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封魔烈火  作者: 藤宮ハルカ
第2章
29/29

世間知らずと世界知らず

 1


 エリュード。それがこの街の名前らしい。

 大きさ的にはトナカの街と同じぐらいだろうか。石壁に囲まれ、出入り口は東西南北の扉のみ。街の作りもトナカと同じだ。

 街の造りはどこも同じなのかな? 王都はどうだったっけ? 汽車で入ったし、扉から出たわけでもないから分からん。

 「しかし疲れたな……これからどうする、エル」

 「……」

 「エル?」

 振り向くとエルはベッドの上の掛け布団の上で丸くなり、ぐっすりと眠っていた。

 無理もないか、10時間殆ど休み無しで歩いてきたんだ。俺だって脚がパンパンで今にも破裂しそうでつらい。

 しかし――いくら疲れていたからって無防備に寝すぎでは……白い太ももはおろか、下着まで丸見えである。もしかして男として認識されてない?

 しかし、うん、そうだな、エルはしばらく起きないだろう。街行く人達がエルの事をかなりジロジロ見てたし、洋服を買ってあげよう、そうしよう。

 そう決めると俺は寝息を立てているエルを置き、宿を後にする。しっかり鍵も閉めておけばまさか強盗なんかに会う事はないだろう。


 この村を訪れて分かった事がある。それは“此処にニンゲンはいない”という事だ。

 街を行く人々の外見は、俺の様なニンゲンのそれとは大きく異なっていた。俺の見た種族達はかなり見た目がバリエーションに富んでいる。

 まずエルフ。

 エルによるとエルフは鎖国的な思考が強いと言っていたが、かなりの数が街にはいた。見た目はエルの様に色白で碧の根、そして金髪。性格は――どうなんだろう? この街に来て真っ直ぐ宿を探して入ったので話し掛ける事は無かった。

 次にドワーフ。

 肌が薄い灰色で、男も女も総じて背が小さい。男女の身長にあまり大きな違いはなく、大体が150cmも無いくらい……つまりモモコくらいだ。髪は皆が黒色だった。

 宿には街に入って直ぐに街の案内板が立っていたので真っ直ぐ行けた。時間にして5分も掛からなかったくらいなのだが……その僅かな時間の間に話しかけてきたのがドワーフのオッサンだった。

 どうやらこの街でニンゲンは珍しいらしく、どこから来たのか、だの一杯どうだ、だのとやたらと俺に絡まれてしまった。

 とりあえず無難な答えを返し、適当に相槌を打ってその場は凌いだのだが……そのおっさんは「ドワーフはめちゃくちゃ社交的で喋りたがりだから、珍しいニンゲンを見て話し掛けられずにはいられなかった」と言っていたのでドワーフはエルフと真逆、恐ろしい程に社交的な種族みたいだ。

 そしてあと一種族いるっぽいのだが……あれが「ドラグーン」なのか「アマタス」なのかが分からない。

 見た目の特徴は正直、俺の様なニンゲンと変わらない。体格は痩せもいれば太ってるのもいる。眼と髪の色は黒、赤、緑、青、さらにピンクと様々。肌の色は白いのもいれば黒いのもいるが、ドワーフのように灰色の肌は見なかったな。

 それだけなら(あくまでこの世界での)ニンゲンと変わらない。決定的に違うのは、額に埋め込まれたひし形の宝石の様な物だ。観察した限り、これは髪の色と同じらしい。

 しかしこの宝石が無いと、本当にニンゲンと見分けがつかない。俺も宝石を埋め込んだら紛れ込めるかな? とかくだらない事を一瞬だけ思った。

 エルの服を買うついでに、この種族の関係やら特徴やらを調べてみよう。

 そして地図だ。今俺は何処にいるのか、何処を目指せばいいのか……

 「いってらっしゃい。10時には戻ってね、扉閉めちゃうから」

 「あ、はい。どうも」

 考え事をしながら宿を出ようとしたら、カウンターにいたお姉さんに声を掛けられた。歳は20歳くらいか? 切れ長の細い眼が涼しげな美人だ。額にはピンクの宝石が埋まっている。もちろん、髪の色もピンク。あの髪色、天然なんだろうなぁ……

