【33】修学旅行と三人の夜
「修学旅行の自由時間、白雪さんも一緒にいいかな?」
白雪と宗介の密やかな会話が気になってしかたなかったけれど、結局聞けずにいた私に、宗介が突然そんな事を言い出した。
夕食を作る宗介の背中から聞こえる声は、普段と何も変わりない。
「白雪さん、一緒に周ってくれる子がいないらしくて。それで頼まれたんだ。いいよね?」
当然のように二人で周るものだと思っていたから、驚く。
しかも宗介の口調はまるで、もう決定だというような様子だった。
「理留あたりが一緒に周ってくれるんじゃないの?」
――どうして宗介に、白雪さんがわざわざ頼むの?
そう聞きたかったけど、飲み込んでそれだけ尋ねる。
「それが、留花奈ちゃんがいるから無理みたいなんだ。留花奈ちゃんは筋金入りのシスコンだからね。理留さんを独り占めするつもりみたいで」
困ったように宗介が呟く。
「実をいうと白雪さんしつこいやつに誘われているらしくて、相談を受けたんだ。それでそいつを避けるために一緒に行動して欲しいんだって」
「いつ相談受けるほど、白雪さんと仲良くなったの?」
口から出た問いかけは、自分で思ってたよりも低い声で出て。
宗介が少し驚いたような顔で振り返る。
居間のソファーの背もたれに寄りかかって、台所の方角を見ていた私と目が合った。
「……最近ちょっと話す機会があったんだ」
私の顔を見て、ふっと宗介が笑う。
何故か嬉しそうに。
それがちょっと……いや、かなり気に入らない。
今の笑みはどういう意味なんだろう。
白雪のことを最近宗介は追い回していて。
もしかして、白雪に気持ちが移ったり……いやそんなことはないはずだ。
表向き男同士でも恋人はちゃんと私だし、宗介は私を好いていてくれてる。
でも、普通の女の子の方が……本当は宗介もいいんじゃないだろうか。
「ねぇ、いいでしょアユム。白雪さん、本当に困っているみたいなんだ」
夕飯の支度を終えた宗介が、手を拭きながら私の側までやってくる。
黒のエプロンを外して私の側に宗介が腰を下ろした。
その声はどこか少し楽しそうで。
胸の奥がチリチリとした。
白雪さんは、美人だ。
銀色の髪に赤い瞳。
端正な顔立ちで絵本に出てくる儚げなお姫様のよう。
守ってあげたくなるような、そんなタイプの女の子だ。
宗介が好きになっても……おかしくはない。
「……わかった。いいよ」
なんとなく顔を見られたくなくて。
座りなおして、テレビをつける。
すぐにそこに夢中になったフリをした。
●●●●●●●●●●●
とうとう訪れた修学旅行の一日目。
結局、私と宗介と白雪さんの三人で自由行動の時間を過ごすことになった。
「凄いなこれは」
大阪を歩きながら、白雪はカルチャーショックを受けているようだ。
ゴテゴテしい建物を見上げては、目を丸くしている。
「白雪さんは大阪初めてなんだ?」
「あぁ。ぼくは学園の周辺から離れたことはないんだ」
尋ねればウキウキとした様子で、白雪が答える。
周りに気をとられているのか、白雪の口調は無理がなく普段より声が低い。
その話し方も声のトーンもマシロによく似ていた。
「そっちの話し方の方が素なんだ? いつもは無理してる感じがするし、その方が自然でいいと思うよ」
「……少々男っぽい気がするし、兄と似ているから直そうと思っていたんだが。アユムがそう言ってくれるならこれで行こう」
言えば白雪が嬉しそうに笑う。
「しかし人が多いな。アユム、手を繋ぐぞ」
すっと白雪が、何気ない動作で私に手を差し出してくる。
その姿が私を子ども扱いするマシロと重なった。
「えっと……」
「迷子になっては困るだろう?」
当然のように言う白雪に、少し躊躇う。
「いやそうかもしれないけど……」
理留から白雪はずっと病気がちで、浮世離れしていると聞いていた。
