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封魔烈火  作者: 藤宮ハルカ
第2章
23/29

フラッシュ! パート2

 1


 「くそ、くそ!」

 俺はたまらなくイライラしていた。

 何なんだあの女、いきなり人を牢屋に放り込んであの態度。

 それに意味の分からん魔石を渡されてそれを嵌めて来いだ?

 おまけに逃げたらこの首輪が爆破する? ガ○ツかよ。

 何が「そこの道を進めば」だ。これは獣道っていうんだ、歩きにくいったらありゃしない。

 「なんて、言っても仕方ないか……」

 もう何回目かも分からないため息を吐いた。

 かろうじて道の体裁を保っている獣道は、人2人が並んで歩けるくらいの広さがある。

 両横は木が所狭しと生い茂っていて、さながら天然の壁のようだ。

 道は左右にくねくね曲がっているので先が見えない。

 聞こえる音といえば風に揺られた葉の騒めき、鳥の囀り、草を踏みしめる自分の足音……いくら歩こうが景色も大して変わらないので、余計に俺の疲労感とイライラが増す。

 そもそも本当にそんな洞窟があるんだろうな?

 なんて思い始めた時だった。

 違和感に気が付いて足を止め、今歩いてきた道を振り返る。

 何だ……? 今、何か聞こえたような……


 聞き間違いじゃない。微かではあるが、今歩いてきた道からガサガサと何かが近付いてくる音がする……

 周りはこんなに静かなんだ、聞き間違う筈がない。猪でも出たか?

 自然と俺の右手は左の腰に差してある脇差に伸びた。抜刀はせず、構えなど知らない構えを取って音を聞く。

 どんどんその音は近付いてくる。俺が予想してたよりずっと早くこちらにやって来ている。

 くそ、この道が真っ直ぐなら姿が確認できるのに……残念な事に、道は俺の少し先で左に直角に折れ曲がっている。

 近い、距離にして10m程か。

 「……!」

 もう少しでそこの曲がり角まで来る!

 俺はギュッと強く脇差を握りしめて抜刀し、中段――腰の位置に両手でそれを構えた。

 来るなら来い! 俺には物がゆっくりに見える目も、フラッシュもある! 逃げるなんて造作も無い事だ!

 ……この期に及んで逃げ腰な自分がとても情けなく思えた。

 勢いよく近付いて来ていた足音は、曲がり角の先でピタリと止まる。

 こちらの出方を窺っているのか? この隙に逃げた方がいいか? あ、ダメだ足がガクガク震えて動かないわ。

 「ふぅ、追い付いた……そんなに怯えないでください」

 曲がり角の先から聞こえたのは、聞いた事のある声だった。声の主はそこから出てこない。

 「私です、エルです」

 と言って曲がり角からスッと現れたのは、美しく長い金髪、碧色の目、白い太もも、尖った耳の女の子。

 本当にエルだった。

 「な……なんで? 追いかけて来たのか?」

 エルは少し息切れしている。漏れている吐息がめちゃくちゃ色っぽくて、思わず生唾を飲んだ。

 「はい、「きっと力になります」と言いましたから。あの、それ下ろしてください、何もしません……」

 言われて脇差を構えているのを思い出した。ガニ股でプルプル震えた自分の足が痛々しい。

 それを収めると、ようやくエルはこちらに歩いて来る。

 「村長や皆を出し抜くのにちょっと時間がかかってしまって……申し訳ありません」

 深く頭を下げるエル。粗末な服から胸元が覗く。あやうく小さな果実が見えそうになったので、慌てて顔を逸らした。

 「い……いいよ。というか、来てくれるとは思わなかった」

 そう言うとエルは顔を上げ。とても不満そうな顔で口を尖らせた。

 「力になる、と言いました!」

 「分かった、分かったよ、ありがとう。そんなに怒らないでくれ」

 「怒ってません!」

 ぷいっとそっぽを向かれてしまった。

 しかし改めてエル見てみると、ちょっとこれは犯罪的である。長く細い、それでいて艶めかしい手足が惜しげもなく晒されている。身長は160cmくらいだろうか。歳は俺より少し年上に見える。20歳くらいかな?

