【16】一番会いたくない人と鉢合わせました
店内にはお洒落なBGMが流れ、コーヒーの香りがする。
宗介が連れて行ってくれたカフェは、落ち着いた雰囲気の店だった。
「クロエは甘いものが結構好きなんだけど、ここは特別にパフェが美味しいって言ってたから」
宗介は意外なことに、この店に一度きたことがあるらしい。
「仲悪いように見えるのに、宗介ってよくクロエさんと出かけていくよね」
「……色々親戚のしがらみみたいなのがあるんだ」
私の質問に歯切れ悪そうに宗介が答える。
その顔は本当は物凄く嫌なのだけどと語っていた。
「二人で会って何して遊ぶの?」
「遊んだりはしない。ただ一方的にアイツの話を聞いたり……時々俺が話すのを聞いてもらったりするくらいかな」
質問を遮るように、宗介がメニュー表を私に手渡す。
「この特盛りフルーツパフェがオススメだってクロエは言ってた。奢るからコレ食べよう?」
「うーん、結構大きそうだなぁ」
宗介が指差したパフェはとても魅力的だったけれど、一人で食べきれるか心配だ。
「大丈夫だよ。俺も一緒に食べるから」
「それならコレにする!」
その言葉に即決すれば、宗介がそうこなくっちゃと微笑んで、店員さんに注文してくれた。
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出てきたパフェを、おしゃべりしながら二人で切り崩していく。
オススメというだけあって、パフェはとても美味しかった。
「アユム、鼻の頭にクリームついてるから、取ってあげる」
当たり前のように、宗介がティッシュを持つ手を私に伸ばしてくる。
「いいよ自分でやるから」
「いいから、ほら」
初等部の時のノリで、世話を焼こうとしてくる宗介が、ちょっと恥ずかしい。
さすがに自分でできるよと言いたかったけれど、なんだか逆らえずに身を乗り出した。
「こちらの席になります」
宗介に鼻の頭を拭いてもらっていると、店員さんに案内されて隣の席にやってきた女の子と目が合う。
思わず私は固まった。
女の子は腰まである、ふわりとした髪。
独特の着こなしはギャルっぽいけどセンスがあって、洗練されている。
目元には泣きぼくろ。
ばっちり化粧の施された顔はどことなく気だるげな、悪魔タイプの美少女だ。
明るい黄緑色の髪。
一般的にはありえないその色は、私の知っている人物と全く同じ髪色だった。
ギャルゲーの主人公である私にしか見えていない、特殊な髪色。
私は、前世兄がやっていたゲームの中で、この子を見たことがあった。
前世で見た彼女は、もう少し大人びていたし、少しだけ髪や目の色も違うけれど間違いない。
彼女はこのゲームであるギャルゲー『その扉の向こう側』において、金髪ドリルお嬢様・理留のルートをプレイ中に、時々絡んできたサブヒロインだ。
理留のドリルインパクトの前には、霞んでしまって今まで忘れていた。
けれど、彼女を見た瞬間にこんな子いたと思い出した。
いやそれよりも、重要なのは。
全く顔は違うように見えるけれど、彼女の髪色が黄緑で。
理留の双子の妹であり、私と犬猿の仲である留花奈とまったく同じ色だということだ。
目の前の彼女も、私を見て固まっている。
付け睫毛がついた目を、大きく見開いていて。
ありえないものでも見るかのように、口は半開きだった。
「どうしたの、アユム。ぼーっとして」
宗介が不思議そうにそう口にして、私の視線の先を辿った。
「……アユム?」
その言葉を聞いて、目の前の彼女が形のいい眉を寄せて、思案するような顔になる。
「知り合いなの?」
宗介の声が警戒モードに変わる。
現在私は女装中。
この姿での知り合いなんてそうそういないし、そもそも私の知り合いで宗介が知らない人なんて一握りだ。
バクバクと私の心臓が鳴って、手に冷や汗をかく。
彼女の正体に宗介は気付いてないようだった。
そりゃそうだろう。普段と顔が全く違う。
けれど私にははっきりとわかった。
「……あんたたち、何でそんな格好で? いやちょっと待ちなさいよ。えっ、これってどういうこと!?」
珍しく目の前の彼女が取り乱して、動揺している。
その声を聞いて、宗介が目を見開く。
「まさか、黄戸さん……なの?」
