【31】友人そっくりな女の子に出会いました
楽しかった夏休みが過ぎて秋になり。
高校生活の一大イベントとも言える修学旅行がやってきた。
初等部は沖縄、中等部はアメリカ、高等部はどこだろうと思っていたら普通に大阪と京都。海外行き慣れている人が多いので、このあたりに落ち着くのかもしれない。
「はぁ……」
「どうしたのアユム」
夕食の最中につい大きな溜息を吐けば、宗介が気遣わしげな顔になった。
「もうすぐ修学旅行だなって思って……」
「楽しみじゃないの?」
低いトーンでそう言えば、意外だというように宗介が尋ねてくる。
「いや、楽しみは楽しみなんだけど、風呂がね……」
一番の難関、全員での風呂。
中等部の修学旅行は海外で、それぞれホテルの風呂を使えたから問題はなかったけれど、今回は大浴場での入浴となる。
いくら私に『男として認識される力』があって、裸でも実際の性別が女だとばれないとしても、男子全員がいる前で裸になる勇気はない。
かと言って、四日もあるのに風呂に入らないのは無理だ。
女の子のように、部屋の風呂を使わせてもらえる特別な措置も男子にはない。
「そっか、それが問題だったね」
今思い当たったというように、宗介が呟く。
「初等部の頃は背中の傷があるからって理由でどうにかなってたけど、もう高等部だしその理由は通じないでしょ?」
「ならさ、前のようにマシロさんに……頼むとか?」
悩みながら言えば、宗介が不本意だけどというように口にする。
「マシロは今留学中だから無理だよ。ボクのために帰ってきてもらうっていうのもできないでしょ」
「……マシロさんって、本当に帰ってきてないの?」
宗介がぽつりと呟く。
「それってどういうこと?」
「……ううん、なんでもない。あっ!」
尋ねれば、宗介は途中で思い出したかのように声を上げた。
「そうだ、クロエに頼めばいい! あいつならアユムの姿に変化できる」
「確かにそれならいけるかも!」
宗介の義理の兄弟であるクロエは、特殊な力が使えた。
人に化けることができるという特技だ。
風呂の順番は、一組と二組が合同で、そのあと私と宗介がいる三組と四組が続く。
クロエは二組なので入る時間も被らなかった。
「俺からクロエに頼んでおくよ。交換条件はあるかも知れないけど……多分断らないだろうし」
宗介は早速と言った様子でメールを打ち始める。
送信してすぐに、メールの着信音が鳴った。
「クロエ、何だって?」
「いいって。ただ、やっぱり交換条件は……出されたけど」
尋ねればそう言って宗介は、眉を寄せる。
「交換条件は何だったの?」
「修学旅行中に、アユムと二人っきりで行動する時間が欲しいらしい」
聞けば宗介は答えて物凄く嫌そうな顔をした。
「アユム、この話は少し待ってて……ちょっと交渉したり別の案を考えるから」
宗介はそう言って、ポケットにスマホをしまう。
「あてがあるの?」
「……なんとかする」
苦い顔で宗介は呟く。
他にあてはないんだろう。
「別に少しクロエと一緒に行動するくらいいいよ?」
それで風呂がどうにかなるなら、背に腹は変えられない。
「俺が嫌なの。なんであいつとアユムを二人っきりにしなくちゃいけないんだ」
けど宗介の方が嫌らしくて、むすっと呟いた。
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この日はエトワールの会議で、サロンへと行く。
秀でた才能があるモノたちに学園から与えられる、エトワールの称号。
色んな特権が受けられる代わりに、定期的に会議を行うというルールが存在していた。
そうは言っても会議の内容なんてあってないようなもので。
いつものように皆で和気藹々とお茶を飲んで終了した。
折角だから、久々に家に寄っていかないかと理留に誘われて黄戸家の屋敷に行く事にする。
理留の好物である特製アップルパイがちょうど手にはいったらしい。
たまにはそういうのもいいかなと思ってオッケーした。
「ワタクシとしたことが、教室に忘れ物をしてしまいました!」
「なら、一緒に取りに行こう?」
はっとした顔で言う理留と、六組の教室へ歩く。
中等部までは四クラスまでしかなかったけれど、高等部になると外部生を半分迎えて八クラスになった。
私の三組と六組は教室が遠く、間に階段のある広場があって分断されているため、向こう側へ行く事はほとんどない。
「ちょっと待っててくださいませ」
理留がそう言って教室の中へ入っていく。
その後姿を視線で追って、ふと一人の女生徒の姿が目に入った。
女生徒は前列あたりの席で、一人ぽつんとプリントをまとめている。
銀の糸を紡いだような髪に、紅色の瞳。
白ウサギを思わせるその容貌は、儚げで整いすぎていた。
「……マシロ?」
女生徒が私の声でこちらを向く。
少し驚いたように目を見開いて、それから慌てたように作業へ戻った。
「白雪さん、まだ残ってましたのね。先生もいじわるですこと。アユム……悪いですが、やっぱり今日は先に帰っててくださいな。お茶会はまた今度ということで」
理留がそう言って、プリントをまとめるのを手伝いだす。
「わたしは大丈夫だ。黄戸さんは用事があるんでしょう?」
「また明日誘えばいいことですわ」
断る白雪の言葉も気にせず、理留はプリントをまとめていく。
「ボクも手伝うよ。そうすれば早く終わるでしょ」
結構量は多かったけれど、三人いればすぐに終わりそうだった。
手伝えば理留が嬉しそうにありがとうございますと言ってくる。
「そうか、助かりますわ」
小さく白雪はそう言って、ついじっと見つめてしまっていた私から顔を逸らした。
