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【28】紫苑とクリスマスパーティ

 クリスマスパーティの相手に紫苑しおんを誘って。

 それから私は毎日のように、図書館や保健室へ紫苑に会いに行った。

 ただ何をするではなく、本を読む紫苑の隣に座って、勉強したり本を読んだりするだけ。

 時折ちらっと紫苑の方を見れば、目が合うこともあって、それが妙に嬉しかった。


 クリスマスのパートナーに紫苑を誘ったことを、理留りるにはすぐに報告した。

 私をペアにと待たせていたら、悪いと思ったからだ。

 理留は驚いた顔で、固まっていた。

 やっぱり悪い事したかなと思って謝れば、気にしないでくださいなと言って理留は笑って許してくれた。


「あんたわたしの姉様に、何か文句でもあるの?」

 その翌日。

 シスコンの留花奈るかながすぐに因縁をつけにきた。


「言いなさいよ。可愛いわたしの姉様に何か不満でもあるわけ? 高校生にもなってあのドリルヘアーはないだろとか、ドリルと踊るの恥ずかしいよとかそういう話? クルクル回って踊るのはドリルだけにしとけとか、ドリルって何度時代がクルクル巡っても流行らないよって言いたいわけ? 事と次第によってはあんたもドリルヘアーにするわよ?」

 人のいないところに連れ込まれたと思えば、言いがかりの嵐。

 胸ぐらをつかまれ、下から睨まれる。

 何となく来るんじゃないかと予想はしていた。


「俺のアユムがドリルヘアーになるのは嫌だな。それなら留花奈ちゃんの方がよっぽど似合うと思うよ?」

 いつの間にか留花奈の後ろには、宗介が立っていた。

 手にはボイスレコーダー。

 宗介が再生ボタンを押せば、留花奈が理留に対してドリルドリルと連呼している音声が流れる。


「これ、理留さんが聞いたら、三日は口利いてもらえないかもね?」

 にっこりと笑う宗介の笑顔は黒い。

 理留は母親によってドリルヘアーにされており、それを大層気にしていた。


「ホントあんたって性格悪いわね。というか、あんたも知らない女にアユム取られて悔しいんじゃないの? 最近アユムってば、毎日あの女と帰ってるしね?」

「……別にそんなことないけど」

 留花奈の言葉に答えた宗介には、一瞬の間。

 珍しいその隙に、にやりと留花奈が笑う。


「本当あんたって、アユムが大好きよね。できてるんじゃないの?」

 留花奈は私と宗介の仲の良さを揶揄してるだけで、本気でそう思っているわけじゃない。

 嫌味を言う響きがそこにあった。

 けど、それが真実だから、思わずドキッとしてしまう。


「アユムのことは大好きだよ? それが何か悪いの?」

 宗介は堂々とそんな事を言って、留花奈は眉を寄せる。

 慌てたりムキになったりしない宗介が面白くないようだった。


「留花奈ちゃんこそ、理留さんが大好きだよね。そっちこそむしろできてるんじゃないの?」

「もちろん、熱々に決まってるじゃないの!」

 宗介の切り返しに、当たり前のことを聞くなというように留花奈が返す。

 言い切っちゃうあたり、留花奈はハイレベルのシスコンだった。

 ここまでくると、いっそすがすがしい。


 この二人って……本当同レベルだよね。

 そんな事を、宗介には悪いけれど密かに思った。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「あっ、紫苑しおんちゃんきてくれたんだね」

