フラッシュアロー!
1
馬車に揺られて早くも3時間ほどが経っただろうか。申し訳程度に舗装された砂利道をガタガタ音を鳴らしながら順調に進んでいる。道路なんて立派なものはこの世界には無いんだろう。おかげで俺はちょっと酔い気味である。
カゴ……と言ってよかっただろうか、人力車を思い出す。大きく3人の人間がようやく並んで座れる程度の広さのカゴを、真っ黒で体格の厳つい馬1匹が引いてくれている。モモコが真ん中に座って手綱を引き、俺とサクラが両サイドに座り、モモコのハイテンショントークに適当に相槌を打ちながら進む、進む。
今、何時なんだろうと思いサクラに時間を尋ねると、「心臓に魔力を貯めるイメージをしろ」と言われた。試しにやってみると、頭の中にぼんやりと「16時24分」という言葉が浮かぶ。封魔にはこんな使い方まであるのか、便利すぎるな。
辺り一面は限りない草原である。風に煽られた緑の草は波になり、自然の芳香剤となる。こういうのを空気が美味しい、というのだろうか。
行く先の道は果てしなく、先は見えない。目的地の町には馬車で2日掛かるという。2日ってお前。俺は当然のように馬なんて引けないので、モモコとサクラが交代で馬を引くらしい。つまり夜間も俺たちは馬車の上で寝起きしなければならないのだ。お尻が変形しないだろうか。
「お腹すいたね!」
「え!? う、うん」
手綱を引いているモモコが急に俺に向かって小首を傾げながら笑顔で言う。完全に油断してたのでその顔を見ながら硬直してしまった。そんな俺を不審に思わずにいてくれたのか、すぐにモモコは前を向いてキョロキョロと辺りを見渡す。
サクラは無表情でタバコをふかしていた。
確かに、この世界で目が覚めてからまだ何も口にしていない。というかまだ一日も経っていない。もう数年分の驚きは味わったつもりなのだが……こんなペースで体は保つのだろうか。
サクラがゆっくりとタバコの煙を吐き出し、ゆっくりとそのタバコをカゴの外へポイ捨てした。
モモコよりも緩慢でかったるそうな動きで、サクラも辺りを見渡している。
「いたぞ」
「だね、練習も兼ねて3人で行こうか」
「よし」
「お馬さん、ちょっとここでまっててね。ハルくん、行くよ!」
何が? どこへ? 何がいたの?
モモコは俺の手を引いてカゴの外へと連れ出した。
それは草原の波の中にいた。大きさは……草に埋もれているのでよく分からないが、かなり大きいだろう。あの生物が何かは知っている。
蛇だ。保護色の緑色をした蛇が左右にうねりながら、恐ろしいスピードでこちらに向かってきている。
距離にして50mほど……いや、40m……30m! は……早い! 今までは遠くにいたから気づかなかったのだろうが、草原をガサガサとかき分ける音がどんどん近づいてくる! めっちゃ怖い!
モモコは腰に手を当てて仁王立ち。サクラに至ってはあくびをしている。しかも二人共丸腰だ。サクラの槍はズボンにくっついているんだろうが、モモコが手ぶらなのが気になった。あの刀どこにやった?
キョロキョロと辺りを急いで見回すと……あ! 馬車の中に置いてある!
あのでかい蛇相手に丸腰で闘うつもりか? どうやって? つーかデカい! 5mはあるぞあの蛇、何を喰ったらそんなにデカくなるんだ!
「グリーンパイソン……この辺に住む蛇だ。特別な攻撃はしてこない。ただのデカい蛇だから安心しろ」
と、サクラはモモコの影に小さくなって隠れている俺をジトっと睨んで言った。バレたか。
「まさか俺も闘うの?」
「じゃなきゃオメーを連れ出した意味がねーだろうがよ」
「ですよねー。でもどうやって? 蛇にフラッシュは効くのか?」
「知らん。だからお前には別の封魔を試してもらう」
別の封魔って何? っていうかもう距離的にヤバイんだけど。
「イメージしろ。炸裂する光でなく、相手を貫く……そんな光を」
モモコが自分の後ろで隠れてる俺に振り返り、無言でグッと親指を立てた。
封魔はイメージ――ならば、俺がイメージするのは……
弓? いや、“矢”だ。光を一点に集めて射出する、鋭利な矢を想像しろ。
モモコの肩越しに自分の右腕を突き出す。この何とも無様な格好に、突き刺さるサクラの視線が痛い。気にせず集中だ。
右手が熱くなる。
相手との距離は10m……8m……5m! 今だ!
「うおおおおお“フラッシュアロー”!」
セリフのタイミングも完璧に決まった! 放出された魔力が封魔となり、強烈な光が辺りを覆う!
「ぎゃあああああああああああ!」