【13】彼女の代役と、思いがけない遭遇
白いワンピースは膝丈で、ふんわりと広がる裾が可愛らしい。
指先には薄い桃色のネイル。くるんとあげられた睫毛。
私には、鏡の中に映る自分が普通に女の子に見えた。
「駄目だな。女装した男にしか見えねぇ」
そんな私を見て、良太がわかってはいたんだというように残念そうな声を出す。
「そう? 意外といけてると思ったんだけど」
「お前、俺が女装しろって言った時はえぇっとか言っといて、意外とノリノリじゃねぇかよ」
私の言葉に、良太がちょっと引いていた。
別に私は、ノリノリというわけじゃない。
正直な感想を述べただけだ。
私の目には、ちゃんとこの格好の私が女の子のように映っている。
髪はショートだし、どちらかと言えば中性的な顔立ちだけど、白いワンピースを着て男に見えるほうがおかしい。
けど、良太にはそうじゃないらしい。
ちなみに、なぜ私が女装(?)してるのかというと。
前回ナンパで彼女をゲットできなかった良太に土下座され、彼女のフリをすることになってしまったのだ。
現在、場所は良太の家。
良太の姉の私物をつかって、私は女装を試みていた。
大学生の良太の姉は小柄らしく、中学生の私と服のサイズは変わらない。
胸の部分がかなりガバガバしてたが、そこは詰め物をしてカバー。
化粧品を使って、簡単な化粧もしている。前世では女子高生だった私は、薄化粧くらいは心得ていた。
結構いい感じじゃないかと、自分では思っていたのだけど。
「あぁ駄目だ。これ連れて行ったら、確実に俺笑われる。かといって、もうナンパしてる時間なんてないし。今日が当日なんだぞ。どうしたらいいんだ……」
絶望した様子の良太。
それは少し酷くないかと思う。
前世の私は、普通にこの顔で女の子として過ごしていたというのに。
私には、『周りに男の子だと認識させる力』が働いている。
そうマシロは言っていたけれど。
これはその力が強すぎるせいで、女装しても男にしか見えないってことなんだろう。
そうに違いない。じゃないと泣く。
前世の私がかわいそうだ。
「せめてカツラと眼鏡すれば、少しマシになるか。たぶんどこかにカツラあったと思うんだよな……ちょっと待ってろ」
良太がクローゼットを漁ったり、高い位置にある棚を開けて中を物色しだす。
「よしあった。これつけてみろ」
言われるままにカツラと眼鏡を装着すると、良太がポカンと口を開けた。
「なんだよ。どうせ男にしか見えないって言いたいんだろ」
「……逆だ。女にしか見えねぇ。すげーよアユム! これなら絶対にあいつをぎゃふんと言わせられるぜ!」
ぐっと拳を握り締め、良太がキラキラした目で私を見つめてくる。その声には興奮が滲んでいた。
鏡を見たけれどさっきよりも髪が伸びて、眼鏡をした私がそこにいるだけだ。
良太が言うほどの劇的な変化はないように見えた。
「あんまり年上って感じはしねぇけど、なかなか美人だし。つーか、アユムって以外と女顔だったんだな。今まで気づかなかったぜ!」
良太は、私の化けっぷりに驚いているようだ。
なんだか納得がいかなかった。
「さっきまで男にしか見えないって散々貶してたくせに。眼鏡とカツラくらいで変わるわけないだろ」
眼鏡を取ってみる。すると良太がうーんと唸った。
「それ外すと、急に男に見えるな。なんでだ?」
「いや、こっちが聞きたいよ」
試してみたら、カツラ、もしくは眼鏡を取ると、私はとたんに男の子に見えるみたいだった。
「やっぱりあれだな。ボブヘアーと眼鏡の組み合わせに、魔法のような力があるんだな」
うんうんと良太は頷いている。
つまりはこういった見た目が良太の好みらしい。
良太はアホなことを言っているけど、髪と目さえ隠せば『周りに男の子だと認識させる力』は働かないって事なのかもしれない。
そうと仮定すると、マシロがいつも髪と目を隠さない理由にも繋がっている気がした。
プールの時も、マシロは頑なに帽子と水中眼鏡をマシロはしてなかった。
マシロが使う暗示の方はよくわからないけど、『周りの認識を操作する力』は、髪と目が見えていることが条件の可能性が高い。
これは意外な収穫だった。
「よし、じゃあ早速いくか。アユちゃん!」