「約束したからな」

 クリスマスパーティの当日。

 品のある紫のドレスに身を包んだ紫苑はそっけなく顔を逸らしてそう言った。

 腰まである髪を、今日は頭の上で結んでいる。


「ポニーテールもよく似合うよね。そのドレスも大人っぽくてとても好きだな」

「……そうか」

 素直な感想を言えば、固い声色で紫苑が呟く。

 無表情なのは代わらないけど、微妙な声のはりで照れているのがわかる。

 前世の友人だった乃絵ちゃんと同じだから、よく知っている。


 ギャルゲー『そのドアの向こう側』の攻略対象の一人、相馬そうま紫苑しおん

 元の世界の親友・乃絵ちゃんによく似た、表向きクールで中身がとても可愛い女の子。

 シャイで恥ずかしがりで、想ってもないことを口にしては一人落ち込むタイプの子。

 病弱で図書館通いで。


 友達が欲しくても、自分から話しかけることができずにいた彼女に、主人公が友達になってくださいという所から彼女のシナリオはスタートする。

 彼女にとって、私は最初の友達なんだと思うと、心がふわっと温かくなる。

 こんな些細なことが、物凄く嬉しかった。


「折角だから……踊ってやる」

 そんな事を考えていたら、手を差し出して高慢に紫苑が言ってくる。

 目元が赤い。

 この一言を言うために、結構な勇気を振り絞ったんだろうことは知っていた。

 そういう素直じゃないところが大好きでしかたない。

 踊って後はまぁ悪くはなかったとか、そんなことを言うだろうことまで予想が付いた。


「よろこんで」

 これから先のやりとりを思えば、幸せな気持ちになって。

 私はその手を、そっと取った。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 紫苑に出会って、私は忘れていた元の世界でのことを思い出した。

