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封魔烈火  作者: 藤宮ハルカ
第2章
22/29

エルフの森の受難

2部開始だよー

 1


 何かが規則的に俺のほっぺたに当たっている。強くもなく、弱くもない。

 意識はあるのに体は動かず、ただ俺はその微妙な刺激になすがままだ。

 今俺は立っているのか、座っているのか、横になっているのか……それすら分からない。


 ようやく目が開く。が、視界は分厚い白い膜がかかったように不鮮明だ。

 ガサリと右隣で何かが動いた。頑張って音のした方へ首を向けてみる。背中と頭が何かに当たって上手く首を回せない。これは、床? 俺は横に仰向けになっている?

 ようやく首を真横に回した所で目が見えてきた。

 目の前に見えたのは白い三角。それだけだ。何これ。

 少し、首の角度を戻してみる。

 「……」

 「……」

 バッチリ碧色の目と俺の目が合った。

 「……!」

 碧色の目は大きく見開き、さっきより大きな音を立てて遠ざかって行く。

 俺はゆっくりと状態を起こし、碧色の目の主を探す。

 「……」

 「……」

 あ、割と近くに居た。1m程先に怯えて体を強張らせた金髪の女の子がいる。

 金色の真っ直ぐな長い髪は染めたような物でなく、美しい本当の金色だ。葉月さんくらい小さい顔に、碧色のくりくりした目が可愛らしい。

 服装は……なんだあれ、服か? 良く言えばディープグリーンのノースリーブだが、あれはどう見ても深緑の粗末な袖のない着物だ。いや、甚兵衛の方が近いか。ついでにその右手に持った木の棒、何?

 ズボンは履いていない。が、あの甚兵衛はワンピースというレベルの長さではない。少し大きめな甚兵衛の腰部分を細い紐で結んで、余った部分で何とか下着を隠してる……そんな感じである。白い太ももが殺人的な程に晒されている。

 しかし何より俺の目を引いたのはその可愛らしい顔でも、官能的な格好でもない。

 彼女の顔、その横に付いている、俺にもあって俺と全く違うそれ――尖った耳。

 「エルフだ!」

 反射的に俺は叫んだ。

 「ーーーー!」

 同時に彼女は口を開けて声にならない叫び声を上げ、その場に尻もちをつき、膝を立てながらお尻でずりずりと後ずさっていく。そんな服装でそんな事をするものだから、白い布が丸見え――あ、もしかして最初に見たあれって……

 いや、冷静になれ、この状況はよろしくない。まずはコミュニケーションだ、俺の得意分野だ。

 「へろー? はうまっち?」

 「……」

 自分が気の毒になる程にはテンパっていたらしい。

 ついでに俺の得意分野とか嘘を付きました。ごめんなさい。ガイジンコワイ。

 「……」

 彼女はパンツを見せたままフリーズしている。

 ウィ○ペディアに「絶望」という項目があるのなら、是非今の彼女の顔の画像を張っていただきたい。

 俺は自分の事を指差しながら何とか言葉を紡ぐ。

 「コトバ、ワカル?」

 “カタコト外人に話し掛ける時なぜか自分もカタコトになる法則”が働いた。

 しかし彼女は絶望の表情のまま小さく頷いた。

 通じた……言葉が通じる!

 「おおおお! 初めまして! 藤宮ハルカです!」

 思わず駆け寄ろうと一歩踏み出した途端、彼女は高速で尻もち移動をして後退した。もちろんパンツは見えている。お互いの距離は1mから変わらないが、心の距離はさっきより開いた気がしてちょっと泣きそうになる。

 「あーえっと、驚かせてごめん。藤宮ハルカです」

 流石に俺も冷静になってきた。まずは彼女の子猫の様な警戒心を解くことが先だ。

 「はじ……初めまして、エルです。エル・ルルゥ……です」

 誰かが宇宙人と初めて意思の疎通ができた時、きっと今の俺と同じように感動するのだろう。

 エルと名乗った彼女は、俺と会話が出来た事に驚いているようだ。碧色の目をぱちくりとさせ、俺と目線を外さない。

 「どこから……来たんですか」


 ……え?

 ふいにぐるりと周囲を見渡してみる。

 ……え?

 周りには背の高い木が鬱蒼と茂り、木漏れ日が足元の草の絨毯を所々輝かせている。

 ……は?

