って、宗介がお茶を入れてくれる。
いつも宗介が出すご飯や、飲み物を飲んでいるのに――妙に緊張した。
宗介がじっとこっちを見つめてるせいなのか、それとも執事服の宗介がやけに格好よく見えるからか。
そのどっちもなのか、私にはよくわからなかった。
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★高等部2年 秋
●原作ギャルゲーとの違い
1)特になし
●ルートA(マシロ編)との違い(87、88話相当)
1)学園祭の途中で声楽部の先生がでてこない。幽霊騒動がおこらない。
2)ヒナタが客に絡まれるイベントが起こらない。
3)紅緒がヒナタのことを『小鳥ちゃん』ではなく『ヒナタ』呼びしている。
マシロルートほど、紅緒がヒナタに好意を抱いていない。
4)理留とマシロのクラスの催し物が、占いから別のものに変化している。




