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【24】ゲームの始まりと、メインヒロイン様

 両想いになってから、私と宗介の距離はちょっぴり変わった。

 お付き合いをしていることは当然内緒だ。

 毎朝一緒に登校して過ごして、帰りも一緒。


 あれ、これ初等部の時と特に変わらないんじゃないの?

 そうは思ったけど、この歳で初等部の時のようにべったりというのが変な話だ。

 それでいて宗介は、今まで以上に堂々と私に構うようになった。

 初等部の頃から私と宗介を知る子たちは、あぁ元に戻ったのか程度で特に気に留めた様子はなかった。


 吉岡くんはまた過保護に逆戻りかと、少し呆れたようだったけれど。

 それでも私と宗介が昔のように仲良くなったことを、喜んでくれているみたいだった。

 つまりは表向きは元に戻っただけ。

 家に帰れば、ほぼ仕事で父さんたちがいないので宗介と二人きりだ。


 一緒に料理つくったり、仲良くくっついてテレビを見たり。

 穏やかで、特に特別なこともない日々。

 なのに、心が満たされるのを感じる。

 宗介は時折、ついばむようなキスを不意打ちでしてきて焦るけれど、それも嫌じゃなかった。



 秋になって、吉岡くんが家にやってきて。

 テスト勉強を教えて欲しいといわれたのだけれど、それで何故か宗介の部屋でエロ本を探すことになった。

 宗介がそんなもの持ってるわけがない。

 けど、吉岡くんは男なら持ってないと不自然だと言い出しした。


 結局宗介の部屋にエロ本はなかったのだけれど。

 古びた、それでいて少し煤けたクッキー缶が出てきた。


 開けたらそこにはエロ本じゃなくて、欠けた茶碗に、割れたコップ。擦り切れたマフラーや小さな手袋。止め具が壊れた筆箱などが入ってた。

 必要なもの以外ない宗介の部屋に、似つかわしくないその品々。

 それは全部、私が宗介にあげたプレゼントだった。


 こんなガラクタを大切に持っててくれたのが嬉しくなって。

 吉岡くんが帰って後、それを見つけたことを言えば、宗介は怒るよりも先に恥ずかしそうに赤くなった。


「だってアユムがくれたものなのに……捨てられるわけないだろ」

 そんな事を言われて、きゅんとしてしまって。

 宗介が可愛すぎて、どうしようかと思った。


 それでいて、エロ本はないけどと見せてくれたのは、生徒手帳に挟まれた私と宗介の幼い頃の写真。

 恥ずかしいよと抗議すれば、お守りなんだと言われてしまって、そこに挟むのをやめさせることもできなかった。



 中学三年生になって、修学旅行はアメリカだった。

 宗介と久々に同じ部屋でテンションが上がって。

 子供の時のように、同じベッドにもぐりこむ。

 たまには昔に戻ったみたいに、一緒に眠りたかったのだけれど、困ったような怒ったような顔でそれは駄目と言われてしまった。


 その秋には従兄妹のシズルちゃんの学園祭に呼ばれた。

 けれど、台風が上陸して延期なってしまって。

 私達の学園の体育祭と日にちが被ってしまい、行けなかった。

 

 全学年合同、クラス対抗で行われる体育祭。

 私と吉岡くんは、大いに張り切っていた。

 このゲームの世界で、私の運動ステータスはかなり高い。

 勝負事は好きだし、クラスには宗介も吉岡くんもいて、負ける気はしなかった。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「とても格好よかったです!」

 短距離のリレーが終わったところで、下級生の女の子たちがタオルをくれた。

 とても高いテンションだ。

「あ、ありがとう」

「きゃー! 受け取ってもらっちゃった!」

 戸惑いながら受け取ると、女の子たちは嬉しそうな声を上げて走ってどこかへ行ってしまった。


 戸惑って近くにいたはずの宗介に目をやれば、他の下級生の子からお菓子を受け取っていた。ありがとうと笑顔で応じている。

 吉岡くんも慣れっこみたいで、宗介の横でタオルを受け取っていた。


「……今の何。二人ともこれよくある事なの?」

「オレは宗介のついでって感じで、バスケ部の試合見に来た女の子があのテンションで来たりする」

 唖然とすれば、吉岡くんが答える。

 宗介は一年生の頃から、よく吉岡くんに付き合ってバスケ部の試合に参加していた。


「ふーんそうなの」

 さすが宗介もてもてですね。

 よくある光景なのかと思うと、面白くない。

 嫉妬してるなと自覚したところで、それに気付いたのか宗介がくすりと笑った。


「今の子たちは俺っていうより、アユム目当てだよ。体育祭だし、同じチームだから応援しても変じゃないって思ったんじゃないかな――だから安心して?」

 後半は私にだけ聞こえるくらい小さな声で、宗介が私の顔を覗き込んでくる。

 嫉妬してたなんて知られたくなくてふいっと顔を背けたけれど、もう遅かったらしい。

 宗介の頬は緩みっぱなしだった。

 

