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封魔烈火  作者: 藤宮ハルカ
第一章
4/29

赤毛の女

 1


 鋼新の砦は村の少し外れにある。俺とサクラはそこの門を叩くべく、村を抜けるために歩く。サクラはローブの様な物を羽織っていた。刺青を隠しているのだろうか? あれ威圧感あるしな。

 しかし本当に何も無くてのどかな村だ。噴水のある簡素な広場を中心として放射線状に小さな村や店が並んでいる。 そういえばあの噴水、どうやって水を噴出してるんだ? この世界にもモーターみたいな機械も存在してるんだろうか。でもサクラの家には電気の様な物は無かった。むしろカンテラに暖炉だったぞ。

 「なぁサクラよ。本当に大丈夫なんだろうか」

 俺の首と気持ちは下向きだ。あんな話を聞かされた後で、とてもとてもソイツに会う気にはなれない。

 「大丈夫だって言ってんだろ。いつまでもウジウジうるせーな」

 本当に口が悪い女である。ぶすっとした表情で煙草に火をつけて不味そうに煙を吐くサクラを、ただ何となく見ていた。

 そしてある疑問が思い浮かぶ。コイツ、何歳なんだ?

 「サクラよ、お前さっきから煙草吸ってるけど成人してるのか?」

 成人していたとしたら十八歳の俺よりも年上という事になる。

 「なんだ、そんなに若く見えるかい。今年で成人したぞ」

 別に若く見えたわけではないが、上機嫌そうなので何も言わないでおく。

 「そっか、成人してるのか。じゃあ俺の二つ上だな」

 「二つ上!?」

 驚いてこちらを向いて聞き返したのはサクラだ。しかしサクラがこんな驚いた声と表情をするとは思っても見なかった俺はサクラ以上に驚いて目を見開いてしまった。

 「私と同じくらいだと思ってたが、お前は老けて見えるな……そのナリで十六歳か」

 「じゅうろく……? いや、今年で十八歳だけど」

 「……」

 「……」

 二人の足はいつのまにか止まっていて、俺とサクラはお互いの顔をぱちくりと見合わせてた。

 先に「なるほど」と声を発したのはサクラだ。そして何の説明も無いまま、さも自然と俺を置いて再び歩き出してしまった。

 「ちょーっと待てって! 勝手に納得しないで説明! 説明しろ!」

 数テンポ遅れて俺はサクラに走りすがった。うわ、すげー面倒くさそうな顔してる!

 「説明って……お前のいた世界では成人は二十歳。この世界では十八歳ってだけの話だろ」

 あぁ、なるほど。そう言われればその通り、それだけの話だ。それだけの話だが――

 やはりここは別世界なんだと、痛烈に感じる。

 「少しずつ、覚えていきゃいいさ」

 俺はその時、一体どんな顔をしていたのだろう。

 しかし不器用なサクラの気の使い方が何だか可愛くて、少し救われた気がした。ぷいっと顔を背けたサクラはどんな表情をしているのだろう。コイツも照れたりするのだろうか。

 「ちょっとそこのお兄さん、お姉さん!」

 いきなり背後から声を掛けられた。驚いて振り返る。サクラは地面から脚が離れそうなほどに肩が上がった。ビックリしすぎじゃね?

 「あのさ、今から王都に行くんだけどさ、一緒に行かない? 馬車に相乗りすれば運賃三等分だしさ、悪くないでしょ?」

 待って、待って。まず誰だお前は。

 歳は俺とそんなに変わらないか、少し下だろう。身長はかなり小さく、百七十センチの俺がかなり見下ろしているので百五十センチも無さそうだ。ちなみにサクラは百六十くらいである。真っ赤な髪のショートカットが目に痛いが美しい。麻製の白いTシャツにデニムに似たインディゴブルーのズボンを履いている。そこらを歩く村人よりかなり良い物の様だ。手に布で包まれた長い棒の様な物を持っている。杖?

