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【22】幼馴染のいない世界

 ――宗介一人を犠牲にすると皆が助かります。皆を犠牲にすると、宗介だけは助かります。そんな状況があるとして、アユムはどうする?

 

 そんなこといきなり言われても困る。

 クロエは何で急にこんな事を聞いてきたんだろう。


 これはいわゆる、究極の選択というやつだ。

 皆が助かるからといって、宗介を犠牲になんて絶対にしない。

 かといって、皆を犠牲にするのもできない。

 こんなの考えたところで、意味があるんだろうか。


 ――宗介だけがいない世界と、宗介がいるけど仲のよい人たちが皆いない世界。アユムはどれを選ぶ?


 二番目の問いなら、まだ答えられる気がした。

 宗介がいない世界なら、想像したことがあったから。


 前世の私がいた、元の世界。

 いずれは帰る場所。

 でも、そこにこの世界の皆はいない。

 元の世界に戻って、一番最初に恋しくなるのは――確実に宗介だ。


 ……元の世界に、宗介はいない。

 そんな事を思うと、胸が苦しくなった。

 愛着が湧きすぎてしまっているとわかる。


 きっと、元の世界に帰れば家族や友達がいる。

 でも宗介はいない。


 その事を私は意図的に考えないようにしていた。

 考えてしまったら……元の世界に、戻りたくなくなってしまうから。

 それは正しくない選択肢だ。


 私の生まれ育った場所は向こうなのに。

 よくわからない世界で出会った、ゲームのキャラの方が大切なんておかしい。


 ふいにクロエが言っていたことを思い出す。

 ここはゲームの世界ではなく、ちゃんと存在する異世界なのだと。

 宗介はちゃんとここに存在している。

 そんなこと、私もわかっている。

 宗介は、傷つきもするし、喜んだりもするちゃんとした人間だ。


 中等部に上がって、宗介が私から離れて行って。

 それだけでもかなり辛かった。

 宗介も大人になって、社交的になったんだ。よかったじゃないか。

 そんな風に思うようにしたけど、内心おもしろくなかった。


 宗介が私から離れていくのが嫌だ。

 側にいないのは嫌だ。

 

 宗介が側にいない間、吉岡くんや他の友達と遊んだけれど。

 心に空いた穴は全く埋まらなかった。

 むしろどんどん広がって大きくなって。

 カラカラと心が渇いていって、誰と何をしようと満たされなかった。


 それに比べて今の状態はどうだろう。

 宗介が家に帰ればいて。

 私に構ってくれる。

 執着されていると思うのに、それが嫌じゃない。

 むしろ――そうやって私を見ていてくれることを、嬉しいと思ってしまっている。


 もう一度宗介が私の側からいなくなるなんて、考えたくもない。

 宗介がまた私の側を離れたら。

 心は前よりも飢えて、渇いて、きっと息ができなくなるんじゃないかと思えた。

 水のない場所で魚が生きられないのと同じだ。

 そしてその症状は、宗介以外の誰にも治すことができない。


 気付きたくなかったなぁと、そんなことを思う。

 最初から、本当は答えが見えていた。

 クロエに対する問いじゃなくて、私がこの世界でどうしたいかという問いに対する答え。


 扉を開いて、元の世界に帰ることを目指していたはずなのに。

 今の私は。

 元の世界よりも――宗介といることを望んでしまっている。


 ――私は、宗介が好きだ。


 見ないふりしてきただけで、その答えはすとんと胸の中に落ちる。

 一度認めてしまったら、もう否定することなんてできそうになかった。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●

 

 クロエがお手洗いから帰ってきた。

 宗介の姿をしたままのクロエは、唇を噛んで眉間にしわを寄せていて。

 困ったときや考え事をしているときの宗介の仕草を、かなり忠実に再現していた。


 私が答えるまで待つつもりなのか、クロエは一言も喋ろうとしない。

 ただそわそわとした様子で、居心地悪そうにしていた。


「あのさ、さっきの質問の答えだけど」

 私の言葉にピクリとクロエが反応して、こっちを見る。

 緊張したような顔をするクロエが、ごくりと唾を飲んだ音が聞こえた。

 まるで雰囲気の違うクロエに、少し変に思ったけれど言葉を続ける。


「ボクは宗介がいない世界なんて、耐えられない」

「……アユム」

 私の言葉に、クロエが泣きそうな顔をする。

 嬉しくてしかたないというように。

 まるで本物の宗介がそこにいるみたいな反応を見せてくるクロエに、悪趣味だなと再度思う。


「ちゃんと答えたんだから、宗介の真似をするのはやめて。それでもうちょっかいかけてこないで」

「ねぇアユム。今のは、他の誰よりも俺を選んでくれるってことでいいのかな?」

 熱っぽい潤んだ瞳でクロエが見つめてくる。

 宗介の顔で、そんなことしないでほしい。

 クロエだとわかっていても、胸がドキドキとしてしまうのが悔しい。


 かなりクロエは演技派だったみたいだ。

 私を見つめてくるその瞳が、まるで本物の宗介みたいで戸惑う。


「別にクロエを選んだわけじゃない。ボクは、宗介を選んだだけ。この質問に何の意味があるのか知らないけど。クロエが聞きたいなら言ってあげる」

 一旦言葉を切って、クロエを睨みつける。

 こういう事はきっぱりはっきりと言った方がいい。


「ボクは宗介が好き。これでクロエは満足? ボクに認めさせたかったんでしょ?」

 ちょっとクロエに誘導されているというか、思うツボじゃないかと悔しく思いながらも、言葉にする。

 恥ずかしいと思う気持ちはなくて、むしろすがすがしくさえあった。


「だからクロエとは付き合えない。じゃあね」

 それだけ言って立ち去ろうと立ち上がったら。

 ぎゅっと手首をつかまれて、テーブル越しに抱き寄せられる。


「なっ、クロエ!?」

「うれしい。アユム」

 痛いほど強く、抱きしめられて戸惑う。

 ふざけるにしては度が過ぎていた。


「ちょっとクロエ!? 何考えて……」

 そう言って体を離そうとして、気付く。

 ……これは、クロエじゃないと。


「そう……すけ?」

 私と同じシャンプーの香り。

 よく知った体温と、ぬくもり。


「俺もアユムが好きだよ」

 私を甘く見つめながら、幸せだというように宗介が呟いた。



■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

★中等部2年 夏


●原作ギャルゲーとの違い

1)原作では、主人公が同性の幼馴染である宗介に告白したりしない。


●ルートA(マシロ編)との違い(51話あたり)

1)クロエに煽られて、アユムが宗介に告白してしまっている。

2)マシロ編では宗介が、アユムの告白を断っている。

5/22 微修正しました。

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「本編前に殺されている乙女ゲームの悪役に転生しました」
ショタコン末期悪役令嬢に転生して苦労する話。
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