【30】夏と花火と
「凄い、この海本当に貸切なの!?」
「えぇもちろんですわ。ここは黄戸家のプライベートビーチですから!」
興奮気味の私の声に、理留がクルクルとカールした髪を潮風になびかせて答える。
夏休み、私は理留の家の海に来ていた。
別荘付きのプライベートビーチだ。
理留の水着はオレンジ色のビキニで、パレオ付き。
初等部の頃は起伏の無い体つきだったのに、胸が思っていたより成長していて、ついそっちに視線がいってしまう。
意外と理留はスタイルがいい。
「えっと……この水着変でした?」
私が見ていることに気付いて、理留が頬を赤くする。
「ううんスタイルいいから、よく似合ってる」
正直うらやましいなと思いながら言えば、理留は嬉しそうにぱぁっと顔を輝かせた。
「あんたたちがここを使えるなんて、普通じゃありえないんだから。優しい姉様に感謝しなさいよね!」
声に振り返れば、胸を張って仁王立ちした留花奈がいた。
可愛い系のビキニはいたるところにフリルがあって、小悪魔っぽい留花奈によく似合っている。
ただ、胸の部分にフリルが盛られているのは、胸のなさを誤魔化すギミックだなと思った。そしておそらくパットが入っている。
高校生になって双子といえど胸の大きさに格差がでてきたらしい。
留花奈を見ていると、自分のつつましい胸でもまだあるなぁと思えて安心する。
「なにその生暖かい目」
「いや……フリルって便利だよね」
思わず口をついて出た言葉は、留花奈の地雷を踏んだようだった。
どうにも留花奈相手だと、ついポロリと言わなくていいことを言ってしまう。
「あんた、それどういう意味?」
「まぁ、落ち着いてよ留花奈ちゃん。アユムに悪気はないんだから。胸小さいねって遠まわしに言っただけマシだと思うよ?」
それでいて宗介が私のフォローに回るフリをして、留花奈へさらに攻撃を加える。
「あんたは招待した覚えがないんだけど?」
「別に留花奈ちゃんの許可を貰わなくても、理留さんの許可は貰ってるからね」
留花奈と宗介が手を組みあい、ぎりぎりと押し合う。
宗介の方は余裕の表情だ。
「姉様を一体何で買収したのかしら? あとなんで姉様を名前で呼んでるの?」
「買収なんてしてないよ。双子なのに留花奈ちゃんだけ名前呼びっていうのもね。ねぇ理留さん?」
苛立つ留花奈を煽るように、宗介が理留の名前を呼ぶ。
二人とも仲が悪いのだけれど、見ようによってはじゃれあって見えるなとそんなことを思う。
「……待たせたな」
そこに遅れて現れたのは、紫苑だった。
長い髪を首の後ろでまとめ、すらりとした肢体はワンピースタイプの水着に包まれている。シンプルで、それでいて上品だ。足が長くてうらやましい。
クールで格好いい見た目の紫苑は、私がこうなれたらいいなと思う女の子そのものだから、ついテンションが上がってしまう。
「紫苑それ凄く似合ってるね!」
「そ、そうか」
真っ先にそう言えば、紫苑が勢いに驚いたような顔をする。
でも悪い気はしてないみたいで、ちょっと照れた反応が可愛い。
「アユムにやにやしないの。女の子をそんなふうに見つめたら失礼だろ」
宗介にたしなめられて、確かに見すぎだよねと反省する。
小突かれて宗介を見ればちょっと不機嫌な顔。
これはどうやら拗ねているようだと気付く。
今まででは見せなかった、わかりやすい子供っぽい顔に思わず噴出しそうになる。
「宗介も格好いいよ?」
「……男が水着褒められても嬉しくないよ。アユム」
付け足すように言えば、宗介が少し眉を寄せる。
拗ねていたのを私に見抜かれ、恥ずかしがっているようだ。
皆で海に入って、思い思いに遊ぶ。
初めての海に紫苑は戸惑いの様子だったけれど、恐る恐る足を踏み入れていた。
紫苑は泳げないので、浮き輪を装着してもらう。
「相馬さんだけ浮き輪は恥ずかしいでしょうから、ワタクシも浮き輪を使うことにしますわ!」
いちいち宣言しなくてもいいのに、理留が感謝しなさいと言うようにそう言って浮き輪を確保する。
どうあっても泳げないと認める気はないらしい。
妹である留花奈の前では、どうにも理留は強がる傾向があった。
「姉様ったら、見栄張っちゃって。浮き輪姿……可愛い」
隣にいる留花奈を見れば、目をハートにしていた。
理留……たぶん泳げないの留花奈に気付かれてると思うんだ。
そして、それを楽しまれちゃってるよ?