 俺はそのまま宿を出ようとしたが、ふと思い立って踵を返してカウンターに向かう。

 突然Uターンしてきた俺を見てお姉さんが首を傾げる。

 「何かありました?」

 「つかぬ事をお聞きしますが、この辺りで女の子用の服を売っている店はありますか?」

 「ご一緒に泊まられている彼女様の服ですね?」

 俺達の事、覚えていたのか……

 「彼女ではないですが、まあ、あの子の服です」

 「そうですよね、いくら彼氏さんの趣味でもあれはちょっと露出が多すぎます。あ、もしかしてそういう服をお探しですか?」

 彼女じゃないって言ってるのに……そしてよく喋ってくれるではないか。

 「違います、普通の服が欲しいんです」

 俺は半ば呆れたように言う。

 「そうですか。エルフの服をお探しならば店から出て右、4軒隣に「アリーナ」というエルフ用の洋服店がありますよ。この街でエルフから一番人気のあるお店ですね。彼女さんの様に大人な雰囲気の女性を狙ったデザインが人気で、男性用も流麗なデザインが多いです。エルフ用と謳ってはいますが、彼氏さんでも着れるような物が多いですよ。さすがにドワーフがそこで服を探すと子供用になってしまいますがね。今は確か2周年とかで全品3割引セールをやっていた様な……お買い物から帰ってきたらお店の状態、教えてくださいね。もしセールをやっているなら私もお仕事終わりに行きたいので」

 めっちゃ喋る。この()めっちゃ喋るやん。なんなん。

 「そ……そうですか、ご丁寧にどうも」

 俺は逃げるように宿を後にする。

 後ろからまだなにか聞こえてくるが無視だ。このまま日が暮れてしまう。


 「いらっしゃいませ」

 アリーナというらしき店に着き、中で迎えてくれたのは黒い燕尾服を来た流麗なエルフの男性だった。店員なのだろう。

 金に黒とはどうしてもこうも似合うのか。しかもその店員はイケメンで腹が立つ。

 店内はそこそこ広く、入って左側に男性服、右側に女性服が陳列されているっぽい。こういう分かり易い造りはとてもありがたい。男性用も女性用も置いてある店ではごっちゃごちゃに置かれていたり“境目”が曖昧だったり……間違って女性用スペースに居ると分かるととても居心地が悪くなる。

 そこそこ店は繁盛しているらしく、そこかしこで人々服を漁っているのが見て取れる。

 「男性用の服をお探しですか?」

 どの世界でも服屋の店員は話しかけてくるんだな……正直、俺はこの手の接客をされるのが苦手である。しかし元の世界ならまだしも、何も知らないこの世界で無下に親切を断る事はないだろう。俺は小さく首を振って見せた。

 「いえ、エルフの女性なんです。相談に乗って欲しいのですが」

 俺がそう言うと、燕尾服のエルフの男性はにぱっと顔を明るく綻ばせ、(うやうや)しく頭を下げた。

 「かしこまりました。どうぞこちらへ」

 うん、エルフどころかニンゲンの女性の服の趣味も分からない俺だ。餅は餅屋に任せるのが一番良い。

 俺は彼につられて店の女性品スペースの奥へと進んで行く。

 服の陳列は俺の世界とさほど変わらない……というか、全く同じの様に思えた。木製のハンガーに掛けられたTシャツやワンピース、大き目のクリップのついたハンガーでかけてあるパンツ類。不細工なマネキンが着飾ったディスプレイ――

 機能や見た目を追及すると、結局はこの様な形に落ち着くのだろうか。

 「着られるお客様は、どの様な方ですか?」

 ふいに店員に話し掛けられた。どのような方? えーっと……

 「しっかりしてて、おもしろい子ですよ」

 あ、言ってるうちに気が付いた。これそういう質問じゃない。多分、体型の事とか聞いてる。やめて、その半笑いやめて。

 「ご……ごめんなさい! 何でもないです! えーっと……身長は160cmくらいですかね? 胸はちっちゃこいですけど、スレンダーです。手足がスラっとしてて……あと82歳って言ってました」

