【27】攻略対象と、前世の親友
今年もクリスマスパーティの季節がやってきた。
早速理留を誘いに行こうとしたら、留花奈が教室に現れた。
今日からパートナーを自由に誘っていいことになっているけれど、嫌な予感しかしない。
「ア・ユ・ムくん?」
「嫌です」
甘えた声で言われたって、留花奈からの誘いなんてお断りだ。
私と踊って、宗介を悔しがらせてやろう。
そんな魂胆が丸見えなのに、誰が一緒に踊るというのか。
当然のごとく逃げて理留の元へ走る。
背後で留花奈が宗介に捕まってた気がするけど……気にしない。
「うわっ!」
廊下を走っていたら、女生徒とぶつかる。
角を曲がってきたから確認するのが遅れた。
「ご、ごめんなさい!」
慌ててその子が落とした本を拾って手渡して。
私は息を飲んだ。
腰まである艶やかな黒髪。
整いすぎて冷たくも見えるその美貌は、凜としていて気高い。
元の世界での私の大親友、乃絵ちゃんと瓜二つな少女がそこにいた。
「乃絵……ちゃん?」
「なんだお前は……人違いだ」
思わず呟いた私に、眉を寄せて。
不機嫌な声でそう言って少女が立ち去る。
――そうだ、これは乃絵ちゃんじゃない。
ふいに思い出す。
ここは私の知る世界じゃないから、乃絵ちゃんがいるはずないんだと。
ギャルゲーの世界の中に、乃絵ちゃんとそっくりな攻略対象がいた。
相馬紫苑。
乃絵ちゃんとうり二つなキャラクター。
黒髪もその長さも、冷たく見える瞳も。
話し方も声も、その病弱だという設定も、ツンとしているけれど実は人見知りなだけで優しいってところまで。
何もかもが乃絵ちゃんに似てる。
最初私が横でやっている兄のギャルゲーに興味を持ったのも、紫苑がいたからだ。
「ねぇ、この子乃絵ちゃんに似てると思わない?」
病弱でなかなか会えなかった乃絵ちゃん。
兄がそう言ってこのゲームを見せてくれて。
兄妹そろって、紫苑に夢中になった。
元の世界での私は、長い間乃絵ちゃんに会ってなくて。
とても、とても――恋しかった。
去って行く背中を追って、腕を掴む。
理留のためにと用意していたコサージュを、振り向いた紫苑に差し出した。
「友達になってください!」
「はぁっ?」
目の前の紫苑が、驚いた顔でこっちを見る。
乃絵ちゃんに向けたのと同じ台詞を、気付いたら口にしていた。
高校に入学した時、一週間熱だして休んで。
友達を作りそびれて図書館通いしていたら、同じクラスの乃絵ちゃんがいつも同じ席で本読んでいた。
なんだかそれが気になって。
毎日座る席を少しづつ近づけていって、何なんだお前はって言われて。
そして、私は今と同じ言葉をぶつけた。
「なっ、あっ……い、いきなりなんだ!」
あの日の乃絵ちゃんと、目の前の紫苑の表情が被る。
いつもの無表情が崩れて戸惑ってる。
乃絵ちゃんは基本的に冷静なふりをしてるのは顔だけで、頭ではいっぱい考えているタイプで。
突拍子もないことに弱くて、おろおろして困った顔になる。
――あぁ、やっぱり私の知ってる乃絵ちゃんだ。
紫苑なのにそう思ってしまった。
「……あなたと友達になりたくて。駄目ですか?」
「な、何を物好きな。そんな事を急に言われても戸惑うだろう!」
駄目、と目の前の紫苑は言わない。
紫苑ルートで、最後の告白の時に本音が聞けるのだけれど。
友達になりたいと言ってくれて嬉しかったと言っていた。
ずっと病院生活をしていた病弱な彼女は、常に図書館や保健室通い。
友達もいなくて、主人公が始めての友達になる。
そういうシナリオだった。
乃絵ちゃんもそうだけど、ゲームの紫苑も。
本当は友達が欲しくてしかたなくて、でもどうしていいかわからないってところが同じだった。
目の前の紫苑も、おそらくはそうだ。
恥ずかしいとき、困ったとき。
乃絵ちゃんは目線を少し逸らして、口元を尖らせる。
紫苑は仕草まで、乃絵ちゃんと一緒で。
ようやく会えたと、そんな事を思う。
乃絵ちゃんは段々学校へこれる日が少なくなって。
この世界に来る直前はほとんど会ってなかった。
体調を崩していて、長い間面会謝絶で。
だからこそ寂しくて。
兄がやっているこのギャルゲーのキャラである紫苑に、私は乃絵ちゃんを重ねてしまっていたのだ。
「変なヤツだな。なんで私なんかと友達になりたがるんだ」
目の前で乃絵ちゃんが動いてる。
腕を組んでツンと顔を逸らして。
素直じゃない乃絵ちゃんが愛しい。
出会った時と全く同じ態度に、私の中で何かが溢れてくる。
