【96】元凶とご対面です
『扉』の向こうは、左右上下もわからなくなるような白い空間が広がっていて。
気づけば手を繋いでいたはずのマシロは隣にいなかった。
とりあえず歩く。
景色が変わらないから進めているのかもよくわからない。
「ツキ、いるんでしょ?」
このギャルゲーの世界に私を連れ込んで、わけのわからないゲームに巻き込んだ元凶の名前を呼ぶ。
『扉』の向こうにいるのだということはわかっていた。
ふいに目の前に、人影が見えた。
周りに溶け込んでしまうような白い髪に白い肌。
白いワンピースを着た少女がこちらを見て、佇んでいた。
その瞳だけが、血を垂らしたように赤い。
――マシロと瓜二つだけど、マシロじゃない。
呼びかければにこっと笑いかけてきたけれど、その笑みはまるで子供のみたいに無邪気で、それでいて残酷さを持っている。
「マシロだよ。正しく言えば、マシロの本体かな?」
私の頭の中を読んだように、目の前の少女が甘ったるいキャンディボイスで笑った。
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遠くにいたはずなのに、少女はいつの間にか手の届く距離に立っていた。
マシロと同じ見た目。
だけど、持っている雰囲気が違う。
柔らかいマシロの雰囲気とは違って、そこにいるだけで周りに頭を下げさせるような圧倒的な存在感。
マシロは儚げで綺麗だと思ったけれど、この少女は得体が知れないと思った。
「おめでとうアユム! 君がここまでたどり着けたことを、ボクは心から嬉しく思うよ!」
両手を広げ、心底楽しそうに少女は言う。
柔らかで中性的なマシロの声とは違う、耳につくキャンディボイス。
無邪気で子供っぽい動作は、どことなく芝居がかっていて、何故かクロエを彷彿とさせた。
「あんたがツキなんだよね。どうしてこの世界に私とお兄ちゃんを連れてきたの。どうしてマシロと同じ姿をしてるの」
「いきなり質問攻め? いいよー答えあわせしよっか。でもその前に場所を変えてっと」
パチンと少女――ツキが指を弾く。
瞬間、周りの景色が変わって、学園のカフェテリアにいた。
どうぞと椅子を勧められてしまう。
いつの間にかドリンクもその場に出現していて、とんでもない不思議空間にきてしまったと、頭が痛くなってくる。
――でもまぁ、ギャルゲーの世界に入り込むこと自体がありえないし。
自分でも適応能力は高くなったなと思いながら、ジュースに口をつけた。
メロンソーダはちゃんと甘い味がした。
「先に言っておくけど、ここは別にギャルゲーの世界じゃなくて、本当に実在してる世界だからね。アユムたちの世界にギャルゲーという形で媒体を送り出して、こっちにアユムたちを連れてきたんだ。つまりは異世界と言ったほうがいいかな?」
また頭の中を読まれたようだった。
目の前のツキは、マシロの見た目だけじゃなく、心を読む能力まで備えているみたいだ。
しかもおそらく、マシロよりも精度がいい。
「あんたは、この世界の神様か何か?」
「いんや? 神様は別にいるよ。ボクが作り出したやつだけどね。ボクはこの世界の創造主様!」
敵意むき出しで尋ねても、気にする様子もない。
ゆったりと創造主を名乗るツキは、私と同じメロンソーダをずずっと子供のように音を立てて飲みきって、楽しそうに笑う。
「この世界は、アユムたちの世界を真似てボクが作り出したものだよ。管理させるために右手を使って神様を作って、見守りながら遊んでたんだ!」
私の目の前で、ツキが右手を翳すように振る。
すると皮膚がガラスの破片のようにはがれて、その下から星空を圧縮したような透明感のある腕が現れる。
「でもさ神様はボクの傲慢な性格を受け継いじゃったみたいで、自分のモノである人間をどうして減らさなきゃいけないって言い出してさ。死を与えなかったんだ。それじゃつまらないから、今度は左手をつかって死神を作った」
今度はツキが左手を振る。
同じように皮膚がはがれて、星空色の腕が現れた。
「しばらくは見守って満足だったんだけど、つまらなくなって、扉を作って遊びにいくようになったんだ」
ツキがそう口にすると、一瞬で周りの景色が変わる。
ここは学園の『扉』の前だ。
青空の下、少し小高くなった場所にある『扉』の前に、私達はカフェテリアのテーブルごと移動していた。
姿形を変えて、ツキは何度もこの世界に降り立って。
色んな人と触れ合って遊んだのだと言う。
でもそのうち飽きてしまったらしい。
「彼らはボクが作ったものだから、ボクの想像の範囲を超えることをしてはくれなかったんだ。それが退屈だった。だから自分の力の一部を与えれば何かが変わるかなって思ったんだ」
ツキは髪をかきあげて、左耳にかけた。
その耳が星空色に変わる。
そしてツキの横に、もうひとり同じ顔をした少年が現れた。
「マシロ?」
呟くとツキはその通りと、嬉しそうに笑って立ち上がる。
意識がないのか、人形のように虚ろな瞳をしたマシロを、後ろからツキは抱きしめた。
「アユムの好きになってくれたマシロは、ボク自身の一部なんだ。人間を好きなボクの心で、ボクに一番見た目がよく似てる。それを力ごと人に与えてみたんだけど、ボクがどんなに彼らを好きでも、同じ目線で彼らはボクを好きになってはくれなかった」