 「えーっとキミは誰かな? お前の知り合い?」

 サクラは険しい顔で首を振った。目線は小さな彼女から一瞬も外れない。

 「私? 私はモモコ! 今から王都に行かなきゃ行けないんだけどさ、機関車が通ってる町まででも馬車の運賃高いからさー、ね? 王都までじゃなくていいからさ、あのー、何だっけ、機関車が通ってる町。あそこまで行こうよ、ね? ね?」

 一方的にまくしたてられる。身長が低いからか上目遣いなのが卑怯だ。どうしたものかとサクラを見る。まだサクラはモモコと名乗った彼女を凝視している。

 彼女もサクラの視線に気付いたのか、サクラに向かって笑顔で首をかしげた。やばい、可愛い。

 「ね、お姉さんもいいでしょ? ちょっと遠出のデートだと思ってさ、ね?」

 彼女は俺たちをカップルか何かと思ってるのか。

 「悪いが私たちは行けない。今から砦に行かなくちゃいけないんでな」

 そう言ったサクラの声は驚くほどに冷たかった。怒ってたとしてもそんなに冷たい対応しなくてもいいのに。

 「砦行くの? 何しに?」

 俺だったらサクラのその視線に縮み上がってるのに、彼女はまったく気にしていませんと言う様にサクラに質問する。

 これ以上サクラを不機嫌にさせるのもアレなので俺が慌てて答える。

 「あーえっと、鋼新兵の偉い人に会いに行こうと思ってね」

 「偉い人? いるけど、今はいないよ?」

 ありゃ? 何だと?

