【5】幼馴染とおばけの暗示(★)
仲良くなった高校生の少年の部屋で、オタクトークに花を咲かせていたら、携帯電話が鳴った。
……宗介のこと忘れてた!
「アユム、どこにいるの!」
慌てて電話を取れば、切羽詰まった宗介の声が聞こえた。
「ごめん宗介もう移動してるんだ。友達になった先輩の家に来てる」
「……友達?」
私の言葉に、電話の向こうの宗介の声が固くなる。
「実はプールで水着取ったのはいいけど、閉じ込められちゃって。先輩に助けてもらったんだ。趣味が一緒でとっても話が合うから、もう少し話してから帰るよ」
「もう、夜だよ?」
まだ話し足りなくてそう言えば、時計の針は七時を回っていた。
精神年齢的には高校生だし、まだ行ける時間だったのだけれど、今は小学四年生だ。
けど両親も仕事で遅いだろうし、もう少しくらいいいんじゃないかなという気持ちが心の中で争う。
「そいつの言う通りだ。送ってく」
ちょっと貸してみろと彼に言われて、電話を手渡す。
「今から学園に向かう。校門のところで待ち合わせだ。十分くらいかかる」
そう宗介に告げて彼は電話を切った。
彼につれられて出た先は、校門の近くだった。
建物の影になったこの場所で、彼が私の前に膝を着いて視線を合わせてくる。
「そうだ、まだ名前を聞いてなかった。何ていうんだ?」
尋ねられて、はっとする。
話に夢中になりすぎてお互いに名乗ってなかった。
「ボク、今野アユムです。先輩は?」
『ぼくの名前はマシロだ。けど忘れていい。今日ぼくにあったことも、名残惜しいが忘れるんだ』
彼の顔が陰る。
悲しそう告げる声は、まるで頭の中に響くように聞こえた。
「折角ゲームの話ができるのに、どうして忘れなくちゃいけないんですか?」
『ぼくがお化けだからだ。それに忘れたくなくても、忘れるよ』
赤い瞳が真っ直ぐこちらを見据える。
声が柔らかくすっと耳に入り込んでくる。
心地よく心を委ねたくなるような声だった。
なぜそんなことを言うのだろう。
マシロという彼は、自分のことをオバケだと言った。
吉岡くんが言っていた、ウサギの正体はおそらくマシロなんだろうなと、私は感づいていた。
けど、オバケというには触れられるし、コアな話題もできるから、全く怖くない。
「……まぁいいです。マシロ先輩、今度はそのドラリアクエスト8やらせてくださいね!」
今日はおしゃべりに夢中になりすぎて、ゲームを立ち上げることすらしなかった。
新作で求めていたゲームがあるというのに、ちょっと名残惜しいなと思いながら校門に体を向ける。
マシロにぐっと手を引かれた。
「ちょっと待て。なんで忘れてないんだ?」
「ドラリアクエスト8の話ですか? 好きなゲームの事を忘れるわけないじゃないですか」
けど、その事ではなかったのか、マシロはおかしいというように顔を覗き込んでくる。
一体何なんだろう。
戸惑っていたら頬に手を添えられて、視線を固定された。
「えっと……?」
「いい子だから、ぼくの目を見るんだ」
言われて従う。
マシロの手はちょっぴり冷たい。
何で見つめ合う必要があるんだろう。
しかもこんな至近距離で。
マシロはかなりの美形で、おもわずドキドキしてしまう。
その瞳は、薄闇の中で真っ赤に染まっているように見えた。
まるで不思議な力を帯びているように、目が離せない。
『体の力を抜いてぼくに身を預けて、よーく聞くんだ。君は忘れ物を取りに来て、何事もなくそれを手に入れて、今から帰るところだ。ぼくにも出会ってなければ、学園の地下通路も知らない。わかった?』
言い聞かせるような声。
言うとおりにしたほうがいいんだろうかと、とりあえず体の力を抜いたら、抱きとめられて目の部分をそっと覆われた。
「ほら、もういいぞ」
ゆっくりと目を開ける。
「……じゃあな。真っ直ぐ家に帰るんだぞ」
「はい。また会いましょうね、マシロ先輩!」
今度こそ校門に行こうとマシロに背を向ければ、がしっと肩を捉まれる。
