【6】学園の七不思議(★)
マシロには暗示の力があり、宗介が変になったのはその力を使ったせいらしい。
実は私にもその力を使おうとしたのだけれど、効かないとの事だった。
「力が効かないことに焦って、強引なことをしてしまったかもしれない。それは悪かったと思っているんだ」
謝るマシロにそう答えながらも、その暗示の力を宗介に使われたことが頭から離れない。
「それで、ボクをどうするつもりなんですか?」
「そう警戒するな。傷つくだろう」
少しキツイ言葉遣いになった私に、マシロがしゅんとした顔になる。
言い過ぎたと思った。
「すいません」
行動の理由を聞く前にこんな態度を取っていたら、マシロだって話し辛い。
悪い人には見えないし、さっきまで仲良くやっていたのだ。
反省してそう口にすれば、いいんだというようにマシロは首を横に振った。
マシロは学園長の孫で、この学園に張り巡らされている隠し通路に住んでいるようだった。
それでいて、暗示という不思議な力が使える。
マシロがここに住んでいるということは誰にも知られてないし、本人も公にはしたくない。
だから私が帰る前に暗示をかけ、出会ったことも全て忘れさせようとした。
けれど、それはうまく行かず、私はマシロを忘れてくれなくて。
秘密がばれてしまうかもしれないと焦ったマシロは、私をここに連れ戻したらしい。
「この隠し通路のことも、ぼくのことも内緒にしてほしい。その代わり自由にこの通路にも部屋にも来ていい」
マシロはそう言って、カードキーをくれた。
事情がわかればちょっと安心だ。
元々誰かに言うつもりなんてなかったけれど、素直にカードキーを受け取った。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
マシロは、どうしてこんなところに住んでいるのか。
それを聞けば、あまりにも学園に行きたがらないマシロのため、学園長が部屋を学園内に作ってしまったとの事だった。
「毎朝学園に行くのは面倒だから、いっそ住んでしまえ。そういうことだな」
極論すぎるし、職権乱用にもほどがある。
マシロの言葉に、心の中で突っ込んだが口にはしない。
「ぼくが学園にいるのは義務だといわれてな。しかたなくここに住んでいる。まぁ授業にはでてないけどな」
見た目王子様なのに、中身は前世のうちの兄とそう変わらないらしい。
残念な気持ちになると同時に、マシロに親近感みたいなものを覚えた。
「さてと。それじゃあやるとするか」
「……何をですか?」
マシロが腕まくりをし、首を傾げる。
「決まっているだろう」
ふふふと含み笑いをして、マシロが取り出したのはドラリアクエスト8だった。
「昨日発売されたばかりで、まだぼくもプレイしてない。一緒に冒険しよう」
「もちろん!」
私はいい返事でその誘いに飛びついた。
今の家にはゲーム機がないので、私も久々のゲームを堪能した。
お菓子を食べながらゲームしていたらお腹が空くのが遅くて、キリのいいところで一旦夕食を取ろういう話になる。
もうすでに日付が変わっていた。
「風呂にも入るから、服も貸してやる」
マシロにつれられて、私は部屋から出た。
隠し通路には足元に光る素材があって、道はほんのりと明るい。
そうして連れられて行ったのは理科室だった。
ビーカーでお湯を沸かし、ラーメンを作って食べる。
「警備員に見つかったらどうするんですか」
「今この時間は別の場所まわっているから問題ない。ここはセキュリティが万全だと思っているから、奴らは不真面目だし、それにいざ見つかったら記憶を変えてしまえばいい」
ずるずると麺をすすりながら、マシロは答える。
なんだか悪い事をしてる気分だ。
なのに、ちょっと楽しい。
プールの更衣室で体を洗い、家庭科室においてあるスイカを取りに行こうと話になる。
隠し通路を抜けた先は、男子トイレの個室だった。
マシロの部屋に冷蔵庫はないらしく、つい色々話しこんでいたら、私達が入っている個室のドアをノックする音がした。
「今は入っている。後にしてくれ」
普通にマシロが答えると、ギャーという悲鳴と逃げていく複数の足音。
「しまった。つい、答えてしまった。まずいな、一旦離れるぞ」
慌てるマシロの声に、隠し通路へと避難すれば誰かがトイレに入ってきて悲鳴を上げる。
「や、やっぱりハナオさんだったんだ。窓も閉まってるし、ここから誰も出てないのオレたち見てたよな!」
クラスメイトの吉岡くんの声がした。
横でざわめいている子たちの声も、聞いたことがある。
そういえば、今日肝試しをするとか言っていた。
マシロはその後も私を引き連れて、校内を回る。
マジックミラーになっている玄関近くの大鏡は、スイッチ一つでガラスになるらしい。
スイッチをマシロが押した瞬間、ぎゃーという悲鳴が聞こえた。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
「もしかして、うちにある七不思議って全部マシロ先輩のせいですか」
寝る直前になって、マシロに尋ねてみる。
まず一つ目。学園のお化けであるウサギの正体は、間違いなくマシロだ。
白髪に赤い瞳。
しかもこれは、他のヒロインたちの髪色と違って、私にだけ見えているものではないみたいだ。