 大切だった親友の乃絵ちゃんが――すでに死んでいるってことを。


 乃絵ちゃんと私は、本当に仲がよかった。

 まぁ一方的に私が絡んでいたともいえなくもないけれど。

 乃絵ちゃんは文句を言いながらも、ちゃんと私の話を聞いてくれる。

 口数はそう多くないし、開けば悪態ばかりだけれど、それでも嬉しかった。


「私なんかにくっついて、お前は本当に物好きだな」

 呆れたように言いながら、その口元は嬉しそうに緩んでいて。

 そういう顔を見るのが大好きだった。


 乃絵ちゃんとよく遊ぶ場所は私の家だった。

 体調のいい日は街に出かけたりもするけれど、一番手軽な場所はどうしてもここになった。


 常に文学作品ばかり読んでいる乃絵ちゃんを、面白いマンガがあるからと兄の部屋に引き込んで。

 戸惑う兄を横目に、二人でアニメ鑑賞をしたりした。

 乃絵ちゃんは人見知りで、兄も人見知りだったのだけれど、不思議と二人は気が合うようだった。


「さっきのこの主人公の発言はどういう意味だ?」

「それはね……」

 乃絵ちゃんは思いのほか、アニメやマンガに興味を示してくれた。

 いい聞き手でもあったため、兄の解説にも力が入って。

 いつからか、二人はいい雰囲気になっていた。


「今日は乃絵ちゃんこないんだ?」

 しばらく乃絵ちゃんが来ないと、兄はいつもそんな事を聞いてきて。

「……まぁね? お兄ちゃん、もしかして乃絵ちゃんの事好きなの?」

「なっ、な、そ、そんなことあるわけ……」

 尋ねれば真っ赤になった。

 物凄く兄はわかりやすかった。


 少し親友をとられたような気分になりながらも、引っ込み思案な兄がようやく見つけた恋だ。応援は多少してやってもいいかなとくらいは思っていた。

 優柔不断で頼りなくて、家にばっかりいる上、いい年してアニメが大好きで。

 白くて細くてモヤシみたいで、全く男らしくなくて女みたいな兄だけれど。

 甘くて優しい、私の大好きな兄だった。


 三人でいることは心地よくて。

 大切な二人が仲良しなのを見るのも楽しかった。


 でも、高校二年の冬に差し掛かったあたりから、乃絵ちゃんは学校を休みがちになった。

 お見舞いに行けば、病院の白い部屋で横たわるその腕にはいっぱい管がついていて。


「こなくていいのに」

 そんなことを、乃絵ちゃんは言った。

 会いたくなかったというよりも、元気でない姿を見られるのが嫌だというような、弱々しい声。

 それでも、乃絵ちゃんは私の相手をしてくれた。


 私がお見舞いに行くと、乃絵ちゃんは無理をする。

 それがわかったから、あまり行かなくなった。

 というより、あの乃絵ちゃんの姿を見るのが嫌だった。

 今にも消えてしまいそうなか弱い姿を見ると、心が不安になって、逃げ出したくてしかたなかった。


 きっと乃絵ちゃんは帰ってくる。

 すぐまた一緒に遊べるようになるはずだ。


 病院に行かない替わりに、毎日のように手紙を書いて兄に渡した。

 兄は私と違って、乃絵ちゃんに毎日会いに行っていた。


「……怖くないの?」

 玄関先で病院に行こうとする兄に尋ねたことがある。

 何を、とは兄は聞かなかった。

「一番怖いのは乃絵ちゃんだから。僕が怖がってたら、不安にさせちゃうだろ?」

 そう言って兄は振り返って。


 普段情けないくせに、こういう時だけ兄は芯の強さを見せる。

 笑いかけてくるその顔は、男の人の顔をしていた。

「私……」

 大切な親友が苦しんでるのに、私は自分のことばかりだった。

 自分の弱さが嫌になって俯けば、私の両腕を兄が掴んで見上げてきた。


「歩。乃絵ちゃんは、歩には強いとこだけ見せたいんだ。だから、ここで帰ってくるのを待ってあげて?」

 優しく兄が言い聞かせるように、そう言って微笑んだ。


「大丈夫だよ。僕が歩の分まで、乃絵ちゃんの側にいるから。ちゃんと歩の気持ちを乃絵ちゃんはわかってる」

 そう言って慰めてくれる兄に、抱きついて泣いて。

 兄も言わなかったけど、別れの時が近づいてきている事を私達は薄々感づいていた。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 もうそろそろかもしれない。

 そう連絡を受けて行けば、前に見た時よりやつれた乃絵ちゃんの姿。

 側に呼ばれて、何かを乃絵ちゃんが口にする。

「と……ちに……、くれて……うれ……かった」

「聞こえない、聞こえないよ……乃絵ちゃん」

 呼吸音が酷くて、息の掠れる音ばかりが耳に届く。

 それでもその唇の動きを紡ぐ。


 ――友達になってくれて、嬉しかった。

 そう唇で紡いで。

 乃絵ちゃんはそのまま息を引き取った。



 あの時の私は、乃絵ちゃんの死に耐えられなかった。

 身近な誰かの死は初めてで。

 びっくりするほど自然に、私の頭の中で乃絵ちゃんはまだ入院中ということに摩り替わった。


 だって世界は何も変わらなかった。

 乃絵ちゃんがいなくても、昨日と全く変わらない日常がそこにあった。

 きっとまだ乃絵ちゃんは病院にいる。

 だから会えない。

 苦しい気持ちを誤魔化すようにそう考えていたら、いつの間にか私はそれが真実だと信じ込んでしまっていた。


 兄は確実に、それに気付いていた。

 そしてあの日、兄は何を思ったか『そのドアの向こう側』というギャルゲーを私に見せたのだ。


 そこには乃絵ちゃんそっくりな紫苑がいて。

 いない乃絵ちゃんの変わりを求めるように、私達二人はそのゲームの紫苑に夢中になった。

 最初のプレイでは、やっぱりメインヒロインの桜庭ヒナタに主人公が殺されてしまって。

 エンドまで辿り着けなくて悔しい思いをした。

 

 他のキャラをクリアしたら攻略できるキャラなのかもしれない。

 そう考えた兄は、他のキャラの攻略に手をつけ始めて。

 それには興味が特になかったので、紫苑がでるときばかり私は画面を見ていた。


 せめてゲームの世界では幸せに。

 そんなことをその時の私は思ったのかもしれないし、違うかもしれない。

 でも、紫苑には一番幸せなエンディングを迎えて欲しいと心から思っていた。


 クリアしたときの感動は覚えてる。

 ゲームの紫苑は病弱という設定ではあったけれど、それが原因で死んだりするルートはなかった。

 友達になって、仲良くなって。

 そのまま日々を過ごして、これから先もという、ほのぼのとしたルートだった。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「まぁ悪くはなかったな」