さすがに今の私は高校生だし、知らない土地でもそんなみすみす道に迷ったりしない。
それに、私は男子ということになっているというのに、白雪には恥じらいとかそういうモノがなさそうだった。
「そんなに心配なら、俺が手を繋いであげるよ」
戸惑っていたら、宗介が間に入るようにして白雪の手を握った。
「別にぼくが迷子になると言っているわけじゃない。アユムが迷子にならないよう、手を繋ごうとしたんだ」
「あぁそうなんだ。じゃあ、俺がアユムの手を繋ぐからその心配はいらないよ」
むっとした様子の白雪に対して、宗介が勘違いしてゴメンねと謝り、私の手を握ってきた。
それはそれでどうなんだろう。
二人から子供扱いを受けているような気がする。
対応に困っていたら、反対側の空いた手を白雪が掴んできた。
「お前では心配だからぼくが繋ぐと言っているんだ……お前はわざとアユムを迷わせかねない」
「知り合ったばかりの白雪さんが、どうしてそこまで俺たちについて何か言えるのかな?」
眉を寄せて睨む白雪に対して、宗介が冷たい口調で言い返す。
この二人仲がいいとばかり思っていたけれど、そうじゃないのかも?
漂う空気は険悪というやつで。
「ほら行くぞ」
「行こう、アユム」
よく二人の関係性がわからなくて混乱していたら、白雪と宗介に同時に手を引かれた。
「いや手を繋がなくても、迷子になったりしないからね?」
二人はいったい私をどこまで子ども扱いしているのか。
同じ歳だというのに。
そう思って二人の手を外そうとしたけれど、それはうまく行かなかった。
白雪は、宗介が私の手を離したら離してやると口にして。
宗介も同じ事を言って譲らない。
結局――私は二人と手を繋いだまま、大阪を巡ることになってしまった。
●●●●●●●●●●●
修学旅行の難関、お風呂の時間。
宗介との打ち合わせではクラスのお風呂時間の間、私は部屋に隠れていて。
夜になってこっそり大浴場で風呂に入るという話になっていた。
問題は、クラスのお風呂時間にいない私をどうやって誤魔化すかなのだけれど。
これに関してはもう手を打ってあると宗介は言っていた。
それがどういう手段なのかは教えてもらえなかったけれど、うまく行ったようで。
風呂が終わった皆と合流したところで、誰も怪しむ者はいなかった。
そして深夜、お風呂に入るために私と宗介は部屋を抜け出した。
丁度深夜の一時。
前に宗介が白雪と待ち合わせだと言っていた時間と同じだった。
あれはどういう意味だったんだろうと、ふと考えてしまったところで大浴場に着く。
「この時間は他に人が入れないようにしてあるから。ゆっくり入っても大丈夫だよ」
宗介は落ち着いた様子で私に言って微笑む。
人目を忍んでとか、そういう緊張感があまりみられなくて。
妙に自身ありげな態度に後押しされて、風呂に入った。
深夜だからなのか誰もいない。
貸切状態で風呂を堪能して後、脱衣所で支度を整える。
入り口の方で待っている宗介の方へ行けば、その側に白雪が立っていた。
「別にアユムに言う必要なんてないと思うんですけどね。女装趣味の変態だと軽蔑されるのがオチですよ?」
「本当に余裕がない上に心が狭いな。ぼくにアユムをとられるのを怖がりすぎだと思うぞ?」
ピリピリとした空気が、宗介と白雪の間に流れていた。
何の事だかよくわからないけれど、話の中心はどうやら私のことのようだ。
「あぁアユム。終わったのか」
立ち止まっていたら、白雪が私に気付いた。
「えっと……白雪さん、どうしてここに?」
戸惑いながら尋ねれば、ふっと私に笑いかけてくる。
「そんなの決まっているだろう。ここで誰かにアユムの姿を目撃されたとき、そいつの記憶を書き換えるためだ」
「それって白雪さんも、マシロと同じで暗示の力が使えるってこと?」