目の前の彼女が、黄戸家の双子の妹・留花奈だと。
ようやく、宗介は気付いたようだった。
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落ち着け、落ち着くんだ私。
今の状況をよく整理しよう。
宗介が私の横に座って、目の前には留花奈がいる。
いつもの子供っぽいツインテールではなく、髪は下ろしてふわふわに。
双子である理留と瓜二つな顔は、化粧のためか別人仕様。服装も学園の子が絶対にしないギャルっぽい服で、目元には泣きボクロに付け睫毛もあった。
私はこの姿の留花奈を知っていた。
前世のゲーム内は、丁度今の留花奈の姿をした、ルカという女の子が理留ルートで出てくる。
理留のルートに入ると、主人公に好意を寄せてくるサブヒロイン。
うっかりルカの方に気持ちが行くと、即バッドエンド。
前世の兄曰く、パソコン版では攻略対象外で、家庭用ゲーム機ではヒロイン格上げになったキャラ。
今の今まで、ルカが留花奈だと私は気付いていなかった。
確かにおかしいとは思っていたのだ。
私は前世のゲームの時から、理留を知っていた。
なのに、双子である留花奈の事が記憶にないのは、少し変だと思っていた。
留花奈とゲームに出てくるルカは、顔立ちが全く違う。
そして、私はルカが理留の双子だということを知らなかった。
ふいに、理留ルートの理不尽なバッドエンドを思い出す。
仲がよかった理留が、急に主人公を嫌いだすのだ。
それでいて、主人公にきつかったり、優しかったりとコロコロと性格が変わる。
ルカが留花奈だとすると、理留ルートのバッドエンドが理解できた。
留花奈は超が付くほどのシスコンだ。
ルカとして気のあるフリをして近づき、理留に寄ってきた虫として排除。
時には理留のふりをして、男共の心をへし折りに行く。
思い出せば、時折画面の中の理留の髪色が、ちょっと違う時があった。
あれはきっとルカもとい留花奈が、理留に変装していたという設定なんだろう。
まぁつまりはそういう事だ。
まさかあれが留花奈だったなんて。
それよりも今は、大きな問題が目の前に横たわっている。
宗介と女装して一緒に仲良くパフェを食べているシーンを、留花奈に見られたのだ。
しかも宗介、私のことアユムって呼んじゃったし。
……なんでよりにもよって留花奈なんだ。
毎回留花奈に関わるとロクな事がない。
それだけでも頭が痛いのに、宗介と留花奈はあまり仲がよろしくなかった。
留花奈は愛する双子の姉、理留が私と仲がいいのが気に入らない。
そのため、昔から毎回私にちょっかいをかけてきていた。
それでいて宗介は過保護で、私を害するものに対しては容赦がない。
二人とも表立って喧嘩することはないものの、いつも顔を合わせれば水面下で張り詰めた空気が漂っていたのだ。
ここに来て直接対決なんて。
全く望んでなかった展開に、胃が痛くなってくる。
「女装してデートなんて、そこまでやるとは思ってなかったわ。仲はよすぎると思ってたけど、さすがにこれはないんじゃないの? あんたたちできてたのね」
ありえないという留花奈の口調に、居たたまれない気持ちになる。
物凄く誤解されていたけれど、そうと取られてもしかたない状況だった。
「違うんだ。これには深いわけがあって」
「いいわよ隠さなくて。あんたたち初等部の頃からアレだったものね。体育の時間にお姫様だっこしたり、仲良く部活を制覇してみたり、毎日起こしてもらって一緒に登下校。毎日同じ家で、弁当も手作りでべったりって、ただの幼馴染の範囲を超えてるわよ」
説明しようとすれば、留花奈が聞きたくないというように遮る。
驚きはしないわと呟き、昔から怪しいとは思ってたのよと溜め息を吐いた。
「誤解だって言ってるだろ。それをいうなら留花奈だって、理留に発信機と盗聴器つけてるくせに。部屋に理留の写真が大量に貼ってあること、ボク知ってるんだからな。あと、弁当の時間に理留の頬についたご飯粒を、口で取るのはどうかと思う! それを考えたら、ボクたちなんて普通だよ!」
「馬鹿ね。わたしは姉妹だからいいのよ!」
ふふんと笑って、堂々と言い切る留花奈。
そんなにきっぱり言われると、そうなのかなって思いそうになるけど、そんなはずはない。