 弁明するように俺は身振り手振りを交えてまくし立てた。彼は何とか笑いを我慢しつつ納得したように頷いて見せる。

 「なるほど、そのくらいの年齢の方ですと……この並びが人気ですかね」

 彼は数歩歩いて売り場を示す。

 色鮮やかな衣服に煌びやかなアクセサリー類。男の俺がまさかこんな所に一人で来ることになるなんて――考えてみれば恐ろしいことである。

 俺は彼に礼を言い、自分で探してみる旨を伝えてご退散頂いた。さすがに一から十までつきっきりで接客させるのは申し訳ないし、何より俺も居心地が悪い。

 まぁ……こんな店にいる時点であんまり居心地は良くないんだけど……

 ともかく俺はハンガーに掛かっている服や、平台に畳まれて置いてある服を見て周る。

 男物も種類は沢山あるが、女物はその比ではない。なんだこれ、どうやって選べばいいんだ。色もデザインも何もかもが違いすぎて訳が分からなくなってくる。

 えーっと……うわ、胸元がガッツリ開いてる。寒いし恥ずかしい。

 なんだこれ、ズボン? これお尻はみでるんじゃないの? 

 うわー背中がぱっくり開いてるよ。虫とかに刺されそう。

 やばい、全く何をどういう基準で選んだらいいのかわからん。というか何かもう色々ありすぎて何が良くて何が駄目なのか分からなくなってきた。

 落ち着け、ここでもしとんでもない物を買ってエルに渡したら……想像するだけで恐ろしい。

 思い出すんだ、俺の世界での女性――それも20歳位の女性はどんな格好をしていた?


 ……色んな格好をしていた。


 いや駄目じゃん、何の参考にもならないじゃん。

 くそ……もうちょっと女性のファッションについて詳しくなっておくんだった……


 いや、待て。

 何も現実の世界の女性を思い出す必要もないんじゃないか?

 そう――そうだ!

 俺はぐるりと首を回して店内を見る。

 宿の受付嬢が言っていた。今日は何周年かのセール中なのだと。

 見渡してみれば、店内にはそこそこの数の人がいる。女性ばかり、しかもエルフだけだ。2人組み、一人、集団……さまざまなグループであるが、幸いなことに自分達の買い物に集中しているのか俺に目もくれない。

 俺はその一人ひとりを、奇異の目が向けられない程度に観察した。

 年齢は全員がエルと同じ位に見える。そういえばアルルもあれで200歳近いとか言ってたし、もしかしてエルフって老けないのか?

 しかしそれは好都合。俺は観察を続ける。

 店内のエルフの女性が着ている服も、売っている服も、俺が知っている服よりは質が良くはない。

 いや、決してボロだとか、粗末だとか言っているわけではないのだ。やはり、というか、素材があまりよろしくは無い。大体が麻で出来ていて、それに染料で色を付けて、完成。

 服の製造過程なんてよく知らないが、この世界に来て「機械」なんてものは見たことが無い。だからきっとミシンなんてものも無いのだろう。恐らくは全てが手縫いなのだ。

 ふと、俺にある疑問が浮かぶ。


 もしかして、めっちゃ高いんじゃね?


 サッと俺の顔から血の気が引いていく。俺って今いくらもってたっけ? たしか買い物とか食事のときはサクラとモモコが出してくれたから……一円も使ってないはず。つまり5万円ちょい。そこから宿代で2人分払った。えーっと宿代はいくらだったかな……そうそう、1万円ジャストで朝、晩御飯つきだった。つまり今の所持金は4万円くらい。さすがに足りるよな?