 「何を見てるんですか」

 彼女の肢体を舐めるように観察していた俺は反射的にアハハハと笑った。意味不明である。

 「行きましょう、洞窟はすぐそこです」

 「よし、さっさと終わらせて、村に戻って、首輪を外してもらおう」

 「そう……ですね」


 2


 魔道具だ、持っておけ、と言ってサクラが買ってくれたこのリュック。しっかり背負ってたおかげで脇差同様に無くさずに済んだのは不幸中の幸いだ。

 このリュックはかなり普及しているらしい。サキの村やトナカの街で多くの人がこれを持っているのをよく見た。

 そしてそれはエルフも同じらしく、エルも背負っている。彼女はそこから松明を取り出し、洞窟の壁にそれを擦りつけて火を点け、現在はその明かりを頼りに洞窟を歩いている次第だ。

 「ひでーよなぁ……エルがいなきゃ真っ暗の洞窟を進まなきゃいけない所だった、助かる。あぁ松明持つよ」

 「あ……それではお願いします」

 洞窟の入り口はデカかった。高さは4m程、横は6m程。大きな石が織り成してできた洞窟の様で、日の光は一切入らない。中はひんやりと寒い。

 「中も広いんだな」

 「はい、この辺りで一番大きい天然の洞窟です。奥行きもそれなりにありますが、一直線なので迷う事はないですよ」

 奥に向かって少し下る様に傾斜している。


 二人は無言で歩いた。少なくとも俺は意識して無言を貫いているわけではない。何を話せばいいのか分からないだけだ。

 隣り合って2人は歩いている。松明は確かに辺りを照らしてくれるが、これだけ大きくて暗い洞窟では心許ない。必然、2人の体は近くなる。

 妙にエルの事を意識してしまって喋れないのだ。緊張しているんだ。

 「ちょっとビックリするかもしれませんが、決して大きな声を出さないでくださいね」

 ふいにエルが話し掛けてくる。

 「な……何が?」

 「何でそんなに声が裏返ってるんですか? もう少しで最深部ですが、魔物がいるんです」

 「魔物!?」

 「この辺りに住む「キュム」という魔物です。今日はたまたま洞窟に入っちゃったみたいですね」

 「……危険?」

 「いえ、全く。こちらから危害を加えない限りは何もしてきません」

 「何でその魔物が居るって分かるの?」

 「なんでって……エルフは魔力探知に優れていますから。ご存じないんですか?」

 「知らないよ。エルフなんて初めて見たもん」

 「だって、私と会った時「エルフだ!」って……なんで分かったんですか?」

 「え!? いや、えーっと……聞いた事があったような気がしたから……」

 「……? そうですか」

 そういえば反射的にエルフだって言った気がする。しかし俺が知ってるのは俺の世界の架空の世界の生き物だ。見た目以外は何も知らない。

 「エルフは魔力探知に優れています。かなり離れた場所でも魔力を感じ、場所を特定する事ができます」

 「なるほど、便利だ」

 「なので貴方が現れた時は驚きました。急に何も無かった所から魔力の気配がしたから――っと……着きました。ここです」

 ここです、と言われても何も見えない。俺はコツコツと足元の石を鳴らし、数歩先に歩いた。

 松明の光の中に現れたのは――

 「!?」

 現れたのは、あまりに巨大な生物だった。全長は5mはあるだろうか。俺との距離は2m程、そいつの真っ赤な目は俺を捉えて離さない。口からは上下に大きな牙が伸び、額には赤い宝石のような物が嵌め込まれている。前足も後ろ脚も、俺の体より全然大きい。言い表すとすれば、鬼の顔だ。全身紫色の、四足歩行らしい巨大な鬼が、俺を見下ろしている。

