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封魔烈火  作者: 藤宮ハルカ
第2章
26/29

新たな旅立ち

 1


 「本当にいいんだな?」

 「はい、許可も取りました。覚悟もできています」

 まさかエルが俺に着いて来る、なんて言うとは思わなかった。俺が寝てる横でなにかゴソゴソやってるな、とは思っていたが……

 「忘れ物は無いか? しばらく帰ってこれないかもしれないぞ」

 脅すつもりは全く無いが、無意識に声が低くなる。

 「大丈夫です、行きましょう」

 エルはそれに臆することなく、凛とした顔で答えた。

 時間は丁度6時だ。

 俺とエルはテントを出て集落の出口に立つ。示し合わせたように足を止め、集落を目に焼き付けるようにしばらく眺めていた。

 見送りはいなかった。俺一人ならまだしもエルがいるのに――

 しかし集落を見渡すエルの顔は、落胆や悲しみというものとは全く無縁のものだ。うっすら微笑みすら浮かべ、慈しむ様に眺める姿が絵になっている。

 「村長」

 なんとなく俺は傍に彼女がいるような気がして呼んでみる。

 「ほう、バレていたとは」

 やはり、というか何というか……彼女は頭上の木から降ってきた。

 着地同時に暴れるその胸も見納めである。

 「色々ありがとう、村長」

 「よい、また遊びに来い。村は歓迎しないだろうが、私は歓迎するぞ」

 にやりと嗤う彼女の顔は、どこかで見た事がある。

 サクラの嫌味っぽい笑顔が俺の頭の中で浮かんだ。

 性格の悪い奴はみんなこういう笑い方をするのか?

 「エル、お前も助けられっぱなしではいかんぞ。成長して戻ってこい」

 「はい、もちろんです」

 胸を張り、フンと鼻息を鳴らすエル。俺よりも何倍もエルの方が頼もしそうだ。

 「それと、その首輪だがな」

 村長は俺の首を指差す。何の事かと思ったが、すぐに思い出した。

 爆弾着けたままだった!

 「忘れてた! は、早く外してくれ!」

 俺は100人が見たら100人「慌ててる」と言うであろう慌てっぷりで村長に詰め寄る。

 俺のそんな姿がそれほど面白かったのか、エルと村長は腹をかかえ、身をよじって笑った。

 「案ずるな、その魔石は既に爆発の力を失っている……ク……ククク……やはり気付いていなかったか……ブフゥ」

 笑いすぎである。

 「じゃあこの首輪は外しても爆発しないんだな?」

 「うむ、その代わりに別の魔力を施しておいた。お前が私の膝に乗っている間にな……ウブフッ」

 いつまで笑うのか。流石にちょっと恥ずかしくなってきたぞ。

 「お前の旅にきっと役立つだろう。感謝せよ」

 おい、笑うの我慢してるだろ。顔が歪んでるぞ。

 「ふふ……それでは、おかあさ……村長」

 「うむ、行くのか」

 エルと村長が笑顔で向き合う。

 それは俺を笑っている顔じゃない。見送られる人と見送る人の、門出を祝う清々しい笑顔。

 村長は両手を天に掲げ、天を仰ぐ。

 が、そうしてピタリと動かなくなってしまった。そして「やってしまった」というような悪戯っぽい笑顔で両手を天に掲げたまま顔を俺に向け、ぺろりと下を出した。

 「名前を教えてくれんか。機会を逃して、聞くのを忘れてしまった」

 そういえばエルにしか自己紹介してなかった気がする。

 「ハルカ……藤宮ハルカだ」

 「ハルカ、というのが名か?」

 「ああ」

 「良い名だな」

 それだけ言うとまた彼女は天を仰ぐ。

 「森の精霊、戦士達よ! 村長、アルル・ルルゥの名の下に! 愛おしきわが娘、エル・ルルゥ! 不屈の戦士、藤宮ハルカ! 2人の旅立ちを祝福せよ!」

 途端、風が吹いて木が揺れ、葉が叫ぶ。

 木の上にいるらしきエルフ達の、無数の叫び。そして村長――、いや、アルルの声が響く。

 「行け! 振り向く事なく!」

 他のエルフも見送りに来てくれていたんだ。

 俺とエルは一歩ずつ、大地を踏みしめるように道を歩き始めた。背後からはエルフ達の色んな声が聞こえる。「頑張れ」「負けるな」「必ず帰って来い」。それは俺にも向けられていると、何故か分かった。