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白い髪に赤い瞳。
白雪は、マシロとうり二つだった。
現在は留学してしまっている、私の年上の友人。
以前は、この学園の隠し部屋に住んでいたマシロ。
メールでのやりとりは今でも時々するけれど。
中等部の時に別れて以来、一度も会っていない。
ちらりと横顔を窺う。
やっぱりマシロが女装してそこにいるみたいだ。
マシロの親戚の子だろうか。
これだけ似てるんだから、妹とかそういう可能性があるかもしれない。
マシロは謎だらけで、学園長の孫ということしか私は知らなかった。
家族や兄妹の話をしても、なんとなくはぐらかされて。
聞いちゃいけないことなのかなと思って、あまり触れてこなかったのだ。
懐かしいなぁ。マシロ元気かな。
そんなことを思う。
視線を感じるのか時々白雪はこっちを見ては、目が合うとふいっと顔を背けるのだけれど。
その動作や表情が、やっぱりマシロによく似ているなぁと思った。
「ねぇ、白雪さんってマシロっていうお兄さんがいたりする?」
「えぇ。マシロは……私の兄だ……です」
尋ねればどこかぎこちなく白雪が答える。
思ったとおりだ。
「やっぱり! マシロとそっくりだね。下の名前はなんていうの?」
「……マユキです」
最後の資料の束をまとめながら、白雪は答えた。
トントンと机で紙を叩いて、上の方を合わせる。
その手首には、マシロがいつもしていたブレスレットと同じものがあった。
「アユムは白雪さんのお兄さんと、知り合いなんですの?」
「うん。とっても仲がいいんだよ! 今は留学中で会えないんだけどね。趣味が同じだから話してて飽きないんだよ」
不思議そうに尋ねてきた理留に答えて、次はまとめた資料をホッチキスで留めていく作業に移る。
マシロの兄妹だと思うと聞きたいことは結構あった。
いつもマシロは家に帰らないで学校の隠し通路にいたけど、大丈夫なのかとか。
家ではどんな感じだったのか、とか。
「白雪さんもマシロと同じようにゲーム好きだったりするの?」
でも理留がいると少し聞き辛いこともあったので、聞いても問題ないことから尋ねてみる。
「もちろんだ……です。兄からアユムさんのことは色々聞いておりますです」
白雪は変わった喋り方をする。
声までマシロとよく似ている。少し高めな気もするけれど、マシロは元々中性的な声をしていた。
作業を全て終わってから、話の流れで三人で理留の家でお茶をすることになる。
白雪は担任の授業中に寝てしまい、かなり難しい問題を解くように言われてしまったらしい。
それであっさり解いた上でまた寝てしまったものだから先生の怒りを買って、作業を言いつけられていたようだった。
病弱だったため今まであまり学校に来たことがなかった白雪を、委員長である理留は甲斐甲斐しく世話を焼いているようだった。
「白雪さんも駄目ですよ? 例え授業内容がわかっていても、寝るのはよくないと思いますわ」
「そういわれてもな……あまりにも退屈だったんだ……のです」
気だるげに答える白雪の姿に、マシロが被る。
何だか初めて会った気がしなかった。
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「あれ、宗介。待っててくれたの?」
玄関へと向かう途中で、宗介と出くわす。
「ううん。偶然だよ。今日は委員会で遅くなったんだ」
宗介は美化委員に所属していて、その帰りらしい。
「ねぇ、アユム。その子六組の白雪マユキさんだよね――仲良くなったんだ?」
視線を私の隣にいる白雪に流して、宗介がそう口にする。
どうやら宗介は白雪の事を知っているらしい。
「そうだ。今日とても仲良くなった」
白雪がずいっと前に一歩出て、私の腕に抱きつく。
仲良くも何もプリントを一緒に作っていただけなのだけれど。
側に白雪が寄れば、マシロと同じ香りがした。
「へぇ……そうなんだ。それはよかったね。それじゃ、アユム。一緒に帰ろうか」
宗介の声のトーンが微妙に下がる。
ニコニコと笑みを浮かべて、私に話しかけてくる宗介は、ピリピリとした空気を放っているように見えた。
「それがね宗介。これから理留の家に行って、アップルパイをご馳走になる予定なんだ。だから少し帰るの遅くなるよ」
「ふーん? それって白雪さんも一緒なのかな」
言えば宗介は軽く首を傾げて、薄っすらと口元に笑みを浮かべる。
宗介から冷気が出ている気がするのは……気のせいだろうか。
「黄戸さんやアユムからじきじきに誘われたからな。そろそろ行こう二人とも」
ぐいぐいと白雪が私と理留の腕を引く。
か細く見えるのに、意外に力が強い。
そしていきなり名前呼びだ。
「う、うん。じゃあね宗介」
「白雪さん、アップルパイは急いでも逃げませんことよ? 仁科くんそれでは失礼しますわね!」
白雪に手を引かれて、私と理留はその場を後にする。
宗介がどうしてか不機嫌な顔をしていたのが……少し気になった。
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★高等部2年 秋
●原作ギャルゲーとの違い
1)二順目以降攻略対象キャラの『白雪マシロ』が、『白雪マユキ』という名前になっている。
●ルートA(マシロ編)との違い(83話相当)
1)マシロ編では高等部直後に出会っていたマシロと、二年生の秋になってようやく出会っている。
校内で出くわすことはあったのだけれど、マシロが今までは避けまくっていた。
それでいて、アユムが白雪=マシロだと気付いていない。




