【26】依存
「雨凄かったね!」
「うん、いきなり降ってきたからずぶぬれだ」
私の言葉に宗介が頷きながら、隣を歩く。
二人で遊びに行ってたら、強い雨に降られてしまって。
周りに隠れる場所もなかったものだから、そのまま二人で雨に濡れていた。
蒸し暑かったので、ちょうどよかったと笑えば、宗介もそうだねなんて言ってくる。
舗装されてない土むき出しの道には水溜りがあって、泥も何もかも気にせずに歩くのは開放感があって気持ちいい。
さっきまで雨が降っていたのに、空を見ればもう夕暮れ時の綺麗な空が広がっていて。
すがすがしささえ覚えていたら、薄っすらと虹が見えて得した気分になる。
都会じゃこうはいかないよなと目を細めながら帰宅すれば、おばあちゃんにすぐ風呂へと連れていかれた。
「着替え持ってきてあげるから、二人でお風呂に入りなさい」
有無を言わさずそう言われ、どうしようと困り果てる。
おばあちゃんは私も宗介も男だと思っているけど、私は女だ。
幼かった昔は問題なかったけど、今は色々問題がありすぎる。
『男として周りに認識させる力』が働いているから、私が裸になろうが本来の性別が女であることに、誰も気付きはしない。
ただ、今の宗介にこの力は効かないわけで。
つまりは……裸になれば、色々見られてしまう。
「アユム、先入って湯船に浸かって。そしたら今度は俺が風呂に入るから」
「えっ? 一緒に入るの?」
「入らないと怪しまれるでしょ。それに……昔はよく一緒に入ってたし。ほら、後ろ向いてるから」
確かにそれはそうなのだけれど、宗介は動じなさすぎじゃないかと思う。
女としてあまり意識されてないのかな、なんて少し微妙な気持ちになる。
そのわりにはキスは……してくるんだよねと、考えてしまって。
煩悩を飛ばすようにシャワーを浴びてから、風呂に入って浸かった。
白い入浴剤が入っていて、これなら体が見えることはないだろうとほっとする。
「風呂入ったよ」
そう言えば宗介が入ってきて、体を洗い出す。
ちらりと横目で窺うと、昔見た幼馴染の体じゃなくて焦る。
薄っすらと胸には筋肉がついていて、丸みを帯びている私の体とはまるで違っていて。
盗み見るのはいけないと思うのに、何故か気になってしまう。
……駄目だ、気にしちゃ。
体育座りをしている膝を抱きかかえ、顔を膝に押し当てる。
男っぽいななんて意識したら、どうしていいかわからなくなってしまう。
宗介は幼馴染。
付き合ってはいるし、好きだけど。
家族よりも友達よりも上にいて、当たり前のように側にいて。
そんな風に男の人なんだなと意識することはあまりなかったかもしれない。
幼馴染よりも、男の人だと意識すると、宗介が別の何かに見えてきそうでその考えを打ち切った。
ざぶんと水が増える音で我に返る。
悶々としている間に、宗介が湯船に入ってきていた。
「宗介!?」
てっきり入ってくるとは思ってなかったから声を上げる。
宗介は妙に艶っぽく髪をかきあげて、ふぅと一息ついてから、私を見た。
ほんのりと染まる目元。
滴る水滴と肌に張り付くような髪が妙に扇情的だと思う。
「アユムは……そうやって見ると、本当に女の子だね。肩も華奢だし、全体的に丸っぽいし、柔らかそう。どうして昔は男に見えてたんだろ」
間違えるはずがないのにと言うように、宗介は呟く。
私に手を伸ばそうとして、それは駄目だよねというように手を引っ込めた。
「……」
それから宗介は黙り込んで、無言になって。
この状況が恥ずかしくなってきたのか、何かを我慢するかのように眉間にシワが寄った。
「……先に出るね!」
タオルで腰を隠しながら、勢い良く宗介が立ちあがる。
「えっ、もう? 一人で浸かりたいなら、ボクが出るよ?」
「いや、いい。アユムはゆっくり後で来て!」
そう言って、宗介はさっさと風呂場を出てしまった。
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早朝、携帯電話のバイブの音で目を覚ます。
こんな朝早くから誰だよと思いながら電話のディスプレイを見れば、黄戸留花奈と表示されていた。
当然のように切って、二度寝する。
けど、しつこい。
六回ほど電話を拒否していたら、メールで『出ろ』と送られてきた。
本当人の迷惑を考えないなぁと思いながら、目が覚めたので出てやってもいいかと思う。
留花奈がこんなに必死ということは、理留に関する事なのかもしれない。
ちらりと横を見れば、宗介が寝ていた。
いつも大人びた顔をしている宗介だけれど、寝ている時はちょっと幼く見える。
起こさないように忍び足で部屋の外に出て、そのまま玄関先へ行く事にする。
おじいちゃんとおばあちゃんは起きているみたいだったけれど、障子の向こうに朝焼けが見えた気がしたから、なんとなく外へ出たくなった。
