【10】中学生になりました
中学生になって、私を取り巻く環境はかなり変わった。
一番大きいのは宗介が家にいること。
うちの両親は仕事で遅くに帰ってくる事が多く、それでもいつも母さんは夕食を用意してくれていた。
けれどお世話になりっぱなしは悪いからと、今では宗介が料理を作ってくれていた。
そんなに気を使わなくてもいいのにと思いつつ、その方が楽なんだと宗介が言うから、夕食は宗介が作るものを一緒に食べている。
宗介の料理の腕前は、ぐんぐんと上達していた。
同じ家で過ごす生活にも大分慣れた。
けれどひっかかることが一つある。
私に対する宗介の態度が、前に比べてどこかよそよそしいのだ。
距離を置かれている。
最初は二人が亡くなって、宗介が不安定になっているからなんだろうと思っていた。 でも、あれからもう半年が経ち、季節は夏になって。
私はそれだけじゃない気がしていた。
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「そういえば宗介、助っ人としてバスケの大会に出るんだって? 吉岡くんから聞いた。珍しいね、宗介が自分からそういうのやるなんて」
二人で食べる夕食の時間。
私は何気ない会話を振ってみた。
バスケが大好きな吉岡くんは、一年生にして部長をしている。
しかしバスケ部は人数が少なく、五人いる部員のうち実際に活動しているのは三人だけだった。
何もしなくていいから名前だけ貸してくれと頼まれて、私は幽霊部員としてバスケ部に籍を置いていた。
大会があるとかいう事情があるなら、出てもよかったのだけど。
約束は約束だからと吉岡くんは私を大会には誘わなかった。
人数が揃わなかったときは、出ようかなと思っていた。
けれど、吉岡くんが宗介に助っ人をお願いするというのは意外だった。
吉岡くんとは、小学校二年の時からの付き合い。
私とはとても仲のいい吉岡くんなのだけれど、実は宗介を少し苦手としていた。
普通に会話はするのだけどぎこちないというか。私の側に宗介がいる時は、あまり近づいてこなかった。
けど、ここ最近の吉岡くんは宗介と結構仲がいい。
二人とも私と同じクラスなのだけれど、私が間にいなくても楽しそうに会話しているのを見る。
原因は、中学に入ってから宗介が変わったからだと思う。
中学生になって、宗介は私にべったりするのを止めた。
そして、周りと積極的に関わるようになった。
元々人当たりはいい方なので、たちまちクラスに溶け込み、周りからの信頼も集めている。
「吉岡くん大会に出たいのに、人数が揃わなくて困ってるみたいだったからね。それに吉岡くんには昔、酷いことしちゃったし」
そう言って、宗介は味噌汁を飲む。
吉岡くんに宗介がした酷い事というのは、四年生の時の体育の時間の事を指しているんだろう。
突然現れた犬に動揺して怪我をした吉岡くんを放り出し、宗介は大した怪我でもない私の方を助けにきた。
反省しているようには見えなかったけれど、悪いとは思っていたらしい。
話をしながらも、宗介の食べる速度は早い。
まるでこの時間を終わらせて、一刻も早く部屋に戻りたいというのが透けて見える。
「ご飯終わったら、一緒にテレビ見ない?」
「ごめん。今日の予習がしたいんだ」
「じゃあ、一緒にやるよ」
「一人で集中してやりたいから、ごめんね」
私の誘いはあっさりとかわされる。
この家に宗介がきてから、ずっとこんな調子だった。
別に私を嫌いになったとか、そういうことではなさそうなのだけれど。
やっぱり傷つく。
「醤油とってくれる?」
「わかった。はい」
「ありがと」
醤油ビンを受けとろうとしたら、ふいに互いの指先がふれた。
まるで、静電気でも走ったように宗介が手を引く。
「ご、ごめん!」
床に醤油が零れ、慌てて宗介が床を拭く。
「どうしたの最近。この前も同じ感じでコップ割ってたよね」
心配しながら、私も醤油をふき取るのを手伝う。
ちらりと宗介をみると、視線が明後日の方へ向いていた。
「どうしたの?」
「……アユムそのTシャツ、襟の部分がのびて中が見えてる」
「あぁ結構昔から着てるしね」
家で着る服だから、あまり気にしたことはなかった。
でも、宗介のいうとおり首周りがよれよれになっていた。
「前から言おうと思ってたけど、ちゃんとそういうの気をつけた方がいいと思う」
「いやでもこれ、家の中でしか着ないし」
年季が入ったそのシャツは、それこそ小学生の時から着ている。宗介も何度も見ているはずなのに、なんで今更と思う。
「アユムは無防備すぎるんだよ。一応おん……」