 ダンスが終わればこほんと咳払いしながら、ちょっと赤い顔で視線を逸らし、紫苑がそんな事を言う。

 想像通りの仕草に、思わず微笑ましくなる。


「……なぜお前はいつも、そんな目で私を見る」

「そんな目って?」

 戸惑ったような顔をして、紫苑がそんな事を口にする。


「懐かしがるような、泣きそうな顔をよくするだろう。まるで私を通して、別の誰かを見ているみたいだ」

 言い当てられて、思わず目を見開く。


「やはりそうか。私は……そいつの代わりということか。私なんかと友達になりたいやつがいるなんて、おかしいとは思ったんだ……」

 少し傷ついたような口調。

 違うと言えればよかったのに、本当のことだったから何も言い返せなかった。


「純粋に、私と友達になりたいと……思ってくれたわけじゃなかったんだな」

「そんなことない!」

 それだけは違うと、声を張り上げる。

 思いのほか大きな声が出て、紫苑が今度は目を丸くした。


「確かに紫苑ちゃんはボクの大切だった友達に似てる。それがきっかけだったけど、でも仲良くなりたいと思ったのは、嘘じゃない!」

「……痛い」

 思わず紫苑の肩をがしりと掴んでいて、紫苑が身を捩る。

 はっとして手を離した。


「ご、ごめん!」

「別にいい」

 謝ればそんな事を言って、それよりもお腹が空いたなと紫苑は歩き出す。

 嫌われたかなと心が沈んで、その場で紫苑の背中を見送る。

 しかし人ごみに混ざる紫苑の後ろ姿は、中々遠くへ行かない。


 ちらっと紫苑が振り返って、視線を投げかけてくる。

 着いてきてはくれないのかと、不安に思うような顔。

 側にいてもいいんだなと許された気がして、心がいっきに浮上してニヤニヤしながら横に並ぶ。


「ここのチキン美味しいんだよ」

「……そうか。ならそれを食べようか」

 声をかければ紫苑が頷く。そんなやりとりが嬉しい。


 立ち食い式で、自由に取るビュッフェ形式。

 一度踊って後は、好きなようにしていいことになっていた。

 皿を渡せば肉ばかり、紫苑はそこに盛っていく。


「病院で野菜ばかり食べてるからって、肉ばかりとっちゃ駄目だよ」

 勝手に紫苑の皿に野菜を盛れば、驚いたようにこっちに視線を向けてくる。

「私は病院のこともお前に言ったか? いや、それよりもなんで」

「病院では肉が好きなように食べられないから、ここで食べ溜めをしておこう。こんなところに来てまで、嫌いなものを食べる必要は無い……そんなこと思ってるでしょ」


 戸惑ってる紫苑に、悪戯っぽく笑ってそう言えば、パクパクと口を開け閉めして動揺している。

 基本的にはクールな紫苑なので、こういう表情は本来珍しかった。


「お前は……私のことを何でも知ってるんだな」

「ちょっと気持ち悪い?」

 ぽつりと呟く紫苑に、自嘲するように口にする。

 自分でも自覚はあった。


「確かに不気味だな」

 ぐさっとくる一言を、紫苑は口にする。

「でも……嫌じゃない」

「紫苑ちゃん……」

 そんな言葉が貰えると思ってなかったから、思わず感動する。

 皿を手に持ってなければ抱きついているところだ。



「楽しそうだね、アユム。俺も仲間に入れてもらっていいかな?」

 声をかけてきたのは宗介だった。


「家で話したとは思うけど、この子が相馬紫苑さん。こっちはボクの幼馴染で仁科宗介って言うんだ」

 宗介には紫苑と出会った日に、乃絵ちゃんの事も含めて紫苑の事を話してあった。

 だから事情は全て知っている。

 それぞれに紹介すれば、人見知りの紫苑は警戒するような空気を纏い始めていた。


「……よろしく」

「うん。アユムの友達なら、俺も友達になりたいんだけど、駄目かな?」

 固い声色でそう言った紫苑に、笑顔で宗介が手を差し出す。

 いつも以上に笑顔を大盤振る舞いする宗介に、何故か紫苑は怯えた様子を見せて後ずさった。

 

「遠慮しておく」

 そう一言呟くと紫苑は早足で立ち去ってしまう。


「気にしないで宗介。紫苑ちゃん、照れ屋なんだ」

「そういう理由じゃないと思うわよ? 仁科、敵意漏れまくりだったしね……」

 フォローすれば、一部始終を見ていたらしい留花奈が、手に負えないわねと呆れたように呟いた。

 


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

★高等部1年冬


●原作ギャルゲーとの違い

1)特になし。


●ルートA(マシロ編)との違い(77話)

1)クリスマスパーティのダンスパートナーに、マシロではなく紫苑を選択している。

2)前世の兄は、アユムの親友である乃絵ちゃんを想っていた。

3)アユムは乃絵の死に耐えられず、生きていると思い込んで生活していた。

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「本編前に殺されている乙女ゲームの悪役に転生しました」
ショタコン末期悪役令嬢に転生して苦労する話。
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