表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
120/170

【19】男の子の家で風呂を借りるという意味は

 夕飯を食べ終えて後、宗介が明日の弁当の食材を買いに出かけた。

 その間に風呂に入っていたら、チャイムが鳴る。

 急いで着替えを済ませ、ドアを開ければ理留が立っていた。


「お風呂あがり……ですの?」

「うん、こんな格好でごめんね」

 髪が生乾きのまま出てきてしまっていた。

 服装も寝間着なので本来人前に出る格好ではないのだけど、仲良しの理留だからいいかと思う。


「いえ、アユムの貴重な姿を見られてよかったですわ。うまくできなかったんですけど……受け取ってくれます?」

 どうやら理留は家に帰って、ギリギリまでチョコを試行錯誤していたらしい。

 理留が不安そうに差し出してきた箱を開けば、ペタンとした黒色のクッキーがあった。


「ありがとう。これ、チョコクッキー?」

「チョコマカロンですわ。以前お茶会の時に出したら気に入ってくれてましたでしょう? シェフに教えてもらって、手づくりに挑戦したのですが……うまく膨らんでくれませんでしたの」

 尋ねた私に、しゅんとしながら理留は呟く。

 この小さなお菓子に、理留はかなりの手間をかけたんだろう。

 それでもうまくいかずに、落ち込んでいるみたいだった。


 どうしても私が気に入ったものを、自分の手で作って食べさせたかったらしい。

 そうやって私のために挑戦してくれていたことに、胸がきゅんとした。

 理留は本当に友情に厚くて、可愛い性格をしている。

 こんな理留と仲良くなれて、私は幸せものだと思った。


 目の前で理留が作ったマカロンを食べる。

 味はちゃんとマカロンだ。

 触感はすこしねちゃっとしてるけど、美味しい。

「ありがとう、理留。ボクのために頑張ってくれたんだね」

 嬉しくて微笑めば、それだけで理留が報われたような顔になる。

 ぱぁっと明るくなる顔が可愛い。

 理留は素直で、わかりやすいなぁと思う。

 そういうところがとても好ましかった。


「ガトーショコラを宗介と一緒に作ったんだ。二人だけだと多すぎるから、理留も食べていってよ」

「ひぇっ!?」

 どうぞとドアを開いて、理留に家の中に入るよう促せば、理留が固まった。


「どうしたの? 寒いから、早く家の中に入ってよ。もしかしてすぐに家に帰らなきゃいけなったりする?」

「いいい、いえ! そ、そそんなことはな、ないです! お、お邪魔します!」

 尋ねた私に、理留はギクシャクとした動きで家の中に入っていく。

 寒いのを我慢していたのか、かなり動きも言葉もぎこちない。

 玄関先じゃなくて、最初から家の中に入れていればよかったなと反省する。


「ここが……アユムの家!」

 大きなお屋敷に住んでいる理留は、庶民の家が珍しいみたいで興奮しているように見えた。

 初等部からの付き合いで仲もいいけれど、そういえば理留を家に上げたことはなかったなぁと今更思う。


 理留を食卓に座らせて、ガトーショコラを切り分ける。

 そろそろ宗介も戻ってくるはずなので、三人分用意した。

 理留の目の前に切り分けたガトーショコラと、温かい紅茶を目の前に置く。

 背を張り、腕をびしっとつっぱねて、理留は固まっていた。


「お、お父様やお母様は?」

「うちの家、両親とも仕事で遅いんだ」

 質問に答えれば、理留はちょっとほっとしたように見えた。

 理留は気配り屋だから、うちの両親がいるかもと緊張していたのかもしれない。

 向かい合うように座ってから、どうぞ食べてと促す。