「?」
「なんでもない。お願いだから、もう少し気を使ってよ」
困ったような顔でそんなことを言われる。
今までは何も言わなかったのに。
最近の宗介はこんな感じで、私と距離を置いたかと思えば、変なところで注意をしてきたりするようになった。
吉岡くんとふざけあって抱き合ったりとかしてたら、引き剥がしにくるし。
風呂上りに濡れた髪のままで歩いていると、ちゃんと乾かさなきゃと注意される。
たまには夜更かしして、一緒の部屋でお喋りしようと誘っても、断られてしまう始末だ。
「俺もう部屋戻るね。食器は水につけておいて」
そういい残して、宗介は足早に立ち去ってしまう。
一体なんなんだろう。
避けられる原因がよくわからなくて、溜息をついた。
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「なんかさ、宗介が中学になってから私の事を避けるんだよね」
「ここはお悩み相談室じゃないんだぞ」
いつもの隠れ部屋で、私の言葉にマシロが呆れたように言う。
ちなみに、なぜ留学する予定だったマシロがまだここにいるかというと。
留学の前に留年してしまったのだ。
なので、もう一年はこの部屋にいるらしい。
あれだけこの部屋にいれば、出席日数も足りなくなくなる。
当然と言ったら当然に思えた。
留年なんて喜んでいいことじゃないのに、やっぱりマシロがここにいると落ち着く自分がいる。
すでにマシロには女とばれてしまっているので、素の言葉遣いでいいし、かなり気が楽だった。
マシロは何も変わらない。成長が止まってしまったんじゃないかと思うくらいに、見た目も含めて出会った時のままだ。
私が女だとわかっても、私に対する態度はいつも通りで。
そのことが、ものすごくありがたかった。
「その幼馴染は前に自分のせいで、周りに不幸が起きると考えてたんだろう? またおじさんたちがなくなって、アユムを巻き込みたくないからと避けてるんじゃないか?」
なんだかんだいいながら、マシロは私の相談ごとに答えてくれる。
「うーん、そういうのとは違うみたいなんだよね」
マシロと同じことを私も最初考えていた。
宗介の性格からして、山吹のおじさんたちの死を、自分のせいと思い込んでしまうんじゃないか。
けど、今の宗介にはそうやって悩むことを、どこか吹っ切ってしまったような雰囲気があった。
暗い雰囲気が全くないし、私とも普通に会話はする。
ただ、私を妙に避ける上、今までになかった変な態度を取ってくるのだ。
手が触れただけで赤くなって、今までスキンシップ過剰なくらいべったりしてきたのに、それもなくなった。
「私を避けるだけじゃないんだ。あの私にべったりだった宗介が、私以外の人とも仲良くしはじめたんだよ。それになんか余所余所しいし」
中学に上がってから、宗介はかなり社交的になった。
同じクラスなのに、前みたいに私にくっついてこない。
朝は起こしてくれるけど、先に学校に行ってしまうし。
帰りだって私を待たずにさっさと帰ってしまう。
家で夕食は一緒に食べてくれるけど、それが終わったらさっさと部屋に引きこもってしまうのだ。
「いい事じゃないか。前は執着されすぎて困っていたんだろう?」
「うっ……まぁ、そうなんだけど」
「なんだ、いざ離れていくと寂しいのか」
にやにやとマシロが笑う。
その通りなので、何も言い返せない。
「しかたない、その分ぼくが遊んでやる。明日は店に注文したアニメグッツが届くんだ。一緒に行くだろう?」
「うん行く行く!」
マシロの提案に、私は二つ返事で頷いた。
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「あぁそうだ。前に言ってた水泳の授業の件はどうなったんだ?」
二人で店に行って買い物を終えて後、ふと思い出したようにマシロが尋ねてきた。
そういえば、そっちの問題もあったなと暗い気分になる。
小学校の時までは、背中の傷を理由にプールに入ることを拒否していた私だったけれど、さすがにその理由を使い続けるには限界がきていた。
補習という形でどうにかして欲しいとお願いしに言ったら、背中の傷は男の勲章だろとか、適当なことを言われて却下されてしまったのだ。
私には『周りに男だと認識させる力』が呪いのように働いている。
その力のせいで、マシロ以外は皆私を男だと思っているのだ。
あまり女の子らしくない体とはいえ、普通見られたらバレるものだ。
しかし、たとえ裸になろうと、両親も幼馴染の宗介も含めて、誰も私を女だと気づかない。
