【7】幼馴染と世界の中心
夏休みも終わって、九月の始め。
新学期が始まって少し経っても、クラスはお化けの話題で持ちきりだった。
学園で肝試しを行った吉岡くんとクラスメートは、そこで怖い体験をしてしまったらしい。
まぁ、そのお化けって実際には学園長の孫で、学園に通うのが面倒だからと学園に住み着いてしまっているマシロの事なんだけど。
「鏡の向こうにいたんだよ。白い人影と、子供のオバケが!」
「理科室でズズッて何かをすする音が聞こえたんだ。あれ絶対血をすする音だった」
白い人影はマシロで、子供のオバケはおそらく私だ。
あと血をすする音じゃなくて、それは私とマシロがラーメンを食べてる音です。お腹空きすぎて部屋まで待てなかったんだよね……。
「お化けなんているわけないよ」
「夏休み前はあんなに怖がってたくせに」
「まぁね。お化けなんて実際に正体を見たら、どうってことないものなんだよ」
極めてクールに対応する私に、吉岡くんが意外そうな顔をした。
「アユム」
吉岡くんや皆と話していると、宗介が声をかけてきた。
「あぁ、宗介。何か用?」
そっけなく、固い声色で返事をする。
「用ってわけじゃないけど、次理科だから一緒に移動しようと思って」
「吉岡くんたちと一緒に行くから」
「うん、わかった……俺先行くね」
あからさまにトーンダウンして、宗介が教室から出て行く。
その姿が見えなくなって、私はほっと息をついた。
「……もしかして、昨日からずっと山吹喧嘩してるのか?」
「まぁね」
私と宗介の間にある気まずい空気を感じとって、心配そうに尋ねてきた都さんに答える。
「原因って、やっぱオレだよな。ごめん」
「違うよ。吉岡くんは関係ない。これはボクと宗介の喧嘩なんだ」
謝ってきた吉岡くんに、私はきっぱりと告げた。
ただ今、私と宗介は喧嘩中だ。
原因は昨日の体育の時間の事。
十月には運動会という事で、二人三脚の練習を運動場でしていたら、突然大きな犬が乱入してきた。
犬は遊んでいると思ったのか私達を追い掛け回し、つながれた足でうまく逃げられなかった子たちがこけて怪我をした。
幸い犬は誰にも噛み付くこともなく、逃げ惑う生徒を追い掛け回しただけだったため、ほとんどの生徒はかすり傷程度だった。
しかし、私とペアになっていた吉岡くんは犬が大の苦手で、こけるのもお構いなしに逃げ惑ったせいで、かなり酷い怪我をしてしまった。
「アユム、大丈夫!?」
「宗介、保健委員でしょ。吉岡くんを保健室へ連れて行って」
足の布を解いて、こちらへ走ってやってきた宗介に私はそう頼んだ。
「でもアユムも、怪我してる」
けど、宗介はそれを渋った。
「ボクはかすり傷だし、大丈夫だよ。それより、吉岡くんの怪我の方が酷い。足首も赤いし、捻挫してるかもしれない」
まだ犬から追い回された恐怖が抜けないのか、吉岡くんは放心状態。
ぱっと見ても、吉岡くんの怪我の方が酷いのは明らかだった。
なのに、宗介は私を抱きかかえたのだ。
しかもお姫様抱っこで。
「大丈夫なわけないだろ。早く消毒しなきゃ!」
「何してるの宗介! ボクじゃなくて、吉岡くんを連れてってって言ってるのに」
皆がぽかんと見守る中、問答無用で宗介に保健室へと運ばれた。
「吉岡くんの方が酷い怪我だったのに、どうしてボクの方を連れてきたの!」
「アユムが怪我してるのに、放っておけるわけないだろ!」
保健室で手当てを受けながら怒る私に対して、宗介も怒鳴り返してきた。
「ボクはいいんだよ! たいしたことないし、それよりも」
「吉岡くんのことなんてどうだっていいんだ! アユムさえ無事ならそれでいい!」
本音を漏らした宗介に、私はぷちっと頭の血管が切れた。
「いいわけないだろ! 吉岡くんだって大切な友達なのに。そんな事言う宗介に、ボクはこれ以上構って欲しくない! 絶交だ!」
そしてその勢いで、宗介と絶交宣言をしてしまったのだ。
何気に、宗介と喧嘩するのってこれが初めてなんだよね。
意見が食い違っても、宗介は私に合わせてしまう。
だから、衝突することも今まで無かった。
しかし、絶交って子供か私。
自分自身で呆れるけれど、これは宗介が悪いと思う。