「もうすぐ二年生だよね。初等部の頃は二年に一度クラス替えだったけど、中等部は毎回あるんだよね。理留と同じクラスだったら嬉しいな」

「わ、わたしもアユムといい、一緒なら嬉しいですわ!」

 微笑かければ、理留は答えたけれど。

 舌が回らないようで、カップを持つ手が震え今にもお茶が零れそうだ。

 心なしか顔も赤い。

 もしかして風邪でもひいてしまったんじゃないかと心配になってくる。


 テーブルから身を乗り出してその手に触れてみたら、やっぱり冷たかった。

「手が冷たいね。手袋してこなかったの? 熱あったりしない?」

 心配になって、そのまま額へと手を伸ばす。

「だだっ、大丈夫っ! 熱っ!」

 額に触れようとしたら、椅子ごと理留がひっくり返りそうになり、服にお茶が零れてしまった。


「理留!」

 慌てて駆け寄る。

「平気ですわ。服のおかげでそこまで熱くはありませんでしたし」

「でも染みになるよね。体も冷えてるみたいだし……よかったらお風呂に入っていって」

「えぇっ!?」

 遠慮する理留を立たせて、風呂場の方へ連れて行く。


「さっきまでボクが入っていたお湯で悪いけど、まだ温かいはずだから。下着はともかく替えの服ならボクのを貸すからさ。サイズは少し大きいかもだけど、着れると思うから」

 理留は何か言いたそうに口をパクパクさせていたけれど、遠慮はしないでいいからとドアを閉める。


 部屋に行って理留が着れそうな服を選ぶ。

 それを持って風呂場のドアを叩こうとしたら、宗介が帰ってきた。


「お帰りなさい」

「ただいま。外に黒服さんが立ってたけど、黄戸さん来てるの?」

 買い物袋を持った宗介が帰ってきて、私に尋ねてくる。

 ちなみに黒服さんとは、理留が外出の際にいつもついているボディーガードの人たちの事だ。


「うん、理留が来てるんだ。服に紅茶こぼしちゃったし、寒そうだったから風呂に浸かってもらってる」

 頷けば、宗介はぱちぱちと目を瞬かせた。


「黄戸さんを……なんだって?」

「服汚しちゃったから、風呂に入ってもらったんだよ。ねぇ宗介、染み抜きってどうやればいいかな?」

 聞き返してきた宗介に尋ねれば、頭が痛いというように額を押さえた。


「どうしたの宗介?」

「アユムは……天然だよね。俺には服を汚したからって、同級生の女の子に家のお風呂を勧めるなんてできないよ」

 首を傾げれば、宗介が呆れたように呟く。


 言われてはっとした。

 つい女友達の感覚で理留を扱っていたけれど。

 同級生の男が、自分の家の風呂を女の子に勧めるって。

 下心しか感じられないような気が。

 ……しかも今日は親が遅いんだなんて、定番の台詞を私は吐いた気がする。

 理留が勘違いしてもしかたない状況だった。


「そ、そんなつもりは!」

「だろうね。まぁそこは、黄戸さんもわかって……ないだろうなきっと」

 動揺する私から、宗介がすっと目を逸らした。


「理留にちゃんと説明してくる!」

 風呂場のドアを開けて、中に入った私に宗介が手を伸ばしかけたけれど、それどころじゃなかった。

「あ、あのさ理留。服の替えここにおいておくから!」

 脱衣所に替えの服を置いて、すりガラスの向こう側にいるであろう理留に話しかける。

 返事はなかった。

 もう浴槽に浸かっているのか、シャワーの音はしない。


「その……下心とか全然ないから! ただ、理留の服を汚したのと、寒そうだなって思って風呂勧めただけだから、安心していいからね!」

 必死になって呼びかけたけれど、やっぱり理留は答えてくれない。

 むしろ必死っぽさが、逆に嘘っぽく聞こえたりするんだろうか。


 どうしよう、理留に嫌われた!?