「裸でも誰も私が女だとは気づかないんだろうけど、抵抗がね……」
「気づかないというのはちょっと違うな。気づいても、無理やり認識を書き換えるくらい強い力が、アユムに働いてると言った方が正しい」
呟く私に、マシロが溜息を付く。
六年生の時の健康診断の時、マシロは私を心配して密かに見守っていたらしい。
医者は私の性別に気づいて、カルテに「女かもしれない」と書いていた。
マシロは医者の記憶を書き換えようと、暗示をかけようとしたのだけれど。
医者はもうすでに、私を女かもしれないと思った記憶をなくしていたのだという。
「……アユム、今回の水泳の授業、ぼくが代わりに出ようか?」
心配そうな顔をしたマシロが、妙なことを言い出した。
「ぼくを見た人全員が、ぼくをアユムだと思うように力を使えば、代役くらい可能だ。いつもの暗示と違って、無差別にずっと力を使い続けて疲れるから、あまりやりたくはないんだけどな」
気は乗らないけど仕方ないというように、マシロは口にした。
「そんな事できるの? ぼくとマシロって大分見た目に差があるよ?」
マシロは男子にしては小柄の164センチだけど、私とは10センチ以上身長に差がある。髪も目の色もまるで違う。
マシロを見た相手の『アユム』に対するイメージに、複雑な術で細かな修正を加えるとか何とか言って説明してくれた。
「とにかく、アユムやぼくと同類でもない限り、見た目や声だけで見抜くのは不可能だ」
正直全部理解できたとは思えないけれど、マシロがそういうならそうなんだろう。
ただ、マシロの力では、触れれば違和感に気づく。
それに、仕草や言葉までは力でカバーできないとの事だった。
加えて私の力と違い、変だと思った人がいても、記憶が強制的に修正される事はないらしい。
「まぁ疑われたら、直接暗示をかければいいしな。ついでにアユムの男らしさを見せ付けてくるさ」
まかせておけと請け負うマシロに感謝しながらも、少し不安を覚える。
「ん? あれは宗介じゃないか?」
マシロに言われてそっちを見れば、宗介が義理の兄であるクロエと歩いていた。
女の子を口説いているクロエを注意して、早く先に行くぞと急かしているように見える。
「ちょっと待て。隣にいるのは……なんであいつが宗介と一緒にいるんだ?」
横を見ればマシロは戸惑った顔をしていた。
「クロエさんと知り合いなの?」
「まぁな。アユムもアイツを知っているのか?」
尋ねられて宗介の義理の兄だと答えれば、マシロは苦い顔になった。
「苦手な人なの?」
「まぁな。アイツとは昔からソリが合わない。見つかる前に行こう」
引きこもりなマシロに外の知り合いなんて珍しいなぁと思いながらそう言えば、マシロが私の手を引いた。
「あーっ! マシロじゃないすか!」
しかしそれは遅かったみたいで、いい笑顔でクロエがこちらに向かって手を振ってくる。
嫌な奴に見つかったという顔を、マシロは隠そうともしなかった。
クロエの隣にいた宗介と目が合う。
宗介は驚いたように目を見開き、それからすっと表情を消した。
「……そっちの人がマシロさん? アユムが言ってた仲のいい高等部の先輩だよね?」
宗介の声色は、固く冷たかった。
まるで問い詰めるような口調の中には、不満そうな色。
それが私に、初等部の頃の宗介を思わせた。
「そうだよ。趣味が同じで、今日は一緒にゲームを買いに来たんだ」
「へぇそうなんだ。仲いいんだね」
口にしながら、冷ややかな宗介の視線に胸が騒ぐ。
私が自分以外の誰かと仲良くしているのが嫌だと、宗介の顔は告げていた。
中等部になってから見せることがなくなっていた私への執着が、まだそこにあったんだと気づかされるようで。
――宗介は、まだ私に執着してくれている。
そうわかって、嬉しいと思う自分がいることに戸惑った。
「こんなやつに付き合ってられない。行くぞ、アユム」
「あっ、待ってよマシロ!」
私が宗介と顔を合わせている間に、マシロはクロエに絡まれ、うっとおしそうにしていた。
マシロに手を引かれるようにして走り出す。
そんな私の様子に、宗介は眉を寄せて唇を噛み締めて。
くるりとそっぽを向いて、反対側へと歩いて行ってしまった。
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★中等部1年春―夏
●原作ギャルゲーとの違い
1)クロエにすでに出会っている。原作ではクロエは男ではなく女で、高等部で出会う。
●ルートA(マシロ編)との違い(40話)
1)クロエと宗介に、マシロと共に遭遇している。