悲しげにツキは呟いて、かきあげていた髪を戻す。
それと同時にマシロの姿も消えた。
「こんな世界もういらないなって思いながらも、やっぱり愛着があって。ボクは今度は直接力を人間に与えてゲームをすることにしたんだ」
そう言って、ツキは自らの右目に触れた。
今度はそこが空白になる。
「ボクの右目の力を人に与えて、扉に辿りつくかどうか。そういうゲーム。今この力はアユムが持ってる」
この世界で行われているゲーム。
星降祭という行事自体が、ツキの作り出したもののようだった。
「けどまぁ、これにも飽きちゃったんだ。同じ結果しかでないんだもん。自分の作り出したものが価値があるのかないのかわからなくなっちゃった。壊すべきか壊さないべきか。この世界に価値があるのかどうか。元になった世界の人に意見を聞こうと思ったんだ」
肩をすくめるツキは、弱りきった顔をして。
それから私を見て、にっと笑いかけてくる。
「……だから私をこの世界に連れてきたってこと?」
「そういうこと! わかってくれて嬉しいよ!」
私の出した答えに、にこにことツキはご機嫌だ。
はっきり言って、なんと迷惑な話なんだろうと思う。
「何で私だったの」
「この世界に愛着を持ってくれて、素直そうな子だったら誰でもよかった。本当はアユムの兄の渡にしようと思ってたんだけどね」
問いかければツキはそう言って、パチンとまた指を弾く。
背景が変わって、元の世界の兄の部屋に私は立っていた。
「今のようにボクは、君たちにこの世界の種明かしをしたんだ。自分の創った世界が面白いかどうか。自分の目を自分の世界の人間に与えて、判断して貰おうって思ってたことを話してね」
ツキはおもむろに箱からゲームを取り出しながら、そんな事を口にする。
「そしたらアユムは、自分の世界じゃなくて、他の世界の人に見てもらえばいいんじゃないの? って言ったんだ。ボクの心を読まれたような気がしたよ。アユムに心を読む能力なんてないのにね」
ふふっと笑って、ツキは手にとったゲームのパッケージを私に見せてくる。
ドラリアクエスト7。
私が元の世界で、直前にやっていたゲームだ。
「これ、色んな世界を旅するゲームなんだってね。だからこれをやってたアユムは、適当にそんなことを口にした。でもボクには運命みたいに思えたんだ」
うっとりとした口調で、ゲームを抱きしめながらツキは呟く。
そんな理由で私は、このギャルゲーの世界に飛ばされてしまったのか!
大好きなゲームが原因だったなんて予想外だ。
確実に何も考えず口にした言葉が、こんなわけのわからない出来事のきっかけなんて泣けてきてしまう。
「私を選んだなら、なんでお兄ちゃんまでこの世界に連れてきたの。しかもヤンデレヒロインの桜庭ヒナタなんて、酷くない?」
「あれはボクがやったことじゃない。いや、広い意味で言えば、ボクがやったことになるかな?」
要領を得ない言い方に、どっちなんだといいたくなる。
「あれはこの世界の神様の仕業なんだ。ボクが外から何か持ち込んで、この世界を壊そうとしてるって気づいて、対抗するために渡を引き込んだんだと思う。ただボクほど神様は力があるわけじゃないから、ヒナタの中に渡を引き込んだのに、そのこと自体忘れちゃってたみたいだけど」
ははっと全く悪びれてない様子でツキは笑った。
こいつは人の人生を何だと思ってるんだろう。
たぶんきっと、玩具くらいにしか思ってない。
時折私を見る観察するような瞳が、それを物語っている気がした。
「ちなみにヒナタは神様の手駒だよ。天使ともいうね。神様はこの世界に下りてこれないルールがあるから、扉を開ける資格を持つ者に天使を選んでもらえたら神様の勝ちで、その時の星降の夜には世界を壊すのを延期してきたんだ」
『扉』を開ける資格を持った者が、『扉』を開けるか開けないか。
それが私の巻き込まれていたゲーム。
資格を持つ者が、ツキの作った世界の者から愛し愛されて『扉』を見事あけた場合。
『ツキ』はこの世界にまだ価値があると認め、扉を開けた者の願うように世界を改変――つまり願いを叶える。
もしも『扉』にたどり着いても開けられなかったら、愛されなかったこの世界に価値はないので壊す。
『扉』に辿りつく前に資格を持つ者が死んだり、空っぽな『天使』を相手に選んでしまった場合は、世界を壊すのを延期する。
そしてまたゲームは繰り返す。
そういうルールの下に、この学園を舞台としたゲームは行われていたようだ。
一つの世界の命運をかけたゲームを、いつの間にかさせられていたらしい。
この世界を変えられたり壊されたりしたくない神様は、『天使』以外を主人公がを選んだ場合、それを阻止するため『天使』に主人公を殺させるようだった。
直接手を下していい期間になると、『天使』であるヒナタには、神様から強制的に殺しの命令が頭に届くらしい。
クリスマスパーティのあの日には、当に兄は『神様』からの命令を受けていて。
自我を失い、本来の『天使』の人格が顔を出していたのだとツキは説明してくれた。
「今までの星降祭では、資格を持つ者は大抵『天使』に殺されてるんだ。アユムは本当に周りに助けられてるね」
目を細めて喜ばしいというように、諸悪の根源はマシロと同じ顔で微笑んだ。




