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【25】側にいると、側にいたいと

 高等部に入って、私はエトワールというものに選ばれた。

 エトワールというのは、この星鳴ほしなり学園独特の制度で、選ばれると様々な特権が与えられる。


 選ばれる基準は様々。

 家柄のよさや、成績のよさ、運動方面での活躍など、何か目に留まるようなモノを持っている人に与えられる特権だ。

 運動方面での実績と、高い成績を評価されて、私はエトワール入りを果たした。

 その証である星の飾りが、胸ポケット付近で輝いている。


 ギャルゲー『そのドアの向こう側』では、エトワールにならないと、例え女の子たちといい仲になっても、肝心の扉を開く事ができない。

 つまりは、ゲームがクリアが不可能になってしまう。

 ゲームのクリアを考えるなら、大分幸先のよいスタートだ。


 本来主人公のアユムは高等部からの外部生。

 けど、私は初等部の二年生からここに在学していて、早いスタートを切れていた。

 その積み重ねが実を結んだと言っていい。


 でも今の私には、扉を開ける気がない。

 宗介と一緒にここで過ごしていきたいと願っているからだ。

 この世界は本当はゲームの世界じゃなくて、現実にある世界だとクロエは言っていた。

 だからきっと、ゲームが終了する高校三年生を終えてからも、人生はずっと続いていくんだろう。


 

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 関わりたくはないなと思っていても、ゲームのメインヒロインである桜庭さくらばヒナタは、主人公である私と三年間同じクラスだ。


 隣の席のヒナタは、私が知っているゲームの中のヒナタとそう変わらない。

 愛嬌たっぷりで成績優秀、文武両道。

 優しくて可愛い、皆に好かれる完璧な少女。

 外部生なのにすでにこのクラスに馴染んでいて、クラス委員として頑張っていた。


 完璧なのに、時折見せるうっかり屋な部分。

 そういう所に皆好感を持つ。

 できすぎるくらいできすぎたヒロインのその行動が、時折演技に見えるのは私が前世で女だったからなんだろうか。


 作られた美少女というか、こう……妙な違和感。

 現在はお昼休み。教室の真ん中で机を並べた席の一つに、ヒナタがいた。

 皆の輪の中の中心にいるのに、時折ほんの一瞬だけ、冷めたような表情をヒナタが浮かべるのに気付く。


「桜庭さんが気になってるの?」

「うん……まぁね」

 じっとヒナタを見ていたら、隣の宗介が話しかけてくる。

 吉岡くんと宗介と一緒に昼食を取るのがいつものパターンだった。


「アユムがそうやって女子を気にするなんてめずらしい。あぁいう完璧っぽいのが好みだったのか?」

 吉岡くんが意外そうに目を見開いた。

「そういうわけじゃないよ」

 いずれ自分を殺しに来るヤンデレだから気になってるだけです。

 なんて、言えるわけもなくそう言って弁当を食べる。

 もちろん宗介のお手製のお弁当は、今日も美味しい。


「宗介また腕あげた? 今日のからあげ、特に美味しい気がする」

「わかる? 少しタレに漬け込んでみたんだ」

 褒めれば宗介が嬉しそうに顔を綻ばせる。

 ハの字をした眉が優しげに垂れ下がるところを見るのが好きだ。


「……」

 ふいに呆れた目で吉岡くんがこっちを見ていることに気付く。

「何、どうしたの吉岡くん?」

「二人とももてるのに彼女欲しいとか思わないのか? その二人でいれば十分だみたいな雰囲気、どうにかしないと駄目だと思うぞ」

 尋ねれば吉岡くんがそんな事を言って、呆れたような顔をする。


「うーん、俺はアユムの世話で手一杯だし。アユムも別に欲しくないみたいだよ?」

「過保護全開だよな……初等部の時より酷くなってないか? まぁいいけどな」

 宗介が答えて、吉岡くんが軽く呟く。

 ただ言ってみただけで、どうにかなるとも思ってなかったような態度だ。

 吉岡くんは聞いてくるわりに軽い。

 私と宗介が一緒にいることを当たり前だと思っているからなんだろう。

 そうやってあまり気にしないところが、一緒にいて楽だった。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「宗介とこうやって夏祭りに行くの、久々だね」

