【21】偽者の幼馴染と、謎の問いかけ
説明回のため、長めです。すいません。
入った雑貨屋で、適当に品物を見る。
……この時計いいなぁ。今度お小遣いが出たら買おうかな。
そんな事を思って、宗介の誕生日プレゼントを買いにきたんだったと思い出す。
あまりごつくないデザインの腕時計は、男でも使えはするだろうけれど、少し細身で女性向けっぽかった。
「アユム中等部に入って、吉岡ってやつとお揃いのランニングシューズ買ったっすよね」
これは宗介にはあげられないなと思っていたら、クロエがぽつりと呟いた。
「よく知ってるね」
ほとんど関わったことのないクロエなのに、私のことをこれだけ知られているというのは変な気分になる。
まるで昔からの知り合いのように思えてくるレベルだ。
「宗介のやつ、アユムと距離置くって自分から決めたくせに、アユムが吉岡と仲よくするのがうらやましくてしかたなかったらしいっす。お揃いの茶碗はもう燃えてなくなったのに、あいつだけズルイとか意味のわからない事ほざいてたっすからね」
しょうがないヤツっすと、肩をすくめて。
クロエが私に笑いかけてきた。
「その時計、おそろいでプレゼントしたらどうっすか? 実用性もあって、アユムが気に入ったもので、おそろい。完璧だと思うっすよ?」
私がこの腕時計を気に入ったことに、クロエは気付いていたらしい。
「でもちょっと女性よりかなと思って。細身だし」
「シンプルなほうがあいつは好きっすよ。というか、アユムとお揃いなら何でもいいと思うっす」
クロエは肩をすくめる。
「それにおそろいの時計なんて、素敵じゃないっすか? 同じ時を刻む、みたいな。そういう皮肉の効いたプレゼントは大好きっす」
ふいにクロエの瞳に嗜虐的な光が宿る。
面白くてしかたないというように、口元を歪めるその姿に、なぜかぞくりと背筋が泡立った。
「それでどうするっすか?」
「えっ? あ、うん。これにすることにするよ!」
尋ねられて我に返る。
今の笑みと言葉はどういう意味だったのかと思ったけれど、クロエが普通どおりなので、あまり気にしないことにした。
色違いの時計を購入して後、二人で喫茶店に入る。
前にクロエとナンパをした時、宗介が女の子と話していた喫茶店だ。
「それにしても、アユムってイメージと違うっすね。宗介から聞いた話では、もっとキラキラしてるっていうか、出来すぎててつまらないタイプの子を想像していたっす。こんなに面白い子だとは思わなかったっすよ」
ニコニコとしながらクロエは言う。
なんだか気に入られてしまったらしい。
「アユムのこと、好きになったみたいっす。おれと付き合ってくれないっすか?」
軽い調子でクロエが告げる。
「はい?」
「恋人になってほしいっす」
唐突な告白。
意味を理解するのに、かなり時間がかかった。
近くの席でパリンとグラスの割れる音がして、クロエはそちらに目をやり、くすくすと楽しそうに笑う。
私とクロエの会話を聞いて驚いた客が、グラスを割ってしまったのかもしれない。
男が男に告白してるなんて、目を引く見世物でしかなかった。
「アユムが大好きなんすよ。結婚を前提にお付き合いしてほしいっす」
「なにを言ってるの?」
冗談にしてももっと他のものがあるだろうと、思わず眉を寄せる。
肉体的にも精神的にも女の私だけれど、『男だと認識させる力』が呪いのように働いている。
戸籍上も、普段の生活も。
私は男として過ごしているというのに、クロエは何を言っているんだろうか。
「クロエ、ボク男なんだけど。もしかして……男もいける人だったの?」
ありえそうでちょっと引いていたら、面白いことを聞いたかのようにははっとクロエは笑った。
「何を言ってるんすか? アユムは女の子っすよね? 男の格好してたって、おれは誤魔化されないっすよ?」
言われてパチパチと目を瞬かせる。
私にかけられた『男だと認識させる力』は、呪いのように強力で。
裸を見たところで、誰も私の本当の性別が女だと気づかないはずだった。
血の色をした真っ赤なクロエの瞳が、私の動揺を読み取って。
楽しむかのように細められる。
「アユムもおれやマシロと同じで、特殊な能力を持ったこちら側の人間っすよね? アユムの力は『男だと認識させる力』。マシロに確認してるから、誤魔化しても無駄っすよ」
言い当てられて何も言えずにいれば、クロエはにぃっと笑う。
「おれもおれで、マシロと似たような力を持ってるっすからね。だからアユムの力は効かないっす」
「クロエは……どこまで知ってるの? 何者なの」
思わず警戒しながら口にすれば、クロエは肩をすくめた。
「おれは不思議な力が使えるだけの、ただの中学生っすよ。中等部に上がる少し前に、急に不思議な力を手に入れたっす。宗介と同じでね?」
にぃっと口元に笑みを浮かべながら、思わせぶりにクロエが口にする。
「宗介と、同じ?」
「そうっす。だから宗介にも、アユムは女の子に見えてるはずっすよ」
私の反応を観察するような目を、クロエは向けてくる。
「ただあいつはマシロと交流のあるおれと違って、力を持っている者同士だと暗示の系の能力が効き辛いってことを知らないんすよ」
前にマシロといるときに、クロエと出くわしたことがあった。
二人は知り合いなのかと驚いたけれど、実はこの力がらみの知り合いだったらしい。
「宗介はアユムが女に見えて戸惑ってたっす。嫌いなおれについ相談しちゃうくらいには、まいってたみたいっすよ? アユムが女だったらいいと心のどこかで思ってたから、女に見えてるだけだ……なんて。本当青春っすよね!」
くくくとクロエは思い出し笑いをした。
中等部に上がったあたりで、宗介の私に対する態度がおかしくなったのは、私が女に見えて混乱していたかららしい。
幼い頃は男にしか見えてなかったのに、力を手に入れて私が女にしか宗介には見えなくなった。
自分はアユムをそんな目で見ていたのかと、困惑した宗介は自分から距離を取ることを決めたらしい。
……宗介が、私の性別に気づいていた?