 真っ直ぐ、真っ直ぐ前を見て歩く。

 隣を歩くエルの嗚咽が聞こえる。

 なるほど……「行け! 振り向く事なく!」か。

 エルフの激励の言葉の嵐の中に、エルの嗚咽よりずっと大きな泣きじゃくる声が混じっていた。


 2


 森を抜けるのに丸2時間、山に囲まれた草原を歩くこと3時間。ぶっ続けで合計5時間歩いたが未だ目的地は見えない。10時間掛かるって行ってたから当たり前か。

 「エル、疲れてないか?」

 「大丈夫ですよ。あと半分ですからね、頑張りましょう」

 ぶっちゃけ俺が疲れていた。歩きすぎて脚の感覚が無い。

 けど小さくガッツポーズするエルが可愛いかったので頑張れるのだ。「可愛い」とは偉大なのだ。

 見渡す限りの山と草。そして青い空、白い雲……吹き抜ける風は草や小さな花の香りを運び、エルの美しい金髪が揺れ、俺の鼻腔が開く。ああ……脚痛い。

 森を抜ける為に歩いてきた道は、全く舗装されていない獣道だった。この森を抜けりゃちょっとは歩き易くなるかな? とか思ったが、「草刈って適当な砂利を敷きました」と言わんばかりの粗末な道が現れたので少し心が折れた。

 でも森の獣道よりずっと歩き易くてマシなので文句は言わない。石造りの道の上って歩き易かったんだなぁ……

 何てグチグチ頭の中で考えていると、どこから軋んだドアが開くような音がした。

 ボーっとしてたので出所が分からなかったな、どこだ?

 俺はキョロキョロと辺りを見渡す。

 何も無い。

 「なぁエル、変な音しなかった?」

 「……ごめんなさい」

 赤面してうつむくエル。何がなんだか分からない。

 「朝から何も食べてないので、流石にお腹がすいてしまって……」

 ああ! 今のはエルのお腹が鳴った音か! くそ、そうならもっとちゃんと聞いておけばよかった!

 と、くだらない事はさておき……言われてみればお腹すいたなぁ。

 「ちょっと休憩しようか。お腹すいたもんな」

 「し……心配には及びません! 大丈夫です!」

 真っ赤になったと思ったら、次にはぷりぷりして早歩きになった。

 すぐ謝ったり、赤くなったり、ちょっと拗ねたり……年上に見えるけど見えない。

 「俺もお腹すいたんだって。ほら、丁度平べったい石があるから、これに座って食べようよ」

 早歩きでちょっと先を歩いていたエルは、立ち止まってこっちを振り返り、顔をニッコニコにしながら足取り軽そうに戻ってきた。分かり易い奴。

 大き目の平べったい石に2人は並んで座った。が、太もも丸出しのエルは石が冷たかったのか、「ひぃ!」と小さい悲鳴を上げて飛び上がる。俺は指差してゲラゲラ笑う。

 そしたらヘソを曲げてしまったのか、俺に背を向けて石に座ってしまった。ゆっくりと。ぷぷぷ。

 「ごめんごめん、あの村長……アルルの笑い方が移ったんだって」

 「お母さんの真似なんかしちゃ駄目です、性格が悪くなります」

 「まあ確かに色々とイイ性格したてけど……え、お母さん?」

 「……? はい、アルル・ルルゥは私の母ですが?」

  え? え? マジで? 

 「あの人出産してるの? 精々20代半ばくらいにしか見えなかったぞ? つーかエルだって20歳くらいに見えるぞ? 色々と釣り合わないぞ?」

 「20歳? 私は82歳です。お母さんは確か今年で199歳だった筈ですが……」

 「はああああああ!? はちじゅうにぃ!? ひゃくきゅうじゅうきゅう!?」

 「な……なんですか大きな声出して! まだ若いですが弓も封魔もそれなりに扱えます! それに貴方だって若く見えるけど私と同じくらいでしょう!?」

 「バカ言え! 82歳は若くないし、俺はまだ18歳だ!」


 さっきまで穏やかで心地よかった風が、今はひどく耳障りに感じる。それくらいお互いに沈黙していた。

 「冷静になろう」

 「異議なし、です」

 俺達は同時に自分のリュックから水筒を取り出して水を飲んだ。

 どうでもいい話だが、俺の水筒はエルから余ってるものを貰った。というか、今日になって初めて自分のリュックに水が無い事に気付いた。干し肉は買ったが、水を買った記憶は確かにない。サクラめ……いや、気付かない俺も悪いんだけどさ。

 「さて……エルは82歳で、アルルが199歳だって?」

 「そうです。嘘でも何でもないですよ」

 再三言うが、エルはどう見ても20歳そこいらにしか見えない。アルルだって30歳には絶対見えない。

 と、言う事は……

 「エルフって、寿命が凄い長かったりする?」

 聞くまでもないが、そうとしか考えられないだろう。“エルフあるある”だ。

 しかしエルは難しそうな顔で首を傾げる。

 「いや……人里のニンゲンの成長が早いのでは?」

 あ? なんだと?

