【9】死神(★)
いよいよ修学旅行がやってきた。
この日を楽しみにしてきたのに、宗介ときたら暗いというか、様子が変だ。
一月から私が不幸続きで。
その不幸がぴったりやんだ春あたりから、宗介は物思いにふけるようになった。
何か悩み事があるのかと尋ねても、ないよと弱々しくそういうだけ。
宗介は、出会った当初、自分のせいでまわりを不幸にしてると思っていた。
今回の事件で、またそんな事を思っているのではないかと、私は睨んだ。
宗介の母親は、宗介を生んで亡くなって。
父親は宗介の誕生日の日に、事故で亡くなった。
それで私である『今野アユム』も、宗介を庇って一度死に掛けている。
そこでこの前の鉄骨事件。
宗介はそれもまた、自分の不幸のせいで私が巻き込まれたと思っているんじゃないか。
そう思って、宗介のせいじゃないよと言えば、わかってるよと言う。
本当にわかっているかは微妙な所だ。
少し私を避けている節もあるし、学園が終わると急いで家に帰ってしまう。
今まで、私と一緒に帰るのが当たり前だったというのにだ。
「宗介、修学旅行の自由行動一緒にまわろう」
学園ではなかなか宗介がつかまらなかったので、休みの日に宗介の家まで私は押しかけて行った。
誘えば、宗介は視線を逸らす。
「アユムは、黄戸さんとか吉岡くんに誘われてるでしょ。そっちと行ったらいいと思うよ」
「ボクが宗介と行きたいの! こういうのは一番仲いい友達と楽しみたいでしょ!」
そう言えば、宗介は目を見開いて。
それから困ったような、少し泣きそうな顔になった。
「ごめんアユム、俺……他の人と約束が」
「じゃあ断って」
直感で嘘だとすぐにわかったから、きっぱりと言ってやる。
「宗介は考えすぎなの。ボクは宗介と一緒にいても不幸にならない。むしろ宗介と一緒にいない方が不幸なんだ。昔もそう言ったはずだよ」
そう言って、勝手に宗介の家に上がる。
今日はおじさんもおばさんも留守みたいだった。
「アユム、違うんだ。俺のせいですでにアユムは不幸になってたんだよ」
私の背後で、宗介がそんな事を言う。
やっぱりそういう事を考えていたかと思いながら、二人分のカップを用意して麦茶を注いだ。
「宗介が言ってる意味がわからない」
とりあえず座って話をしようと、リビングのテーブルに二人分のお茶を置く。
ここは宗介の家だったけれど、私の両親は不在がちでよくこの家に預けられていた。
そのため、自分の家であるかのような感覚で、ソファーに座る。
「俺は五年前に死んでおくべきだった。でもアユムが庇ったから、俺の不幸が皆アユムに行ってしまってるんだ!」
宗介は苦しそうに吐き出す。
「……本当に宗介は考え方が後ろ向きすぎるよ。そんなわけないでしょ。この前の運の悪さは偶然だし、ボクは不幸になんてなってない」
「偶然なんかじゃない。本来死んでいるべきなのに、俺とアユムのどちらも生きているから、殺しにきたってあいつが言ってたんだ」
落ち着かせるように冷静にそう言えば、宗介は向かい合うようにソファーに座って。
何かに怯えてるような目を、私に向けてくる。
「あいつって?」
「死神だよ。アユムに鉄骨を落としてきたのもアイツの仕業だ」
尋ねれば宗介は不穏な言葉を口にする。
――死神なんていわれて、その存在をすんなり信じられるかと言ったら、答えはノーだ。
けど、このギャルゲーの世界に『死神』がいると前世の兄は言っていた事を、私は思い出した。
私の上に鉄筋が落ちてきた時、宗介は人影を見たと言っていた。
そいつが、後日宗介の目の前に現れて『死神』を名乗ったのだと言う。
「……そいつは、何て言ってたの?」
「俺は本来母親に産み落とされた時に、死んでいるはずだった。でも何回も生き延びてるせいで、周りの運命を歪ませていて。だから俺の周りでは人が死ぬんだって。次は、山吹の両親がお前のせいで死ぬって」
尋ねた私に、宗介は辛そうな顔で口にした。
言った奴に対して怒りがこみ上げてくる。
なんでそんな事を、宗介に言ったんだと。