クロエの話を聞いて、まさかと思うのと同時に、やっぱりと思った。
以前水泳の授業の時に、私のふりをしているマシロの暗示が効いてないように見えたけれど、あれは気のせいなんかじゃなかったようだ。
「アユムはゲームに巻き込まれてるっす。この世界を救うかどうか。そういう大きなゲームに。マシロは何もしない審判で、宗介はただの駒。アユムは主役……そんなところっすね」
「クロエは……この世界がギャルゲーの世界だと知ってるの?」
その言葉に驚いてそう口にすれば、クロエは首を傾げた。
「それはどういう意味っすか?」
この世界は、私の兄が前世でやっていたギャルゲー『その扉の向こう側』の世界。
てっきりクロエもそれを知っていての発言だと思ったのだけれど、違っていたらしい。
言わなければよかったと思ったけれど、クロエはばっちり興味を持ってしまったようだった。
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「ははっ、なるほどそういう事っすか!」
私から話を聞いたクロエは、これ以上ないってくらい嬉しそうな顔をしていた。
まるで長年の疑問がとけたような、パズルの最後のピースがはまったような、そんな喜びようだ。
「そういう事ってどういう事。クロエは何かを知ってるの?」
「うん、知ってるっすよ。面白かったからお礼に、アユムにも色々教えてあげるっす!」
そう言ってクロエが語ったのは、驚くような話だった。
私はこの世界をギャルゲーの世界だと思い込んでいたけれど、クロエによればちゃんと現実に存在する世界らしい。
『その扉の向こう側』というギャルゲーは、おそらくこの世界とあちらを繋ぐためのアイテムだとのことだった。
それでいてこの世界の創造主が私を選んで。
外から異世界に私を連れてきたのだと、クロエは口にした。
「学園にある扉をあける資格を持っているアユムが、誰を選んで扉をあけるか、開けないか。これはそういうゲームなんすよ。ちなみにマシロが扉の番人で、中立の立場にいる審判。審判っていっても、何もしないで見守るだけなんすけど」
マシロはどうやらゲームのキーになるキャラだったらしい。
なんとなくそうじゃないかとは思っていた。
「それで、クロエは? ここまで事情に詳しくて、ただの攻略キャラですなんてことはないよね?」
「おれはただの攻略キャラの一人っすよ。例えアユムが選んでも、資格があるやつじゃないと扉は開かない。おれはちゃんと資格を与えられている、ごく普通の攻略キャラっす」
ふふっと楽しそうにクロエは笑う。
「おれが事情に詳しいのは、創造主から力を与えられているからっす。マシロと一緒っすよ。ただし、おれはマシロよりも高位で、ゲームに中立であれっていう縛りなんてないんす」
ぞくぞくするというように、恍惚にクロエが顔を染める。
「それでクロエはボクのゲームを引っ掻き回すつもりなんだね?」
「人聞きが悪いっすね。こっちはアユムに素敵な選択肢を増やしてあげようとしているだけなのに」
どうだかと思う。
その顔は明らかに状況を楽しんでいる顔だ。
「それでアユム、どうっすか? おれと付き合ってくれないっすか? 他の資格持ちはほとんど女の子っすよね。男のおれと付き合った方が楽じゃないっすか? 全然協力するっすよ」
返事をするのを躊躇う。
確かに女の子と付き合うのはちょっとと思っていたけれど、それ以上にクロエと付き合う方が嫌だと思う自分がいた。
「露骨に嫌そうな顔しないでほしいっす。傷つくっすよ?」
「あれ、前世ではこれギャルゲーだったのに……男のクロエが攻略対象なんておかしくない?」
ふと気付いて指摘すれば、あぁそのことっすかとクロエが呟く。
「おれは変身能力を持ってるんすよ」
そう口にして、一瞬でクロエの姿が変わる。
色黒でウェーブがかったロングヘアーの女の子が、目の前に座っていた。
まるでクロエがそのまま女の子になったような、小悪魔っぽい美少女で。
豊満なその胸に、私の手を導いてくる。
「ほらどうっすか? 胸もちゃんとほんものっすよ?」
さっきより高い声でクロエがそんな事を言う。
「なっ!」
思わず驚いて席を立ち上がれば、まわりのお客さんが何事かとこちらをみた。