「だよなぁ。今日アユムへの声援凄かったし」

 このモテ男めと、吉岡くんが小突いてくる。

「いやそれはない。確かに応援の声は多かったけど、アンカーだったからだと思うよ?」

「ほらこれだ。全くアユムは自覚ないよなー」

 私がそう言えば、吉岡くんが呆れたと大きく溜息を吐いた。


「ファンクラブがあることも知らなかったりするんじゃないよな?」

 吉岡くんの言葉に驚く。

 どうやら吉岡くんによると、私にはファンクラブが存在しているらしかった。

 ……ファンクラブなんて、少年漫画のラブコメあたりでしか見たことがないんですけど。


「珍しい外部からの転校生で、何かと目立つ宗介の幼馴染。学園の女王であるあの黄戸姉妹と仲良し。常に成績上位で女の子に優しく、全ての運動部から欲しがられるくらい、運動神経は抜群。嫌な先生には立ち向かい、男女関係なく皆から頼られている。これでモテないと思ってるアユムがおかしいと思うんだ、オレは」

 からかわれていると思って、冗談でしょと笑って言えば。

 やれやれと吉岡くんは肩を竦めた。


 どうやら本当にファンクラブは存在してるらしい。

 初等部のころは、学園内で権力を持つ理留や留花奈と仲がよかった私。

 一応表向きの性別は男ということになっている事もあって、中等部に入って女子である二人との係わり合いは減った。


 それにより、中等部からファンクラブが結成されたらしい。

 中等部に入った時期の私は、色々とスポーツに逃げていた。

 宗介の育ての親である山吹やまぶき夫妻が亡くなって。宗介もどこかよそよそしくなってしまって。

 ストレスがたまった私は、それを全部スポーツへと向けていたのだ。


 その結果、陸上大会では一位を取り、新入生歓迎のスポーツ大会では大活躍。

 それで後輩にもファンができて、このようなことになったらしかった。

 ちなみにファンクラブの活動内容は、私を見守ること。

 告白は卒業式のみで、過度なプレゼントは厳禁。

 不自然な接触も禁止らしい。

 どこのアイドルだよと、内心つっこみたくなる。


 ファンクラブの存在を知っていたなら、どうして教えてくれなかったんだといえば、宗介は困った顔になる。

 実は、宗介もファンクラブの会員に入っていたのだと白状した。


「……ちょっと宗介?」

「是非、入って欲しいって頼まれたんだ。それに、アユムの近況とか教えてくれるって言うから……あと時々、アユムの趣味とか好きなものとか情報提供してた。ごめん」

 問い詰めれば、バツが悪いというように宗介が謝る。

 今まで私にファンクラブの存在を黙っていたのは、それが一番の理由のようだ。


「アユムから離れるって決めたのに、結局気になってしかたなくて。今思うと大分意味のない事してた。そんな事をするくらいなら、最初からずっとアユムの側を離れなければよかったんだ。そうすれば、あんな思いしなくてすんだのに」

 側にいなかった時間を、宗介は後悔してるようだった。


 ここは宗介を叱るところだ。

 勝手に私の情報を渡して、ファンクラブにスパイみたいなマネをさせていたのだから。

 なのに――嬉しいと思ってしまう。


 冷たく見えたあの時も、宗介は私を想っていてくれた。

 その事実に、胸が嬉しいと音を立てる。

 目の前では宗介が、怒ってる? というように、上目遣いをしてこっちを窺ってる。

 そうやれば私が怒り辛いとちゃんと知ってるのだ。


「――ボクがいなくて、寂しかったの?」

「うん。とっても寂しかった」

 照れを隠すようにツンとしながら尋ねれば、宗介がぎゅっと抱きついてくる。


「まぁ、それなら……許してあげなくもない」

「ありがとう、アユム」

 そう言った私に、宗介が嬉しそうな声を出す。

「あのさ、二人とも。仲がいいのはいいけど、そろそろ次の種目はじまるからな……」

 吉岡くんが付き合ってられないというような声を出した。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 順調に競技が進み、最後の目玉である障害物リレーが始まる。