 何が不安かって、俺は字が読めない。つまり物の値段が分からない。さすがにTシャツ一枚が一万円を超える事はないだろうが――ないと信じたいが――

 ああくそ、文字が読めないって本当に不便なんだな。日本に居たときはそんな事なんか感じたこともなかったのに。

 俺の知ってる服屋なら、この首の辺りに値札が付いてるのにな……

 なんて思いながら適当に取った服の首の部分を見てみる。

 “2800”という文字が見え、俺は凍りついた。


 なんで? おかしいだろ。確かにここに値札が付いているのは自然だ。けど、何で俺が読める字なんだよ。この店の名前も、値札の2800の後に続いて書いてある文字も俺には読めない。なのに、これは間違いなく2800と書いてある。読める。

 リンクしている――

 ここはきっと、全く俺の知らない世界ではない。どこかで俺の知っている世界と繋がっている。

 そんな気が、またした。


 2


 「ただいまー」

 宿の部屋のドアを開ける。ちょこんと椅子に座ったエルがビクリと肩を跳ねさせたのが見えた。

 「そんなにビックリしなくてもいいじゃないか」

 ベッドの上で毛布を胸の前に抱いたエルが恨めしそうな顔で俺を睨んだ。

 その瞳はちょっと潤んでいるように見える。

 「ビックリするに決まってるじゃないですか! 目が覚めたら一人ぼっちだし、いつまでも帰ってこないし! 私がどれだけ不安だったと思ってるんですか!」

 なるほど、怖かったんだな。

 しかしこの子、見た目に反して中身は意外とポンコツ……失礼、若い。

 「もう夕方ですよ、一体何をしに行ったんです?」

 ぐずぐずと鼻を鳴らしてはいるが、顔には一目で「安心」と書いてあるのが判る程に安心している。

 「ちょっと買い物にね。これ、エルにプレゼント」

 俺は手に持った茶色い紙袋をエルに手渡した。

 きょとんとして両手の上にそれを乗せるエル。いや、開けてほしいんだけど……

 「……袋?」

 「いや、うん、袋には違いないんだけどね、とりあえず開けてみてくれ」

 はぁ、と気のない返事をして怪訝な顔で四苦八苦しながらそれを開けるエル。

 森から出たことなかったって言ってたし、もしかしたら紙袋を見るのも初めてなのかもしれない。

 いや、この手こずり方は間違いなく見たことも触ったこともないな……

 ようやく、といった感じで紙袋から取り出した物を見て、彼女はその顔を一層歪めた。

 広げて、広げて。それ畳んであるから。

 とは思っても、あえて何も言わずに眺める。猫が遊び方の分からないおもちゃを初めて触ったような可愛らしさに、いじわるがしたくなるのだ。

 しばらくエルは畳んである「それ」を、畳んだ状態のまま手に載せて頭上にかざしてみたり、匂いを嗅いでみたりした。

 そしてようやく「それ」が何か分かったのだろう。彼女のしかめっ面は「まさか」といったものに変わり、慌てて畳んであった「それ」を広げ始める。

 おぉ、いいぞ、その調子だ。

 両手で「それ」を持ってバサリ、と広げたエルが見たものは――

 「可愛い……」

 所々にフリルのあしらわれた深緑のワンピースだ。

 お店には多くの女性がいたし、参考にもなった。

 しかし、このワンピースを見たとき「これしかない」と思ったのだ。

 「似合うといいんだけど」

 なんだか照れくさくて俺は視線を外す。

 狐につままれたような、感動で表情が張り付いてしまったような、何とも言えないちょっとお間抜けな顔でエルがこちらを見つめているのが視界の端に映っている。

 「これ、もらって、いいんですか? これ、お洋服……私に?」

 しどろもどろで俺と手に持った服とを交互に見るエルがとても愛おしい。抱きしめたくなるがここはぐっと我慢する。

「もちろん、エルのために買ってきたんだ。着て見せてくれよ」

 途端! 俺の言葉を聞くや否や、エルは今まで来ていた甚平もどきを勢いよく脱ぎ捨てた!

 「おああああああ! 俺出ていくから! ゆっくり着替えてくれ!」

 人によっちゃ美味しいシチュエーションなのだろうが、生憎と俺は残念な事にそこまで人間が出来ていない。

 慌てて扉に飛びつき、ホテルの廊下に転がり出た。

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