 「だって今日は建国記念日だもん。みんな王都の祝典に行ってるよ」

 そういえば、最初に見せられた質の悪い紙にそんな事が書いてあった気がする。

 「しまった!」

 サクラもそれを忘れてたらしい。まぁこんな小さな村じゃそんな祝典もみんな興味が無いんだろうなぁ……

 「あははは、お兄さん達おっちょこちょいだなー。まぁあたしも今朝まで忘れてたけど」

 「キミもその祝典に行くの?」

 「モモコでいいよ。行かなきゃいけないんだってさ、本当は寝てたいんだけどね。皆うるさいんだよ」

 そういうしきたりにうるさい家庭はこっちの世界にもあるのか。その王都とやらがどこに有るのか知らないが、馬車だの機関車だのと話を聞く限り相当に遠いのだろう。

 「でもでも下級兵だったら残ってるよ。皆がみんな行くわけにも行かないしねー」

 「うーん、そうか……だってよ、どうする?」

 「日を改めてもいいが、とりあえずソイツが帰ってきたときに会えるかどうか聞いてみよう」

 「そうだな、せっかくだから砦も見てみたいし」

 彼女……モモコは俺たちの話が掴めなかったのだろう、また首をかしげた。めっちゃ可愛い。

 「砦に行くんだね、じゃあ一緒に行こう! 付いて行くからさ!」

 「え? だって俺たちは王都とか機関車の町とか行かないぞ?」

 「せっかく知り合ったんだもん。それに砦は近くだしさ、キミ達を送ってからあたしは出発するよ」

 彼女からそう申し出るのであれば、俺たちに断る理由は無い。それに可愛い子を連れて歩くのは悪くないしな。

 サクラはまだ険しい顔を保っている。一体何だっていうんだこの女は。


 2


 砦は歩いて5分ほどで着いた。さすが小さな村だ、狭い。

 砦は石造りの円柱型をした建物だった。高さはそれなりにあるが窓の付き方からして2階建らしい。

 モモコはその扉に手を掛けて無遠慮に開き、ズカズカと入って行った。

 「ちょちょちょちょっと待って、勝手に入っていいのかよ」

 「へーきへーき。今はみんな休憩中だしね」

 「随分と詳しいんだな」

 「まぁね!」

 モモコは旨を張って背を逸らせた。無と言ってもいいほどのかすかな胸の膨らみが愛おしい。

 彼女に付いて行き、階段を上る。短い廊下を登り、突き当りの部屋を開いて俺とサクラを中に招いた。

 中には木製の机にベッド、小さなコーヒーテーブルが設けられている。石造りのためか、少しひんやりとしていた。

 モモコは机の椅子をガタガタと引き出し、そこに腰掛けて両手を広げて言った。

 「ようこそサキの村の砦へ! どうぞゆっくりしていってね!」


 数秒の沈黙が流れた後、やはり、と呟いたのはサクラだ。対する俺は軽いパニックに陥っている。

 「お……お前、鋼新兵だったのか!?」

 「あははは、黙っててごめんね、ビックリさせようと思ってさ」

 モモコは屈託の無い笑顔で笑っている。

 途端、俺は服を掴まれて後方に投げられた。バランスを崩して転びかけたが、寸前で踏みとどまる。

 驚いて顔を上げると、サクラが自分の腰に左手を回しているのが見えた。サクラに投げられた? なんで?

 サクラは動かない。俺はサクラの後ろに投げ飛ばされたので表情は見えないが、恐ろしい顔をしているというのは雰囲気で分かる。

 「氷室だな」

 「ありゃりゃ、知ってたの?」

 「名前は知ってたが見るのは初めてだ。でもお前が声をかけて来たときに氷室だと思った」

 モモコはぺろりと唇を舐め、さも面白そうだと言わんばかりの不敵な笑顔を浮かべた。さっきまでの屈託の無い笑顔とはまるで別物で、俺は背筋に裏寒いものを感じた。

 「……なんであたしが氷室だって判ったのかな?」

 「いくら私が気を抜いていたとはいえ、後ろから声を掛けられるまで気付かないなんて事は今まで有り得なかった。仮にそんな事ができるのは、悪意という言葉すら知らない赤ん坊か、或いは――」

 「恐ろしく腕が立つか」

 モモコはぴしゃりとサクラの言葉を遮った。何だ……何かを急いでいるような、ソワソワしてるような……

 「後ろの彼を逃がすタイミングを測ってるんでしょ? 気にしないでいーよ、彼には手を出さないからさ」

 サクラの左手は自分の後ろ、ズボンのベルトの位置にある。Tシャツに手が入っている様な形になっているので、何をしているのかは分からない。分からないが、ぎゅうっと何かを思いっきり握りしめるような音がした。

 「そこに仕込んでるんだ。抜いていいよ、何なら飛びかかってきてもいい」

 モモコは再びニヤリと笑って手招きする。当然、椅子に座ったままだ。

 直感で感じる。コイツ、普通じゃない。

 今コイツの傍に行ったら生きてはいられない。

 根拠なんて何も無い。ただ、本能がそう告げている。

 コイツは、俺が今まで見てきた生物の中で一番危険だと、俺の体の細胞一つ一つが教えてくれる。

 「逃げるのは無理か。仕方ない」

 そう言ったサクラは腰にあった左手を素早くシャツから抜いた。カシャリ、カシャリと小気味の良い音を立てて「それ」は伸びていく。そして最後に小さな突起物を姿を表し、俺は初めてそれが何かを理解した。

 槍……サクラが手にしたのは槍だ。

 「元封魔解放団――「白蛇しらへびのサクラ」で間違いないね?」

 「……なんで私が四季サクラだと気がついた」

 「あたしなんかよりずっとずっと濃い、何をしたって取れない血の匂い」

 「なるほどね」

 理解が追いつかない。今この場で何が起こっている? いや、これから何が行われようとしているんだ?

 いつの間にこんな事になったんだ。俺は変な世界に飛ばされて、刺青だらけの女に連れられてたらソイツが俺の前で槍を取り出しやがった。くそ、次から次へとわけが分からないことが起きやがる。もう早く帰してくれ!

 だが現実は非情である。次の瞬間に俺の目が捉えた景色は、いよいよ以って自分が異世界に来たのだと痛感するものだった。

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