【18】バレンタインとチョコレートクッキング
バレンタインデーのこの時期になると、やっぱり男子はそわそわしはじめるものだ。
皆俺全然気にしてないしとかいいつつ、気にしてるのがわかる。
チョコは好きなので貰えたら嬉しいなとは思うけど、私は彼らほど必死じゃない。
でも、あったりしないかなと確認くらいはする。
当然というか、今年もチョコはなかった。
……元の歩の時は、女でも五個くらいチョコもらえてたのにな。
何故か前世の私は、女の子からチョコを貰うことが多かった。
今のアユムは男のはずなのに、前世の女の私より男らしさが足りてないとでも言うのだろうか。
むしろ昔の私が男前すぎたのか。
別に女の子にモテたいとか、そういうわけではないのだけど。
なんだか釈然としない気分になって、考えるのをやめた。
放課後ちょっと待ってみたけど、理留はこない。
理留は昔から友チョコをくれる。
そのチョコが既製品の時はともかく、手作りの時はその……劇物と化すことはあるけれど、正直一つくらいはチョコが欲しかった。
好物ということもあるし、昔の私が貰えてたものが貰えないというのが妙に心にひっかかるというか。
けれど、待ってもこないものはしかたないので帰る事にする。
これは今年も従兄妹のシズルちゃんがくれる義理チョコに期待するしかない。
そう考えて立ち上がる。
いつもバレンタイン近くになると、シズルちゃんが私の家に来てチョコを届けてくれるのだ。
「お兄ちゃん、シズルからのチョコ食べてください!」
なんてことを言うシズルちゃんは、まさに天使のように可愛い。
ちょっとシズルちゃんを猫可愛がりしてる自覚はある。
一つ年下なのに、未だに初等部低学年に見えるシズルちゃんは、小動物のように愛らしすぎるのだ。
家に帰ったら、紙袋がテーブルの上に置かれていた。
袋の上の方から、可愛らしい包装紙に包まれた箱が顔を見せていて。
それがバレンタインのチョコだとわかる。
「アユムおかえり。そのチョコ食べていいよ」
夕食を作る手を止めて、宗介がそんな事を言う。
どうやらこれは宗介が貰ってきた、バレンタインデーのチョコのようだった。
「凄いねこの量」
「うん。いらないとは言ったんだけど、靴箱とかロッカーに勝手に入ってたんだ」
宗介は少し困った様子だった。
「宗介もてるね。この中の誰かと付き合ったりはしないの?」
何故か一瞬もやっとした気持ちに突き動かされて、そんな事を口にする。
中学に入ってから社交的になった宗介は、女の子たちから前にも増してモテるようになっていた。
嫌味のような響きを伴う声に、自分でドキッとする。
「誰とも付きあう気はないよ。アユムの世話で手一杯だし」
「なんだよそれ」
宗介は冗談めかした口調でそう答えて、肩越しにこっちを振り返った。
目が合うと、くすりと宗介は笑う。
まるでこっちの感情を見透かすような態度に、落ち着かなくなった。
「いいな宗介は。ボクなんて、一個も貰えなかったのにさ」
気持ちを切り替えて、そのチョコの一つを手に取る。
包み紙を開ければハートの形の手作りチョコ。どうみたって本命向けのやつにしか見えなかった。
何だか面白くない。宗介がもてるのは当然だ。
別に自分と比較しているつもりもないのだけれど、どうしてこんな気持ちになるのかよくわからなかった。
「アユムの場合、初等部の頃から黄戸さんたちがいるし、怖くて渡せないんだと思うよ」
宗介が苦笑いする。
「なんでそこで理留や留花奈が出てくるの?」
「……アユムは、黄戸さんからはチョコ貰わなかったの?」
問いかけた私に、宗介はそんな事を聞いてきた。
宗介の指している黄戸さんとは、留花奈ではなく理留の事だろう。
「それが今年はもらえなくて。手作りじゃなくても全然いいというか、むしろ市販品くれないかなぁって期待してたんだけど」
理留は料理ベタなので、手作りだと危険が伴う。
四年生の時はどうにか阻止したものの、卵に納豆を詰めてチョコでコーティングしようとしていた。
そして、五年生の時にもらったチョコは、チョコと呼べない謎の物体Xだった。
