【9】ドリルと迷子
夏休みがあけてから、宗介は少し変わった。
大人っぽいところとか、落ち着いたところは変わりないんだけど。
憑き物が落ちたように、すっきりとした顔になった。
最近は主張もするし、私に対する遠慮もなくなってきたように思う。
ほんの些細な変化。
だけど、山吹夫妻はちゃんと気づいてるみたいで、それを快く思っているみたいだった。
ちょっと青春した夏が終わって、二学期。
たるんだ気を引き締めていかなくちゃいけない。
いつまでも休み気分は危険だ。
なんせ、ここは死亡フラグの多いギャルゲーの世界なのだから。
そうは言っても、日常的に危険なことがあるわけじゃないんだよね。
今気をつけるべきは、黄戸姉妹。
この二人に関わらなければ、大体平和なんだから。
ぶっちゃけ、油断してました。
涼しくなって夜が長くなってきた十月。
今日の私は、初等部の校舎から離れた場所まできていた。
日課となりつつある学園内の散策だ。
『そのド』にでてくる『扉』が学園内のどこかにあるはず。
そう考えていた私は、宗介が風邪で休んでるのをいいことに、普段宗介に止められていけない場所にも行ってみようと考えていた。
まさか、学園内で迷子になるなんて。
結構慣れてきたから、一人でも大丈夫だと思ってたのになぁ。
夏祭りでも迷子になるし、私って結構方向音痴なんだろうか。
一人焦っていると、黄戸理留ことドリルが取り巻きもつけずに歩いてくるのが見えた。
つい反射的に、近くにあった木の影に身を隠す。
「今日のワタクシ絶好調、向かうところ敵はなし♪ 占いだって一位だよ、おやつだってアップルパイ♪ 大好物だよやったったー」
気が抜けているのか、ドリルは謎の歌まで歌ってご機嫌だ。
たぶん自作の歌なんだろう。
これを人に聞かれたら恥ずかしい。
何も見なかったことにするのが優しさだと私は思った。
けど、私今迷子なんだよな。
ドリルの後についていけば、初等部の校舎に戻れるだろうし、悪いけど後をつけさせて貰おう。
そう決めて、ドリルに気づかれないようについて行く。
ドリルは気づかないようすで、歌を歌い続けていた。
「留花奈も今日はお稽古で、みんなも巻いたし大丈夫♪ 自由にどこでもいけるから、どこまでも冒険だ♪」
ドリルは久々の一人を満喫してるって様子だった。
どうやら、初等部の校舎に向かってるわけじゃないらしい。
着いていく人を間違えたかもしれない。
というか、ドリルってあの取り巻きとか妹を少し窮屈に感じてたんだなぁ。
自分で引き連れてるっていうより、勝手についてくるって感じなのかも。
どうやら歌の内容からすると、ドリルは高等部近くにある売店に向かっているようだ。
前々から一度行ってみたいと思っていたらしい。
道もよくわからないし、売店も歌を聞いているうちに気になってきたので、そのままついて行くことにする。
どうやらドリルは夏休みにハワイへ行ったみたいだ。
海は綺麗で好きなんだけど泳げないので、本人的にはフランスが良かったらしい。
妹の手前泳げないなんて格好悪いので、腹痛のふりをしてやりすごしたら、楽しみにしていた食事が全部粥になったのだと嘆いていた。
あの出会いのせいで、高飛車でとっつきにくそうというイメージがあったんだけど、この歌のおかげでそうでもないなと思い始める。
なんていうか、結構抜けてる?
そんな印象を持った。
しかし、さっきから森みたいなところをぐるぐるしてる気がするんだけど気のせいかな。
一向に売店につく気配がない。
その間に歌を聞き続けたせいで、ドリルの家は父親が婿養子で母親の尻にしかれているとか、トマトが嫌いだとか必要ない情報を色々手に入れてしまった。
だんだんと歌に陰りが出始め、やがてドリルが無言になる。
歩みに元気がなくなってきて、歌が嗚咽みたいになってきて。
「ぐすっ、お家帰りたい・・・・・・」
やっぱりドリルも迷子かよ!
呟いたドリルの言葉に、私は心の中で突っ込んでしまった。
思っていた以上に、ドリルは残念な子のようだった。
ドリルは木の根っこのあたりに腰を下ろして、体育すわりをしてしまった。
心細くなってしまったんだろう。
「こんなところでどうしたの」
さすがに放っておけなくて、私は偶然を装ってドリルの前に姿を現すことにした。
「! なんであなたがここに?」
ドリルは驚いたようにばっと立ち上がった。
それから、少し涙が滲んだ目を隠すようにごしごしと擦る。
「ボク迷っちゃってさ。ドリ・・・・・・黄戸さんも迷ったんだよね」
「ワタクシは」
「よかった仲間がいて! 学園内って広くて、迷っちゃうよね。一人だと不安だったからよかった!」
ドリルが迷ってないなんて意地を張る前に、早口でまくしたてて、手を握る。
大げさに喜んでみせると、それならしかたないですわねと調子を取り戻したようだった。
しかし迷子が一人から二人に増えたところで、状況は全く変わらない。
そもそもなんで学園内に森みたいなものがあるんだよ。おかしいでしょ。
そんな悪態を心の中でつく。
同じ景色がずっと続いていると、不安になってくるのだ。
その時、ぐーっとおなかの音がなった。
私じゃない。隣にいるドリルが顔を真っ赤にしていた。
「こっ、これはまだおやつを食べてなかったからで・・・・・・」
必死になっていいわけしてる。女の子だなぁ。
何だか私はドリルに対して優しい気持ちになっていた。
そうだ、たしか鞄の中にお菓子があったはず。
「はい、これ」
私は持ってきていた○まい棒をドリルに手渡した。
「なんですのこれ?」
「○まい棒。お菓子だよ」
ドリルはこれがお菓子なのというように、眉を寄せていた。
「なんていうお菓子ですの?」
「だから、○まい棒」
「商品名ではなく、チョコレートとかミルクレープとか名前があるでしょう」
「そういわれても、○まい棒は○まい棒だし。あえていうなら駄菓子かな。お嬢様の口には合わないかもだけど、よかったらどうぞ」
「これが、駄菓子?」
駄菓子の存在は知っていたようで、興味深そうにドリルは○まい棒の袋を開けた。
恐る恐る食べて、目を見開く。
「おいしい!」
「本当に?」
意外だった。
給食といい、あんなグルメを食べている人たちの口に、駄菓子が合うとは思ってなかった。
「この何を食べてるのかわからないサクサク感。舌に残る濃い味付け。甘くもすっぱくもなく、体に悪そうなのに、また食べたくなるから不思議ですわ」
別にお世辞ではないようで、ドリルはぺろりと○まい棒を食べてしまった。
「もう一本食べる?」
「いえ、大丈夫です。あなたもお腹がすいているでしょう?」
「たくさんあるよ?」
「それなら、もう一本だけ・・・・・・」
夏休みに宗介と駄菓子屋に行ったとき、大量に買い込んできたので色々持っていた。
カステラに、チ○ルチョコ、チューブ入りのゼリー。
ドリルはどれも気に入ったようで、おいしそうに食べるからなんだか見ていて楽しかった。
いちいち驚くのが面白いんだよね、この子。
すでに迷子の不安はどこへやら、ドリルは駄菓子を満喫していた。