 「これがキュムです。見た目はとても大きくて顔も怖いですが、大人しい魔物です」

 後方でエルが教えてくれる。俺はソイツと目を離さないように、ジリジリとエルの所まで後ずさった。

 「キュムなんて可愛い名前つけたのは誰だよ……」

 「それは分かりませんが、とりあえず魔石を」

 俺は魔物と視線を合わせたままポケットを探って魔石を取り出し、腕を伸ばしてエルに渡す。もちろん、一瞬も目線は外さない。目を離した隙に食いつかれそうだ。

 少し離れた所でエルがカチャカチャ何かをしている。しかし何をしてるのかは分からない。俺の視線は魔物と以下略。


 3分ほど、俺と魔物は見つめ合っていただろうか。

 「そんなにその魔物が珍しいですか? 刺激しないでくださいね。そして魔石を嵌め込み終わったので洞窟を出ましょう」

 頼まれたって刺激なんかしない。

 「大丈夫って言ってるじゃないですか、行きますよ。私も松明が無いと暗くて歩けないです」

 「お……おう」

 勇気を出して魔物から目を離し、ぎこちない動きで後ろを向いて来た道を戻ろうと一歩踏み出す。

 ふと後ろで何かが動く気配がし、何の気無しにまた魔物の方を振り返る。


 00:52

 魔物のが前右足を横に振りかぶる。


 は?


 01:83

 横薙ぎに右前足が放たれる。


 ちょっと。


 俺は後ろに飛びのいた。

 それは勿論考えて行った行動ではなく、反射的に体が動いただけだ。

 低い風切音と共に、丸太のような腕が俺の鼻先を掠める。プラットホームギリギリに立ってたら、いきなり急行電車が通過していった感じだ。

 「おっ!? ちょっ……と、待てよ!」

 何に対して「待て」と言ったのかは自分でも分からない。

 トントンと更に数回バックステップしてエルの隣に並ぶ。

 「え……エル! 話が違うじゃ」

 「下がって!」

 エルは叫びながら右手を魔物に向けた。

 そこから生成された巨大な火球が魔物に飛んで行き顔面に直撃した。

 急に現れた光源に目が眩むが、目を閉じている場合ではない。

 魔物の顔面を丸々包んだ炎は、周りの酸素を燃やして纏わりつく。地獄からの声と感じるほどおぞましい叫び声を上げながら魔物は首を振って炎を振り払おうともがいている。

 「これじゃ足りない……せめて弓があれば……」

 未だ魔物はのたうち回っているが、顔に纏わりつく炎の勢いは弱まっている。もうすぐ炎は燃え尽きて、またこっちに攻撃してくるだろう。

 その間に何とかしなければ。

 だけど、どうやって?

 今なら逃げ切れるか?

 ダメだ、あんな大きな体なんだ、絶対に追いつかれる。

 左手に松明を持ち替え、右手で脇差を抜く。

 やる、やるんだ、こいつで。仕留めなければ死ぬ!

 「エル、もう一発! 燃やしてる隙にぶっ刺す!」

 「ごめんなさい……あんな大きさの封魔、連発はできません……」

 ギリ、と歯を鳴らすエル。

 じゃあ、どうする?

 炎は既に消えかけ、咆哮もいつの間にか止まっていた。その眼は俺とエルをしっかりと見据えている。

 行くんだ。俺には眼がある、いける!

 魔物に向かって俺は駈け出そうとした。しかし――

 「ダメ! キュムに刃物は通りません!」

 エルに制される。

 慌てて俺は立ち止まった。

 「マジかよ……じゃあどうするんだ」

 炎は消えた。魔物の荒い息が聞こえる。襲ってこないのは息を整えているからだろう。あれが終わったら、来る。

 「まだ封魔は使えません……それまでなんとか逃げて、使えるようになったらもう一度顔を燃やして、一気にこの洞窟を抜けます」

 あのデカい奴の攻撃を避け続けなきゃならないのか……

 エルの封魔がいつ使えるようになるのかは分からないが、それに賭けるしかなさそうだ。

 エルの封魔が……封魔……

 「フラッシュだ!」

 俺は叫んでから脇差を収める。ビクリとエルが飛び跳ねた。

 「な……何ですか、いきなり!」

 「説明してる時間は無い! 目を瞑ってくれ!」

 「目を?」

 「いいから早く!」

 魔物の呼吸はほぼ整っている。もう今しかない、これに賭けるしかない。

 これほど暗い洞窟にいた奴だ、急激な光に弱いだろう。俺の全ての魔力を放出して目をぶっ潰してやる!