がらりと戸を開けて外に出る。
「もしもし、留花奈? 朝っぱらから迷惑だよー」
『あんたいきなりそれ? 私言ったわよね。今日は私と姉様の誕生日だから、必ず来なさいって言ったわよね!? なのに拉致……迎えにあんたの家に行ったらいないってどういうこと!』
電話から留花奈のキーンと響く声が聞こえて、思わず耳から話す。
今日は理留と留花奈の誕生日である、八月十九日。
お金持ちである黄戸家は、毎回大きな誕生日パーティを二人のために開く。
おばあちゃん家に泊まりに行くから、今回は出席できないと理留だけには、予め断りを入れてはいた。
けど留花奈には言ってない。
忘れてたのもあるけど、理留に言えば十分かなと思っていた。
理留から伝わってなかったらしく、留花奈は完全に怒っている。
というか、普通に拉致とか物騒な単語が聞こえたんだけど。
「理留にはちゃんと言ったよ? 先にプレゼントもあげたし」
今年は理留に、知育菓子をプレゼントしてみた。
練ると色が変わったり、水に入れるとぶくぶく泡が出てくる、体に悪そうなお菓子たち。
最近では寿司っぽいものが作れたり、ミニハンバーガー風の菓子が作れるやつもあって中々見ていて面白い。
自分で作れるってところがミソだ。
学園内にあるサロンで、エトワールメンバーと一緒にそれを食べたのだけれど。
これ食べ物なの? という皆の顔が忘れられない。
理留は楽しそうに練るたびに変わるそのお菓子を混ぜていて、キラキラと輝くその顔が子供みたいで可愛かった。
『そんなことはどうだっていいのよ! 最近あんたが家にこないから、あの女が勝手に姉様と婚約者の縁談を進めようとしてるの! 妨害しようと思ったのに、あんたがいないと何もできな』
『アユム! 何でもないですわ! それでは楽しんできてくださいませね!』
留花奈の声に、理留の声が被さる。
ぷつりと電話は切れてしまった。
今の内容から察するに、理留は婚約者と無理やり縁談を進められそうな感じらしい。
留花奈はそれを阻止するために、私を使おうとしていたんだろう。
婚約者とか、この歳でいるんだなぁと驚いた。
理留が嫌なら助けてあげたいところだけれど。
今の様子だと、理留は私の助けがいらない感じなんだろうか。
相談も何もされなかったしと、ちょっと悩む。
留花奈持ちでタクシーに乗って、黄戸家の屋敷に行くことも可能だけれど、かなり時間が掛かる。
どうしようかと悩んでいたら、家の中から声がして、走り回る音が聞こえた。
何事だろうと思えば、宗介が私を呼ぶ声がする。
「アユム! アユム!」
焦ったような声に、しまったと思う。
宗介は起きたときに、一緒に寝ていた人の姿がなくなると不安になってしまうのだ。
もう高校生になったから、大丈夫かなと思っていたけれどそうではないらしい。
いそいで戻ろうと戸を開けて中に入れば、丁度宗介が外に飛び出して行くところだったらしく、勢いよくぶつかる。
尻餅をついて宗介の体を受け止めた。
「アユム……」
「ここにいるよ。大丈夫だから」
よしよしとあやすように、宗介の背中を擦る。
宗介のお父さんは宗介が寝ている間に外に出て、帰らぬ人となった。
そのトラウマは未だに根強いみたいだ。
宗介は勉強も運動もそつなくこなす。
誰にだって優しいし、見た目だっていい。
一見完璧に見えるのに、どこか不安定で儚げな部分があった。
側から人がいなくなるのが怖いから、宗介は誰かが一緒にいると寝ない。
けど私とだけは一緒に眠る。
それでいて、いなくなったらこうやって必死に探してくれる。
それは宗介のトラウマで、ないならない方がいい弱点のようなものだ。
不安も、苦しい思いも宗介にして欲しくないとは思ってる。
なのに、こうやって特別に求められることに。
――優越感や安心感を覚えてしまっている自分がいる。
嬉しいと、感じてしまう。
宗介は私に。
私は宗介に依存してる。
ちょっぴり歪んだ愛情かもしれないけれど、それはとても心地よくて。
ヒナタのことを病んでるなんていいながら、自分も大概病んでいるのかもしれない。
そんな事を思った。
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★高等部1年夏
●原作ギャルゲーとの違い
1)理留には幼い頃から婚約者がいて、原作では毎年誕生日にその婚約者が宝石をプレゼントしている。マシロ編では、理留の母親である理真さんがアユムを気に入っており、この時点では本来の婚約者よりもアユムを黄戸家の婿にと狙っていた。
理留はアユムに内緒にしているが、アユムがマシロと付き合いだしてからは婚約者との縁談が裏では進められていた。
●ルートA(マシロ編)との違い(72話)
1)マシロ編では、宗介ではなくマシロと過ごしている。おばあちゃんの家に一緒に行ってはいない。