「なんで……女の子に?」
「アユムが『周りに男として認識される力』が使えるように、おれは変身ができるんすよ。ただマシロの暗示と違って、外見をそう見せているわけじゃなくて、ちゃんと変化させてるっす」
問いかけにクロエが答えて、今度は別の人に変身してみせる。
顔どころか体格や服装まで別のものに変わって、まるで魔法のようだった。
ただし、その瞳は赤いままで。
そこだけは変化しないのかと、そんなことを思う。
「こんなところで人目があるのに変身して大丈夫なの?」
「誰もおれの見た目を気にしないよう、操作してるから大丈夫っす。おれはマシロより強い暗示も使えるんすよ。まぁ人の気持ちを無理やり変えても面白くもなんともないから、普段は使わないっすけどね」
私の問いかけに答えて、クロエは元の少年の姿に戻った。
「前に宗介とこの喫茶店にいたのも、実は自分なんすよ」
言われて思い出すのは、クロエにナンパを教えてもらった日の事。
偶然この喫茶店の前を通りかかった私は、女の子に蕩けるような笑みを向けている宗介を目撃して、何だか嫌な気持ちになった。
あの時の相手の事を後で聞けば、仁科の家の義妹だと宗介は言っていたけれど。
実はクロエが女の子に変身した姿だったらしい。
「そういう事なんで、アユムが望むなら好みの姿にいくらでもなるっすよ? アユムにとっては都合がいい物件だと思うんすけどね?」
「悪いけど、クロエのこと好きじゃない。クロエもボクの事好きなわけじゃないよね」
ばっさりと言えばクロエは驚いたように目をパチパチとさせる。
それから、あははと声を上げて笑った。
「ばっさりっすねー興味は持ってるっすよ?」
「ボクは人を試すような人を好きにはなれない」
はっきりと言っておいたほうがいいと思って口にする。
クロエの私に対する愛の告白には、全くと言っていいほど気持ちがこもってなくて。
それでいて、私がどうでるか高い場所から見下ろして、楽しんでいるかのようだった。
拒絶の言葉を口にしたのに、クロエの瞳にすっと楽しそうな色が浮かぶ。
失敗だったかもしれないと直感的に思う。
全てに退屈して、自分の思い通りにならない刺激的な事を望んでいるかのような。
そんな雰囲気がクロエにはあって、今のでますます興味を持たれてしまったような気がした。
「……おれを好きになれないっていうより、すでにアユムには好きな人がいるからっすよね? この姿になればアユムは俺を好きになってくれるのかな?」
言葉の途中で、クロエの姿が宗介のものに変わった。
思わず息を飲む。
「いい反応だね。やっぱりアユムは宗介が好きなんだ?」
「なんでそうなるの。知り合いの姿を真似られたら驚くよ。その顔で喋るのやめてくれるかな」
クロエに苛立つ。
宗介と同じ顔。同じ声。
でも喋り方を似せたって、表情は驚くほどに違う。
同じ赤い瞳でも、宗介はそんな目で私を見ないし、人を馬鹿にしたような笑い方もしない。
追加注文したスパゲティを、左手で掴んだフォークでくるくると巻き上げてクロエは食べ始める。
人の話を聞いちゃいない。
その上、元の姿に戻るつもりはないようだった。
食べ終わって、クロエが真っ直ぐに私を見つめてきた。
濃い赤の瞳が色を増して、皮肉っぽい色を称える。
宗介の絶対しない、残酷な子供のような笑みをクロエは浮かべた。
「宗介の顔でニヤニヤしないでよ。気持ち悪いだろ」
「酷いなぁ。宗介の顔整ってると思うんだけど」
「そういう意味じゃない」
わかっている癖に、クロエは私が嫌がることを楽しんでいるようだった。
「まぁそう怒らないでよ。そうだ、面白い話してあげる。宗介が前、ここで俺と何を話してたかとか、興味ない?」
思わずピクリと反応してしまう。
蕩けきった顔をしていた宗介が、クロエとどんな話をしていたのか。
正直興味があった。
「そうこなくっちゃね」
にやりとクロエは笑う。
あの日、宗介はマシロのことでクロエを呼び出していたらしい。
「最近アユムの元気がないんだ。ミサンガばっかり見て、溜息をついてる。たぶんあのマシロってやつ絡みだと思うんだよね。クロエ、知り合いならそいつがアユムに何をしたか調べることはできない? っていうか、調べてよ」
