【14】女装デートを幼馴染に目撃されました
「……」
宗介は私を見たまま、微動だにしない。
だらだらと冷や汗が流れる。
転がってきたバスケットボールを拾ったのはいいけど、これ宗介にはどういう状況に見えてるんだろう。
落ち着け落ち着くんだ私。
宗介の身になって考えれば、今の状況が見えてくるはずだ。
客観的に捕らえるんだ。
宗介はきっと吉岡くんに誘われて、バスケの練習をしていたんだろう。
転がったボールを拾いにきたら、幼馴染の男の子が、カツラと眼鏡までつけて女装して。
男の子と一緒に、クレープを食べさせあったり、カップルストローのジュースを飲んでいましたと。
やばいわけがわからなすぎる。
そりゃ宗介も固まるよ。
逆に宗介がそんなことをしてたら、私も同じように固まったに違いないもの。
「宗介、ボール捕まえたか?」
混乱して何と言葉をかけていいか迷っていたら、むこうから吉岡くんがやってきた。
できるだけ顔を見られないようにそむけながら、吉岡くんの方へ近づき、そっとボールを手渡す。
「拾ってくれたんだ。ありがと」
こくんと頷く。
ちらりと吉岡くんの方を窺ったが、この様子だと私だとばれてはいないようだった。すぐに元のテーブルへと戻り、良太の腕を取る。
「そろそろ行こう」
「えっ、まだ飲み終わってないぞ」
「いいからっ。時間が勿体ないよ!」
良太を連れて、避難したのは噴水のある一角だった。
ベンチではカップルたちが語らいをしている。
「なるほど、次はここでイチャイチャっぷりを見せつけようってわけか」
「そうじゃないよ。知り合いがいた。どうするんだ、見られちゃったじゃないか!」
私達の様子を観察していたボブ子ちゃんたちは、まだ追いついてきていない。
それをいいことに、私は良太をなじった。
「心配症だな。その格好してたら絶対バレねぇって」
「吉岡くんはともかく、宗介は絶対気づいてた。ボクの方をガン見してたもの」
「ちょっと似てるなって思われただけだって。今のアユムは女にしか見えねぇ。自信持っていいぞ」
良太は私の女装がバレない自信があるようだった。
しかし、そんな言葉が気休めにしかならないほどに、私は焦っていた。
「もう十分付き合ったよね。ボクもう帰る。すぐに家に帰って、何事もなかったふりをしてしらばっくれれば、気のせいだと思ってくれるかもしれない」
「落ち着けって。もう一押しなんだから!」
「いーやーだ!」
帰ろうとしてもがく私を、必死に良太が引き止める。
しかし、うまく振り払えなかった。
揉めていると、横からすっと入ってきた手が、私と良太を引き離した。さっと背中に庇われる。
その背中は、まぎれもなく宗介のものだった。
「なんだよお前。こっちは話し合ってるんだから邪魔すんな」
「彼女、嫌がってただろ」
ギロリと睨みつける良太にひるむことなく、宗介が言う。
「嫌がってねぇよ。恋人同士の痴話喧嘩に入ってくんな。な?」
同意を求めるように、良太が尋ねてくる。
「この男と本当に恋人なの?」
宗介が確認してくる。
「いいえ。恋人じゃないです。助けてくれてありがとうございました」
「てめぇ、裏切りやがったな!」
良太が非難してきたけれど、知ったことではない。
裏声を出しまくり、宗介にお礼を言う。
ここで恋人ですなんて言った日には、良太に連れ戻されてしまう。
それに、嘘でも宗介の前で良太と恋人だなんて、なんとなく言いたくなかった。
「ちょっと良太。これはどういう事なの」
そこにタイミング悪く、ボブ子ちゃんたちが現れる。
ここが潮時だと、私は思った。
「ごめんなさい、騙してました。ボク良太の恋人じゃないです。良太はあなたに告白して振られたのが悔しかったみたいで、協力するよう頼まれました」
「何ソレ。大体、わたし良太を振ってなんていないわ」
頭を下げて謝ると、ボブ子ちゃんが呆れた顔でそんな事を言った。
どういう事なのかと良太を見ると、良太もよくわからないという顔をしていた。
「で、でも。お前オレが告白した時、オレみたいな馬鹿誰も相手にしないとか言っただろ」
「わたし以外はってちゃんと言ったじゃない。本当に大切なところ聞いてないし、突っ走るわよね。人に告白しといて、彼女がいるとか言い出すし。ホントあんたって馬鹿」
困惑する良太に、ふいっと顔をそらしたボブ子ちゃんは、耳まで真っ赤だ。
えっ、何この雰囲気。
「悪ィ。オレ振られたのかと思って……」
「もういいわよ。それで、あんたが本当に好きなのは誰なの?」
またやってしまったというような良太に真っ直ぐ向き合い、ボブ子ちゃんが尋ねる。
「オレが好きなのは、お前だ」
「うん。わたしも良太が好き」
良太の告白に、ボブ子ちゃんが頷く。
どうやら、丸く収まったようだ。
全く良太ときたら。
こっちを振り回しておいて、結局いい感じなんじゃないか。
ナンパしたり女装したりする必要が全くなかった。
まぁでも、良太が幸せそうなので、この苦労も少しは報われたようなものだ。このピンチは全く変わらないけどね!