 色んな障害物を乗り越えて、最後は選んだ紙に書いてある人物を見つけて、一緒に一番乗りでゴールしたクラスの勝ちだ。


 一組のアンカーは留花奈るかな、二組は宗介そうすけ。三組は理留りるで、四組は初等部の頃のクラスメイトだったみやこさんだった。


 全員知り合いっていうのも面白いなと思いながら、宗介を応援する。

 アンカーに最初にバトンが渡ったのは、留花奈のクラスだった。

 留花奈は私と目が合うと、にぃっと嫌な笑みを浮かべながらダッシュしてきて、手首をぐっと掴んできた。


「ちょ、何!」

「いいからつべこべ言わずに走りなさい! あんたがいなければ、あいつはゴールできないんだから!」

 応援席にいた私の手をぐいぐい引いて、留花奈が走り出そうとしたけれど。

 私の空いた方の手を宗介が掴んだ。


「やっぱりアユムとゴールする気なのね。あんたそっちの趣味だと勘違いされてるわよ!」

「そういう噂を進んで流してくれてるのは、留花奈ちゃんだよね? まぁ別に俺は困ったりしないけど……いいの?」

 私の手を引こうとする留花奈に、宗介が思わせぶりなことを言う。


「何よ、どういうこと?」

「ほらあっちで理留さんが男の子に誘われて」

 留花花は、宗介の差し示す方向をつい向いてしまった。

 その一瞬で宗介が私の手を引いて走り出し、歓声が大きくなる。

 中には喜びを表すような黄色い声も聞こえた。


「ちょっと待って宗介! これかなり悪目立ちしてるから!」

「喋ると舌噛むよ?」

 結局宗介に手を引かれてゴールして。

 後で知ったのは、指示の内容が『大切な人』だったという事。

 以前留花奈と宗介が、クリスマスパーティで冷戦を繰り広げたことを知っているクラスの子たちから、散々からかわれるはめになった。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 とうとう高校生になって。

 澄んだ鐘の音が響く中、入学式と書かれたアーチをくぐる。

 『そのドアの向こう側』というギャルゲーの始まり。

 高校生になって、三年間の学園生活で恋愛することが目的のゲーム。


 女の子と恋愛をして結ばれて、学園にある扉を開ける。

 でも、この世界に連れ込まれた私は女で、サポートキャラの宗介を恋の相手に選んでしまった。

 本来はありえない選択肢。

 これがどう未来に繋がるのかわからない。


 扉を開ければ何でも願いが一つ叶うという。

 けれど、攻略対象でなくしかも男の宗介が恋の相手だと、そもそも扉は開かないだろう。

 ギャルゲーは、これは男性向けの恋愛シミュレーションゲームだ。

 男の宗介を選ぶという選択肢はそもそも、存在しない。


 扉が開かなければ、私は元の世界へ戻れない。

 でももうそれでいいと思っている。

 未練はある。

 でも、元の世界と天秤にかけてこっちを選ぶくらいには、この世界に――宗介に愛着が湧いてしまっていた。


 この世界で生きていくことを決めた私の不安材料は、このゲームのメインヒロイン様。

 どのヒロインのルートでも必ず、主人公を殺しにくる存在である桜庭さくらばヒナタ。

 彼女に殺されずに高校の三年間を過ごすことが、今の私の目標だった。


 壇上では、ヒナタが、新入生代表の挨拶を務めている。

 セミロングの桃色の髪には、子供っぽい大き目の星型の髪飾り。

 くりくりとした瞳が愛らしい、天使のような清純さを持つ美少女。

 柔らかそうな唇から紡がれる声は、明朗ですんなりと耳に入ってくる。


 ゲームの始まりを告げるように、彼女がお辞儀する。

 その光景が、前世でみた記憶と重なる。

 テレビの向こう側にあった絵が、目の前にあった。

 ゲームだったら、このタイミングでオープニングが流れ出すところだ。

 そんな事を考えていたら、ヒナタと目があった。


 その瞳が冷たく、すっと細められる。

 ぞくりとした感覚が背中を走った。

 あぁこれはマズイかもしれないと直感で思う。

 今のは明らかに、私に対する敵意が含まれた視線だった。


 ドクドクと心臓が嫌な音を立てる。

 まだ物語は始まってない。

 なのに、どうしてあんな目をヒナタは私に向けてくるんだろう。

 ゲームの中でのヒナタは、最初から主人公に好意的だったはずだ。


 そしていきなり高校三年生の冬に、主人公を笑顔のまま刺し殺す。

 どのヒロインと結ばれても、扉にたどり着く前にヒナタは現れる。

 主人公は、刺されてゲームオーバー。

 

 これを回避する手段はただ一つ。

 宗介と仲良くすることだと、前世の兄から聞いていた。

 私と宗介の仲はいい。

 これ以上ないってくらいに。


 だからきっと大丈夫だと、頭のどこかで思っていたけれど。

 ヒナタのその視線に、言いようのない不安を覚えた。



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★中等部2年秋―高等部1年春


●原作ギャルゲーとの違い

1)原作のヒナタは星の髪飾りをつけていない。

2)新入生の挨拶で壇上から主人公に対して微笑むシーンはあっても、主人公を睨むシーンはない。ヒナタのアユムへの態度が冷たい。


●ルートA(マシロ編)との違い(53話―61話)

1)吉岡くんがテスト勉強に来た際、アユムが女装した写真の載っている雑誌を発見していない。(その雑誌が存在すらしていない)

2)従兄妹のシズルちゃんの学院祭をアユムが見に行っていない。

3)アユムが学院祭へ行かなかったため攻略キャラの一人『相馬そうま紫苑しおん』と出会わず、文通友達にもなっていない。

4)桜庭ヒナタが最初からアユムに敵意のような視線を向けている。

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