にっこりと氷付くような笑みを浮かべて、クロエが宗介の口調を真似する。
「宗介ときたら人をわざわざ呼び出して、これっすよ? その後、マシロがどんなやつなのかって、うるさいのなんのって」
いつもの調子に戻って、クロエがテンション高く話しかけてくる。
宗介のマネをされるのも腹たつけれど、その顔や声で「~っす」とかいうのはやめてほしかった。
「まぁそれで、何でそんなに宗介はアユムにこだわるのかって聞いてみたんすよ。そしたらデレッデレな顔で語りだして……まいったっす」
クロエは時々宗介の真似を織り交ぜながら、私の話を聞かせてくれた。
例えば中等部に入って、宗介がバスケ部の助っ人をした理由。
バスケ大好き吉岡くんと私は、星鳴学園に入ってからずっと同じクラスで、とても仲がいい。
中等部に入ってからは、宗介が私に構わなくなったこともあって、吉岡くんといることがさらに多くなった。
初等部のころから、ヤンデレに襲われても大丈夫なよう、私は日課として筋トレやランニングをしていたのだけれど。
宗介が付き合ってくれないから、吉岡くんと一緒にやるようになった。
吉岡くんに頼まれて、幽霊部員としてバスケ部に入って。
正式に部員になってもいいかなと考えていたのだけれど。
宗介は私がバスケ部に正式に参加して、吉岡くんとこれ以上仲よくなるのが見ていられなかったらしい。
それで自分が助っ人として入り、さらにバスケ部に新規の部員を呼び込んで、私がバスケ部で活動するのを阻止しようとしたとの事だった。
あとは、マシロとの事。
私と親しげなマシロの様子に、宗介は相当腹が立っていたらしい。
自分が一番アユムを知ってるかのような態度が許せない。
なんであいつには色々話すのに、俺には話してくれないのか。
そう口にする宗介は、不機嫌なオーラを撒き散らしていたらしい。
宗介の中心に私がいるとわかって。
心が満たされていくのを感じてしまう。
執着や嫉妬を喜ぶなんて、おかしなことなのに。
「ねぇアユム。俺と付き合ってよ。宗介が好きなら、宗介になるから」
「クロエは馬鹿なの? 宗介に変わりなんていない」
きっぱりとそう言えば、クロエはくくっと喉で笑う。
「何」
「いや、素晴らしい答えだなって思って。最後に一つだけ質問していい? それ聞いたらもうアユムに俺はちょっかいださないから。真剣に答えて」
むっとして眉を寄せれば、落ち着いてよというようにクロエが手で制する。
「宗介一人を犠牲にすると皆が助かります。皆を犠牲にすると、宗介だけは助かります。そんな状況があるとして、アユムはどうする?」
「何だよいきなり。そんなの、選べるわけないだろ」
なぞなぞのような問いかけ。
クロエの私を見る瞳には、やっぱりこちらを観察してるようで。
試されているというより、何かを私に期待してるように見えた。
「じゃあ、宗介だけがいない世界と、宗介がいるけど仲のよい人たちが皆いない世界。アユムはどれを選ぶ?」
真っ直ぐに瞳を覗き込まれる。
はぐらかすなんて許さないというように。
「ちょっと考える時間は必要か。お手洗いに行ってくるから、それまでに考えておいて」
そう言って、クロエは席を立ってしまった。
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★中等部2年 夏
●原作ギャルゲーとの違い
1)原作ではクロエは女の姿。クロエがこんな風に力を明かす展開はない。
●ルートA(マシロ編)との違い(50話あたり)
1)マシロ編ではクロ子(クロエの女版)とデートする流れになっていたが、クロエとプレゼント探しをした上、喫茶店で会話することになっている。
2)マシロがアユムと仲のいいことに、クロエが早めに気付いてしまい、マシロ編よりもアユムへの興味が高くなってしまっている。
3)アユムがクロエに自分の前世も含め、この世界が前世でやっていたギャルゲーの世界と酷似していることを教えてしまっている。
4)変身能力やこの世界についての事を、クロエがアユムに暴露してしまっている。
5)クロエが、宗介の片思いではなく、アユムも宗介が好きだと好きだと思っている。