理留は少し残念なところがあって、空回りしがちだ。
留花奈は理留のそんなところも大好きなのか、それを止めるどころか煽ることすらあった。
カメラ片手に理留の浮き輪姿を取る留花奈は、心底楽しそうだった。
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「紫苑、泳ぐ練習手伝ってあげる。ほら、ボクが手を掴んでるからさ」
「あぁ……わかった」
紫苑が海に慣れてきたところで、泳ぎの練習をする。
恐々と浮き輪を外して、私を見つめてくる。
「手を……離したりするなよ?」
不安の表情を浮かべる紫苑に、思わずどきっとする。
普段見せない弱い表情は、ギャップがあって。
「もちろんだよ。ボクを信じて!」
頼られているという気がして嬉しくなってしまう。
「アユム、ずるいですわ。ワタクシも泳ぎを教えてくださいませ」
すーっと浮き輪にのって、理留が近づいてくる。
頬がぷっくらとふくれてるせいか、その浮き輪のせいなのか妙に子供っぽく見えた。
「あら、姉様は泳げるのに練習なんて必要なの?」
「そっ……それはっ!」
留花奈が不思議そうに理留に尋ねる。
理留が慌てる姿を見て、内心にやにやしてるんだろうなと分かる感じだ。
「泳げるけど、もっと上手くなりたいんだよね?」
「そう、そうですわ! 仁科くんわかってますわね!」
宗介の助け舟に、理留は全力で乗っかる。
留花奈がちっと舌打ちしたのが聞こえた。
「そういうわけで……アユム。次はワタクシにも教えてくださいます?」
「わかった。いいよ」
おずおずとした様子で言い出す理留に言えば、ぱぁっと顔を輝かせる。
「姉様、それなら私が教えてあげる!」
「えっいや、ワタクシはアユムに……」
「いいからいいから! あんなやつより、わたしの方が姉様にばっちり教えてあげられるわ!」
ずるずると留花奈は理留の浮き輪を引っ張っていく。
理留がこっちに助けを求めるように手を伸ばしていたけれど、留花奈が教えるならそれはそれでいいかなと見送った。
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理留や留花奈も一緒にビーチバレーをしてみたり、バーベキューをする。
しかし、お金持ちの黄戸家なので、バーベキューといってもシェフがその場で美味しく焼き上げてくれた。
夜になれば、花火が夜空に上がった。
花火をやりたいなとリクエストしてたけど、思ったのと違う。
手に持つ小さな花火を想像していたら、当然のように私達のためだけに打ち上げ花火が夜空を飾っていた。
横を見れば、理留や紫苑が目をきらきらと輝かせて夜空を見ている。
二人とも楽しそうだ。
留花奈はというと、楽しそうな理留の姿を見て微笑んでいる。
いつもの悪戯っぽい笑い方じゃなくて、幸せを噛み締めるような笑い方。
本当理留が大好きだよねと呆れながら、そんな風に笑っている留花奈は嫌いじゃなかった。
今日は楽しかったなと、それを見て思う。
いい夏の一日だった。
ふと反対側を見れば、宗介と目が合う。
「宗介、花火見ないの?」
「アユムこそ」
そんな会話を交わしてから、夜空を一緒に見上げる。
そっと宗介が手を繋いできた。
「……っ!」
皆が側にいるのにと思いながら、それが振りほどけない。
「皆花火に夢中で見てないよ」
くすっと宗介が笑いながら私の耳に囁く。
囁きついでに、その唇が頬を掠めた。
「そ、宗介!」
触れられた頬の感触がやたらリアルで、焦る。
繋いでないほうの手で、宗助が自分の唇に人差し指を当てて。
秘密だというように悪戯っぽく笑った。
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★高等部2年春―夏
●原作ギャルゲーとの違い
1)特になし。
●ルートA(マシロ編)との違い(83話相当)
1)理留、留花奈、紫苑、宗介と一緒に海に行くイベントはなかった。
★8/9微修正しました。




