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封魔烈火  作者: 藤宮ハルカ
第一章
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刺青の女

 寝起の瞬間はいつだって憂鬱で嫌いだ。起きているんだか寝ているんだか分からないし、「早く起きろ」という自分と「まだ寝てよう」という自分が体を互いに反対方向に引っ張り合うから鬱陶しい。

 なんとなく、耳が聴こえ始める。目を開くより先に耳が聴こえ始めるのは皆そうなのだろうか。少し離れた所で誰かが俺に話しかけているようだ。

 「……きろ。…………起きろって」

 うるさいな。まだ寝ててもいいじゃないか。今日は祝日、寝てても良い日なはずだろう。

 「起きろ! 朝だ、おい!」

 まどろみの中に居た俺は途端にその中から弾き出された。ゴスンという鈍い音が俺の腰から聞こえ、その瞬間に鈍い痛みが体を貫く。どうやらベッドから放り出され、強かに腰を強打したらしい。現実でも弾き出されたわけだ。人間、いきなりの事過ぎると叫びや喘ぎの言葉も出ないんだな。

 「起きたかよ。人ン家でグースカお気楽なもんだぜ」

 ようやく開いた目だが、あまりの激痛に視界がチカチカする。緩慢な動きで声の先に顔を向けると、呆れ顔の女が腕を組んで俺を見下ろしていた。

 「……アンタ誰?」

 「あぁ!?」

 これは別にベッドを放り出された恨みでも、腰を強打した恨みでも何でもない。ただただ俺の素直な感想だったのだ。だってこの人知らないし。

 歳は18歳くらいだろうか、俺とそう変わらない様に見える。身長は……無様に床に尻を付いている俺が見上げている形になっているからよく分からんな。しかし大きくはなさそうだ。セミロング程の長さのストレートで茶色い髪、それと全く同じ色の瞳。目鼻立ちはかなりハッキリとしていて、眉間には深い皺が刻まれている。俺が「誰?」とか言ったからだろうな。若干の釣り目で大きな目が、かなり怖いが印象的だ。しかし何より俺の目を惹いたのがその左腕……半袖の黒い無地のTシャツから伸びている白い腕は、真っ黒い模様が所狭しと鎮座なされていた。

 なんてこった、刺青だ。じゃなければタトゥー。しかも手首あたりから左腕全部にかけて。右腕には何もなさそうだけど、まさか左半身全部入ってるんじゃないのか。絵、というよりは何か儀式的な紋様に見えるが……いやそんな事どうでもいい。やばい、ヤンキーだ、殺される、カツアゲされちゃう。

 「まずお前が名乗れよ。失礼な奴だ」

 彼女は呆れ顔のまま俺に話しかけた。寝起な上にベッドから放り出され、あげくその犯人がこんな刺青少女。俺の思考回路はショート寸前よ。ともかく今は考える頭が無い。言われた事にだけ答えておこう。

 「えー……えーっと、あの、俺は藤宮。藤宮ハルカ」

 それを聞いた彼女は呆れ顔を解き、変わりに怪訝な顔になる。何かを考えている様だ。

 「藤宮……ハルカ……聞かねぇ名前だな。他所者か」

 茶色い瞳が俺の目を捉えて離さない。

 「他所者……? 横浜の出身なんだけど」

 俺の言葉に更に彼女は難しい顔をした。なんだ、何かおかしい事言ったか、俺。

 「出身が、ヨコハマ……? 聞かない地名だ。それはどの辺りにある?」

 ん? 何と言った? 大都会横浜を知らないだと? あれ、大都会って岡山だっけ? いや、そんな事どうでもいいんだ。いくら東京都のコバンザメみたいな言い方をされる横浜でも、その知名度だけは全国区だと思ったのに。

 「横浜って、横浜だよ。神奈川県の横浜市。あの港町。市歌でも歌おうか?」

 ついに彼女は腕を組んで下を向いて唸り始めてしまった。言葉、ちゃんと通じてるんだよね?

 しばらく彼女は唸った後、ふっと顔を上げて腰を折り、私の顔を覗き込んで言った。

 「いつまでへばってんだ。椅子に座れよ」

 「あはい」

 急に顔が近くなったので変な声が出てしまったではないか。ともかくと俺は彼女に促されるまま小さなコーヒーテーブルに備え付けてある椅子に腰掛けた。

 ふと壁に掛けられた丸い時計が目に入った。針はちょうど午前の7時を指している。祝日だってのにまぁ早起きさせられたもんだな。

 ついでにぐるりと部屋を見渡してみる。コーヒーテーブルには何も書いてないA4サイズくらいの薄茶色い紙と、吸殻が山盛りになった石造らしき灰皿だけが置かれている。

 この家はログハウス……いや、それよりかなり雑な作りに見える。広さはそれなりにあるが、どちらかと言うと小奇麗な木製の小屋だ。火の灯っていないカンテラが壁に転々と掛けられていて、電気照明の類は一切見られない。絵本で見たような壁と一体になった暖炉が在るあたり、この家に金が有るんだか無いんだかよく分からん。絨毯、スリッパの類は一切無し。カーテンらしき物も見当たらない。そのくせ天井はやたらと高い。なんなんだこの家……今流行のスローライフとかいうやつだろうか。