少しは反省すればいいんだと、私は宗介に冷たい態度をとっていた。
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放課後、マシロの部屋に逃げ込む。
宗介と喧嘩してからは毎日ここを訪れていた。
宗介は私にべったりすぎる。
ぶっちゃけ過保護だ。
基本的には私の意志を尊重してくれる。
けれど、遊びに行くときも行き先を聞きたがるし。宗介が知らない人と遊ぶとなると、眉をひそめる。本当は行って欲しくないんだというような顔をするのだ。
事故のせいでもあるのだろうけれど、宗介は私に対して異常に心配症だ。
今更といわれれば今更だけど、昨日の体育の時間にそれを再確認した。
マシロにどうしたらいいかと相談したら、他に執着できるものを作ってやればいいんじゃないかと言われた。
部活なんてどうだと言われて、その手があったかと思う。
新しい事を始めて、それに熱中して。私以外に興味がむけば、きっと宗介も私にここまで構わなくなるだろう。
そうと決まれば早速行動に移そうと、私は決めた。
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学園から帰ると、宗介が私の家の前に座っていた。
「アユム、本当にごめん。俺アユムが怪我して焦ってたんだ。吉岡くんがどうなったっていいなんて、思ってたわけじゃない。だから、もう絶交を取り消してくれないかな?」
弱りきったその顔に思わずウンと頷きそうになる。
でもその前に、私には一つ聞きたいことがあった。
「じゃあ、次同じことが起きたら、ボクじゃなくて吉岡くんを助ける?」
「……それは」
宗介は言いよどんだ。
やっぱり、全く反省してない。
同じ事が起きたら、また私の方を宗介は助けるんだろう。
吉岡くんの事がどうでもいいというよりも、私が怪我したという事実の方が宗介にとっては優先なのだと私はもう気づいていた。
だから、反省していても、悪いと思っていても。
いざその時がきたら、宗介は私を優先させる。
ここで何を私が言ったところで、それは変わらない気がした。
「本当に宗介って過保護だよね。でも、まぁ今回はボクのお願いを聞いてくれたら絶交を取り消すよ」
「ありがとうアユム! よかった。もうアユムに嫌われたんじゃないかって、すごく心配だった」
私がそう言えば、宗介が心の底からほっとしたようにそう言ってちょっと涙目になる。
「あんな事くらいで嫌いになったりはしないよ。宗介大げさ」
リアクションが予想以上に大きい。
絶交宣言が相当に応えていたらしい。
「それで、お願いなんだけど」
「何、アユム? 何でも言って」
宗介が何だって叶えて見せるというような、意気込みに満ちた顔を向けてくる。
「部活を始めてみたいから、宗介も一緒にやろう」
本当は宗介だけ部活に入れるつもりだったのだけど、それだと人払いするようであからさますぎる。
なので、私も一緒に部活に入るという体で、宗介を部活へと誘うことにした。
「わかった。突然こういう事いいだすなんて、スポーツのマンガでも読んだの?」
確かにマンガはマシロの家で資料として読んだ。
さすが幼馴染というべきか、こういう事によく気づく。
私が影響されやすいこともお見通しのようだ。
「とりあえず、色んなものまわるよ。明日早速バレー部に見学に行くから」
「わかった」
異論はないようで、宗介は嬉しそうに頷いた。
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次の日。
私と宗介はバレー部に来ていた。
バレー部は十人。あと二人いれば二チームできるから、試合練習ができると燃えていた。
ルールが分かると言えば、すぐに練習試合が組まれた。
小学生だからか、ボールは当たっても痛くない柔らかいボールだ。
身長は低いけどすばしっこいことに定評がある私はボールを拾いまくり、身長の高い宗介へとトスを上げる。
「ナイス宗介!」
「アユムもね」
二人して手を叩きあう。息のあったコンビネーションで相手チームを圧倒し、軽く勝利した。