「それじゃあ、これで失礼します」
その場を早足で立ち去った私は、とりあえず公園内にあるドーム型の遊具に隠れた。
無理して歩いてきたので、靴擦れがもう限界だ。
靴を外し、ひんやりとした砂場に座り込む。
宗介が公園からいなくなるまで、ここで時間をつぶすことにしようと決めた。
「服どうしよう。良太の家に置きっぱなしなんだよなぁ……」
靴擦れの事を考えると、良太の家に取りに行くのが億劫だった。
けれど、この格好のまま帰れば、宗介に今日出会ったのが私だとばれてしまう。
「家に帰りたくないなぁ」
呟いて、ふと思い出す。
小さい頃、同じようなことがあった。
家に帰りたくない理由は、こんなくだらないものじゃなかったけど。
あれは、まだこの世界に来たばかりの頃。
時折、ホームシックに掛かっては、私はこのドーム型の遊具の中に隠れた。
学園から帰れば、そこにあるのは『今野アユム』の家。
前世の家じゃない。
その事が、妙に寂しく感じることがあったのだ。
夕方になると、宗介が捜しにきてくれて。
それで、私は家に帰る事ができた。
「アユム、帰ろう?」
差し出された宗介の手が、私を安心させてくれた。
あの時と帰りたくない理由は違うのに、こうしていると、宗介が迎えにきてくれそうな気がするから不思議だった。
まぁ今宗介に来られても、困るだけなんだけどね。
一人心の中で突っ込む。
私にとってそれは、大切な思い出の一つだった。
「折角の服がそんなところにいたら、汚れるよ」
ふいに宗介の声がした気がした。
光が差し込む穴の方を見ると、そこから宗介がこちらをのぞきこんでいる。
幻聴ではなかったらしい。
「なんでッ! つぅ……痛い」
驚きのあまり、天井の高さを考えずに立ち上がった私は、ドーム型の天井に頭を打ち付けた。
「急に立ち上がるから。出ておいでよ」
言われるままに、遊具の外に出る。
できるだけ俯いて顔を見せないようにしながら服に付いた砂を払う。
靴を履こうとしたら、ばんそうこを手渡された。
「靴擦れしてるよね。友達から貰ってきたんだ。使って」
「……ありがとうございます」
さすが宗介。あの短い時間でちゃんと見てるなんて。
受け取って、擦れてしまった部分に貼り付けるとちょっと楽になった。
宗介は服も着替えて、鞄も持っていた。
一旦吉岡君のところに戻ったんだろう。
わざわざばんそうこを届けるために、私を探してくれたんだろうか。
それともアユムだとばれてるんだろうか。
今の宗介の態度からは、よくわからない。
しかし、私がやることは決まっている。
絶対に別人で押し通すのだ。
「さっきはすいませんでした。友達とのゴタゴタに巻き込んでしまって」
「ううん。こっちこそ、勘違いで余計ややこしくしちゃったみたいだし」
品を作って謝ると、宗介が申し訳なさそうにそう言った。
もしかして、アユムだってばれてないのかもしれない。
「そんなことないです。あなたのおかげで、いい方向に話が行きましたし。ありがとうございました」
お辞儀しようとして、それはやめておく。
昔宗介と遊園地に行ったときのように、カツラが落ちてしまっては元も子もなかった。
「ちょっと待って」
宗介に呼び止められ、ぎくりとして足を止めて振り返る。
「なんでしょうか」
「君、アユムだよね?」
直球な言葉に、心臓がびくりと跳ねる。
「アユム? 誰ですかそれは? 人違いだと思います」
精一杯声色を変えて、できうる限りの最高の演技をした。
「……ごめん、知り合いとよく似てたから間違えたみたい」
どうにか宗介はそれで納得してくれたらしく、ほっと胸を撫で下ろす。
「この後はもう帰るんだよね。よければなんだけど、俺とそこの喫茶店でお茶でもどうかな? もちろん俺が奢るよ」
さっさと立ち去ろうとしたら、腕をつかまれる。
この流れどこかで……と思い返す。
前に、クロエにナンパを教わったとき。
私が出したけれど、クロエに却下されたナンパ案の一つによく似ていた。
――つまり、私は今宗介にナンパされている?
唐突にその事に気づく。
「さっきクレープ食べたばかりなんで、やめておきます」
「少し喋るだけでいいんだ。俺……君に一目ぼれしちゃったみたい」
ほんのりと赤い顔で、宗介がそんなことを言ってくる。
ちょっぴりいじらしいとも思えるそんな表情に、私は戸惑ってしまう。
「駄目……かな?」
「えっと、あの、そのっ!」
訴えかけるような目で見られて、私が宗介に駄目と言えるわけがなかった。
けど簡単に頷くこともできなくて、何より一目ぼれなんて言われて、私は混乱していた。
宗介が、私を好き?