「まだ何かあるんですか?」
「いや……なんで忘れないんだお前は。ぼくはちゃんと暗示をかけたはずだ」
マシロは戸惑った顔をしていた。
「ぼくの力が効かない……? いやでも、まさか」
一人でぶつぶつと呟きだしたので、まぁいいかと校門へ向かうことにする。
たぶんそろそろ宗介が痺れを切らし始める頃だ。
「待て、行くな」
「なんでですか?」
マシロに引き取られる。
「今日はとりあえずぼくの家に泊まっていけ。そのまま帰られるとやっかいだ」
「でも、宗介が待ってますし、親も怒ると思います」
さすがにいきなりお泊りは怒られる。
そう思ってそう言えば、そこは自分がなんとかするとマシロは言い切った。
「ぼくは学園長の孫だ。学園長から親には適当な理由をつけて説明してもらうから、問題ない。友達のところへ行くぞ」
「えっ? ちょっとマシロ先輩!?」
強引なマシロに、校門の方へと連れていかれる。
そこにはすでに宗介が待っていた。
……やばい、かなり怒ってる。
宗介は苛立った様子で落ち着きなく校門辺りをウロウロしていた。
その瞳の奥には不安定な光が揺れて。
私が更衣室に閉じ込められたという事だけでも、宗介が取り乱すには十分だ。
それに加えて、私が知らない先輩と一緒という事が、宗介を不安にさせてしまったんだろう。
「宗介!」
「アユム!」
声をかければ、そうすけがゆっくりとした動作でこちらをみて、ほっとしたように顔をほころばせる。
それから、マシロの姿を確認して眉を寄せた。
私に駆け寄ると、庇うように宗介がマシロの前に立つ。
「宗介大丈夫だから。先輩助けてくれたんだよ」
「白い髪に、赤い目って……怪しすぎるでしょ。知らない人について行っちゃ駄目」
宗介は、私の言葉でもマシロに対する警戒を解かなかった。
どうやら宗介にも、マシロの髪が白で、目が赤色に見えているらしい。
私には、ギャルゲーの攻略対象たちの髪色が特殊に見えるという力があった。
だから、マシロも実は普通の髪と目の色で。
私にだけそう見えている可能性もあるんじゃないかと考えていたのだけど、そうではないらしい。
「……アユムを助けてくれたみたいで、ありがとうございます。それじゃあ、失礼します」
マシロに礼だけはちゃんと言って頭を下げて、宗介は行こうと私を促す。
「まぁ待て。ぼくは宗介にも用がある」
名前呼びされて振り向いた宗介に、マシロはしゃがんで視線を合わせた。
『宗介はアユムの家に行ったが、会えなかったので、そのまま自分の家に帰った。ここでアユムを捜したりもしていないし、ぼくにも会ってない。今から家に帰って、ここでのことは全て忘れるんだ。いいね』
またあの響くような声で、マシロが囁く。
言われた宗介の瞳が、とろんとなって、まるで人形のようになる。
「はい、わかりました」
抑揚のない声で呟いて、宗介は私を置いて、さっさと学園から外に出てしまう。
「ちょっと宗介!?」
「大丈夫だ。ちゃんと一人で帰れる」
戸惑って追いかけようとする私の手を、マシロが掴む。
「宗介に何をしたの!」
「そう怒るな。別に危害は加えてない。記憶を少しいじって、アユムを捜しにこなかったことにしただけだ」
落ち着けというように、マシロはそんな事を言う。
「とりあえず、ぼくの部屋に戻ろう。話はそれからだ」
さっきまで仲良くしていたマシロに対して、不信感が芽生える。
手を引かれながら、これからどうしようかと私は頭を巡らせた。
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★初等部4年夏
●原作ギャルゲーとの違い
1)前回と一緒なので以下略
●ルートA(マシロ編)との違い(19話―21話)
1)宗介がアユムを学園まで迎えにきている。
2)マシロがアユムの目の前で、宗介に暗示をかけている。
中等部編から、ほぼ別ルートとなるかと。あと3話くらい?初等部です。