「そうだね」


 夏休み。

 田舎のおばあちゃんの家で、宗介と一緒に過ごす。

 初等部の頃は夏休みに二人でよく過ごしたけれど、大きくなってからはなかった。


 たまには二人でこういうのもいいかなと思う。

 子供っぽく蝉取りしてみたり、川に行ってみたり。

 祖母と祖父はいるけれど、外では他の知り合いに会うこともないからのびのびと二人で遊べる。

 祖父と祖母はおおらかで、本当に二人は昔から仲良しだねと笑って済ませてくれた。


「アユム迷子になって、ナンパされてるお姉さんを無茶して助けようとしてたね」

「……そういう事もあったね」


 初等部二年の時のことを思い出す。

 宗介とはぐれた私は、お姉さんがナンパされてて困っているのを目撃して助けた。

 無茶して怪我した私を見た宗介が怒り出して。

 

 ――アユムはいつもそうだ。考えなしで、誰かを助けに行く。なんでそうなの。

 暗い瞳で、宗介に責められた。


 酷い怪我をしたらどうするんだとか、そんなことを言われて。

 アユムが自分を庇って死にそうになったことを、宗介が思いのほか気にしていたことを知った。


 ――俺は、アユムがそんなになるなら、助けられても嬉しくない。他の人なんてどうでもいいんだよ。

 宗介はいい子だと思ってたから、そんな事を言うとはあの時の私は思ってなかった。

 私以外はどうでもいいなんて言われて、そこで執着されてることを知った。


 ――もう、嫌なんだ。あんな思いするの! 俺がいくらでも変わりになるから、俺のいないところで危ないことしないでよ!