ここのところ宗介が急いで家に帰っていたのは。
そいつの言う通り、山吹の両親が死んでしまわないかが心配だったからのようだった。
「何よりも……その歪みが俺を庇ったアユムにも行ってるみたいなんだ。アユムは俺のせいで。高等部三年生の冬に死ぬって……言われた」
一人苛立つ私の前で、宗介は苦しそうにそう吐き出す。
膝の上で固く握り締められた手は、爪が食い込んで白くなっていた。
そんな事あるわけないじゃないか。
すぐにそう言えればよかったのに、私は動揺してしまった。
――高等部三年の冬と言えば。
桜庭ヒナタがヤンデレ化し、主人公を殺しに来る時期だ。
「……宗介疲れてるんだよ。悪い夢を見たんだ」
宗介の側に行って寄り添う。
その不安を少しでも取り除けるように手を握れば、宗介の手は震えていた。
「夢ならいい。でもあいつの言ってることが本当だったら? 俺はどうしたらいい? アユムがいなくなったら、俺は……っ!」
「大丈夫だよ宗介。ボクは」
――いなくなったりしない。
泣き出してしまいそうな宗介に、そう言葉をかけようとして。
途中で気づく。
この先ヒナタに殺されるにしろ、元の世界に帰るにしろ。
私は、宗介の前からいなくなるのだという事を。
「アユム?」
揺れるような瞳で宗介が私を見つめる。
「山吹のおじさんたちは宗介を置いて死んだりしない。死神なんているわけないだろ。非現実的すぎるよ。何でそんなもの信じちゃうかなぁ。宗介ったら、おみくじで凶引いたから、怖がって変な夢見ちゃったんだね!」
ははっと軽く笑い飛ばせば、宗介は一瞬驚いた顔をしたけれど。
「……そうだよね。俺の不安が見せた夢だったのかも。ごめんねアユム、ちょっと不安定になってた」
ふっと宗介は笑って、私に呟く。
私に話したことで少し肩の荷が下りたみたいだった。
「なんだよ宗介怖がりだなぁ。ボクが今日は一緒に寝てあげようか?」
「……うん、お願いしてもいいかな」
からかいまじりに冗談で口にしたのに、宗介は甘えるように私の手をぎゅっと握ってくる。
「アユムが夢だっていうと、夢って気がしてくる。でも怖いんだ」
怯える宗介の瞳には私が映っていて。
私が必要だと言われている気がした。
ずっと側にいるよって言えないくせに、そうやって私を求めてくれて、失うのを恐れてくれるのが嬉しくて。
「全く宗介はしかたないな」
そう言って私は宗介に抱きついて、優しく背中を撫でた。
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山吹のおじさんたちは死んだりしない。
そう私は宗介に言ったけれど。
ふいに思い出したのは、私の知っている『その扉の向こう側』のゲーム内で、宗介の苗字が違っていた事。
高等部から始まるあのゲームの中で、宗介の苗字は『山吹』ではなくて、『仁科』だった。
もしかしたら。
そんな嫌な予感がして。
私は、宗介の言った『死神』を捜して見ることにした。
赤い瞳をした、褐色の肌の高校生くらいの女の子。
宗介はそう言っていたから、学園やこの前通った工事現場。
色んな所を捜して歩いたけれど、結局手がかりはゼロだった。
そんな事をしている間に修学旅行の日がやってきて。
この日くらいは、難しい事を考えずに楽しもうと思った。
けれど。
「山吹の両親が亡くなった」
修学旅行、一日目の夜。
宗介と一緒にいるところに、悲痛な面持ちをした先生がやってきて、私達二人にそう告げた。
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●原作ギャルゲーとの違い
1)原作通り、宗介の育ての親である山吹夫妻が亡くなり仁科家に引き取られ、『仁科宗介』になった。
●ルートA(マシロ編)との違い(37話―39話)
1)マシロ編では宗介が死神に出会ったことをアユムに話してないが、こちらではアユムに打ち明けている。
2)葬式で出会うのが、クロコちゃんではなくクロエになっている。
4/22 違いを付け忘れてました。すいません。