二つ目。夜中に理科室で骸骨が怪しげな薬を作っているという噂。
それはきっと、ラーメンを食べるためのお湯をビーカーで沸騰させているマシロだ。
髪が白いから、ビビッている子の目には骸骨に見えたのかもしれない。
三つ目。プールにでる女の幽霊は、マシロが腹ごなしの運動をしてるだけ。
四つ目。誰もいない音楽室のピアノ。
マシロはピアノが上手く、時々誰もいない音楽室で、ドラリアクエストの曲を弾いているようだった。
五つ目。大鏡の奥に映る人影。
そもそもあの大鏡は隠し通路と廊下を隔てるマジックミラーで、スイッチひとつでガラスになる。
ちょっとした悪戯でマシロが設置したらしい。
誰かがこちらを覗いてきた瞬間に、ガラスにすると面白いのだと言っていた。
六つ目。家庭科室近くの男子トイレにでるハナオさん。
家庭科室近くの男子トイレに隠し通路の一つが繋がっていて、そこから出たマシロがうっかり返事をしただけ。
七つ目は、聞いたら大変なことになるって前世で聞いたことがあったから、吉岡くんが言う前に逃げたんでわからない。
けど、これもどうせマシロ絡みなんだろう。
「なんでお化けのふりをしてるんですか」
「別に最初からお化けのフリをしていたわけじゃないぞ。勝手にあっちがお化け扱いしたんだ。それに、途中でお化けってことにしておけば、あまり学園にいても詮索されないことに気づいたんだ。いても不自然じゃないだろう」
そこにいるのが不自然だからお化けだと思うのだけど、マシロは少し感覚がずれているらしかった。
素晴らしいアイディアだと思っているふしさえある。
真相を知ってしまえば、なんてことはない。
いや、大したことではあるのだけど、怖い話なんて大抵こんなものだ。
なんだか気が抜けた気がした。これで今日はゆっくりと寝られそうだった。
そう思ったんだけど、そうでもなかった。
ベッドは部屋に一つしかなく、必然的にマシロとくっついて寝ることになる。
しかもマシロは全裸だった。
「服ちゃんと着てくださいっ!」
「なんだ男同士なんだし、恥ずかしがることもないだろう。寝るときはこっちの方が楽だし、お前も脱いでいいぞ」
「脱ぎません! ボクのパンツに手をかけないで下さい!」
せめて下は着てくれと頼み込んで、どうにかパンツだけは履いてもらった。
クーラーのついた室内は少し肌寒くて、薄いシーツのようなものを被っているのだけど、そこから覗く胸板が規則正しく動いている。
薄く筋肉の張った胸板は、プールの時にも見たはずなのに全く見慣れない。
心臓の音がうるさくて、この距離だと聞こえてしまわないか心配になる。
なのでくるっと回転してマシロのいない方を向くと、ベッドの端の端に移動した。
自分は男で、子供で。
だからマシロも意識してないのに、こっちが意識しすぎるのは変だ。
落ち着け私。全然問題ない。そうだコレを兄だと思えばいいんだ。
密かに深呼吸する。いい香りがマシロからした。
駄目だ。緊張して眠れそうにない。
前世の私は男に縁がなかった。
興味がなかったってわけじゃないけど、友達と遊んでる方が楽しくて恋愛ごとには疎かった。
イケメンなんてさらに縁がない。
こんなシチュエーション想定してなかった。
「眠れないのか?」
「え、えぇまぁ」
「もしかして人の部屋に泊まるのは初めてか」
「そうでもないんですけど」
宗介の家になら、何度も泊まったことがある。
宗介のベッドの横に布団を敷いて、おしゃべりしてるうちに、いつの間にか眠っているのがパターンだ。
同じイケメンでも、宗介は子供だし。
それに、幼馴染ということもあってか意識は全くしない。
もはや身内のようなもので、兄弟のような関係だ。
ふいにぴとっとマシロが体を近づけてくる。
「うわぁぁっ!」
「なんだ傷つくじゃないか。ベッドの端によりすぎてる。もっとこっちにくっつけ」
ぐいっと体を引き寄せられる。背中にマシロの体温があった。
自分が子供のせいか、大きく感じる。
というか、私の胸の上にマシロの手が置かれていた。
――むっ、胸触られてるっ!
どうしよう、女とばれてしまった? いやでも最初から女と隠してるわけでもないし、でもこれってどうなんだ。
内心焦ったところで、くるりとマシロの方を向かせられ、顔を覗き込まれた。
「ん? アユムお前……」
「ななな、何ですか?」
ドキドキとする胸の上に、そっと手を置かれた。
「心臓の音凄いな、緊張してるのか」
くすくすとマシロが笑う。
一瞬女とばれたかもと思ったけれど、まだ胸の起伏もあったもんじゃないので、その心配は全くいらなかったようだった。
「しかたないじゃないですか。学校に泊まるなんて、初めてなんですから」
「まぁそれもそうか。もしかして、お化けがでたらなんてビクビクしてたりするのかな?」
からかうようにマシロは言ってきた。
「そんなわけないじゃないですか。お化けは目の前にいるんだし」
「ははっ、確かにそうだな」
マシロは何だかとても楽しそうだった。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
★初等部4年夏
●原作ギャルゲーとの違い
1)前々回と同じなので以下略。
●ルートA(マシロ編)との違い(19話―21話)
1)アユムがマシロと大学部へ行って、ふんどしを購入していない。




