エル・ルルゥ
村長すき
1
空気を内包した薪が爆ぜる。細かい火花がまるで空中に吸い込まれる様に、生まれては消えていく。
「テントの中で焚火なんて新鮮だな」
俺は大人しく踊る火を眺めながら言った。
「村長の魔力が込められた風の魔石です。風の魔力で空気を循環させ、村長の聖の魔力で浄化してくれます」
聖の魔力……七つある属性の内のひとつか。
最初にそれを知っていたら「なんでこんな奴が聖なんだ」と思ったが、今なら納得だ。
人格成形に魔力が関係してるかどうかなんて知らんがね。
時刻は22時を回っている。エルフは基本的に一人一つのテントを持ち、そこで自分の生活をするらしい。
今俺はエルのテントにお邪魔している。
「ごめんな、泊めてもらう事になっちゃって」
それを聞いてエルは慌ててぶんぶん首を横に振った。
「そ……そんな! むしろ村を出て行こうとした所を私が無理矢理止めてしまって……ごめんなさい」
そう、村長のテントを出て俺は直ぐに村を出ようとした。村長にエルのテントの場所を聞き、一言挨拶をして去ろうと思ったのだが……今夜だけは泊まっていってほしい、と懇願されてしまった。断る事が出来ず、こうやってお世話になっている次第である。
「いいよ、ちょっと疲れてたし。ありがとう」
「はい! ゆっくり休んでくださいね!」
揺れる炎の光の中に、炎に負けなくらい明るいエルの笑顔が浮かんだ。
「でも、何もおもてなし出来なくて……せめてお食事だけでもと思ったのに」
その笑顔はすぐに引っこみ、代わりに現れたのは深い悲しみの顔だ。
「いいよ、しょうがないだろ。閉鎖的な人達みたいだし……干し肉あったし」
「本当に頭の固い人達で……ごめんなさい」
ぺこりと頭を垂れるエル。
エルフの集落はここだけでなく、森に点々と存在しているらしい。数はまちまちで、多い所だと200人くらいが集団生活をしているとか。それぞれが自分達のテリトリーを持ち、のんびり暮らしているという。
他部族を嫌っているのは村長だけではなく、そもそもエルフ自体が排他的思考を基本に持っている。しかし「森の外で生きてみたい」やら「他の種族に興味がある」といった一部例外なエルフもしばしば出てきて、そんな人達はふらりと村を出て、森を出て、帰ってきたり帰ってこなかったり……まぁ、自由な種族らしい。
「この村の人達は特に部外者に厳しいんです。他種族どころか、他の村のエルフも毛嫌いするほどで」
筋金入りの鎖国思考みたいだ。
「まぁこうして泊めてもらってるし、村長も良い人だし、他の人達に攻撃とかされないしな。十分だよ、本当に」
「そう言って貰えると助かります。本当にごめんなさい」
エルは可愛くて、礼儀正しくて、腰が低くて、可愛くて、文句の付け様が無い。ちょっとペコペコ謝りすぎな気もするが、そこも日本人の俺と似ているようで親近感が湧く。
「いいってば」
俺はそう言って両腕を天に伸ばし、大きく欠伸をする。
「眠いですか?」
「うん、ちょっと」
「ゆっくり寝てください。明日、早いんですよね?」
「そうだね、6時には出て行こうかと思うよ」
事情を聞かなかった村長に、俺は最寄りの街を聞いた。
村長曰く、森を抜けて道なりに真っ直ぐ進むと小さい街に出るらしい。
ただし、ここからそこへ行くとなると10時間は歩き続けなければいけない、との事。
遠いがずっと此処にいるわけにはいかない。早く、アイツらに会いたい。
「分かりました。私は少し外に出てきますので、お気にせず寝ていてください」
寝る、とは言ってないんだけどな……と思ったが、今日も今日とて激動の一日だった。疲れているし眠いのは事実なので、明日に備えて早めの就寝をする事にした。
ベッドはおろか、枕や布団の類は一切無い。村長のテントにも寝具の類は見えなかったので、エルフはそのままテントに横になって寝るのだろう。
それに倣って俺もテントに横になり、目を閉じた。
聞こえるのは焚火の炎が爆ぜる音、ゆっくりとテントを出て行くエルの足音だけだ。
俺の体は、俺が思っている以上に疲れていたらしい。すぐに眠気が俺の意識を持って何処かへ行った。
2
「村長、エルです。お話があります」
「……入れ」
「失礼します」
「今日はご苦労だったな。しかしこんな時間に何用だ」
「お話をしたくて参りました。大切なお話です」
「そうか、話してみろ」
「……」
「…………」
「………………」
「出て行くのか」
「えっ!?」
「アイツに着いて行くのだろう?」
「……」
「違うのか?」
「いえ……そう、考えて……います」
「そうか。分かった」
「え、あの……よろしいのですか」
「何がだ。お前の人生、お前の好きにすればよい」
「そう……ですか」
「……」
「……」
「来い、エル」
「……?」
「早う。ほれ」
「膝に、ですか?」
「そうだ。ついこの間まで此処にいつも座っていただろう」
「そんな事は!」
「あるだろう?」
「……はい」
「そうだろう。ならばほれ、早う」
「……」
「うむ――おぉ、いつの間にか大きくなったな。髪もサラサラ、肌もハリがある。胸は無いが……若いとは良い事よ」
「胸は……これから大きくなります」
「ほうか、期待しておこう。しかし――」
「?」
「しかし、大きくなった。ついこの間までキュムに石を投げて遊んでいたと思ったのに」
「それは昔の話です。私ももう大人です」
「貧相な体をしておるくせに言いおる」
「か……体は関係ないです!」
「くっくっく……いつかこんな日がくると思っていた。お前は昔から好奇心の塊だった」
「……」
「私を置いて出て行くのか」
「……村長、私は――」
「エル」
「……? はい」
「村長じゃない」
「……」
「エル、頑張ってきなさい。あの人と一緒に、世界を見てきなさい」
「……」
「そして必ず帰ってきなさい。100年でも、200年でも……待ってあげるから」
「……お母さん」
「私の可愛いエル。心も体も、本当に大きくなって。大好きよ、エル」
「ありがとう、お母さん……」
「あの人との孫を見せに来てね」
「お母さん!?」