自分を振った女の子に目にモノみせてくれるわと、良太はご機嫌だ。
「なんかその呼び方嫌だな……」
手を引かれて、女装(?)した私は外へと一歩を踏み出した。
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それにしても、久々のスカートだとちょっと緊張する。
すーすーするというか、股の辺りが頼りない。
押さえる必要はないってわかってるのに、ついついスカートを手で触ってしまう。
昔はこれに慣れてたのになぁ。
恥ずかしいと思ってしまう自分が、ちょっと変な気分だった。
良太と一緒にバスに乗り移動する。
お尻をなぞるようにしてスカートを直して、席に座る動作が妙に懐かしい。
「ところで待ち合わせってどこなの?」
「星鳴公園だ。このあたりだとオレたちの学校の奴らはあまりこないからな。あまり近くだと知り合いに会う可能性があるし」
良太に尋ねたところで、私はすぐにバスを降りたくなった。
「それってうちの学園のすぐ側じゃないか!」
星鳴学園のすぐ近くにあり、学園生の憩いの場所。
広い敷地は手入れが行き届いており、運動部のジョギングコースや、近所の人たちの散歩コースとなっている。
初等部の子たちの遊び場でもあり、駅近くの大通りに抜けられるので、学園生がよく通る場所でもあった。
「あっ、そうか悪い。アユムあの金持ち学園の生徒だったっけ。女装を思いつく前には待ち合わせ場所決まってたから忘れてた。まぁ大丈夫だって、そうそう知り合いにあったりしないだろ」
すっかりその事を忘れていたらしい良太が、根拠のない慰めを口にする。
「やっぱりやめない? 素直に嘘でしたって謝ろうよ」
「ここまできて引き返すのかよ。やってくれるって言ったろ? 男らしくねぇぞ」
「この格好で男らしくも何もない気がするよ……」
しかし、一度言ったことを破るのはあまり好きじゃなかった。
今日は日曜日だし、学園の子たちもあまりいないだろう。
不安があるとすれば、吉岡くんくらいだ。
休みの日になるとバスケ馬鹿の吉岡くんは、公園内にあるコートで練習をしていたりする。
「そんなに心配すんなって。ぱっと見お前だってわかんねーし、紹介したらすぐ帰るからさ」
「本当だよね?」
「あぁ」
良太が太鼓判を押す。
不安はあったけれど、覚悟を決めて私は目的地に降り立った。
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公園の時計前にくると、離れたところで待つように良太に指示される。
しばらくして、良太のところに二人の女の子がやってきた。
「それで、良太の彼女はどこよ」
気の強そうなボブヘアーに赤縁眼鏡の女の子が、良太に言い放つ。
こっちの子が、良太が告白して振られた子なんだろう
勝手に心の中でボブ子ちゃんと命名する。
もう一人は付き添いなのか、一歩下がった位置で立っていた。
「あぁ紹介するぜ。俺の彼女のアユだ」
合図で良太の元に歩いていく。
ふふんと自慢げな良太の横に立ち、はじめましてと頭を下げるとボブ子ちゃんは目を大きく見開いた。
本当に彼女がいるとは思っても見なかったんだろう。
「へ、へぇ。結構綺麗な子じゃない。でも本当に彼女なの?」
「当たり前だろ。わかったところでもういいか? これから二人で公園デートする予定なんだ」
ボブ子にはちょっと動揺が見られる。
それに対して、良太は余裕の態度だ。
「ふーん、じゃあデートの様子を見せて貰おうかしら」
「なんだよ疑ってるのか」
「当たり前でしょ。あんたなんかを好きになる物好きが、そうそういるわけないじゃない。女友達もいなさそうなあんたの事だから、親戚の子とかにお願いして彼女のフリしてもらってるだけなんじゃないの?」
ボブ子ちゃんの予想は、なかなかに鋭かった。
ボブ子ちゃんは、良太の事をよくわかっているようだ。
彼女のフリをしているのが、親戚ではなく男友達という点以外正解だ。
「彼女じゃないってバレるのが怖いなら、それでもいいけど」
「別にいいぜ。オレたちのラブラブっぷりを見ていけばいい。なぁハニー」
安請け合いするな良太! 紹介したら終わりじゃないのかよ! そしてハニーってなんだ。今時それは恋人に対して使うやついるのか!