 風が絨毯を揺らした。周りを囲む木たちはさわさわと嗤う様に囁く。

 「どこ……ここ」

 絶望の顔をするべきは俺だったのだ。


 「此処はエルフの森。貴方はこの場所に倒れていました」

 どれほど立ち尽くしていたのだろう、真っ白だった頭に唐突に意識が戻る。

 意外にも彼女の方から話し掛けてくれた。それは今までとは違う、しっかりとした声、凛とした顔。

 「倒れてた……ここで……俺だけか?」

 「はい、貴方だけです。他の人の気配は感じられませんでした。今でも感じません」

 またか、と思った。

 俺は何度放り出され、見た事のない場所で目が覚めれば気が済むのだろう。思わず自嘲してしまう。

 彼女は怪訝な顔で俺を見る。

 「貴方は、どこから来たのですか」

 最初の質問に戻った。

 俺は王都に行って、王城に忍び込んで、図書館に行って、本を開いて――

 「王都……王都だ。そこで本を開いたんだ。そしたら文字が、光が……」

 「落ち着いてください。王都、と言いましたか? それは人里の王都ですか?」

 「人里……? 分からない、大きな街だ」

 彼女は両手を腰に手を当てて下を向き、何かを考え込んだ。

 「行きましょう、きっと力になります。心配しないでください」


 2


 「で、どうしてこんな事になってるのかな」

 「す……すいません! 少しの間だけ我慢してください!」

 心底申し訳なさそうな顔で彼女は俺に何度も頭を下げた。

 ベッドもトイレも何もない、非常に簡素な部屋。というか空間。というか……牢屋。俺は今、木製の牢屋に入れられている。

 順を追って話そう。


 彼女は私に着いて来てくださいと言い、これでもかと木が生い茂る森を2人で10分ほど歩いた。

 開けた場所に出たかと思うと、木製のテントがいくつもあるではないか。彼女曰く、ここはエルフの集落。30人程のエルフがここで暮らしているのだという。

 成程と思いその集落に足を踏み入れた途端、頭上から矢の雨が降り注いだ。幸いそれは一発も命中する事はなかったのだが、俺の足を止めて動揺させるのには十分過ぎた。木の上に上っていたのだろう2人の男のエルフが飛び降りてきて、テンパってる俺の腕を両方がっちり掴み、何も言わずにどこかへ連行しようとする。エルは「止めてください」とか「違うんです」とか言っていたけど両サイドの二人は聞く耳を持っちゃいなかった。デカい耳なのに。

 しばらく集落の中を真っ直ぐ歩かされ、見えたのは巨大な樹だった。正面を格子状にして中身をくり抜き、後ろ側には樹をそのまま利用した小さな扉。一目で牢屋だと分かったさ。俺はそこにぶち込まれ、エルは俺と同じように男二人にどこかへ連れて行かれた。


 「もうすぐ村長さんが来ます。正直に貴方の事を話してください」

 「はぁ、村長ですか……」

 気の無い返事が出る。目まぐるしく変わる自分の周りの環境に、半ば自暴自棄になってきた。

 「下がれ、エル」

 「……!」

 エルの肩が大きく跳ねる。彼女の背後には、20代半ば程に見えるエルフの女性が立っていた。

 エルフは全員が金髪で、全員の耳が尖ってる。男も。服装もみな同じだ……男も。

 エルは背後の女性に振り返り、小さく会釈をしてからその女性の後ろに下がった。

 「お前か」

 「……何が」

 「急に森に現れた人間。お前、一体どこから来た?」

 高圧的だ。

 サクラもかなり高圧的な上に口も悪かったが、アイツには可愛げがあった。しかしこの人にはそれが無い。好きになれない。

 「王都」

 「何?」

 「だから、王都だよ」

 「人里の王都の事か」

 「知らん」

 何が愉しいのか、村長はケラケラと嗤う。

 「くっくっく……やはり人間は可愛くない。お前、そこから出たいか?」

 ……何だ? コイツ何を企んでる?

 「出たいだろう、出してやるとも……おい!」

 「ハッ!」

 今度は女が金髪をなびかせながら降ってきた。

 そして手に持っていた丸い何かと、ネックレスのような何かを村長に渡し、バッと何処かへ飛び去る。忍者か。

 「此処から真東にある洞窟に大きな岩がある。この魔石をはめ込んで来い」

 「何で俺が」

 「質問には答えん」

 チッと舌打ちを聞こえるように打つ。

 「誰かコイツを出せ! エル、お前がこの首輪を着けてやれ。私は人間に触りたくないからな」

 「……はい」

 俺の背後の小さいドアが開き、男が入ってくる。腕を引っ掴まれ、引っ張り出され、引き摺られ、エルの前に放り投げられた。まるで粗大ゴミのような扱いである。

 「ごめんなさい……」

 そう言いながらエルは俺の首にネックレスを着けた。首の後ろでそれを結ぶとき、エルからふわっと爽やかな草の匂いがした。

 「その首輪には私の魔力が込めてある。もし洞窟に行かずに逃げてみろ、首輪を外してみろ、たちまち爆発してお前を殺すぞ」

 爆発機能付きのGPSかい。

 「もしお前が魔石を嵌め込み、無事にここへ帰って来れたらその首輪を外してやろう。そこの道から真っ直ぐ行けば洞窟だ。せいぜい死ぬなよ、人間」

 ハッハッハと笑いながら村長は踵を返してどこかへ歩いて行った。エルも男に腕を掴まれてどこかへ行って――いや、どこかへ連行されてしまう。

 俺は一人、残された。

 「本気、なんだろうな」

 ポツリとつぶやいた。

 ハッタリなんかじゃない、あの村長ならきっと本当に爆発させる。このネックレスがどういう仕掛けになってるのかは知らないが、アイツは絶対にやる。

 根拠は嫌な奴だからだ。


 俺は傍に無造作に転がされた丸くて黒い魔石をポケットにねじ込んだ。

 クソが、上等だ。生きて戻って来てやる。

 俺は洞窟へ続くらしい道を睨みつけた。

 絶対に生きて、アイツと再会するんだ。

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