 しかしそんな事はどうでもいいのだ。先ほどの寝起きと違い、今の俺は完全に目が覚めている。つまり頭が働く。そしてその働いた頭が導き出した最初の答え。それは――

 “こんな所、俺は知らない”だ。

 「まず私からいろいろ質問させてもらう。お前は私の質問にだけ答えろ。いいな」

 いつの間にかコーヒーテーブルを挟んで正面に俺と同じように座った彼女は、煙草を吸いながら先程と同じ様な難しい顔で俺に言う。その目は「反論するな」と言っているのがよく分かるほどに鋭い。それに威圧され、俺は言葉を紡ぐことが出来なかった。

 「賢いな。よし……まず、今は何年だ?」

 「今は……平成26年、西暦2014年だ」

 彼女は俺の言葉を小さく繰り返す。俺の答えに納得がいってない感じ丸出しだ。

 「次。今の政治を統治してるのは?」

 「自民党だろ?」

 「……次。お前、今いくら持ってる?」

 いくらって、金の事か? こいつやっぱりヤンキーだ、カツアゲだ……とは思わない。明らかにそんな雰囲気じゃないし。デニムの後ろポケットから黒い二つ折りの財布を取り出し、中身を確認する。

 「えーっと……4562円、だ」

 「円?」

 「ほ……本当だぞ、これ以上は1円も出てこないぞ」

 「分かってるよ。それじゃ最後の質問だ。これ読んでみろ

 彼女から差し出されたのはコーヒーテーブルに裏向きに置いてあったA4サイズくらいの一枚の紙切れだ。それを手にとって眺めてみる。ちょっと分厚くてゴワゴワしてて出来の悪い和紙みたいだな。それにどうやら手書きで文字らしきものが十行程書いてある。“文字らしきもの”と表現したのは、それ以外に表現のし様が無かったからだ。英語でも中国語でも、もちろん日本語でも無い様に見える。いや、なんとなく日本語に似てるか? しかし日本語に似た形の文字を使う国なんてあったかな。

 「ごめん、読めない」

 正直に感想を述べて紙を返した。彼女はやっぱり、というように小さく頷く。

 しばらく彼女は煙草を吸っていた。根元まで灰にした煙草をテーブルに置いてある灰皿に押し付け、大きく煙を吐く。いや、ため息だったのだろうか。この沈黙はあまりに居づらいぞ。

 「まず……私が質問した答えを教えてやる。ひとまず全部聞け」

 自分の話を邪魔されるのが嫌いなのだろうか。しかしそれに反抗する意味は無いので素直に頷く。

 「今は王国暦200年だ。執政しているのは鋼新王国。通貨は円。その紙には「今日は建国記念日だから来れる奴は王都に来い」ってな感じの文が書いてある」

 「……」

 「……」

 「……」

 「……」

 長い長い沈黙が場を制した。一体どれくらい時間が経っただろう。一時間、二時間? ようやく頭が思考する余裕が出てきたので時計を見てみると、驚く事に時刻はまだ7時20分だった。

 「言いたいこと、聞きたい事は色々あるだろうよ。とりあえず聞かせてみろ」

 彼女の目は鋭さを失っている。

 「ここは……何処なんだ」

 ようやく出た声は、自分でも情けなく感じるくらいか細くて弱々しいものだった。しかし彼女は笑ったりはしないでいてくれる。

 「此処は“鋼新王国”の真東にある“サキの村”だ。人口は100人もいない、小さい村さ」

 そう言って彼女は苦笑し、いつの間にか取り出したのか、煙草にマッチで火を点けた。無理に笑顔を作ってくれているのがよくわかる。

 「横浜じゃないのか」

 「あぁ、そんな地名は聞いたこと無ぇ。そもそもきっと、そんな場所は此処には無い。お前一体“どうやって此処に来た”んだ?」

 「どうやって……俺は、ただ自分の家で寝てたんだ。そんで、起きたら此処に……」

 頭はまた働かなくなっていた。いや、俺の体が故意的に働かなくしたのかもしれない。 

 「お前はな、村の噴水広場にいきなり現れたんだ。光と一緒にな」

 「ははは……なんだそれ」

 思わず笑ってしまう。笑わなければやってられない。

 だって、誰が信じるんだそんな話。しかし――

 しかし、信じてしまっている自分がいる。

 「一先ず村を周ってみるか。何か分かるかもしれん。何もしないよりはマシだろう」

 言うや否や、彼女は椅子から立ち上がって歩いて行ってしまう。俺は慌てて彼女の後を追う。こんなワケの分からない状況で置いてけぼりなんて御免だ。彼女の傍から離れたくない。

 しかし俺の意見も聞かずにいきなり家を出ようとするとは。この状況と相まって腹立ってきたぞ……

 「おい待ってくれよ! お前の名前は? まだ教えて貰ってないぞ!」

 自分でもビックリするくらい大きい声が出た。先ほどとは比べ物にならない大きな声だ。

 彼女は足を止め、くるりと振り返った。笑っている。さっきの苦笑いと違う、本物の笑顔だ。

 「少しは元気になったか。心配すんな、お前を置いて行きゃしねぇよ」

 また前に向かって歩き出そうとする。その前に俺は彼女の足を止めた。

 「なぁ、名前!」

 彼女は今度は振り返らなかった。代わりに刺青だらけの左手を上げて答える。

 「サクラ……四季サクラ、だ。これからよろしくな」

 声色は、まだ笑ってくれていた。

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