 叫ぶ宗介の顔は、今でも覚えてる。

 こんな風に感情を出す子だったんだって、あの時初めて知った。

 後にも先にも、あそこまで怒って怯えてる宗介を見たことはない。


 ぎゅっと宗介が手を握ってくる。

 知り合いがいないと言っても、この歳で男同士で手を握るのは変だ。

 でも甘えてくるような目をしていて、それをふりほどけない。


 あの時から、宗介は何も変わってない。

 その瞳には未だに私が映っていて、そこに前までなかった熱が加わっている。


「俺の側からいなくならないでね、アユム」

 不安げに宗介が呟く。

 らしくない弱気な言葉は、迷子の子供みたいだった。

 どうかお願いと願うような響きには、人ごみではぐれないでという意味以上のものがこもっている。


 ――一緒にいないと不幸になるって、言ったのはアユムだろ。頼むから、アユムまで俺の側からいなくならないで。

 そう懇願してきた、あの日の幼い宗介に。


 ――大丈夫だよ。ボクは宗介の側にずっといたいと思ってるから。

 かつての私は、そんな風に答えた。


 宗介の側に『いる』ではなく、『いたい』。

 元の世界への未練が強かった私の、精一杯の言葉。

 この、微妙な違いに宗介が気づかないように願っていた。


「大丈夫だよ宗介。宗介の側にずっといるから」

 ぎゅっと手を握り返して、笑う。

 宗介の側に『いる』で、宗介の側に『いたい』。

 あの時と同じようで――全く意味が違う。


「っ!」

 宗介が顔を歪めて泣きそうな顔になって。

 ぐいっと私の手を引いて歩き出す。

 進む先は、人の少ない雑木林。

 祭囃子が少し遠のく中、木に押し付けられて早急なキスをされた。


「ん……ぁ、はぁ……ちょ、宗す……んっ」

 戸惑って声を出そうとするけど、待ってはもらえなかった。

 宗介の舌が私の口の中で蠢く。

 啄ばむようないつものキスじゃなくて驚いてる間に、口の中をくすぐられて頭がぼーっとしてくる。

 息継ぎをして口を離そうとしたら、まだ許さないというように、さらに深く口付けられてしまった。


「もっ……宗介、こんなとこでしかもこんなの……何考えてるの!」

 叱る声が自分でわかるほど弱々しい。

 火照ってドキドキして、怒らなくちゃいけないのにそれよりも恥ずかしくてしかたなかった。


 答えずに宗介がぎゅっと私の体を抱きしめてくる。

 その体は震えていて、続く言葉を飲み込む。

「……好き。好きだよ、アユム」

 愛を囁かれている甘い言葉のはずなのに、どうしてか謝られているような気持ちになる、涙交じりの声。


「……宗介?」

「ごめんね、アユム。アユムが許してくれるなら……ううん、もう許してくれなくてもアユムの側から離れられないんだ。こんな俺に好かれて、アユムは可哀想だ」

 ワケのわからないことを、宗介は言う。

 ごめん、ごめんと謝りながら。

 でも私を抱きしめる手を緩めようとはしなくて、苦しさを紛らわすかのように唇を求めてくる。


 でも、宗介は自分自身のことが嫌いだというような顔をしていた。

 その姿が怯えてるように見えて。

 瞳の奥が揺れて、辛そうで。

 たぶん今拒絶してはいけない気がした。


 私に元の世界を諦めさせてしまうことを、心苦しく思っているのかな。

 それとも宗介の周りに不幸が起こるから、そんな自分に好かれてしまう私を可哀想だと思ってるんだろうか。


 どちらにしろ、結局は私の想像でしかなくて。

 それでいて、私は宗介をもう選んでいる。


「宗介、ボクが宗介を好きで選んだんだから、そうやって自分をいじめないでよ」

 安心させるように、自分から宗介の唇に軽く口付けしてみる。

 宗介は驚いたような顔をした。


「宗介が側にいてくれたら――ボクはそれだけで幸せだから。だから可哀想なんかじゃない。宗介にも同じように思ってほしいな」

 私より少し高い位置にある宗介の頬を手で挟んで、真っ直ぐ目を見て。

 力強く言葉にする。


 安心してって言うように、信じてって伝わるように。

 宗介が私に関すること限定で、臆病で、怖がりだってことをよく知っていたから。


「ボクは宗介が側にいるよりも、いない方が不幸になるんだよ。絶対に」

 幼い頃、宗介に言った言葉を口にする。

 あの時と同じように、根拠もなく自信満々に。


「宗介はボクを不幸にしたくないんだよね。なら、ボクと一緒にいなくちゃいけない。そうだろ?」

 そう言ってにっと笑えば。


「――アユム!」

 泣き笑いの顔で宗介が微笑んで。

 また深いキスが降ってきた。



■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

★高等部1年春―高等部1年夏


●原作ギャルゲーとの違い

1)原作のヒナタは完全無欠のヒロインのため、冷めた表情を浮かべたりしない。


●ルートA(マシロ編)との違い(62話―71話)

1)高等部の式の日学園の扉の前にアユムが行かず、マシロに出会っていない。

2)マシロとアユムの逢瀬がなくなり、ヒナタがそれを目撃していない。

3)マシロが『ヒナタ=緋世渡ひわたり』だと知らない上、アユムも緋世渡の存在を知らない。マシロのネット友達として『緋世渡ひわたり』自体は存在している。

4)マシロ編では宗介とギクシャクしているが、ラブラブである。

5)女装したマシロと宗介とのバトルがない。

6)マシロの告白を受けることもなく、付き合ってもない。

7)アユムが宗介に告白して、振られる展開がない。

8)『相馬紫苑』と出会ってないため、ヒナタと宗介を加えた遊園地ダブルデートのイベントが起こらない。

9)遊園地に行く事がなかったため、ヒナタが元の世界の兄だとアユムが知らない。

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「本編前に殺されている乙女ゲームの悪役に転生しました」
ショタコン末期悪役令嬢に転生して苦労する話。
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