驚きながら確認すれば、白雪は少し呆れたような顔をした。
「まだ気づかないのか。マシロと同じ、じゃなくてぼくがマシロ自身だ」
「えっ、えっ!? でも違うって言ってたよね!?」
不満げな顔をする白雪に、思わず口にする。
自由行動を共にする間も、白雪がマシロに思えてしかたなかった。
けど、そのたびに心の中で否定してきた。
しかし、やっぱりというか白雪は――マシロ自身だったらしい。
「どうして最初からそう言ってくれなかったの?」
「……色々事情があって、アユムと関わらないようにしようと思っていたからだ」
問い詰めれば、マシロは言い辛そうに口にする。
女装もマユキという偽名も、私にマシロだとばれないようにするためのものだったようだ。
その事情は何なのかとか。
どうして歳を取っていないのかとか。
色々聞きたいことはあったけれど、それは聞いたところで教えてはくれない気がした。
「宗介は知ってたの?」
「なんとなく白雪さんがマシロ本人だろうなって思ったから、クロエに確認したんだ。そしたらそうだって言ってたから、お風呂の件で協力してもらおうと思って交渉してたんだよ」
宗介の方に顔を向けて尋ねれば、観念したように呟く。
「素直にアユムの力になってくれればいいのに、それはできないだのなんだの。ようやく頷いてくれたかと思ったら、自由行動をアユムと一緒にさせろとか……本当ずうずうしいよね」
「それはしかたないだろう。あぁでもしないと紅緒が追いかけてきて、困っていたんだ」
苛立ち混じりの宗介の言葉に、マシロが答える。
「俺の邪魔をしたかっただけなんじゃないの?」
「……どうだろうな?」
宗介の問いかけに、マシロが少し不敵な笑みを浮かべて笑う。
あまりマシロがそんな顔をするところを見たことがなかったから驚く。
「さて再会も果たしたことだし、さっさと行くぞアユム」
私達三人の姿は、マシロの力によって周りには認識されていないらしい。
夜の一時にと宗介がマシロと話し合っていたのは、この風呂の時間の事で。
いざというとき人に見つかっても誤魔化せるよう、宗介がマシロに頼んで、力を使ってくれるよう依頼していたようだ。
「それじゃあマシロ、おやすみ!」
久々に会ったから話したいことは色々あったけれど、送ってもらった部屋の前でそう口にする。
「何を言ってるんだ。ぼくもこの部屋に泊まる」
そう言って、マシロは私と宗介の宿泊部屋にスルリと入ってきた。
「何を言ってるのかはこっちの台詞なんだけど?」
「男のお前を、女のアユムと同じ部屋にできると思っているのか」
冷ややかな声を出す宗介を、マシロがベッドに座って腕を組み睨みつける。
「大体、家も一緒なんだから……今更じゃないかな?」
「アユムなんでこんな奴を選んだんだ……絶対二人っきりなんてさせないからな」
ふっと余裕のある笑みを漏らした宗介に対して、マシロが頭が痛いというように呟く。
まるでそれは過保護な父親のようだった。
その日は結局マシロが部屋に戻ってくれなくて。
ベッドをくっつけ、何故か宗介とマシロに挟まれて寝ることになってしまった。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
★高等部2年 秋
●原作ギャルゲーとの違い
1)修学旅行に三人で周るパターンはない。
●ルートA(マシロ編)との違い(84話相当)
1)マシロ編では、マシロと二人っきりで自由行動しているが、今回は宗介も一緒である。
2)マシロが白雪だと高等部入学時点ではなく、二年生中盤で明かされる。
3)前回はアユムと宗介が同じ部屋でも、そこにマシロが入ってくることはなかった。
6/26 誤字修正、マシロルートとの違いが抜けていたのでプラスしました。すいません。