 「目ぇ瞑ったか!? いいな!」

 「はい!」

 「いくぞ!」

 俺は右手強く握ってを魔物に突き出す。

 イメージは光、目を潰すくらいに強い光。これが俺の封魔だ!

 「フラああああああああああッシュ!」


 3


 光は辺りを照らさなかった。俺はフラッシュの封魔に失敗した。

 代わりに俺の右手の前に現れたのは、小さく収縮された2つの光弾。それは一瞬だけその場に止まり、キュンと何かが発射されるような音を立てて飛んでいく。光弾はその姿を変えながら、一直線に魔物に向かう。

 その姿は、真っ白に発光する細長い針……いや“矢”だ。

 射出された光弾は、光の矢となって飛んでいく。


 『イメージしろ。炸裂する光でなく、相手を貫く……そんな光を』


 サクラに言われ、失敗したあの時の封魔。

 そう、俺は想像した。“目を潰すくらいに強い光”を。

 2本の矢は魔物の両目を貫き、消えた。

 俺とエルは声を失っていた。しかし魔物は声を“出すことが出来なかった”。

 ゆっくりと、大きな音を立てながら魔物は地面に崩れ堕ちた。ピクリとも動かない。

 両目を潰されたせいか、血の涙を流しているように見える。口はだらしなく開き、さっきまで聞こえていた息遣いは聞こえない。

 そう、死んでいるのだ。

 「うそ……なんであんな小さな矢で……何をしたんですか?」

 「俺も無我夢中だったから……分からない」

 エルは信じられないといった表情で、よろよろと倒れた魔物に近寄った。俺もそれに続く。正直、俺だって信じられない。

 「魔石が落ちてる……間違いなく死んでます」

 真っ赤で大きなひし形の魔石、それをエルが拾った。魔物の額にひし形の窪みが出来ていることから、これはコイツに嵌っていた物らしい。

 「でもどうしてあんなに小さい矢で……」

 しゃがみ込んで矢の刺さっていた目に顔を近づけるエル。俺は動き出しそうでちょっと怖いから少し離れた所で見る事にする。

 「き……来てください! 早く! 灯りが欲しいんです!」

 安全な所で見学、というわけにはいかないらしい。

 「これ、見てください。おかしくないですか?」

 素直にエルに指差された部分を見てみる。

 「傷、だな」

 「え? いや、ええ、傷ですけど……」

 「ん?」

 違和感に気付く。

 矢が刺さった傷の周辺が僅かに茶色い……焦げている?

 「焦げていますよね」

 「うん、そうみたいだな」

 「次に、これです」

 「これ?」

 エルは魔物の首を動かし、俺にソイツの後頭部を見せる。

 「これ……目の所と同じ傷? もしかして頭を貫通したのか?」

 「間違いないでしょう。そしてこっちにも焦げ跡がありますよね? 普通ならあんな細い矢じゃ貫通はしないですし、ましてや即死なんか有り得ません」

 「でも……貫通したし即死したよな?」

 「ええ、しかしそれは普通の矢なら、です。さっきの封魔の矢が恐ろしい貫通力を持っていたのでしょう。加えてこの焦げ跡……恐らく、脳が焼き切られています」

 「脳が!?」

 「ええ。ですから即死したのでしょう」

 何てこった、確かに俺は目を潰してやる、とは思ったけど……まさかこれほどとは。


 自分の封魔に驚愕していると、エルはすくりと立ち上がって俺の手を取った。

 「さぁ、外に行きましょう!」

 「お……? おう」

 何故か上機嫌なエルに腕を引かれながら出口を目指す。

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