次の日は茶道部へ行って、次は書道部。どちらでもぎこちない腕前を見せる私に対し、宗介は顧問の先生に絶賛されていた。
ある日はサッカー部に行って、練習試合に混ぜてもらい、二人でパスを回しまくったりした。
二人で部活巡りをして、わかったことは。
宗介はなんでもそつなくこなすということだ。
運動だろうと、芸術系だろうと筋がいい。
勉強できて、運動できて、芸術もできて、顔もよくて。
家もお金持ちで、性格も申し分なし。
我が幼馴染ながら、どこのパーフェクト野郎だと思う。
私だって芸術以外はできる方だ。
でも、運動はナイフ片手に襲い掛かってくるヤンデレメインヒロイン対策として、体力や瞬発力を密かに鍛えた結果だし、勉強にいたっては前世の賜物だ。
ナチュラルにそれを身に付けている宗介は、やっぱり凄いと思う。
こんな素敵キャラが側にいて、どうしてこのギャルゲーに出てくるヒロインたちが、宗介でなく主人公の『今野アユム』の方に魅かれる理由がわからない。
確かゲーム画面で見る今野アユムは、顔が何故か見えない主人公だった。
どんな角度でも顔に影が落ちて、目を見ることができない。
前世の兄曰く、そういうのは無個性主人公タイプというらしい。
よりプレイヤーが馴染みやすいように、クセのない普通の少年なのだと兄は言っていた。
成績は中の中、運動神経も普通。
特に目立った特長もない。
性格はというと、選んだ女の子の物語によって、正義感溢れる奴になることもあれば、卑屈で疑り深い奴になったり、変態だったりすることもある。
プレイヤーの選択肢こそが、彼の性格を形作ると兄は言っていたけれど。
正直、どう考えても主人公は宗介に勝てないと思う。
なのに、宗介がライバルキャラにすらならないあたり、ヒロインたちは見る目がないのかもしれない。
「結構色々まわったけどさ、宗介は気になる部活とかあった?」
一通りまわり終えて、宗介に尋ねてみる。
「うーんそうだなぁ。アユムは?」
「ボクは宗介に聞いてるの」
まず私の意見から聞こうとする宗介に、そうはさせないというように強い口調で言った。
「俺はどの部活も楽しかったよ」
それはどれもぱっとしなかったのと、あまり変わりない。
けれど、宗介は久々に心からの笑顔を見せていた。
「アユムとこうやって何かするの、久しぶりだったしね」
部活がというよりは、私と何かするのが一番嬉しい。
そういう好意が伝わってくる、心から満ち足りた笑みを宗介は見せていた。
ここ最近、私がマシロと遊ぶようになってから、見てなかった笑みだ。
私に対する好意を、宗介は隠さない。
だいぶ、甘やかされていると思う。
私も宗介といると楽しいし、安心できる。
今回だって、途中から宗介の部活を探すという目的を途中から忘れかけていた。
一緒にスポーツしたり、何かに打ち込むのが楽しくてしかたなかった。
それに思いっきり甘えてしまう事ができたなら、きっと楽だ。
でもそれだと、互いに依存して、お互いの存在が不可欠になってしまいそうで怖い。
いざ向こうの世界に帰る時に、困ることになる。
宗介とこれ以上仲良くなるのはまずい気がすると、私の勘が告げていた。
「ボクも楽しかった。まぁでも、部活はしばらくいいかな。今はまだ宗介と遊んでるほうが楽しいし」
少し悩んで、私は素直な気持ちを口にした。
「うん、俺も」
宗介が幸せそうに笑う。
その顔を見て、私も幸せな気持ちになる。
別れはまだ遠い。
それに、もうちょっと大人になれば、自然と宗介の世界は広がる。
私以外に大切なものを見つけて、離れていく。
私が宗介の中心でいられるのも、この短い間だけのことだ。
ずっと続くわけじゃない。
それまでは宗介の側にいて、今を楽しんでもいいはずだ。
そんなことを心に言い聞かせて、私は自分を甘やかした。
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★初等部4年秋
●原作ギャルゲーとの違い
1)特になし
●ルートA(マシロ編)との違い(22話―23話)
1)特になし
13話あたりから分岐点となる予定です。