食べると甘いというより、舌をやられる刺激があって、それでも理留に悪いからと全部食べたらお腹を壊した記憶がある。
それでも、一個ももらえないというのは少し寂しいというか。
やっぱりチョコ欲しいなぁと思っていたら、宗介が夕飯を作り終え、食卓の椅子を引いて私の側に座った。
「そういえば昔、アユムからチョコ貰ったことあったよね」
「そうだっけ?」
覚えてなくて、宗介の言葉に首を傾げる。
「黄戸さんのチョコレート作りを手伝ってくれって、俺に相談してきたでしょ?」
言われて思い出す。
初等部四年生の時、理留が庶民にはどういうチョコが流行っているのか聞いてきた。
理留の友達が庶民に恋をして、好きな人にそれをプレゼントしたいから、インパクトがあるやつがいいと言われて。
そんな理留にエッグチョコという、チョコの中に玩具が入っているチョコを教えてあげた。
しかし、私の説明不足のせいで、理留はとんでもない勘違いをしていた。
エッグチョコのことを、卵の中に好きなものをつめて、チョコレートでコーティングしたものだと思い込んでしまっていたのだ。
うきうきと謎の歌を口ずさみながら買い物に出かける理留を見かけた私は、その歌からとんでもないものを理留が作り上げようとしていることに気付いた。
しかも庶民に恋をしているというあの話の友人は、実は理留自身の事のようで。
このままでは、理留に恥をかかせてしまうと焦った私は、宗介に助けを求めたのだ。
それで、宗介に教えてもらいながら、三人でチョコマフィンを作った。
けれど結局、理留がチョコをプレゼントしたい相手というのは、私だったらしい。つまりは友チョコという奴だ。
好きな友達にと言いながら、理留が照れたようにマフィンを手渡してきて。
あれはとても嬉しかった。
当時の理留にはとりまきの子がたくさんいたけれど、友達という友達はいなくて。そんな中私を友達だと言ってくれたことに、幸せな気持ちになった。
「黄戸さんにお返しのチョコマフィンをあげて後に、アユムは俺にもくれたんだ。一番の親友にって言って。黄戸さんの立場がないなって思いながらも、凄く嬉しかった」
理留の友チョコの事を思い返したら、思い出を噛み締めるように宗介がふわりと笑う。
その幸せそうな顔になぜかドキッと心臓が跳ねた。
「お、覚えてない」
本当は覚えていたけど、そう言って誤魔化す。
確かに宗介の言う通り、それだと折角友チョコを作ろうと考えてくれていた理留の立場がない。
昔の私は何を考えていたんだろうか。
「そう? 俺は昨日の事のように思い出せるよ。黄戸さんのチョコ作りを手伝ってなんていわれて、凄く驚いたしね」
「知り合いで、理留に料理を教えられそうなのって宗介しかいなかったんだよ。男の宗介にバレンタインのチョコ作りを手伝わせるのは、ボクだってどうかなとは思ったんだよ?」
宗介にそう言えば、そんな理由で驚いたわけじゃないよと苦笑された。
「じゃあどんな理由?」
「……黄戸さんも苦労するよね。アユムに恋愛ごとはまだ先かな」
首を傾げた私に、宗介はやれやれと言うように溜息を吐いた。
その顔は少し嬉しそうに見えて、ますますわけがわからない。
「そうだアユム。一緒にガトーショコラでも作ろうか。これだけチョコがあれば、作れるよ?」
紙袋を手にとって、わりと酷いことを宗介はさらりと口にする。
「いや宗介、女の子達からの気持ちを溶かして再利用するってどうなのかな?」
「貰ったものだから自由に使っていいんじゃないかな? それともアユムはガトーショコラ食べたくない?」
「食べたい!」
一応ツッコミを入れたものの、ガトーショコラは大好物だった。
「そうこなくっちゃ。じゃあエプロンしてこっちに来て」
考える前に即答した私に、宗介がくすっと笑った。
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★中等部1年 冬
●原作ギャルゲーとの違い
1)特になし
●ルートA(マシロ編)との違い(48話あたり。友チョコの話は27話)
1)バレンタインデーに宗介とガトーショコラを作るイベントが発生している。