そう訴えたかったけれど、声には出せなかった。
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「約束が違うよ良太! これどうするつもりなの!?」
「流れだよ、しかたねぇだろ! とりあえず、オレのことはダーリンと呼べ」
呼ぶわけがない。
良太の中でのラブラブカップルってどんな事になってるんだろうか。
後をつけてくる二人に聞こえないよう小声で話しながら、公園を歩く。
良太が私の手を握ってきた。
けど、なんかぎこちない。
縄跳びの縄を持たされている時のような感覚だ。
ぶらぶらと等間隔で揺れる手に、いつもどうやって歩いてたっけ? とわからなくなってくる。
お姉さんの靴を借りてきたので、慣れないせいか靴ずれを起こして足が痛くなってきた。
いつまで歩くつもりなんだろうと、良太の方を窺う。
何も思い浮かんでこねぇ、どうしたらいいんだ。
そんな思いが言わなくても伝わってくるような、焦った横顔をしていた。
「良太さん、私あれ食べたい!」
仕方ないので、猫なで声をだして、近くに屋台を出していたクレープをおねだりしてみる。
「そ、そうだな。ちょうどオレも食べたいと思ってたんだ」
私の助け舟に、良太も乗ってきた。
クレープを注文し一足先に席につくと、ボブ子ちゃんたちは少し離れた席に座った。
しかしこれからどうしよう。
さっさとラブラブっぷりを見せ付けて、納得して帰ってもらえばいいんだろうけど、それをやるには羞恥心が邪魔をする。
「おまたせ。ドリンクも買ってきた」
「あっ、ありがと……」
良太のくせに、意外と気をきかせたじゃないか。
ちょうど喉も渇いていたしと、良太の方を見て固まる。
その手にはカップル用と思われる、ハートのストローがついたジュースがあった。
まさか、それを一緒に飲めとか言うんじゃないよね?
無理無理。恥ずかしくて死ねる。どんな羞恥プレイなの。
そんなバカップル丸出しの行為、絶対にやりたくない。
「ほら、まずはクレープ」
「うん」
良太が差し出してきたクレープを受け取り、一口食べる。
普段なら美味しいものも、この状況だとあまり味がしなかった。
「お前こっちのクレープも食べたいっていってたよな。一口やるよ」
「えっ、別にいらな……」
いいから食べろという合図を、良太が目で送ってくる。
なるほど、間接的に食べることで仲良しアピールをするつもりなのか。
新商品のハンバーガーとかを、味見しあったりすることくらいあったのだけど、こういう状況だとまた何か違うというか、妙に恥ずかしい。
早くというように、良太が急かしてくる。
しかたなく髪をかきあげながら、良太の持つクレープを一口食べた。
「うん美味しい」
「そっか。じゃ、オレにも食べさせて」
あーんと良太が口を開ける。ちょっとこの状況になれてきたのか、少しノリノリなのが腹立つ。
このままクレープを丸ごと全部口の中につっこんでやりたい衝動に駆られたが、ぐっと我慢した。
どうにかあーんを乗り越え、ちらりとボブ子ちゃんたちの方を窺う。
気のせいだろうかボブ子ちゃんの顔が暗い。ちょっと泣きそうに見える。そして付き添いのお友達が、ちょっとオロオロしている。
もしかしてだけど、あの子って本当は良太のことが好きなんじゃないか?
「おい、頬にクリームついてる」
そんな疑惑を持ち始めたところで、良太が私の頬についたクリームを指ですくって、そのまま食べた。
実際にこれをやる奴なんて、留花奈くらいしか見たことがない。
留花奈は姉である理留の口の周りについた弁当を、「姉様ったらしょうがないんだから」と、よくすくって食べていた。
それを見てはないわーと思っていたのに。
あのシスコン留花奈と、同じようなレベルにいるのかと思うと、なんだかちょっと泣けてくる。
ちらりとボブ子ちゃんの方を窺えば、効果はあったらしく、見ていられないというように唇を噛み締めていた。
「ねぇ良太。ボブ子ちゃんてもしかして」
良太の事好きなんじゃないの?
そう言おうとしたら、ストローの片方がこちらに向けられた。
「のど乾いただろ?」
優しげな台詞だが、言いたいことはこうだ。
『早く帰りたいなら、四の五の言わずに飲め』
すでに恥のバーゲンセールみたいなこの状況。
ここは覚悟を決めるしかないようだった。
ストローの一方に口をつけて吸う。
オレンジジュースがストローを上ってきて、オレンジのハートが出来上がる。
良太の顔が近い。
心を無にしなきゃと考えていたら、足元に何かがぶつかってきた。
ん? と思って、テーブルの下を見ると、そこにはバスケットボール。
どこから転がってきたんだろう。
手にとって周りを見ると、ボールを持ったままのような体勢で固まった宗介がこっちを見て呆然と立ちつくしていた。
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●原作ギャルゲーとの違い
1)本編の主人公は女装趣味がない。
●ルートA(マシロ編)との違い(45話)
1)マシロルートでは、天枷通りへ行き留花奈に遭遇している。しかし、今回は学園前の公園に行き、宗介に遭遇してしまっている。