 「ちょっと待って、エルフって何歳くらいまで生きるの?」

 「大体は300歳くらいですが」

 「さんびゃく……ちょっと生きすぎだろ……」

 「ニンゲンは違うんですか?」

 「大体は80歳くらいだよ」

 今度はエルが目を見開いた。

 「は……はちじゅう……エルフは80歳で成人の儀を行うんですが……」

 「俺達の世界では――」

 20歳で成人だ、と言いそうになった。

 「……18歳で成人なんだ」

 それを聞いたエルは魂が抜けたように虚空を眺め、何かをブツブツ呟き始めた。内容が気になるので耳を近付ける。

 「だって、私が18歳の時なんて、まだキュムに石投げて遊んでた歳で、旅なんて考えも……」

 あれってエルの事だったのか……


 3


 予定通りならばあと1時間で街に着く。まだその姿は見えないが、長かった……

 「あと少しですね! そう考えると元気が出てきます」

 「だな!」

 お互いの事がちょっとは分かったからか、さっきから足取りも会話も軽い。

 「エルフの人達は俺達の事を“ニンゲン”って呼ぶのか?」

 「はい、皆そう呼んでいました」

 まあ確かに間違っちゃいないが……なんか“エルフ”と比べると“ニンゲン”って味気ないな。

 「エルフとかニンゲン見たいに、他の種族もいるのかな」

 エルはうーんと唸って自分の目の前に握りこぶしを作る。

 「えっと……北の山の向こうに“ドワーフ”という種族がいると聞きました」

 目の前で作った拳からぴんと人差し指を立てる。

 小さくて、力持ちで、大酒飲みという印象がある。実際はどうだか知らない。

 「あと、西部には“ドラグーン”」

 今度は中指が立ってチョキになった。

 それはちょっと想像がつかない。ドラゴン? オ○ガバトルでそんなのがいたような……みんな知ってるかな?

 「東部には“アマタス”だったかな……?」

 自信無さ気に薬指を立てる。

 これに至っては聞いたことすらない。まるで想像できん。

 「それに“妖狐”という種族もいたらしいのですが……絶滅してしまったらしいです」

 小指は立たなかった。

 ようこ? 妖狐ってそれ……妖怪だよな?

 とは言わなかった。妖怪が通じるとは思えなかったし、絶滅したらしいし。

 「私が知ってるのはそれくらいですかね? エルフとニンゲンを足せば5種族ですか。もしかしたら別の種族もいるのかも知れませんが」

 ぽんぽんと立て続けに小指と親指を立て、開いた手を俺にみせながらひらひら振ってくれた。それを見せられても……

 「さっきから「いると聞きました」とか「だったかな?」とか、エルは多種族にそんなに詳しくはないのか?」

 「う……あの、エルフは基本的に森から出ないのです。それに排他的で閉鎖的なので他種族が近づくこともなく……」

 なるほど、つまり根っからの引きこもり族だから聞いた話しか知らない、というわけだ。

 「見た事はない、と」

 「はい、ごめんなさい……私のいた村では外に出た人も外から戻った人もおらず……しかも名前だけで特徴もよく知らなくて……むしろ名前すら曖昧で」

 しょぼんとしてしまった。何だか俺がいじめているみたいで心苦しい。

 「なんで謝るんだよ、俺なんかニンゲン以外知らなかったんだぞ。教えてくれてありがとう、だ」

 それは素直な俺の気持ちだったが、本当にそう思ってますか? と言われジトっとした目で睨まれた。どうやらまださっきの石の一件が尾を引いているらしい。人の事を笑いすぎるとこういう事になるのだ! 分かったかアルル!

 「本当だって、助かるよ。俺が森に来る前に一緒にいた奴は酷かったからな。それに比べたらエルは天使だ」

 「て、天使!」

 エルの顔は今まで見た中で一番赤面した。素直な所は母親譲りかな? 胸はちょっと似なかったみたいだけど。

 「……何です?」

 赤面してるからと思って胸をガン見してたら思いっきり見られたでござる。

 「何でもないです」

 「そうですか、変な人ですねぇ」

 咄嗟に首を前方に戻したのが幸いしたのか、どうやらバレなかったらしい。しかし心臓にとても悪いので、次からはもっと上手くやろう。

 「そうだ、その森にくる前に一緒にいた人の話を聞かせてください!」

 「あぁいいよ。一人はエルのお母さんに笑い方が似てる人だった」

 「えー……その人性格悪いですよ、絶対」

 「うん、凄い悪かった」

 あと少しで街だ。少しでも手掛かりがあればいいが――


 4


 「へぁっぶし!」

 「うわっ。村長、くしゃみするなら手で覆ってくださいよ」

 「誰かが私の事を噂しているな……私もまだまだ若いからな」

 「鼻水垂れてますよ」

 「ハルカ……エルの夫にと思ったが、私の婿でも良かったな……惜しいことをした。エルには勿体無い」

 「鼻水垂れてますって」


 「へっち!」

 「お? 風邪?」

 「いや……誰かが噂でもしてんだろ」

 「だとしたらハル君だろうね、あははは」

 「何が可笑しいんだ。もしアイツなんだとしたら、さっさと見つけてぶっ飛ばす」

 「あたしもくしゃみ出るかなぁ? 出たら嬉しいかも」

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