そう考えると、妙に胸がドキドキした。
熱っぽい眼差しに、体温が上がっていく。
そんな時、携帯電話の着信が鳴る。
助かったと思った。
「ごめんなさい、電話なので失礼しますね!」
電話を口実にその場を離れる。
幸い靴擦れはもう痛くない。
足の速さには自信があったので、全力で駆け抜けた。
スカートが翻ったけれど、気にしている余裕はなかった。
ある程度離れた木の陰で、もう鳴り止んだ携帯電話を開く。
「えっ?」
着信履歴の名前は、宗介になっていた。
タイミングを見計らったように、もう一度携帯電話が鳴り響く。
音を止めようとあたふたしていたら、携帯電話が奪われて、宗介からの着信をお知らせしてくる画面を目の前に突きつけられる。
「これで言い逃れできないよ、アユム?」
そこにはスマホを片手に静かに怒っている、宗介の姿があった。
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「わかっててからかうなんて、酷いよ宗介」
「酷いのはアユムでしょ。俺に嘘つこうとするなんて」
罰だというように、ぎゅっと手を握られる。
逃げられないようにという意味もあるんだろうけど、指を絡めるこの手のつなぎかたはカップル繋ぎってやつなんじゃないだろうか。
「誰かに見られたらどうするんだよ」
「平気だよ。誰もアユムが女装するなんて考えないし、いくらでも誤魔化せる。それに、見られたら彼女だって紹介すればいいし」
抗議すると、さらっと宗介が答える。
この投げやりな言い方からすると、相当にご立腹のようだ。
恥ずかしがればいいと言うような言い方だった。
「確かに嘘つこうとしたのは悪かったけどさ。でもボクの立場になって考えてもみてよ。女装して、男の子とデートしてるところを幼馴染に見られたんだよ? 別人のふりする以外ないだろ」
「そもそも俺がアユムなら、そんな馬鹿げたことのために女装しないし、男とデートなんてしない」
こうなった経緯を話した上で、弁解してみたが、ごもっともな宗介の言い分に次の言葉が出てこなかった。
「そんな可愛い格好で、男とクレープ食べたり、一緒のストローでジュースを飲んだり。結構アユム楽しそうだったよね。結構その気だったんじゃないの?」
「なんだよその言い方!」
宗介がかなり意地悪だ。
むっとして手を振り払おうとしたけれど、うまくいかない。
力じゃやっぱり宗介の方が上だった。
「だってそうでしょ。俺が一目ぼれしましたって告白した時も、顔赤くしてた」
「知らない奴だったらあんな風にならないよ! あ、あれは宗介だったからで!」
口に出して、しまったと思う。
言い訳しようとして、とんでもないことを口走ってしまう。
「俺……だったから?」
隣を歩いていた宗介がぴたっと止まる。
宗介は驚いた顔をしていた。
まるでこれでは、私が宗介のことを意識しているみたいだ。
「ち、違う。そういう意味じゃないからね。というかなんなのさっきから。まるで宗介、嫉妬してるみたいだ」
宗介は何も言わず、じっと私見つめてくる。
黙られてしまうと、居心地が悪い。
「決めた。このまま今日は遊びに行こう」
ふっと宗介が笑ってそう言った。
心から嬉しそうに。
そんな風に宗介が笑うのを見たのは、大分昔のことだったような気がした。
先ほどまでの不機嫌は跡形もなくて、戸惑う。
「このままって、この格好のまま!?」
「うん、折角だし。アユムが好きなところ、どこでも行くよ。普段入り辛いスイーツの店でもいいし、いつもあの良太って子と行く場所でもいい。久しぶりに、アユムと二人で遊びたいんだ」
どういう気持ちの変化なんだろう。
さっぱりわからなかったけれど、宗介と一緒に遊ぶというのはとても魅力的に思えた。
前に一緒に遊んだのは、一年前だっただろうか。
それ以来、ずっと宗介と遊んでない。
誘ったって、断られてしまっていた。
「アユム、俺と遊びたくない?」
「そんなわけない!」
悲しそうな顔で尋ねられたので、間髪いれずに答える。
「そっか、よかった。じゃあ行こう」
にっこりと笑って、宗介が私の手を引いて歩き出す。
はめられたかもしれない。
なんとなくそう思ったけれど、こうやって二人で歩く時間は、仲が良かった幼い頃に戻れたようで。
不覚にも、幸せだなぁと思ってしまった。
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★中等部1年 秋
●原作ギャルゲーとの違い
1)特になし
●ルートA(マシロ編)との違い(45話)
1)留花奈ではなく、宗介に女装がばれてしまっている。