――あぁ、乃絵ちゃんが目の前で喋って、動いて。
ちゃんと生きてる。
そこまで思って、頭の中が。
心臓の奥底が、いっきに冷えたような気がした。
ふいによぎったのは、白い部屋。
細い誰かの腕と、ピーっという無機質な機械音と――。
「な、なんで泣くんだ!」
「あ……ホントだ」
紫苑に指摘されて我に返れば、何故か私は泣いていた。
「……紫苑ちゃんが、本当はいい子だって知ってるから。友達になりたいんだ!」
一瞬見えた映像の意味を、知らないふりして紫苑に微笑む。
「……私、まだ名前言ってないよな」
しまったと思った。
つい出会えたのが嬉しくて、口を滑らせてしまっていた。
「それはその。結構前に紫苑ちゃんのこと見かけて気になってて。それで名前調べたんだ」
ちょっとしたストーカー発言に、しばらく無言で紫苑はこっちを見つめていた。
射るような視線が痛い。
「ふん、まぁいい。好きにしろ」
「うん好きにする。とりあえずは、これ貰ってくれるよね?」
それはオッケーという意味だ。
コサージュを手渡せば、少し口を開いて眉を寄せる。
難しそうな顔をした紫苑は、頭の中で色んなことを考えてるんだろう。
――自分を誘ってくれる奇特な奴がいるのか。
何かの罠か。
いやしかし、友達になりたいと言ってるのだから、これは受け取るべきではないのだろうか。
私から歩み寄らなくては、いつまでも友達はできない。
たぶん、考えてるのはそんなところだと思う。
乃絵ちゃんのお母さんから貰った、乃絵ちゃんの日記。
私が初めて友達になりたいと言った日の日記の内容は――そんな感じだったから。
「しかたない、まだパートナーも決まってないことだしな。受け取ってやる」
「ありがとう」
上から目線の尊大な態度。
でもきっと今、紫苑はなんでそんなことしか言えないのかと自分を責めてる。
それがわかってしまうくらいには、私は乃絵ちゃんが大好きだった。
コレは『相馬紫苑』であって、『乃絵ちゃん』じゃない。
ここは私がいた世界じゃない。
それに、そもそも――乃絵ちゃんは――。
「そうだ、連絡取るために携帯の番号教えてよ!」
「ふぁっ!? 何で私がお前とっ! 馴れ馴れしくはないか!?」
積極的に行けば、さらに紫苑はおどおどしだす。
押し弱くて、素直になれないのは知っている。
それに紫苑は携帯の番号の交換の仕方を知らなくて。
病院と自宅しか連絡先がなく、友達の連絡先が一つもないのを気にしてることをシナリオで知っていた。
紫苑の胸ポケットに入れていた携帯電話を、すっと摘んで奪い取る。
「なっ、返せ!」
半ば強引に友達のカテゴリーに登録する。
原作の紫苑の携帯と同じく、友達の登録は一つもなかった。
そこも乃絵ちゃんと一緒。
乃絵ちゃんの初めての友達で、一番の友達。
これは紫苑だけど、まるで独占したいかのようなそんな気持ちに動かされて。
自分の名前を、そこに刻み込む。
「はいどうそ。ボクは一年三組の今野アユム」
自己紹介を忘れていたことを思い出して、そう言いながら携帯電話を返す。
紫苑は警戒するような表情を向けていたけれど。
携帯に表示された、友達カテゴリーにある私の名前を見てほんのりと口角が上がる。
「これからよろしくね、紫苑ちゃん」
「ふん……私は一年七組の相馬紫苑だ」
自己紹介すれば、ちゃんと返す紫苑に乃絵ちゃんの面影を見て涙が出そうになる。
こうして私は、攻略対象の『相馬紫苑』と友達になったのだった。
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★高等部1年冬
●原作ギャルゲーとの違い
1)相馬紫苑との初の出会いは、本来図書館。
●ルートA(マシロ編)との違い(73話―76話相当)
1)中等部三年の秋に相馬紫苑との出会いがあったが、高等部で出会っている。
2)携帯の友達登録がマシロ編では、2番手だった。1番手はヒナタ(前世の兄)だったのだけれど、今回は登録されていない様子。
3)出会い時の紫苑の反応が乃絵と同じすぎて懐かしむあまり、マシロ編では思い出さなかった、親友の乃絵ちゃんの死を思い出してしまっている。
4)理留と留花奈がアユムを諦めるイベントが発生していない。
留花奈のほうはアユムにマシロ編ほどの執着を見せておらず、どちらかと言えば宗介の対抗心に燃えている。理留はアユムの周りに女の子がいないため、安心しきっている。