しかもなんだろう。
このうらやましいでしょ? みたいなオーラ。
絶対留花奈がしてる事の方が度が過ぎてるのに……とてつもなく腹が立つ。
「シスコン」
「わたしがシスコンなら、あんたは何かしら。ホモ?」
私が口にすれば、留花奈が睨んでくる。
「だから誤解だって。そういう言い方やめてくれるかな。宗介に失礼だろ!」
「アユムに自覚なくても、仁科の方は確実にあんたが大好きよね。五年生の時に、わたしがあんたにちょっかいだした時もだったけど。六年の終わりに、あんたを誘拐事件に巻き込んだときなんて……」
「黄戸さんも何か注文したら?」
怒る私に留花奈が口を開き、その言葉を遮るように宗介が留花奈にメニューを手渡す。
宗介は笑みを作っていたけれど、目が笑っていなくて。
あの留花奈が雰囲気に圧されたように、黙り込んでそれを受け取った。
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「あんた馬鹿?」
全部の事情を説明し終えたら、留花奈は私に対してそんな暴言を吐いた。
「何でそこで女装して友達とデートっていう選択肢がでてくるの? それでどうして仁科とデートみたいな流れになるのよ」
「いやそれは……なんでだろう?」
留花奈のいう事が正しすぎて、返す言葉もなかった。
ちなみに留花奈がどうして別人のような格好をしてここにいるかというと。
実は留花奈は、密かにモデルの仕事をやっているらしい。
ここはモデルの間で有名な喫茶店らしく、今日は撮影が早く終わったためここに立ち寄ったのだと言う。
留花奈と一緒に来ていたモデルの子に、宗介が必殺のスマイルを向けて、全て聞き出してしまっていた。
「まぁでも、面白いネタ握っちゃったわね。どうしてほしい?」
ふふっと留花奈が笑う。
性格が悪い留花奈なので、そうくるとは思っていた。
「弱みを握ってるのはこっちも同じだよ、黄戸さん。今日のことは内緒にしててくれるかな。そうじゃないと、このモデルの仕事の事もだけど、誘拐事件の事をお姉さんに言っちゃうよ?」
にっこりと宗介が対抗するようにスマイルを浮かべる。
「お姉さんと仲のよいアユムをわざと巻き込んで、攫われて。黄戸家は金持ちだから近づくと危険だって、アユムを怯えさせて遠ざけるつもりだったんだよね。目論みも全部、お姉さんの方に言ってあげる。黄戸さんが初等部の時にアユムにしてた仕打ちの事も、包み隠さず伝えておくよ。きっと相当嫌われて、口聞いてもらえなくなるね」
こっちの方がカードは持ってるんだよというように、宗介が告げて。
留花奈が悔しそうな顔で押し黙る。
「あんたって本当に性格悪いわよね」
「黄戸さんほどじゃないよ」
留花奈と宗介がにっこりと笑い合う。
何か火花っぽいものが散ってるんですけど。
この二人本当相性悪いな。
宗介は私に、留花奈は理留に構いすぎるという点で、この二人はよく似てる。
二人とも笑顔で武装するというか、相手を威嚇するために笑顔を使うというあたりも同じだ。
これって同族嫌悪ってやつなんじゃないか。
そうは思ったけれど、口にすれば余計に二人を煽るだけだとわかっていたので、押し黙ってパフェの続きを食べる。
さっきまで美味しかったはずのパフェは、全く味がしなかった。
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★中等部1年 秋
●原作ギャルゲーとの違い
1)理留の双子の妹である留花奈は、理留ルートのサブキャラクター。
主人公が高等部で出会う『ルカ』は、モデルで理留とは全く容姿が違い、苗字も違うため主人公は二人が双子だと知らない。
本来二人の両親は初等部の頃に離婚していて、留花奈は父方の『緑』姓を名乗っている。
それでいて理留は留花奈に嫌われていると思い込んでおり、周りも二人が双子だと忘れるくらい接点はほぼない。
しかし原作とは違い本編では、理留・留花奈の誕生日パーティでアユムが起こした騒動がきっかけで、二人の両親の離婚までの期間が延びた様子。
●ルートA(マシロ編)との違い(46話あたり)
1)宗介と女装で仲良くしてる場面を、留花奈に見られてしまっている。