 無視なんてされたことなかったから、戸惑う。

「とりあえずそういう事だから!」

 居たたまれなくなって脱衣所から出れば、宗介がどうだったと尋ねてくる。


「返事してもらえなかった……嫌われたかな」

「それはないと思うけど……」

 うろたえる私に、宗介が答えて黙り込む。

 落ち着かなくてしばらくドアの前で待っていたけれど、一向に理留は出てこなかった。


「黄戸さん遅くない?」

「うん……ボクもそう思う」

 宗介の言葉に不安になる。

 さっきからもう、十分近く経っていた。


「もしかして、のぼせてたりして」

 ぽつりと呟いた宗介の言葉に、理留ならありえる気がした。

 脱衣所に入り、もう一度話しかけたけれど返事がなくて。

 風呂場へと続くドアを開けておそるおそる中を覗けば、浴槽で真っ赤になって伸びている理留の姿があった。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「ごめんなさい。迷惑をかけてしまって」

「ううんボクが風呂なんか勧めたのが悪いんだ」

 謝る理留にそう言えば、理留は毛布を口元まで被って恥ずかしそうに頬を染めた。


「でも、その……は、裸を……」

「大丈夫だよ。肝心なところはバスタオルで隠したし、できるだけ見ないようにしたから」

 恥らう理留に、優しく声をかける。

 実際はばっちり見てしまっていたけれど、女同士だから気にすることはない。


「心配しなくても宗介には一切見せてないから。服も目隠ししながらボクが着せたから、大丈夫」

「う……」

 安心させるつもりで言ったのだけれど、理留は余計に真っ赤になった。


「これではもうお嫁に行けません……」

 つつしみ深い理留には、相当ショックだったみたいだ。

 顔を両手で覆ってしまう。


「大丈夫だよ理留。その時はボクが貰ってあげるから」

 少しでも気分が軽くなればいいと、冗談めかして口にする。

 そうすると、理留が顔を覆っていた手を外して、まん丸にした目で私を見た。

「も、貰ってくれるんですの?」

「理留なら面白いし、可愛いからいいかなって思うよ?」

「か、可愛い……?」

 乗ってきてくれたのがちょっと嬉しくてそう答えれば、理留がかぁぁっと赤くなる。

 これ以上赤くなれるのかと少し驚いていたら、何故か側にいた宗介が私の頭を軽く叩いた。


「痛っ、何するんだよ宗介!」

「……そろそろ、黄戸さん帰さなきゃだよ、アユム。お付の人たち外で待ってる」

 頭を押さえて抗議すれば、宗介が大きな溜息を吐きながらそんな事を言う。

 時計を見れば結構いい時間だった。


「じゃあ、また明日学校でね理留」

「はい。おやすみなさい……あのっ、アユム!」

 玄関先まで送った私に、理留が何かいいたそうにもじもじとする。


「ワタクシがチョコを渡したのは、アユムだけですからっ!」

 ちょっと待っていたら、理留が振り絞るようにそんな事を口にして。

 耳まで赤くして私を見つめてくる。


「そっか嬉しい。ボクも理留からしかチョコ貰えなかったんだ。ホワイトデーにはちゃんとお返しするね?」

「……はい! 楽しみにしてますわ!」

 お礼を言えば理留は、嬉しそうに笑って手を振って帰って行った。


「黄戸さん……絶対アユムにその気持ちは伝わってないと思うんだ……」

「ん? それってどういう意味?」

 横にいた宗介がぼそりと疲れたような口調で呟く。

 尋ねたけれど、宗介は本日何度目かになる溜息を吐くだけで、何も答えてはくれなかった。



■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

★中等部1年 冬


●原作ギャルゲーとの違い

1)特になし


●ルートA(マシロ編)との違い(48話あたり)

1)アユムがバレンタインに理留からフンドシを貰っていない。かわりにチョコマカロンになっている。

2)理留がアユムの家に招きいれられ、お風呂でのイベントが発生している。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「本編前に殺されている乙女ゲームの悪役に転生しました」
ショタコン末期悪役令嬢に転生して苦労する話。
よければこちらもどうぞ!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